#207 奇襲
連盟の艦隊は、「ニンジャ」を展開したまま前進を続けている。
ビスカイーノ准将麾下と思われる艦隊には、あの未知の艦が連合、連盟いずれの所属でもないこと、ゆえに連盟軍に対しても容赦しないこと、加えて、ビーム砲の攻撃をすべて反射することを伝えた。
が、ビスカイーノ准将は止まらない。それどころか、あの艦に接近を続けている。何を仕掛けるつもりだ?
「あ、そうか、そういうことか……」
「なんだ少佐、あの艦隊の意図が、分かったのか?」
が、ここにやつの思惑に思い当たった参謀がいる。僕はジラティワット少佐に尋ねる。
「……なるほど、それで、射程内に入っても攻撃を仕掛けないのか」
「はっ、おそらくは、距離5000まで詰めるつもりではないかと」
「だが、あのペースでは、かなり時間がかかるな」
「『ニンジャ』状態では、慣性航行しかできませんからね」
「うーん……」
僕は少し、考えた。あのままでいけば、何時間もかかってしまう。さすがの連盟軍とはいえ、味方してくれる相手に負担を強いるのは忍びない。
「連盟艦隊に打電!」
「はっ!」
「こちらが囮になり、あの艦を誘導する、と」
「えっ? こちらが囮、ですか?」
「あの敵はおそらく、魔石に引かれて行動しているはずだ。ならば、魔石エンジンを搭載する我々の動きに合わせて行動するはず。上手く誘導すれば、ビスカイーノ艦隊の前に引っ張り込める」
「そうですね、了解しました」
作戦は、開始される。こちらが囮となり、それを連盟艦隊が撃つ。未だかつてない作戦が、開始されようとしている。
◇◇◇
「なんだと!? ロングボウズが、囮に!?」
「はっ! そのようなレーザー通信が、つい先ほど」
ソロサバル中佐からの報告に、私は正直、驚く。静観どころか、こちらの攻撃を支援しようというのだ。驚かない方が、どうかしている。こんな連合艦隊を、私は知らない。
いや……ヤブミ准将ならば、やりかねないな。ましてや、自身が窮状に陥っているのだから、当然だろう。
「中佐!」
「はっ!」
「了解したと、伝えよ」
「ですが、よろしいのですか?」
「何か、問題でもあるのか?」
「罠、という可能性があります」
罠、か。しかし、罠である可能性は極めて低いことは確定している。
「もしやつらが我々を攻撃するつもりならば、すでに攻撃しているはずだ。我々とあの艦隊までの距離は40万キロ。つまり、射程内だ」
「……確かに、その通りですね」
「それが攻撃を仕掛けてこないということは、あちらは本当に我々を支援しようとしていることになる。今はそれを信じて、進むしかあるまい」
「はっ!」
とはいえ、たとえ相手がヤブミ准将だったとしても、油断はできない。あの艦を始末した後に、今度は我々にその矛先を向けてくる可能性だってある。
考えてみれば、やつらが律儀に義理を果たす理由などない。自身の窮状さえ打開できれば、それ以後は邪魔になった我らを攻撃する可能性だってある。
270年も、戦い続けた相手だ。それが急に、仲間意識など芽生えるはずもない。
が、私はこう下令する。
「よし、全艦に伝達! 距離5000キロに接近し次第、作戦を開始する!」
◇◇◇
案の定というか、我々の動きに、あの不明艦は追従してきた。こちらに向けて、接近を続けている。
「やれやれ……やっぱりあれは、マリカ中尉の言っていた『クロノス』の一味、ということか」
それについて、ジラティワット少佐は特にコメントをしない。マリカ中尉の説に、賛同しているわけではないからだ。
とはいえ、あれは間違いなくラスボス級の敵だ。おそらくだが、連合も連盟も見境なく攻撃を仕掛けるであろう相手だ。あちらから見れば、こちらは等しく「ゼウス」の子孫だからな。
「あの不明艦と、連盟軍との距離は?」
「現在、1万キロ。まだ攻撃を仕掛ける様子はありません」
