#206 強敵
「多量の重力子を観測!」
「そうか。おそらくは、連合のやつらだな」
「はっ、間違いありません! およそ1000隻と推測!」
私は今、中性子星域にいる。ちょうど連合側の地球001の第1艦隊がいると思われる宙域に向けて、進軍中だ。
「ソロサバル中佐」
「はっ!」
「あの艦隊、ロングボウズだと思うか?」
私はふと、参謀に尋ねる。なぜだか分からないが、この1000隻という中途半端な数の艦隊に、なぜかあの特殊な艦隊を重ねてしまう。
「数だけでは、分かりません。1000隻の艦隊など、珍しい構成というわけではありませんから」
「そうだな。分かるわけがないか」
我々は今、電波管制を敷きつつ、隠密梱包のまま、この宙域を慣性航行している。その任務は、やつらのあの別銀河への出入り口を掴むことだ。
もしかすると、この中性子星域にそれがあるのかも知れない。そう考えた我々は、この辺りを探索する。が、いまのところ、なんの手がかりも見つからない。
そんなところに、我々は連合軍と思しき艦隊に接近していた。
だが、その動きは、奇妙極まりない。
「連合軍、戦闘陣形をとりつつあるようです」
「戦闘陣形?」
「はっ、重力子観測によれば、明らかに横陣形をとりつつあります」
「妙だな……ここに味方の艦隊は、いないはずだ」
「はい」
「ならばどうして……もしや、我々が感知されたのか?」
「いえ、それにしては、向きが全然違います。距離も200万キロ以上離れており、我々に向けての態勢とは考えられません」
「なんだそれは……じゃあ一体、何と戦おうとしているんだ?」
我々はおそらく、まだキャッチされてはいないはずだ。にもかかわらず、連盟軍のいないはずの宙域で、連合軍が戦闘態勢を敷いている。
何かが迫っているのだろう。まさか、仲間割れか?連合の中で、衝突が起きている。それならば、辻褄が合う。
「ビスカイーノ提督、あの艦隊正面に、更なる重力子を探知!」
「やはり、艦隊がいたか。で、何隻くらいの相手なんだ?」
「それが……一隻です」
「一隻?」
「はい、ただし重力子の多さから、大型艦と推定されます。両者の距離は、50万キロ」
かなり接近しているな。そろそろ、戦闘開始か。それにしても、大型艦一隻対一千隻。もはや、戦闘にならないのではないか?
だが、連合のやつらは接近をやめない。何を相手に、戦おうとしているのか。
◇◇◇
「まもなく、距離45万キロ!」
「砲撃戦、用意!」
「了解、砲撃戦、用意!」
たった一隻とはいえ、未知の相手だ。こちらも慎重かつ全力で、これに当たらねばならない。
とはいえ、どう慎重になればいいんだ?こんな得体の知れないやつ、慎重になったところで、対処の仕方が分からない。困ったものだ。
「45万キロ、射程圏内です!」
「砲撃開始、撃ち―かた始め!」
『砲撃開始、主砲装填、撃ち―かた始め!』
戦闘が始まる。一千隻の砲撃が、一点めがけて放たれる。
が、想定外の事態が起こる。
「艦長、ビームが!」
「なんだと!? 発砲か!」
「いえ、ともかく、ビームが迫ってきます!」
意味の分からないやり取りののち、衝撃が襲う。
間一髪のところで、バリアが展開される。ギギギッという耳障りな音が、艦橋内に響き渡る。
「な、なんだ? 何が起きた!」
僕は確認を求めるが、相手の武器の正体よりも早く、想定以上に深刻な事態が発生していることを知る。
「40隻、撃沈!」
初弾で、いきなり味方が沈んだ。しかも、40隻だ。この前代未聞の事態に、僕は反射的に命じる。
「後退! 全艦、後退!」
突然の大損害を受けて、慌てて僕は艦隊は後退させる。一旦、距離を置かないと。僕は直感でそう決定する。
相手の速力は、それほど速くはない。こちらの後退にはついていけない。が、そんな鈍足な戦艦が、まったく砲撃の瞬間を伺わせずにいきなりの反撃だ。さらにデータリンクにより、他艦でも同様の事態が起きていることが判明する。
「なんだと、ビームを、反射した……?」
その一撃だけの戦闘結果から得られた結論は、これだった。
「はっ、全艦に向けて、ビームを反射した模様。大半はそれでも、なんとかバリアを展開して難を逃れましたが、40隻が……」
「ともかく、分析を進めよ。どう対処するかを考えないと」
なんということだ、我々1000隻のビームを、そのまま撃った方向に向けて反射したらしい。
