#197 暴走
「出力値、急上昇!」
「なんだと!何が起こった!?」
にわかに、機関室内には緊張が走る。機関長が、この左機関室に走り込んできた。
「なななな何が起こってんだ!?」
レティシアが動揺している。直後、警報が鳴り出す。
『艦橋より機関室!警報発令しているぞ!どうなっているか!?』
「機関室より艦橋!現在、魔石エンジンの出力が上昇中!原因不明!」
魔石は、まだ光り続けている。ただ光っているだけでなく、膨大なエネルギーを放出しているようだ。
『エネルギーの緊急放出の要あり!このままでは機関が崩壊、最悪の場合、爆発の恐れあり!』
緊迫した、航海長らしき叫び声が艦内放送で響く。なんてことだ、まさか、魔石のエネルギーで船体にダメージが加わるなど……
「そうだ、機関長!」
「はっ!」
「特殊砲撃、用意だ!」
「は!?」
「大出力のエネルギー放出に耐えられるのは、この艦の主砲だけだ!特殊砲撃用回路接続、急げ!」
「りょ……了解しました!」
「直ちに艦橋にも伝達!エネルギー放出のため、特殊戦用意にかかれ!」
「はっ!」
今回取り付けられた魔石エンジンは、ちょうど砲身と、左側の重力子エンジンの間に取り付けられている。このため、特殊砲撃用回路の近くにあり、直結することが可能だ。
この艦の主砲ならば、かなりのエネルギー量の放出に耐えうる。ならば、それを使ってこの膨大なエネルギーの放出を行うしかない。僕はそう、判断した。
「艦橋!ヤブミだ!直ちに僚艦に連絡!我が艦の軸線上より退避せよと!」
『了解!』
そういえば、正面に第7艦隊の僚艦がいるかもしれない。味方の砲撃でやられたとあっては、示しがつかない。僕のこのやりとりの間にも、特殊砲撃の準備が進む。
「特殊砲撃回路、魔石エンジンに接続!」
「よし、エネルギー充填開始!」
「はっ!」
「砲撃管制室!砲撃準備はどうか!?」
『砲撃管制室より機関室!砲撃準備、整いました!』
「了解!これより先は、艦長に一任する!」
バタバタと慌ただしく、想定外の事態に備える我が艦。だが、これまで何度か修羅場をくぐり抜けてきた経験のためか、予想以上に早く準備が進む。
が、さらに想定外の事態が起こる。
『こちら砲撃管制室!主砲充填、完了!』
なんだと?特殊砲撃回路を繋いで、まだ10秒もたっていないぞ。もう特殊砲撃の発射準備が整ってしまったというのか?
『艦橋より砲撃管制室!軸線上に味方艦影なし!砲撃開始!』
『了解、砲撃、開始します!主砲発射、撃てーっ!』
その直後、ガガーンというけたたましい音と同時に、特殊砲撃が開始される。魔石自体は、特殊砲撃用回路の大きな管に隠れて見えない。ガタガタと大きな揺れだけが伝わってくる。
が、いつもならば、特殊砲撃中は慣性制御が使えなくなるため、この砲撃による衝撃がもろに伝わってくるところだ。が、今は魔石エンジンと特殊砲撃用回路が接続されているため、核融合炉と重力子エンジンがつながったままであり、そのおかげで慣性制御が生きている。だから、揺れと音は伝わってくるものの、砲撃によるあの衝撃は伝わってこない。
『砲撃、終了!』
『艦橋より艦内各部!ダメージコントロール!魔石エンジン、および艦内各所の点検、急げ!』
オオシマ艦長が、艦内の点検を指示する。この機関室にも、非番を含む機関科全員が入ってきた。
「どうか!?」
「はっ!損傷部分なし、魔石エンジンのエネルギー量も、正常値まで低下!」
どうやら、危機を乗り切ったようだ。もっともエネルギー流の影響を受けたはずの機関と砲身さえ無事ならば、それ以外の場所もおそらくは大丈夫だろう。
「提督、何が起きたんですか?」
「分からん。突然、あの魔石が光り始めたんだ。」
と言って僕は、特殊砲撃用回路が外された魔石を指差す。あれだけ膨大なエネルギーを出し切ったからか、先ほどまでのあの眩い光はなくなり、正常に戻っている。
「あの、私はここにいませんでしたから、何がどうなったのかは把握しておりません。提督、あの魔石の暴走前に、何か前兆やきっかけはあったのでしょうか?」
