#203 襲来
「総員、乗艦完了しました!」
「よし。ではこれより、0001号艦は発進する!抜錨!両舷後退微速!」
警報から1時間で、僕は旗艦に乗り込んでいた。ゴゴゴゴッと、通常機関の音が鳴り響く。緊急発進ゆえに、パワーのある新型機関を使う。
「巡航速力までは、通常機関にて航行する!」
「了解しました!」
艦長と航海科の間でやりとりが交わされている中、僕は正面にある陣形図を眺めつつ、ジラティワット少佐と現状把握をする。
「で、黒色艦隊は、どうなっている?」
「はっ、現在、距離300万キロまで接近、総数1万隻で、およそ3隊に分かれて向かっているとのことです」
「1万か……一個艦隊で攻めてくるとはな」
「はっ、全くの想定外です。現在、周辺の星系にも、援護を呼びかけているところです」
連合でも連盟でもない艦隊が攻めてきた。それも、おそらくはサンサルバドル銀河方面からやってきたのだろう。そのルートは不明だが、捕獲したあの黒い艦隊の一隻の調査結果と、これまでの事実の蓄積とを鑑みて、ほぼ間違いない。
少し不可解なのは、通常の駆逐艦と同等に捕捉できることだ。これまで出会った無人船、アルゴー船や岩の艦隊、それに地球1019の軌道上に存在したあの攻撃衛星も含め、300万キロ以内に入らない限り捕捉できなかった。が、この黒い艦隊は、1200万キロ先からも捕捉できる。
おまけに、遅い。全長が3200メートルもあったアルゴー船ですら、我々の機関では追いつけなかった。ところがこの黒色艦隊は、それほど速くない。
魔石を利用した無人兵器というところは共通なのに、どこかこれまで出会ってきた艦艇とは違うんだよなぁ。アルゴー船や岩の艦隊とは、別の勢力が作り出したものなのだろうか?
だとしたら、なんで今ごろ現れた?
「とにかく、やつらの目的は明確だ。こちらに対する、無差別攻撃。おそらく、連盟との条約で禁じられた、民間船への攻撃すら辞さないだろう」
「はい、それも懸念して、この宙域周辺を航行する民間船は、全て退避するよう勧告したとのことです」
「そうか……まずは、一安心というところか」
などと言ったものの、言ってみれば我々は、異星人からの襲来を受けているようなものだ。いや、異星ではないな、異銀河とでもいうべきか?そんなことはともかく、この宇宙が連合や連盟に分かれて以来、初めてとなる別勢力からの侵攻ということになる。
「コールリッジ大将より入電!」
と、そこに、大将閣下からの通信が入る。
「読み上げよ」
「はっ!『これより第1艦隊は、全艦をもって黒色艦隊の侵攻を阻止する。第8艦隊は黒色艦隊の右側面に回り込み、これを攻撃せよ』以上です!」
なるほど、同数の艦隊で対峙したところを、我々1000隻が側面攻撃を仕掛け、これを瓦解させようというのか。艦隊戦の常道ではあるな。
「了解した。ではこれより、第8艦隊は黒色艦隊側面に向けて進撃する」
「はっ!」
「全艦に伝達!進路変更、目標、敵艦隊右翼!」
コールリッジ大将の指令を受けて、我々は第1艦隊から離脱する。すでに270万キロまで接近した黒色艦隊の右側に回り込むべく、全速で迂回を始める。
それから1時間もの間、黒色艦隊の右側へと移動を続ける。その間にも、第1艦隊と黒色艦隊は接近を続け、すでに距離は50万キロを割り込んでいる。あと数分で、砲撃が開始されようとしている。
「我々もまもなく、黒色艦隊の右側面、55万キロに接近しつつあります」
「そうか、間に合ったな」
「はっ!全艦に、砲撃準備を下令しますか?」
「そうだな。だがその前に、全艦に指示して欲しいことがある」
「なんでしょうか?」
「動力を、魔石エンジンへ切り替える」
「動力を、切り替えるのですか?なぜです?」
「いや……おそらく、この艦も含めて特殊砲撃を行う可能性がある。その場合は、動力を魔石エンジンに分担させておいた方が、バリアと慣性制御を使えるようになる。通常砲の艦も、魔石エンジンの余力を得ておけば、砲撃時に核融合炉の負担を下げることもできる」