まだ、距離が遠すぎる。もう少しひきつけないと、彼らは攻撃を仕掛けないだろうな。
と、僕はここで、陣形図を眺めつつ気づいたことが一つある。
「なあ、少佐」
「はっ!」
「見ようによっては、我々があの連盟軍艦隊の側面を、不意打ちしようとしているように見えないか?」
「……ええ、確かに」
「と、いうことはだ、あの艦隊が不信感を抱いた瞬間、この努力は無駄にならないか?」
「そうですね……そうならないことを、願いたいところですが……」
「何か、不安材料でも?」
「先ほどから、エルナンデス准将が騒いでおりまして」
「騒ぐ? 何を」
「はい、あの連盟艦隊を、さっさと攻撃させろ、と。提督の命に反く行為なので、自重するように返信しておりますが」
「なんという……准将に連絡しろ、今度、命令違反を犯したら、今度こそクビが飛ぶぞ、と」
とはいえ、エルナンデス准将が攻撃したところで、僕はおそらくクビにできない。考えてもみろ、相手は連盟軍だ。敵を攻撃して何が悪い、とされてしまう。
一触即発。何か、予定外のことが起これば、その瞬間に全てが破綻する。おまけに、ビスカイーノ准将と思われる指揮官が仕掛けるあの攻撃にしても、うまくいく保証もない。
まるで、薄氷の上を歩いているような、そんな戦いだな……
◇◇◇
「ビスカイーノ提督」
「なんだ?」
「戦隊長の一部が、意見具申を求めております」
「……何が言いたいのかは、大体分かる。要するに、二つのことだろう」
「はっ、ご明察で」
全然、明察でもない。連盟軍として考えれば、当然思うことだ。なぜ、連合に敵対する船を撃つのか?そして、そのためにどうして敵である連合の艦隊に側面を見せたまま、前進を続けるのか?
戦うべき相手を放置し、敵か味方か分からぬ相手に攻撃を仕掛ける。こんなおかしな作戦はない。しかも、あの連合の艦隊が攻撃をしないという保証もない。
こちらが、相手を「ロングボウズ」だと思い込み、勝手に恩を返そうとしているだけの作戦。正直、自分でも何をしているのかと思うこともある。
だからこそ、早く終わらせなければならない。この戦いを。
「目標艦までの距離、まもなく5000キロです!」
と、その時、カルロータ……じゃない、リオス准尉が叫ぶ。ようやく、目標との攻撃距離に迫る。
私は、叫ぶ。
「雷撃戦、用意!」
「はっ! 雷撃戦用意!」
「隠密梱包解除! 全艦、レールガン発射口へ、通常弾頭を装填! 距離5000キロで、一斉斉射! 急げ!」
私の考えた作戦は、実に単純だ。
相手は、ビームが効かない。現にあの連合艦隊からも、そういう情報が入っている。となれば、こちらが使える兵器は、たった一つ。
そう、実体弾だ。
「距離、5000キロです!」
隠密梱包が解除され、レーダーが使えるようになった途端、目標艦までの距離がちょうど5000キロであると知らされる。
「全弾斉射! 撃てーっ!」
ガガーンという音が鳴り響く。各艦から、白い火花が噴出する。
◇◇◇
「連盟艦隊、『ニンジャ』を解除!続いて、実体弾の発射を確認!数、およそ1000!」
ジラティワット少佐の思った通りだ。やはり、レールガンによる実体弾を使ってきた。
相手は、かなりの大型艦、しかも一定速度で移動している。あの距離からの発射でも、実体弾を当てることは可能だろう。
マッハ26で打ち出された1000発の弾は、およそ10分ほどであの艦に命中する。こちらはその間、動けない。あの不明艦の軌道を変えるわけにはいかないからだ。
予想通り、あちらの艦隊には目もくれない。あれの狙いはやはり、魔石エンジンを搭載する我が艦隊、つまり、我々のみがターゲットだ。すぐ脇に出現した連盟軍に向かう気配はない。
が、あれに攻撃能力はあるのだろうか?ただ接近し、こちらが攻撃するのを誘っているようにも見える。そして、我々が撃てば、その攻撃を反射する。
だが、実体弾による攻撃まで、想定しているのか?