「いや、前兆などというものは何も……ただあの時、レティシアのやつが、魔石のおかげで機関室が快適だと言って……あっ!」
機関長に、魔石暴走時の前後のことを問われて応えていたら、僕はあることを思い出す。
そうだ、そうだった。そういえばあの時、レティシアが魔石に触れていた。
そして、以前にも似たようなことがあった。
「そうか、しまった!もしかしてレティシアが、魔石に触れたのがまずかったのか!」
「な、なんでぇ、俺は何もしてねえぞ!」
「いや、レティシアはそうでも、こいつはそうはいかない!そういえば以前にも、似たようなことがあっただろう!」
「に、似たようなことって……おう、そういやあ、あったな!あのアルゴー船ってのを浮き上がらせた時だ!」
そうだ。あのゴーレム山の麓に埋もれていたアルゴー船を空に浮かせたのは、レティシアがあの船内にあった魔石に触れたからだった。
あれと同じことが、この艦の魔石エンジンにも起きたのではないか?考えてみれば、あれだけの大きさの岩を浮遊させたほどの力。膨大なエネルギーであることは間違いない。
そういえば、3分はかかる特殊砲撃を、わずか20秒ほどで発射可能にしてしまった。そのことからも、この魔石の放出したエネルギーの大きさが分かるというものだ。
「お、おい、カズキ……」
と、レティシアが、僕に囁くように言う。
「どうした?なんだか、元気がないな」
「あ、ああ、それなんだがな……」
ちょっと様子がおかしい。なにやら、目がうつろだ。まさか、今の一件でレティシアにも、異変が起きたというのか?
「どうした、レティシア!どこか調子が悪いのか!?」
「い、いや、そうじゃなくてよ……なんかこう、無性に、腹が減ってきてよ……」
思えば、特殊砲撃一回分ものエネルギーを、レティシアは供給したようなものだ。ふらふらになったレティシアを肩に抱えて、僕は食堂へと向かう。
「ちょ、ちょっと、変態提督!さっきのはなんなのですか!?」
「事情は、後で話す。それよりもだ、レティシアに何か、食べるものを」
「えっ!?あ、はい、了解!」
食堂にいたグエン少尉に、僕は何か食べるものを持ってくるように指示をする。すぐに運ばれてきたオレンジジュースとピザを見るや、それを勢いよく食らいつくレティシア。
「んおおおっ!おっおおっえおい!」
まるでリーナだな、食いながら話すなんて、レティシアらしくない。が、相当腹が減っているようだ。それだけ、あの魔石に体内のエネルギーを抜かれたらしい。
「な、何が起きたんですか!まさか提督、レティシアちゃんに何かおかしなことを……」
「いや、違う。といっても、僕にもよく分かっていない。さっきの特殊砲撃にも関わることでもあるのだが……」
と言って僕は、グエン少尉に先ほどの機関室での出来事を話す。
「……なんだ、てっきり提督がレティシアちゃんにひどいことを強要したのかと思ってましたが、違ったんですね」
いや、何をどうやったらレティシアがこんな状態になるようなことができるというのだ?逆に聞きたいくらいだ。
「おい、そんなことよりも、ピザのおかわりだ!」
「ええーっ!?まだ食べるの!?」
「身体ん中からよ、水も油も抜かれたみてえになってるんだ!何か入れねえと、おかしくなっちまいそうなんだよ!じゃんじゃん、持ってこい!」
ますますリーナのようだな。裏ではロボットアームが全力で調理を続けている。手が足りないから、グエン少尉が直接、厨房に入って食材を運び込み、それを調理器にセットしている。
「おい、カズキ殿!先ほどのあれは一体……って、レティシア、お前、どうしたというのだ!?」
今度はリーナが現れた。普段暴食のリーナが、暴食中のレティシアを見て驚愕している。こんな光景を目の当たりにするなど、想像すらしたことがない。逆の光景なら、何度か見たことがあるが。
ともかく、魔石暴走事故はどうにか乗り切った。もちろん僕は、この件で呼び出しを食らう。が、これは魔石と魔女の持つ新たな力を、僕らに知らしめる一件となった。