「はっ、了解しました。では全艦に、魔石エンジンへの動力切り替えを指示いたします」
前回の魔石暴走による特殊砲撃の際に思いついたことだが、砲身と魔石エンジンとを接続する代わりに、重力子エンジンと魔石エンジンとを接続しておき、核融合炉を砲身と接続しておけば、魔石を暴走させずとも特殊砲撃と機関とを併用できるのではないか?と考えた。
無論、特殊砲撃の装填時間はこれまで通りだが、バリアシステムが使えるため、格段に安全性が高い。特に改造も不要で、機関室内だけで切り替えが出来ることが分かったため、すでに1000隻とも魔石エンジンと重力子エンジンとを接続できる体制になっている。
せっかくだから、この場でそれを活かそうと考えた。
「全艦、魔石エンジンへの動力切り替え、完了!」
「了解、魔石エンジン始動!全艦、砲撃戦準備にかかれ!」
「はっ!魔石エンジン始動!砲撃戦準備!」
ところがこの直後、想定外の事態が起こる。
「て、敵艦隊、回頭!」
「なんだと!?」
「陣形転換、右に回頭しつつ、陣形を再編中!」
いきなり、黒色艦隊が回頭を始める。僕はモニターの陣形図を見る。
「少佐……これを、どう見る?」
「はっ……どうと言われましても、明らかにこちらへ向けて、回頭しつつあります」
すぐ目の前に、1万隻もの艦隊がいるというのに、その艦隊に側面を向けて、黒色艦隊はこちら側へと向かってくる。軍事的に、ありえない行動だ。
「まずいぞ……このまま前進を続ければ、1万隻の艦隊と正面からぶつかることになるぞ」
「提督!一旦、後退です!」
「後退?しかし、後退などしても、どこまでも後退することになるぞ」
「いえ、敵は第1艦隊に腹を向けています。ということは、第1艦隊が黒い艦隊を削り取ってくれます」
「そうなれば、さすがにあの艦隊も反撃を始めるということか?」
「そうです。その時は前進し、当初の作戦通りに側面を攻撃すればいいのです、今はまず、後退して距離を取るべきかと」
この事態を受けて、ジラティワット少佐が意見具申する。確かに、少佐の言う通りだろう。僕は決断する。
「ではこれより後退する!第1艦隊にも打電!」
「はっ!」
どうして急に、こちら側に向かってきたのだろうか?ともかく今は、後退するしかない。よりによって、魔石エンジンに切り替えた直後、我々の通常機関よりも非力な動力に頼らざるを得ないことに歯痒さを感じるものの、今は転換などしている余裕はない。
まさか、あの黒色艦隊は、そこを突いてきたのか?
にしてはやつら、左側面を第1艦隊にさらけ出している。こちらに対しては有利でも、そもそも主力艦隊である第1艦隊に対しては、あまりにも無防備すぎる。
はっきり言わせてもらえば、やつらは馬鹿なのか?戦さの常道からは、あまりにも外れている。
「第1艦隊、砲撃を開始!」
と、急に目の前に青い光の筋が現れ始める。射程内に捉えた第1艦隊が、あの黒色艦隊に向けて砲撃を始めている。
「黒色艦隊、撃沈300!さらに増大中!」
初弾でいきなり300隻も沈められている。とても、何か策がある艦隊運動とは思えない。普通ならここで回頭して反撃に出るはずだが、それすら行わず、あの黒い艦隊は我々の方に向いたまま、進撃を続けている。
あまりに想定外の事態に、僕らは返す言葉もない。
「敵艦隊まで、あと50万キロ!」
徐々にではあるが、距離を詰められている。が、それ以上に、黒色艦隊の消耗が激しい。気づけば既に、半数以上が失われた。ただの一隻すらも、第1艦隊に向けて反撃を行おうとしないためだ。
「……なあ、少佐」
「はい、なんでしょう?」
「そろそろ、前進した方が良くないか?」
「そうですね、数も減ってますし」
すでに黒色艦隊の数は、2000を切っていた。なんだか、攻撃するのも申し訳ないのだが、あそこまでお馬鹿な艦隊相手なら、そろそろ反撃に出た方が良いと考えた。罠の存在も、あるかもしれないし。
が、それから20分後。
我々が加勢したものの、特に罠の存在も何もなく、あの1万もの艦艇は跡形もなく消滅してしまった。




