#202 合流
「戦艦ノースカロライナまで、あと800!」
「両舷前進最微速!入港、用意!」
第1艦隊と合流し、いつものように、我が旗艦はノースカロライナの艦橋横にあるドックに入港する。それにしても、あの大戦艦を見た後だと、全長が高々5000メートルほどの戦艦ノースカロライナが小さく見えてしまう。それ以上に、僕がこの戦艦を見て思うことは、さらに憂鬱なことである。
「なんかこの戦艦、ちっせえな」
「うむ、小さいな。これほど小さかったか?」
横でぼやくレティシアとリーナも、やはり小さく見えるようだ。ここひと月ほど、大規模な畑や生簀まである戦艦で暮らしていたから、なおのことそう思うのだろう。
が、ここには畑や生簀などよりも強大で、なおかつ厄介な存在がいる。それと対面しなくてはならないことに、僕は憂鬱を感じているところだ。
そして、駆逐艦0001号艦は、戦艦ノースカロライナの1番ドックへと入港する。
「このところ、面白いことになっとるじゃないか」
到着早々、僕はその憂鬱の種と対面する。地球001で最精鋭と言われた第1艦隊、軍民合わせて160万人の頂点に立つ総司令官コールリッジ大将が、僕の目の前のソファーに座っている。
「いえ、あまり面白いことではありませんよ、閣下」
「そうか?中性子星域にワープアウトした早々、あの無人の艦隊とドンパチをやらかしたのだろう?」
「ええ、まあ……」
「無人と分かっている相手ならば、なんの遠慮なく叩くことができる。これを面白いと言わずして、なんというか?」
いや、大将閣下、それはちょっと言い過ぎでは?戦っている最中には、あれが無人だという確証は持てず、たとえ無人と分かっていても、こちら側が命懸けなことには変わりない。面白いなどと感じる要素は、微塵もないのだが。
なお、あの戦闘後に、2つのことが判明した。一つは、撤退した黒色艦隊の残存を追尾した結果、中性子星域内でワープし消えたことだ。つまり彼らはやはり、どこからかワープしてここにやってきた。
もっとも、その場所を探索するも、ワームホール帯が見つからない。一体どうやって、ここにワープしたのかはまったく分かっていない。
そして分かったことの二つ目は、あの黒色艦隊が「無人艦隊」だということだ。戦闘宙域を探索したところ、真っ二つに割れた黒い船体が一つ、残されていた。それを回収し、調査した結果、あの黒色の船体には居住区はなく、砲と魔石機関のみで構成されたものであることが判明する。
で、今、僕はこれらの調査結果を第1艦隊に引き渡すべく、コールリッジ大将と面会しているところだ。
「それにしても、だ。あの黒色艦隊はおそらく、原生人類が作り出した代物なのであろう?」
「はっ、マリカ中尉の仮説によれば、そう考えるしかありません」
「と、いうことはだ。少なくとも数万年前に作られたもの、ということになる。そんなものがどうして今ごろになって、この宙域に現れたのだ?」
「さあ……なぜでしょう?」
「アルゴー船がきっかけというなら、地球001に近い宙域に出現してもおかしくない。この宙域も、我ら地球001と関連がない場所というわけではないが、何のきっかけも思いつかない。単なる偶然なのか。それとも我々の気づかない、何かが起きているのか……」
コールリッジ大将が、珍しく考え込んでしまう。しかし、いくら考えたところで、ここでは答えなど出ようがない。僕だっていろいろと考えてみたが、やはり思い当たる節が見当たらない。
「ともかくだ、こういうことはマリカ中尉に任せるとしよう。あの士官、頭はおかしいが、それだけにこういう不可解極まりない現象にはその能力を発揮するようだし、期待するとしよう」
で、結局、マリカ中尉に丸投げするという結論に達したコールリッジ大将は、コーヒーを一口飲む。
「そういえば、今回はレティシア君が活躍したそうじゃないか」
「はっ、敢えて魔石の暴走を引き起こし、特殊砲撃の速射を行いました」
「まったく、魔石の不安定さを逆手に取って、それを利用するとはな……で、今回はレティシア君は、大丈夫だったのか?」
