#196 パイロット
「それで、小官は何をすれば良いのでしょうか?」
僕は今、悩ましい事態に遭遇している。そう、哨戒機パイロットを選ばなくてはならないというミッションに遭遇したからだ。
それは、艦長の仕事では?と思ったのだが、旗艦所属の哨戒機は、司令部直属というのが原則らしくて、それゆえに駆逐艦0001号艦の艦長ではなく、僕が選ばないといけないとのことだった。で、募集をしたところ、5人も立候補してきた。
面接も行い、経歴も見たが、どの候補者も申し分ない。この中から、誰を選べというのか?
で、困った挙句に僕は、エリアーヌ准尉を呼んだ。
「この中から、一人を選ぶため、助言が欲しい」
「あの、なぜ、小官なのですか?」
「いや、だって、空を飛ぶ者同士、何か通ずるものがないかと思ってだな」
エリアーヌ准尉を呼んだ理由がこれだから、呼ばれた本人もあからさまに当惑している。僕だって、なぜ准尉を呼んでしまったのか、自分ごとながら理解に苦しんでいる。
が、そんな無茶振りにも、文句も言わず応じるエリアーヌ准尉。並べられた5人の経歴書類を交互に眺める。そして、その中の一枚を取り出す。
「私ならば、この方を選びます」
その書類は、ラモン・サウセド大尉のものだ。今は第7艦隊所属で、年齢は31歳。
「どうして、この人物が良いと?」
「はっ、この大尉殿が元複座機パイロットだからです、提督」
「複座機パイロットとは、それほどインパクトのある経歴なのか?」
「大気圏内では最大でマッハ3以上の高速飛行を行い、さらに耐G能力や反応速度の優れた人物にしか務まりません。そこらの哨戒機パイロットとは、格段に違います」
複座機とは、300年ほど前に開発された、第7世代戦闘機の大気圏内外両用型の高速機体だ。元々は別の名前があったらしいが、複座式の戦闘機だから、いつのまにかそう呼ばれている機体だ。そもそも戦闘機体による戦闘そのものがほとんど行われなくなった今では、あまり使われなくなってしまった。
それなら、6人乗りでかつ索敵任務のある哨戒機の方が使い勝手が良いため、今では航空機といえばそれは哨戒機のことをいうくらいだ。が、稀にサウセド大尉のように、複座機の経験者も稀にいる。
「了解した。では、この人物を採用することにしよう」
エリアーヌ准尉の意見を元に、僕は決断する。
で、その翌日、僕はサウセド大尉と面会する。
「ただいまより、第8艦隊に転属となりました、サウセド大尉であります!」
「うむ、貴官には、我が旗艦の哨戒機パイロットを務めてもらう。任務遂行に励め。以上だ」
「はっ!」
思えば、僕より年上だが、なかなか落ち着いた感じの人物だ。それに、ようやく哨戒機パイロットを旗艦に置くことができる。今までは、デネット大尉に頼りっぱなしだったからなぁ。人型重機も悪くないが、やはり艦の移動は哨戒機に限る。
「へぇ、哨戒機パイロットねぇ」
僕がサウセド大尉の転属の話をすると、珍しく食いついてきた。
「なんだ、レティシア、気になるのか?だいたい、空を飛ぶやつは嫌いじゃなかったか?」
「それは魔女の話だ。別に航空機で飛ぶやつを嫌う理由はねえよ」
理解し難い感性だな。しかし、その空飛ぶ魔女であるエリアーヌ准尉が選んだ相手となれば、意見が変わりそうだな。
「その複座機というのは、そんなにすごいのか?」
リーナといえば、なぜか元複座機パイロットという点に食いついてきた。言葉の響きが、リーナの何かに触れたのか。
「複座機といえば、超音速の格闘戦用の戦闘機だ。マッハ3で飛び、空戦性能も哨戒機とは比べ物にならないくらい高い。それを操る人材は、そう多くはいないのは事実だな」
「そうなのか。しかしなぜ、それほどの人物が哨戒機とやらに乗り込んでいるのだ?」
「まあ、そうだな……一言で言ってしまえば、複座機の出番がなさすぎるからだ」
「しかし、素早い乗り物なのであろう?」
「その素早さを活かせる場面が、もう存在しないからな」