あの銀河で見た兵器は、全て「ビーム」のみだった。つまり、実体弾による攻撃はない。極力小型化、合理化を進めた無人兵器である以上、実体弾を搭載するのは、補給の上でもあまり好ましくない。
が、こちら側では、300年以上前の設計である実体弾の発射口が残っている。スペースが少ない我が新鋭艦ですら、レールガン発射口は残されている。
こちらでもほとんど使われることはないものの、稀に実体弾を使用する場面がある。そのため、駆逐艦には未だにレールガンが残されたままだ。
それがこの際は、決定打となるのか?
「ジラティワット少佐!」
「はっ!」
「連盟艦隊は、どうなっているか!?」
「現在、後退中です、不明艦との距離、7000キロ!」
「そうか……実体弾は!?」
「弾着まで、あと210秒!」
その打ち手は、すでに秒読み段階に入った。3分と少々で、その作戦の行方が判明する。
いや、作戦というのか、これは?
実に、奇妙な連携だ。
「だんちゃーく……今!」
そうこうしているうちに、その200秒余が経過。タナベ大尉が、声を上げる。
距離は45万キロほど離れている。このため、弾着の結果は1.5秒遅れて捉えられる。
僕は、モニターを見た。あの黒い岩肌剥き出しの艦に、突如、閃光が走る。
が、その光が消えた瞬間、僕は愕然とする。
「ふ、不明艦……ほぼ、無傷の模様……」
◇◇◇
「なんだと!? ダメージを、与えられなかったと言うのか!」
「はっ! 弾着観測の結果、ほぼ、原型を保っております!」
「まさか、バリアを展開していると言うのか?」
「いえ、その兆候はありませんでした。ほぼ全弾、直撃のはずです」
とんでもない相手に、我々は遭遇している。ビームはおろか、実体弾すらも効かない。そんな敵は、聞いたことがない。
ヤブミ准将の艦隊と、我々、連盟軍の艦隊とが連携するという、この前代未聞の状況下で、その相手はまるで、不死鳥のごとく我々の前に鎮座する。
だが、いくら見ても、ただの黒い岩にしか見えない。もっとも、全長が12000メートルの大型の黒い小惑星だ。そんなものが、まるで意思を持っているように移動し、そして我々の攻撃を受け付けない。
そして、その目標艦に、動きがある。
「も、目標艦、中央部、割れました!」
「なんだと!? まさか、今頃になって破壊か!」
「いえ、回頭しつつ分割!」
急に不可解な行動に移る目標艦。その直後、それが何の行動なのかを理解する。
「高エネルギー反応! 目標艦、ビーム発射体勢に入りました!」
◇◇◇
「なんだって!? 高エネルギー反応!?」
「はっ! 船体が分かれ、その中央部より反応!」
それまでは受け身のみだったあの艦に、動きが見られる。それは、明らかに攻撃体勢に入ったことを示している。
「この反応、まさか……」
「はい、おそらくは、アルゴー船と同じではないかと」
「狙いは!?」
「90度回頭しました。おそらく、やつらの狙いは、攻撃を仕掛けたあの連盟艦隊」
ジラティワット少佐に言われるまでもない。あの死にかけた時の記憶が、僕の脳裏には蘇る。
僕は、反射的に下令する。
「特殊砲撃、用意!」
「はっ!」
「特殊砲撃用意! 機関室、砲撃管制室、直ちにかかれ!」
おそらく、ジラティワット少佐も、オオシマ艦長も、僕のこの命令を想定していたようだ。すぐに僕のこの命令を実行に移す。
が、その次の一言は、想定していなかったようだ。
「艦内放送!」
一瞬、何事かという顔で、僕を見るオオシマ艦長。が、持っているマイクを僕に渡す。