「あらかじめ、魔石には多少のエネルギーが蓄積されており、レティシアの体内のエネルギーがすべて吸収されるという事態は起こりませんでした。もっとも、その後に食堂に駆け込みはしましたが」
「そうか……で、カテリーナ君がそれを使って艦隊を壊滅した。ますます、戦乙女頼みだな、第8艦隊は」
嫌な言い方だな。そもそも、特殊砲撃があったからこその勝利であって、そこに彼女らが組み合わさったというだけに過ぎない。戦乙女頼みばかりではない。
「そういえば、ダニエラ君はどうだったのかね?」
「あの、どうだったというのは……」
「神の目とやらで、黒色艦隊を捉えられたのか、と聞いている」
「ええ、捉えてはいました。が、レーダーの方が先に捕捉しており、特にダニエラでなければ捉えられない、というわけではありませんでした」
「そうか……岩の艦隊は捉えられなかったというのに、黒色艦隊は捉えられたのか。妙な話だな」
「ええ、確かに。その辺りのつじつまも、マリカ中尉に解明してもらいたいと考えております」
「そういえば、あの獣耳の獣人がいただろう。彼女はどうだったのだ?」
「ワープ直後に、食堂でふぎゃふぎゃと騒いでいたらしいですから、あの黒色艦隊を捉えていたものと思われます」
「そうか」
なぜか、他の戦乙女の様子まで尋ねられる。なお、リーナはというと、騒いだり何かが見えたりなどはないものの、レティシアの魔石暴走後に備えて、行動を共にしていたと聞いた。前回はレティシアのやつ、立ち上がれなくなったからな。その後はレティシアと共に、ガツガツと食い続けていたそうだが。
「貴官の艦隊にいる魔女や獣人、そして異銀河の者らが今後、今回のような異常現象に対し、どこでどういう関わりを持つか分からない。その点を留意しておけ」
「はっ!」
「何かあったら、すぐに報告せよ。私からは以上だ」
「はっ!了解であります、閣下!」
あの加齢臭漂う司令官室を出ると、近くの通路にあるベンチで我が艦隊の司令部一同が待っていた。僕の姿を見るや、皆立ち上がり、敬礼する。僕も返礼で応える。
「お待ちしておりました、提督。で、いかがでしたか?」
「うん、いかがも何も、あの戦闘のことを聞かれただけだ。ああ、そうそう、謎の件をマリカ中尉に考察してもらえとも語っていたな」
「あーら、私、大将閣下からそこまで頼りにされているのですわね」
「そりゃあ、頼るところはそこしかありませんからね。出身はパスタの国で、おまけに虚弱な身体とあっては、ほぼ使い道がありませんからね」
「そりゃあ、ソーセージの国のように大味な提案しかできない脳みそとは違いますわよ、我がイタリアーノは」
この二人、実は仲がいいのかもしれない。悪口は、互いを認めていることの裏返しではないか?レティシアがそう言っていたことを思い出す。
「うーん、確かに大味な思考かもしれないけど、あの作戦具申をした時のアウグスタのあの凛々しい姿、思い出すなぁ。かっこよかったよ、アウグスタ」
「なななな何を言い出すんですか、ランス、じゃない、ブルンベルヘン大尉!」
「何をって、思ったことを言ったまでだよ。何か悪いことを言ったかい?」
にしても、大きな変化を感じるのは、ブルンベルヘン大尉の存在だ。まさかヴァルモーテン少尉を援護してくれるやつが身近に現れるとは、ついひと月前までは考えたこともなかった。
にしてもヴァルモーテン少尉の名前って、アウグスタというんだな。書類で見たかもしれないが、言われるまで気にしたこともない。
「と、いうことは提督、当面我々は、あの黒色艦隊への警戒を怠るな、ということでしょうか?」
「そういうことになる。加えて、連盟軍にも警戒もしなきゃならない」
「忙しいですね」
「ほんとだ、忙しい」
ジラティワット少佐と共に、ため息を吐きたくなる。ここしばらくは、戦艦ゴンドワナにて悠々とした日常を過ごしていたが、ここにきて急に忙しくなりそうだ。
にしてもだ、8つも艦隊があって、その中でもっとも弱小な第8艦隊に、なぜここまで不可解な現象に対する任務が集中するのだろうか?少なくとも連合側に属する地球だって、600以上はあるんだぞ。ただでさえ実験艦隊としての、実証されていない機器の検証という任務を抱えているのに、ちょっと不公平じゃないか?
