#195 悩み
「提督!そしてレティシア殿にリーナ殿!ぜひ伺いたいことがあります!」
いきなり僕とレティシア、そしてリーナの3人は、ホテル内にあるレストランに呼び出される。呼び出した相手は、ヴァルモーテン少尉だ。
「なんでぇ、珍しく俺まで呼び出すなんてよ。どういう風の吹き回しだ?」
「いえ、むしろレティシア殿にこそ、お越しいただきたく思いまして。どちらかというと、ヤブミ提督の方がおまけです」
呼び出しておいて「おまけ」とは、酷い言いようだな。
「それじゃ聞こうか。俺を呼び出す用事ってのは、なんなのだ?」
「はっ、相談です」
「相談?」
「はい、殿方を振り向かせるための施策についての相談です、レティシア殿」
おまけ呼ばわりされて、憮然としながら僕はコーヒーを一口、入れたところだ。が、それを思い切り吐き出しそうになる。
「へぇ〜、なんでぇ、おめえにも好きなやつができたということか!?」
「好きとか愛しているとか、そのような感情は私にはありません。ただ私は、この先の人生戦略を共に構築するに足る人物を見つけた、ということに過ぎないのですよ」
「おいおい、そういうのを『好き』とか『恋』とかいうんじゃねえか。で、相手は誰なんだ?」
まるで作戦会議のような恋愛相談だが、レティシアのこの問いに、なぜかもじもじとして応えようとしないヴァルモーテン少尉。
なんだ、こいつでもこんな顔をするんだな。戦略だの施策だのと固い言葉で表現したのは、こいつなりの照れ隠しなのか?
「少尉、その相手とは、ブルンベルヘン大尉ではないのか?」
このままでは埒が明かない。僕はあえて切り出す。
「ああ、そういやあ、ヴァルモーテンと盛り上がったブルンブルンとかいうのがいるって言ってたな」
「ブルンベルヘンだ。なんだ、ブルンブルンってのは。で、少尉、どうなんだ?」
「は、はぁ……その通りです、提督」
この場にグエン少尉でもいたら、間違いなく僕はセクハラ認定されるだろうな。しかし、今回はヴァルモーテン少尉自ら我々に相談に出向いてきた。こう切り込まざるを得ないだろう。
「そうかそうか、なら簡単だ。そいつの部屋に、押し掛ければいいんじゃねえか?」
「準備なしの敵地侵攻は、かえって自軍の崩壊を招きかねません!マジノラインの突破までに、どれだけ周到な準備が必要だったとお思いですか!?」
どうしていちいち戦術論に切り替えるのかなぁ。おそらくこれは、恋愛相談なのだろう。ならばもう少し普通に、そして素直に語れないものか。
「ならば聞くが少尉、相手の戦力や情報が不明な時に、それでも戦線の突破を行わざるを得ない時に必要なこととは、一体なんだ?」
「はっ!持てる最大兵力を集中し、一点突破を図ることです、提督!」
「ならば、少尉にとっての『兵力』とはなんだ?」
この問いに、しばらく考え込むヴァルモーテン少尉。そしてしばらくして、こう返答する。
「はっ!ツボの数ならば、誰にも負けません!」
我々3人は、愕然とする。ダメだこいつ、ウブとかそういう次元を超えている。何と戦っているんだ、こいつは。
「はぁ〜、やっぱりおめえ、こういうことに関してはからっきしダメだな」
「はあ、いけませんでしょうか?かのトロイア戦争において、戦利品として運ばれた木馬に潜んだ兵士が、トロイアへ侵入した後に味方を手引きし、勝利に導いたとして、後世『トロイの木馬』として語られるように……」
「なんだおめえ、ツボを贈って相手を殲滅するつもりか?そうじゃねえんだよ。おめえにだって、武器があるだろう」
「武器……ですか。一応は士官ですから、未開拓地域に降り立った際には銃とバリアシステムの携行が……」
「そっちじゃねえよ。恋愛を征する武器は、もっと別にあるんだよ」
といって、じーっとヴァルモーテン少尉の身体を舐め回すように見つめるレティシア。
「なな、なんですか、その武器とは!?」
「ふうん、おめえ、思ったよりいい身体してんな」
「レティシア殿!私の、どこを見てるんですか!」
「おめえのその、オケハザマのような谷間だよ!」
「お、オケハザマとは谷間ではなくて、オケハザマ山という小高い山のことであって、あそこは谷間では……」
「そんなこたあどうでもいいんだよ!おら、その自慢の胸の谷間を存分に魅せつける服を、今から買いに行くぞ!」
「はぁ!?何を仰ってるんですかぁ!」
あまりホテルで騒がないで欲しいなぁ。出入り禁止にされるぞ。ここを追い出されたら、どこで寝泊まりすればいいのやら……
で、軍服姿のヴァルモーテン少尉を連れ出し、レティシアとリーナ、そして僕を含めた4人組は、街へと出向く。
「どうして提督が、ヴァルモーテン少尉まで伴って歩いているんですか!?」
その途中、どういうわけかあまり会いたくない人物と鉢合わせる。グエン少尉だ。さっき僕が、その場にいなくてよかったと考えてしまったことが、フラグになったのか?