無論、全くないわけではない。新たに発見された地球の探索時には、複座機が役に立つこともある。が、地球001では新たな地球探査そのものの機会が少ない。それゆえに、複座機が活躍する場がないことは事実だ。
「ところで、カズキよ」
「なんだ」
「そういえば0001号艦の試験航海ってのは、明日じゃねえのか?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ、今日がこの街で過ごすのも最後かもしれねえってことだな。んじゃ、とりあえず飯食いに行こうぜ」
いや、点検のためにまた戻ってくると言ったじゃないか。レティシアよ、お前単に、街に行きたいだけじゃないのか?だが、やることといえば、ヴァルモーテン少尉などの恋愛相談を受けるくらいだからな。暇を持て余しているのだろう。
しかし、街に出たところで、リーナの暴飲暴食に付き合わされるのがオチだ。
「ほひ、はふひ!」
「おいリーナ、おめえが何喋ってるんだか、さっぱり分かんねえよ!食ってから話せ!」
結局、リーナの食事風景を眺めつつ、その貴重な1日とやらは終わってしまう。
そして、翌日。その試運転の日を迎える。
「機関正常、魔石エンジンも異常なし」
「よし、ならば後退微速。魔石エンジンにて駆動」
「了解、魔石エンジン接続、後退微速!」
キィーンという、いつもより甲高い音を立てながら、駆逐艦0001号艦は動き出す。
あまり力強さを感じないが、燃料なしで動いていることを考慮すると、こいつはとんでもない機関だ。魔石の力だけで後退する我が艦は、ドックを離れて前進に転ずる。
「機関出力はどうか!?」
「はっ!極めて安定しております!現在、標準型核融合炉換算で、出力40パーセント相当!」
「よし、前進微速、取舵20度!ゴンドワナを離脱する!」
「了解、取舵20度、両舷前進微速!」
極めて順調だ。しかも、今のところは魔石のみで動いている。核融合炉が、ほとんど仕事をしていない。電力供給のみに使われている。
もっとも、全開運転となれば、この元来の機関の方がはるかに出力値が大きいのだが、この機関は宇宙でも最新鋭の機関。勝って当然だ。
「さらに出力を上げる。両舷前進半速!」
「了解、両舷前進半速!」
オオシマ艦長の命で、さらに魔石エンジンの出力があげられる。キィーンという、甲高い音が響き渡る。だが、その音以外はごく普通の機関として振る舞うこの奇妙な機関により、我が艦は前進を続ける。
気づけば、通常機関の全力運転並みの出力を叩き出す。
「……一体、どこからこれほどの力を得ているのでしょう?」
その事実に、不安を覚えたオオシマ艦長が、僕にそう呟く。
「さぁ……しかしこの宇宙の真空中には未解明なエネルギーが存在すると言います。この空間にある、我々が未だに見出せていない力を吸い上げているのは、間違いないようです」
僕も、艦長の疑念を晴らせる言葉が見つからない。この程度の応えをするのが精一杯だ。理解を超えた機関に頼って航行する、軍人ならば、このことに少なからず不安を覚えずにはいられない。何せ、そんなものに命を預けてるわけだからな。
で、通常運転に移行すると、周辺宙域に向けて航行を開始する。念のため、第7艦隊の駆逐艦が10隻、同行する。
それを見届けると、僕は艦橋を出て、格納庫へと向かう。そう、格納庫が新設され、ようやく搭載された哨戒機を、僕はひと目見ようと思ったからだ。
その新設された格納庫に入るや否や、怒声が聞こえる。
「何をなさっているんですか!」
その声は、エリアーヌ准尉だ。だが、エリアーヌ准尉があれほど叫ぶこと自体が珍しい。しかし格納庫に入るや、なぜ准尉が叫んでいるのか、ひと目で理解する。
大きなビニール袋が2、3個、床にぶちまけてある。その中身は、布切れのような、クッションのような、服の塊なのか布団類なのか見分けがつかないものが詰まっている。
さらにもう一つ、大きな袋が哨戒機の中から放り投げられる。その様子を真っ赤な顔で睨みつけているあの一等魔女の姿があった。