「レティシア! 魔石暴走、用意!」
随分と変な命令だな。これもいい加減、何か良い呼称を考えた方が良さそうだ。僕のこの艦内放送に対し、30秒ほどで返事が返ってくる。
『おい、カズキ!ど ういうことだ!?』
「どうもこうもない、特殊砲撃だ! 直ちに頼む!」
『それがどういうことか、分かってんだろうな!』
「分かっている! が、艦隊の危機だ! これが終わったら、手羽先でもひつまぶしでも、何でもご馳走してやる! 直ちにかかれ!」
夫婦の会話なのか、それとも命令指示なのかがはっきりしない会話が、艦内放送を介して続く。が、レティシアは、度胸と決断力がある。すぐに承諾の旨が帰ってくる。
『分かった! タイワンラーメン大盛りも追加だ!』
レティシアらしいといえばらしい。しかし、この魔石砲撃は、あまり多用したくはないのだが、相手の戦力がまるで掴めていない以上、こちらも最大限の武器で応じる他ない。
あちらは、アルゴー船と同じ挙動ではあるが、装填時間まで同じかどうかは見当もつかない。もしかすると、すぐに攻撃をするかもしれない。それゆえに、レティシア頼みとならざるを得ない。
『砲撃管制室より艦橋! 砲撃準備、完了!』
『機関室より艦橋! 特殊砲撃用回路接続、完了!』
「よし、では特殊砲撃、装填開始!」
オオシマ艦長のこの声に、レティシアが呼応する。
『おらおらおらぁーっ!』
魔石には触るだけだから、以前の強制冷却の時と違って、気合を入れる必要はないと思うんだが……にしても、久しぶりにこのレティシアの掛け声を聞いた気がする。
そして、すぐに魔石にレティシアの「魔力」が込められる。
『砲撃管制室! 主砲装填、完了!』
「砲撃開始! 撃てーっ!」
オオシマ艦長の掛け声と同時に、ついに特殊砲撃が放たれた。持続砲撃特有のあの長い砲撃音が、この艦橋内にこだまする。
目の前は真っ白、レバーを握るカテリーナに、全てがかかる。僕は弾着観測の結果を、ただ黙って待ち続ける……
◇◇◇
「な、なんだと!? あの砲撃が、発射されただと!?」
「はっ!」
「おい、待て! あれは確か、装填に2、3分を要するのではなかったのか! なぜ、いきなり前兆もなしに撃たれるのか!」
「分かりません、が、あの目標艦に向けて、いきなり発射されました!」
目標艦に動きがあったかと思ったら、ものの1分あまりのうちに、今度はヤブミ艦隊に動きがある。10秒ほど続く、あの砲撃が放たれた。
まったく予期していなかった。あれがこちらに向けられていたら、我々は気付くことなくあの世行きだったことだろう。が、幸いにも、その標的はあの不可解な黒い岩の塊だ。
「弾着観測!」
「はっ! 現在、観測中!」
しかし、以前ならばあの砲撃は、装填に時間がかかっていたはずだ。1分以内に発射されたことなど、一度もない。
どういうことだ?まさか、この短期間のうちに、短時間であの砲を放てる術を開発したというのか。
「弾着観測、完了!」
と、その時、観測員が叫ぶ。
「どうか!?」
「はっ! 目標艦、完全に消滅!」
「レーダーでも確認しました! 目標、消滅!」
未だ、解釈が追いついていない。ともかく、我々が攻撃していた相手は、消滅したらしい。
が、あの目標の不可解な点、短時間で装填できる新兵器、いや、そもそもどうしてこんなところで、あのような戦いが行われていたのか……
そこに、通信士から報告が入る。
「連合艦隊より入電! 目標、完全に消滅!貴艦隊の協力に、感謝する! 発、地球001、第8艦隊司令官、ヤブミ少将! 以上です!」