「提督、それにヴァルモーテン少尉まで、一体、おそろいでどちらへ?」
と、横にいるジラティワット少佐が声を掛ける。
「ああ、実はだな、ヴァルモーテン少尉から相談事を受けていてな……」
「まあ、要するにだ、こいつにも春がきたってことだ!で、今から服を買いに行こうってことになってな」
「はぁ!?ヴァルモーテンちゃんに、春が訪れた!?どういうことですか!」
グエン少尉が、食いついてきた。で、レティシアが有る事無い事、グエン少尉に話す。
「……そういえば、ブルンベルヘン大尉というお方が配属されたと聞いてましたが、まさかそのお方がヴァルモーテンちゃんの相手になろうとは……」
「そうなんだよ。だったら、俺たちが全力で応援するのは当然だろう?」
「そ、そうだね、レティシアちゃんの言う通りだわ。私もついていこうかしら?」
ええーっ?グエン少尉までついて来るのか?でも、今回に限っては変態呼ばわりされる要素はないから、まあいいか。
「しかし、言われてみればブルンベルヘン大尉とヴァルモーテン少尉は、どことなく波長が合うとは思ってましたけど、ここまでヴァルモーテン少尉が想いを寄せていたとは……」
「いや、少佐殿、想いを寄せたというわけではありません!あくまでも戦略上、極めて最良の選択肢であると判断した上での決断でして……」
もはやヴァルモーテン少尉の下手な言い訳は、ジラティワット少佐相手でも通用しない。で、グエン少尉にレティシア、そしてリーナの3人はすでにヴァルモーテン少尉をどう調理するかで盛り上がっている。
「いや、ヴァルモーテン殿はああ見えて武人だ。腰にサーベルを携えて刺繍入りの軍礼服を着せた方が似合うのではないか?」
「何言ってるんだ、戦さに行くんじゃねえんだぞ。そのブルンブルンってやつが思わず飛びつきたくなるような、そうだなぁ、もっとこう、胸のあたりがガバッと開いたやつでよ……」
「いやあ、レティシアちゃん、ヴァルモーテンちゃんならどちらかといえば、やや緩めのカジュアルなシャツに、密着したパンツで身体のラインを強調した方が……」
もう本人そっちのけで、議論が盛り上がっている。だが、今この場で題材とされているのは、あのヴァルモーテン少尉だ。つい2週間前までは、そんな話が持ち上がるなどとは想像すらできなかった、あの堅物の少尉だ。まさか、この3人にヴァルモーテン少尉がいじられる時が訪れるなどとは、今でも信じられない。
などと話しているうちに、大きな店の前に立つ。そこは、カジュアルから礼服に至るまで、様々な種類の服飾品を扱う店。あの3人の意見をコンペさせるには、ここしかない。
「さあ、着いたぜ!それじゃあ着せるか!」
「き、着せるって、何を着せられるんですかぁ!?」
ここまで動揺するヴァルモーテン少尉も珍しい。面白くなってきた。
「よし、それじゃあ俺からだな。じゃあいくぜ、ヴァルモーテン!」
「ふえええっ!何をされるんですかぁ!」
「何って、服を着せるだけだ。ええっと、それじゃあまずは……」
生き生きとしたレティシアに腕を引かれて連れて行かれた先は、カクテルドレスのような派手な服が集中するエリア。そこですったもんだした挙句、ヴァルモーテン少尉が現れる。
「どうでぇ、この格好はよ!?」
「ああ、ロミオ……あなたはどうして、ロミオなの?って、なりますかい!なんですか、この中世感が丸出しなドレスは!」
黄色の、胸元ががっぽり開いたドレス姿で現れたヴァルモーテン少尉だが……うん、なんだろうな、このアンマッチな組み合わせは。
「だめですねぇ、それじゃあフォーマルすぎて、かえってドン引きですよ。それじゃ、今度は私ですね」
といって、今度はグエン少尉がヴァルモーテン少尉を引っ張っていく。
で、現れたのは、まさにカジュアルな姿そのもののヴァルモーテン少尉だ。
「いかがです?この格好は。これくらいの方が、かえって警戒心が薄まるというものです」
「あ、ありのまま今、起こったことを話すぜ……私は確かに、軍服を着ていたはずなのだが、気がついたら、身体にぴったりなカジュアル服を着せられていた。何を言っているかわからねーと思うが、俺にもわからねぇ……って、なんですか、この防御力の低そうな服は!」