まあ、コールリッジ大将は、この最前線にいてバックアップをしてくれる側にいてくれるから、それほど不満はない。むしろ、安全な地球001の司令官建物にこもって命令だけ発する連中にこそ、ここに出向いてもらいたい。つくづく僕は、そう感じる。
「おう、終わったのか?」
と、そこに、レティシアとリーナが現れる。時計を見ると、約束の時間だった。そうか、もうそんなに時間が経っていたのか。僕は二人に手を振る。
「何だ、ヴァルモーテン、これからブルブルとデートか?」
「誰ですか、ブルブルって!ブルンベルヘン大尉ですよ、レティシア殿!」
「似たようなもんじゃねえかよ。おめえだってヴァルモーテンなんて変な名前なんだし、ヴァルブル・コンビで、ちょうどいいじゃねえか」
段々と、ヴァルモーテン少尉の扱いが雑になってきたレティシアだが、ヴァルブルの辺りで、横にいるマリカ中尉が必死に笑いを堪えている。
「まあなんだ、ヴァルブルはともかく、バンバンジーが食いたくなった。そういうわけだ、カズキ殿、街へ行くぞ」
一方のリーナは、相変わらず胃袋から話しかけてくる。ここが戦艦ノースカロライナだろうと、ゴンドワナだろうと、やることは変わらない。
「そういやあジラティワットよ。グエンのやつが、この先で待ってたぞ。さっさといってやれ」
「えっ!リエンが!?はい、わざわざありがとうございます」
「んで、マリカよ、デネットがエレベーターの前で待ってるってよ」
「はぁん、デネット様がぁ、そんな近くにぃ!?すぐに参りますわ!」
あれだけ虚弱なマリカ中尉が、あっという間にすっ飛んでいった。それを見たヴァルモーテン少尉が、不敵な笑みを浮かべつつこう呟く。
「ふふふ……ピザ中尉殿も、すっかりケチャップ漬けにされて、己を見失いかけてますね。崩壊するのも、近いでしょう」
本当にあの二人は、仲がいいのだろうか?僕はふと、考え直す。
「ところでよ、ノースカロライナといえば、やっぱりあの店だな」
「なんだ、バンバンジーが食える店があるのか?」
「なんだよ、バンバンジーって……そんなんじゃねえよ。ゴンドワナにはなくて、ここでは食えるナゴヤ飯があるだろう」
「おお!そうだった、ひつまぶしが食えるのだったな!」
よく覚えているな。さすがは胃袋に記憶容量があるリーナだ。僕はすっかり忘れていた。エレベーターで街へ降りると、早速その店へと向かう。
「おい、女将!私には、お櫃二つだ!」
「えっ?あ、はい、ただいま」
店に着き、いきなり二杯分を注文するリーナ。まあ、元からこいつは一人分では満足などしないからな。久しぶりのひつまぶしに、心躍らせるレティシアに、僕は尋ねる。
「そういえばレティシア、お腹はなんともないのか?」
「はぁ?あるわけねえだろう」
「だって、つい昨日に、あの魔石にエネルギーを吸われたばかりじゃないか」
「あんなもん、大したことねえよ。なんなら、毎日でも触れてやらあな」
などと強がるレティシアだが、言われてみれば、今回は被害が少ない。前回と違って、対策されていたこともあるのだろうが、初回のあれで慣れたのかもしれない。
「にしてもだ、大将閣下はあの黒い艦隊を、なんだと考えているのだ?」
リーナが僕に尋ねる。
「そうだな……未知の脅威と考えてはいるようだが、それ以上は……しかしリーナよ、なぜそんなことを気にする?」
「いやなに、どうもあの大将閣下は、カズキ殿を都合よく使役しているようにしか見えぬ。これからも、何をやらされるのかと思ったのでな」
「その通りだが、それを知ったところで、リーナはどうするつもりだったのだ?」
「うむ……そこまでは、考えてはおらぬ。だが、慰めるとか、なんらかの心の支えをすることはできるであろう」
こういうところに、リーナの優しさというものを感じる。思わずベッドの上に連れ込んで、ギュッと抱きしめてやりたい気分だ。
「まあ、あの大将がなんと言おうが、いざとなりゃあ、俺が助けてやらあな。魔石の一つや二つ、いくらでも暴走させてやるぜ!」
一方のレティシアは、ガサツながらも頼もしい一言をくれる。度量の広さが、レティシアの良いところだ。これは、僕だけでなく艦内の誰もが感じていることでもある。それゆえに、レティシアはよく恋愛相談も受けている。
うーん、こっちも今すぐ、抱きしめてやりたいな。もはや、ひつまぶしどころではない。さっさとホテルに戻って、ベッドに突入したい気分だ。
「おし!今日は二杯目から出汁茶漬けだぜ!」
「なんと、ならば私は、お櫃ごと出し汁を入れてやろうじゃないか」
「うわっ、おめえ、やることが大胆過ぎるんだよ」
そんないかがわしい旦那のことなど、目の前にあるウナギ入りご飯を前に目もくれない二人の妻。久しぶりのナゴヤ飯の味を堪能する二人の姿を、堪能する僕。
そんな微笑ましい状況に、横槍が入る。
突然、僕のスマホから、警報音が鳴り出す。それは、他の座席からも鳴り響く。
只事ではない。おそらく、第1艦隊も含む全ての軍属に向けて発せられた警報だ。と、いうことは、それだけ大規模な軍事行動が必要な事態だということだ。
そして僕は、スマホの画面を見た。
「お、おい!何が起きたんだよ!?」
レティシアが尋ねてくるが、僕はそこに書かれた事態に、一瞬、言葉が出ない。
「なんだ、連盟軍か!?」
リーナが口を開いた直後、僕は二人に、今起きている状況を知らせる。
「大変だ……多数の黒色艦隊が、接近中とのことだ」