#198 後処理
『……つまり貴官は、あの魔石暴走の引き金が、その魔女の力だというのか?』
「はっ。これまでの事象と照らし合わせても、そうとしか考えられません」
戦艦ゴンドワナに戻り、僕は早速、コールリッジ大将から通信機越しに尋問を受ける。
コールリッジ大将相手に、誤魔化しなど効かない。するつもりもない。だから僕は、起きたことをありのまま話す。
『しかしだ、通常なら3分かかる特殊砲撃を、わずか数秒で装填できるとは、こいつは途方もないエネルギー源だな』
てっきり魔石の暴走に懸念をつらつらと述べるのかと思いきや、エネルギー源としての期待度の方が高いらしい。
だがこっちは、本当に今度こそ死ぬかと思った。目の前で光り輝くあの魔石を見て、ゾッとするとか背筋が凍るとか、そういった次元を超えた恐怖を感じたほどだ。僕の脳裏にはアルゴー船を始め、魔石が引き起こした現象に対してはろくな記憶が浮かばない。
「いやはや、噂通りの指揮官だ。やらかしたものだな」
隣でコールリッジ大将とのやり取りを聞いていたナポリターノ大将が、聞き捨てならないことを言う。一体、どんな噂を聞いていたのか。そこが気になるものの、僕はこの場では、頭を掻いて誤魔化すしかない。
「にしても、さすがはオーバーテクノロジーだな。予想外のことが起こる。まさにこれこそ、実験艦隊にふさわしい機関だ」
うう、その通りなんだが、なぜか大将閣下の言葉を素直に受け入れられない。皮肉られているのか、それとも素でそう思って言っているのかが計り知れない。
「いずれにせよ。明日の最高司令官総司令部会議では、この問題が第一の議題となるのは避けられないだろうな」
「……あの、閣下もやはり、魔石エンジンの継続的使用には、反対されるのですか?」
「なぜだ?なぜ私が、反対せねばならない?」
「いえ、制御不能な機関であると……」
「そんなことは思っておらんよ。現に暴走を乗り越えて、こうして無事に戻ってきている。むしろ、魔女によって格段の出力を得られるエネルギー源ならば、それは我々にとって、理想的な機関とも言えるではないか?」
なんでそんなに嬉しそうなんだ、この大将閣下は。まるで他人事だな。僕としては、魔石エンジンなんぞ外して、元に戻して欲しい。
「だが、それほどのものであれば、むしろこのゴンドワナに取り付けたいくらいだ」
「はぁ……ですが、まだまだ未知数な機関ゆえに、あまりおすすめはできませんが」
「当たり前だ。だからそれを検証するためにこそ、第8艦隊があるのだろう」
だんだんとこのナポリターノ大将が、コールリッジ大将と重なってきた気がする。地球001の大将というのは皆、こんな感じに底抜けに楽観的なのか?いや、バッカウゼン大将のような、慎重な人物も、いるにはいる。
「はぁ〜〜〜〜〜〜っ!」
ホテルに戻るなり、僕は大きなため息をつく。それを聞いたレティシアが、心配そうに話しかけてくる。
「なんでぇ、やっぱり、絞られたのか?」
「いや、そういうわけではないが。むしろ、絞られた方がマシかもしれないな」
「なんだそりゃ?よく分かんねえ言い方だな」
こちらも他人事のように話してくるが、むしろお前がこの問題の中心にいるんだぞ。簡単にいえば、お前自身が暴走の原因であり、また兵器の一部としてみられているんだぞ。
「まあ、そういう時は、食えばすっきりするものだ」
「いや、俺はいいわ。まだ気持ち悪いのが治らねえし」
レティシアはあの暴走事故の後の暴食で、胃腸をやられたようだ。今朝からスープしか受け付けないらしく、むしろ胃薬の量が半端ない。
「だらしないな、レティシアよ。私のように普段から鍛えていれば、こうも簡単にやられることはないぞ」
「何言ってやがる、俺だって、タイワンラーメンや味噌カツで鍛えているつもりだったんだがな」
確かに、常人の胃腸では、辛いタイワンラーメンをあれほどあっさりと平らげることはできないだろうな。そのレティシアの胃袋が、こうもあっさりとやられるとは……
ということで、その日はスープパスタの店に向かう。レティシアが、スープしか飲めないからだ。となれば、スープが選べるところがいいだろうということになった。
「うう……もっと、実のあるもんが食いてえ……」
これほど弱ったレティシアを見たのは初めてかもしれない。力なく、じゅるじゅるとコンソメスープをすするレティシア、なんとも痛々しい姿だ。
「だらしない姿ですわね。怪力魔女が、聞いて呆れますわ」
と、辛辣な言葉を投げかけるのは、マリカ中尉だ。
「うっせーな、虚弱なおめえに、言われたかねえよ」
「あーら、そんな虚弱な私に、言いたい放題言われているあなたは、なんなのでしょうね?」
煽り体質なマリカ中尉が、わざわざレティシアを弄るためだけにここにきたわけではない。僕はマリカ中尉に尋ねる。
「……で、依頼していた件は、どうなったんだ?」
「ええ、提督。結論から申しますと、要するにレティシアさんは、あの魔石にほぼ全身の糖質を吸い取られたみたいですね」
「つまり、どういうことだ?」
「身体中のエネルギーを、魔石に吸われたってことですよ」
「だが、妙だな。ならばアルゴー船を浮上させた時は、どうしてなんともなかったんだ?」
「予め、エネルギーが充填されてたんじゃないですか?レティシアさんの魔力は、きっかけでしかなかった。そういうことだと推定されたます」
乏しいデータだけで推測するマリカ中尉だが、これまでこの人物の言うことは、概ね間違ってはいないと思われる。そういう洞察力だけは、我が艦隊、いや、地球001の全軍の中でも随一だろう。
「マリカ、上手く報告できたじゃないか」
「はぁん!当たり前ですわ!デネット様の前だからこそ、最高の仕事ができるのですぅ!」
しかしこいつ、デネット大尉の前ではどうしてこうも知性が落ちるのだろうか?