「おう、エリアーヌ准尉か。俺はここに配属になった、サウセド大尉って言うんだ。よろしく」
「よろしくじゃありません、大尉殿!なんですか、このゴミは!?」
「いやあ、ゴミとは酷いなぁ。俺の持ち物なんだがな」
「そ、そんなものを、司令部付きの哨戒機に乗せて運んできたというのですか!」
「当たり前じゃねえか。哨戒機のパイロットなんだからよ」
「司令部直属の機体を、私物化しないでいただきたい!大尉殿は我が旗艦を、なんだと心得ているのです!」
えらい剣幕で怒り狂うエリアーヌ准尉だが、まったく意に介することなく、黙々とその荷物を抱えるサウセド大尉。
「あの、大尉……なんなのだ、この袋の中身は?」
「ああ、提督ではありませんか。これは俺が愛用する抱き枕でして、これがないと眠れないんですよ。で、こっちは……」
「ぱ……パイロットが、抱き枕なんて使うのですか!?」
「別にいいだろう。パイロットだから、抱き枕を使っちゃいけない理由でもあるのか?」
「いや、そういうわけでは……ですが、複座機パイロットでもあられる大尉が、そんな軟弱なものを使うなどとは、意味がわかりません!」
「いやあ、だってその方が眠りやすいし……それとも何か?准尉が俺の抱き枕にでもなってくれるっていうんなら、分かるけどよ」
「な、なんてことをいうんですか!もう知りません!」
完全にキレてしまった。格納庫の重い扉をバンッと叩きつけるように閉めると、エリアーヌ准尉は、そのまま格納庫から出て行ってしまう。
「なんだ、あの准尉は?今のは冗談に決まってるだろう。何考えてるんだか」
いや、あれは冗談じゃ済まされないぞ。リーナだったら木刀で殴りかかるくらいの一言だ。しかし、どうやらこの大尉にはその自覚はないらしい。
複座機パイロットは耐G訓練をも行い、過酷な飛行にも耐えうる能力を持つという。が、もしかするとこの男、耐えているのではなくて、感じていないだけではないのか?
面接で接した時は、堂々とした態度で落ち着いた雰囲気の士官だと思っていたが、単に鈍いだけの男だったのか。それを僕は……いや、最終的にこの男を選んだのは、エリアーヌ准尉自身でもあるのだが。
「ふうん、で、その抱き枕男にブチ切れて、あの一等魔女がすげえ剣幕で出ていったっていうのかよ」
「まあ、そういうことだ」
僕は機関室にいるレティシアに、先ほどの格納庫での出来事を話す。いつもより気温が低いこの機関室の奥にある魔石の前で、僕とレティシアは並んで立つ。
「エリアーヌのやつはクソ真面目だからな。ズボラなやつとは合わないんだろう。そんなことよりも、みてみろよ、この魔石をよ」
レティシアが、魔石を指差す。キィーンという甲高い音を立てながら、ほんのりと赤い光を出すその魔石を、管のようなものがまるで蜘蛛の巣のように囲んでいる。
「もしかして、まだ魔石エンジンだけで航行しているのか?」
「らしいぜ。しかもこいつ、全然熱くならねえんだよ。おかげで、いつもなら汗だくになるほど暑いこの機関室が、こんなに涼しいんだぜ」
機関室とは長い付き合いのレティシアが、いつもとは異なる機関室の様子をこう述べる。まるでドック内に停泊中の時のように、核融合炉や重力子エンジンから熱を感じない。
「しかし、実に奇妙だな。航行中の機関室が、これほど快適だとは」
「おうよ。俺もこんな経験、初めてだぜ。だけど今、このちっぽけな石っころが、このどでかい船をすすめてるなんて、まったく大したもんだぜ。こうして目の前で見ていても、まだ信じられねえ」
と、レティシアは、人の頭部ほどの大きさの魔石を指す。そしてそれを、ポンと叩く。
冷却専門の魔女だったのに、今や部屋そのものが涼しいとか、皮肉なものだ……と考えている僕は、異変に気づく。
「……あれ?なんだ!?」
レティシアもおかしいと感じ始めた。それまでキィーンという甲高い音を出していた魔石が、急に静かになった。
「なんだ!?まさか、故障か!?」
が、次の瞬間、異変が起きる。
その魔石が、眩いほどに光り輝き始めた。