いちいち基準が軍事なやつだな。私服に防御力なんて、必要ないだろう。別に軍服だって、防御力があるわけでもないし。何を言っているんだ。
で、今度はリーナが引っ張っていく。だが、リーナ好みな服なんて、この店では扱っているのか?と思いきや、扱っていたようだ。意気揚々と戻るリーナと、随行するヴァルモーテン少尉。
「どうだ、これこそがヴァルモーテン殿にふさわしい姿!まさに、戦士だ!」
「アンドレ!私だけを一生涯、愛しぬくと誓うか!?って、ベルば○じゃあるまいし、こんな姿でどうするんですか!」
うーん、中世の男装の軍服姿、という出立ちで現れたヴァルモーテン少尉だが、今までの中では一番、ヴァルモーテン少尉らしいかもしれない。
が、いずれも決め手を欠き、結局、無難だろうということで、グエン少尉の案に落ち着いた。
「んじゃよ、早速そのブルンブルンに会わせてやろうぜ!」
「はぁ!?いきなりこの姿で、会うのでありますか!」
「あたりめえじゃねえか、なんのために選んだと思ってるんだよ!」
もはや、ヴァルモーテン少尉には選択権などないらしい。強引に話を進めるレティシアらに、抗うことすら許されないヴァルモーテン少尉。なんだかちょっと、かわいそうになってきた。
で、どうやってブルンベルヘン大尉を呼ぶのかと思いきや、ジラティワット少佐を使って呼び出すことになった。
僕が呼び出したのでは萎縮するだろうという配慮からだそうだが、ジラティワット少佐でもあまり変わらない気がするんだが。
で、そのブルンベルヘン大尉が現れる。ジラティワット少佐に呼ばれたためか、軍服姿で現れた。
「少佐殿、ただいま参りました!」
「うん、ご苦労。ええと、実は、僕が用事があるわけではなくてですね……」
「はぁ、どなたの用事でしょう……あ、提督!」
思わず僕と目が合ってしまうブルンベルヘン大尉だが、その横に、困惑の表情を隠せないヴァルモーテン少尉の姿を見つける。
「あれ、それに……ヴァルモーテン少尉ではないですか?でも、どうしてそんな姿に……」
「いえ、あの、持てる最大兵力を投入すべく、最善の武装の検討をした結果、このような姿に……」
「武装って……何のことです?」
しばらくの間、ヴァルモーテン少尉をじっと眺めるブルンベルヘン大尉だったが、何かを察したようだ。
「ああ、なるほど、私と少尉殿を……ええと、少尉殿」
「はっ!なんでしょう!?」
「その姿、とても可愛らしいですよ」
「ええっ!ほ、ほんとですか!?」
「ええ、それは間違いありません。ですが……」
どうやら、意図を察したらしいブルンベルヘン大尉だったが、何やら逆説の接続詞を続ける。
「……そのような姿も、悪くはありません。が、やはり少尉は、軍服の方がお似合いです」
その言葉を聞いた瞬間、ヴァルモーテン少尉の顔が、かつてないほど真っ赤に染まるのが見て取れる。
「あ、あの、軍服の方が、よろしいですか?」
「ええ、いかにも司令部付きの幕僚という姿が、ヴァルモーテン少尉のイメージそのものですから」
「は、はぁ、確かに。私も軍服こそがベストだと感じておりました。かのロンメル将軍も、常に軍服を着こなし、軍人としての規律と誇りを守り続けたと言われておりますし!」
「ええ、そうでしたね。ところでヴァルモーテン少尉殿」
「はっ!」
「例の宇宙焼きの器を買ってみたんです。なかなかの逸品でしたよ。ご覧になりますか?」
「え、ええ、ぜひ!」
そういって、ヴァルモーテン少尉は、ブルンベルヘン大尉の後についていく。離れ際に、僕とジラティワット少佐に向けて敬礼する2人。僕も少佐も、返礼で応える。
そして、街の奥の方へと消えていった。
「……あのブルンブルンとかいうやつ、かなりのマニアだな」
「ああ、軍服が好きだとは……やはり普通ではないな」
「ほんと、マニアねぇ」
後に残されたレティシア、リーナ、グエン少尉の3人は、口々にあのブルンベルヘン大尉を評する。
この3人のいうことは、よく分かる。だが、そういう人物とヴァルモーテン少尉が巡り会えたことに、むしろ喜ぶべきではないのか?でなければあの堅物軍人は、一生孤独を貫くことになりかねなかっただろうな。僕はそう思う。