自身の撃ったビームを、正にその方向に向かってはじき返したことになる。ということは、事実上、千門の砲塔を持つ戦艦と同等、ということになる。
「……しかも、これは我々の攻撃が効かないということでもあります。これでは、打つ手がありません」
「困ったな……どうしようか?」
だが、ともかく相手は、こちらの攻撃を反射するだけのようだ。
もしかしたら、別の方角から打てば、反撃できないかも知れない。僕はそう考える。
「……よし、別働隊を組織し、側面、後方からも攻撃を仕掛けてみるか」
「そうですね。それがよろしいかと」
「では、メルシエ隊、エルナンデス隊に連絡、後方に回り込み、あの大型艦を攻撃せよと」
「はっ!」
「ステアーズ隊は、このまま後退しつつ敵を引き寄せる。ワン隊、カンピオーニ隊は、右側面へ回り込み、これを攻撃する」
「了解しました! 各隊に伝えます!」
「よし、作戦を開始する!各艦、反射攻撃に留意し、発砲後は直ちに回避運動とバリア展開を行うよう!」
思わぬ不意打ちに、予想以上の犠牲が出てしまった。が、いよいよ我々も反撃に転ずる。正面からの攻撃ゆえに、弾かれてしまったとするなら、側面、後方はどうか?
各隊が、移動を開始する。
◇◇◇
「妙ですね。たった一撃で攻撃をやめたかと思えば、今度はあの一隻を囲み始めているようです」
「なんだと? どういうことだ」
「分かりません。が、未だその一隻は、健在です」
どういうことだ。戦艦クラスの艦でも、1000隻の艦砲の一斉砲撃を喰らえば、無事では済むまい。それが健在とは、とても信じられない。
まさか、こちらの重力子の探知が甘いのか?実はもっと多くの艦艇と対峙しているのだろうか?いや、それでは3つに別れて行動し始めた、今の艦隊運動に理由がつかない。
たった一隻に、苦戦している?とするならば、あの一隻はどこの陣営だ。少なくとも、連盟のものではない。
「全く状況が読めないな」
「はい、ですがビスカイーノ提督、一つ分かったことがあります」
「なんだ」
「あれが、ロングボウズだと言うことです」
「どうして、そう断言できる?」
「艦艇の移動速度が速すぎです。あれだけの速力を出せる艦艇は、今のところロングボウズだけのはずです」
「そうか、ということはあれはやはり、ヤブミ提督の艦隊ということだな」
思わぬところで再会することになったな。といっても、あちらはまだ、こちらには気づいていないようだ。もっとも、それどころではなさそうだ。しかしどうしてヤブミ提督率いる最新鋭の艦隊が、あれほど苦戦しているのか?
「妙だな」
「は?」
「我が連盟軍はこの宙域に、新兵器でも投入してきたのか?」
「いえ、そのような報告は、受けておりません」
「そうだな。ということは、そのロングボウズが戦っている相手、あれは連盟軍のものではない、ということになる」
「はっ、その通りです、提督」
「ならば、あれは連合の船、ということになるのか?」
「でしょうね。それ以外には、考えられません」
「よし、このまま慣性航行で接近する。全艦に下令せよ」
「はっ!」
借りを返す、というわけではない。が、ヤブミ提督が苦戦している相手は、連合軍の何かだと察する。
となれば、我々がそれを攻撃するのは当然だ。
なぜ、仲間同士が撃ち合っているのかは不明だが、この両者のどちらに味方するかと言われたら、それは当然、恩のある方だ。
「もしかすると、ビーム攻撃が効かないのでは?」
と、そこでソロサバル中佐が奇妙なことを言う。
「なんだと? ビームが効かないかもしれないだと?」
「はっ、たった一隻、しかも、高エネルギー反応を何度も検知しており、さらに陣形まで転換し、側面、後方からも攻撃している模様。ですが、未だ撃退できていないのです。依然として、あの一隻は健在です」
「つまり、どういうことだ?」
「はっ、導かれる結論は、全方位で攻撃が効かない相手ではないかと」
無論、これは推測に過ぎない。が、先ほど後方、側面に回り込んだというのに、また一か所に集まり始めている。依然、あの一隻は、健在のままだ。
「それならば、あの持続性のある例の砲撃で、撃てばいいだけではないのか?」
「おっしゃる通りですが、なぜかそれをやらないところが、気がかりです。それゆえに、ビーム自体が効果のない相手ではないかと考えられます」
「うむ……」
これは、どう解釈すれば良いのだろうか?そもそも、連合同士で戦っている時点で意味不明だし、その相手を攻撃し損ねているのも変だ。
一体、何が起きている?