「まったく、男の力に頼らねば本領を発揮できないとは、さすがはタバスコ頼みの素パスタのような中尉殿ですね」
そのマリカ中尉に匹敵する毒舌の持ち主、ヴァルモーテン少尉が現れた。
「あら、そんなあなたも男を侍らせておいて、そのようなことを言いますか?」
マリカ中尉は、チラリとヴァルモーテン少尉の後ろを見ながらそう返す。その目線の先には、ブルンベルヘン大尉がいる。
「何を申しますか。我々の場合は『共闘』というのですよ。最強の戦術に、鉄壁な兵站。重機パイロットと理屈屋のコンビなどに、負けるわけはありませんよ」
ヴァルモーテン少尉が、デネット大尉共々ディスるのは初めてじゃないか?リア充の称号を得たヴァルモーテン少尉には、もはや恐れるものはない。
「いやあ、デネット大尉ですね。私はブルンベルヘン大尉と申します。以後、お見知りおきを」
「デネットです。いや、お互い、大変ですなぁ」
その横では、互いのパートナー同士が実に平和裡に接触を行っている。
「ところで提督、このようなところに我々まで呼び出して、どうされたのですか?」
「ああ、取り急ぎ、コールリッジ大将からの結論を伝えておこうと思ってな」
「はっ、さようですか。で、いかような結論となったのでしょう?」
「大将閣下の意思は、継続、だ」
ここは一般人もいる場だから、敢えて「魔石エンジン」という言葉は使わない。それでもこの2人は事態を把握しているだけに、その言葉の意味をすぐに察してくれる。
「そうなのですか?であれば、兵站担当としては、願ったり叶ったりですが……」
「そうだ。が、あとはそれを、軍最高司令官総司令部での会議にて、受け入れられるかどうかにかかっている」
そう、あとは7人の大将閣下と、その上に立つ元帥閣下の判断にかかっている。
「なんでえ、その横のひょろっとしたやつ、よく見ればブルブルじゃねえか」
「ブルンベルヘンですよ、レティシア殿!何なのですか、そのマッサージ機のような呼び方は!」
雑なレティシアに食いつくヴァルモーテン少尉。だがヴァルモーテン少尉よ、いちいち突っ込んでたら、キリがないぞ。もしここにフタバがいれば、多分きっと「ブル君」だからな。いや、フタバはよほど親しい男以外は、そういう呼び方をしないか。
「……ですが、おかげさまで私はこのように、大尉殿と行動を共にできる仲になりました。何とお礼を申せば良いのやら」
「おう、順調そうだな」
「はっ、作戦は、極めて順調に推移しております!」
だが、ヴァルモーテン少尉は以前、レティシアに恋の相談をした件のお礼を述べている。結局はあまり役立てたとは思えないものの、確かに今の姿のきっかけにはなった。が、ヴァルモーテン少尉よ、それを作戦と呼称するのはどうかと思うぞ。
「ともかく、我々はまだ、ここからしばらくは動けないと、そういうことですね、提督」
「ああ、そういうことだ」
「了解しました。どのような結論になるにせよ、我々がやるべきことは変わりありません。ヴァルモーテン少尉」
「はっ!」
「……それじゃ、行こうか」
「はっ!お供いたします!」
なんだかあの2人、まだ上官と部下のような関係だな。ジラティワット少佐とグエン少尉のカップル並みに馴染むのは、一体いつになるのだろうか?
「はぁ〜、俺も早く元気になって、肉食いてぇ」
コンソメスープでは物足りないが、それ以外のものが喉を通らないレティシアの弱りようは、気の毒としか言いようがない。その横では、リーナがいつもの勢いで食い続ける。
「おい!おかわりだ!」
しかしこいつ、さっきからスープパスタを何リットルくらい口にしているのだろうか?ほとんど噛むことなく、流し込むようにそれを食するリーナは胃袋を、レティシアのと変えてやりたい気分だ。
「うう……見ているだけで気持ち悪くなるぜ。おめえ、どんだけ食うんだよ」
「何を言うか、レティシアよ!ここの料理など、ほとんど水のようなものではないか!しかしなんだ、スープパスタなるものも、意外に美味いな」
スープパスタを「飲む」やつも珍しいが、それ以上にレティシアの弱った姿が見られるのも、極めて稀有だ。少なくとも僕は、初めてだな。
もう二度と、レティシアが魔石に触れることはないだろう。こんな目に会っていながら、あれに触れようなどとは考えまい。多分、見たくもないのではないか?
だが、そんなレティシアの思いとは裏腹に、その翌日に行われた軍の最高司令官総司令部の会議において、魔石エンジンのテスト継続が、決定された。