だが、ソロサバル中佐の言う通り、あれがビームの効かない相手ならば、たった一つだけ、手がある。
このまま、隠密梱包を用いたまま、あれに接近し、試してみるか……
◇◇◇
なんということだ。まさか、全方位で攻撃が効かないとは、想定外だ。
どこから撃っても、反射されてしまう。ただ、向こうからは撃ってこない。まるで不可解極まりない船だ。
「困りましたね……」
「うん、困った」
全方向で攻撃が効かない。こんな卑劣な敵を相手に、どう戦えと言うのか?
ただ、自身で攻撃する術がないらしく、こちらが撃たない限りは攻撃されることはない。が、それも保証の限りではない。アルゴー船という前例があるからだ。
迂闊に近づけないな。手持ちのコマが無さすぎて、詰んでしまった。どうしたものか……
と、ただでさえ思い悩んでいる矢先、ダニエラが叫ぶ。
「や、ヤブミ様! 前方に、たくさんの船がいます!数はおそらく、500以上!」
レーダーに反応はない。と、いうことは、ダニエラが捉えたのは間違いなく「ニンジャ」だ。
この忙しい時に、連盟軍まで絡んできた。どうすれば、いいのか?
◇◇◇
「そろそろ、見つかっている頃だろうな」
私は、ソロサバル中佐に言う。
「そうですね。ロングボウズならば、間違いないでしょう」
「だが、今回は助けてやろうと言うのだ。撃たれては困るな……そうだ、いいことを思いついた」
「はぁ……」
ソロサバル中佐のやつ、何をそんなに呆れた顔でこっちをみているのか?どうせ、碌でもないことでも思いついたと、そう言いたげな顔だな。
「あれがロングボウズならば、通じる符丁を使うのだ」
「符丁?」
「そうだ」
「ですが、そう言うものは事前に取り決めておかなければ……」
「そうだな。取り決めは、ない。が、必ず通じる」
そう言って私は、通信士にレーザー通信にて、あの艦隊への通信を依頼した。
◇◇◇
「提督! 駆逐艦0221号艦が、レーザー通信を受信したとのことです!」
「レーザー通信? どこからだ」
「前方、46万キロにて航行中の、連盟艦隊の一隻からです!」
なんだと? 連盟艦隊が、こちらに通信を送ってきただと?
この非常識な事態に、僕は命じる。
「とりあえず、そのメッセージを読み上げろ」
「はっ!『テバサキよりヒツマブシへ! 当艦隊はこれより、隠密のまま接近してこれを攻撃する! 援護されたし!』以上です!」
これを聞いた瞬間、僕の頭は混乱する。その理由は、二つ。ひとつは、連盟軍が連合側の我々に向けて、援護せよと通信を送ってきたことだ。
そしてもう一つ。こちらの方が、より重要かもしれない。
それは、ナゴヤ飯を知っている相手だと言うことだ。
これを聞いて、僕はピンとくる。
「直ちに返信せよ!『ヒツマブシよりテバサキへ、当艦隊は、全力で支援する!』と!」
「はっ!」
この二つのナゴヤ飯を知っている連盟軍の指揮官といえば、たった一人しかいない。
つまり、あの艦隊の指揮官は、その人物だということだ。僕は、確信する。
だが、どうやってあれを攻撃すると言うのか?