#194 魔石艦隊
ここに来て、すでに8日ほどが経った。
僕はその8日中5日は軍務に出向き、残りはレティシアとリーナに付き合って、街のあちこちを巡る。
が、そろそろ我が艦の改造も終わりつつあると聞いて、僕らは早速ドックへと向かう。
「ヤブミ提督、お待ちしておりました」
修理用ドックの入り口で敬礼して僕を出迎えたのは、機関専門の技術士官、モハンマド大尉だ。僕も返礼で応える。
「ご苦労。で、どんな感じだ?」
「ええ、順調です。いい感じに仕上がってますよ」
中に入ると、0001号艦がある。ドック内は作業効率を上げるため、無重力にされている。その中を、大勢の作業員が飛び交いつつ、作業を続けている。
といっても、0001号艦の外装はすっかり閉じられており、足場や作業機器の撤去に入っているようだ。
「で、その魔石からうまく、エネルギーを取り出せているのか?」
「はい。といっても、この艦の元々の機関に比べたら、その3分の1程度の出力ですが、それでも、燃料補給なしにそれだけの力を出せますからね。まさに夢の機関ですよ」
それはそうだろうな。しかし、3分の1ということは、連合軍や連盟軍の駆逐艦に搭載された通常機関と、ほぼ同等の力を出すということになる。それが、燃料補給もなしに動かせるとは……恐ろしい話だ。
「ところで提督、今回のこの魔石エンジン搭載のついでに、冷却装置を見直したのですよ」
「そうなのか?」
「ええ、改良のし過ぎで、随分と無駄なスペースを使ってましたからね、この艦の冷却装置は。そこで大幅に合理化してリニューアルした結果、格納庫が一つ、使えるようになりまして」
「なんだと?格納庫が?」
「はい。人型重機2機以外に、哨戒機が1機、搭載可能となりました」
うん、朗報だな。やっとまともな駆逐艦になれた。そもそも格納庫がないとか、不便極まりない。哨戒機がないおかげで僕自身、一度、サバンナのど真ん中に置き去りにされたことがあったくらいだ。
「ということは、思いの外、早く出港できそうか?」
「いえ、この艦はいいのですが、他の艦艇への魔石の取り付けが遅れてまして」
「……あれ、ちょっと待て。魔石を取り付けるのは、この旗艦だけではないのか?」
「いえ、第8艦隊すべての艦艇に取り付けることになってますよ。戦艦キヨスも含めて」
「はぁ!?」
驚くべき事実を知る。なんだって?第8艦隊、全ての艦艇に魔石を取り付ける?そんな話、聞いてないぞ。一体誰がそんなことを……って、言わずと知れているな。あのお方以外、考えられまい。
コールリッジ大将よ、この艦隊司令そっちのけで、裏で勝手に決めるのをやめてくれないかなぁ。
「……と、いうことはだ。もしかして、戦隊長もこの艦内にいるのか?」
「ええ、いらっしゃいますよ」
なんてことだ。それじゃあもしかすると、エルナンデス准将あたりと鉢合わせる可能性もあるのか。
「てことはよ、ミズキのやつ、ここにいるってことかよ!?」
と、レティシアが突然、叫び出す。そしてスマホを取り出すと、早速メッセージを送っている。
「お、やっぱりあいつもいるみてえだ。今は第2ゴンドワナシティーのホテルにいるってよ」
あちゃー、レティシアのやつ、ミズキに連絡しちまったのか。てことは、エルナンデス准将と鉢合わせることになるじゃないか。余計なことをしてくれたものだ。
「あ、提督。この艦はあと3日で出港可能です。そこで一度、試運転することになってます。提督もぜひご参加下さい!」
「あ、ああ、承知した」
「魔石エンジン」と呼称される新たなる機関の成功で有頂天なモハンマド大尉の笑顔に見送られて、僕はドックを後にする。
「へぇ、あと3日で試運転か。出港も近いな」
「なんだ、その口調だと、レティシアはもう出航したいのか?」
「この街も悪くはねえけどよ、でもやっぱり俺はナゴヤの方がいいな」
「おいレティシア!私はあの生簀のところがいいぞ!もうすぐ出港ならば、また行くぞ!」
「おめえ、もうあれから3回も行ってるだろう。あの食堂のおばちゃんに、すっかり顔を覚えられてるぞ、絶対」
なんだ、僕が軍務についている間にも、あそこに行っていたのか。だが、街で食べるのと、産地で食べるのとで何が違うのだろうか?ああ、そういえばあそこでは、乗馬ができるんだったな。しかし、まさかその馬の肉があそこで出されていて、それを食べているという自覚があるのか否か……
「てことでよ、戻ったら早速、街に出ようぜ」
「街にって……どこに行くんだ?」
「俺も知らなかったんだけど、タイワンラーメンの店があるみてえでよ、そこでミズキと待ち合わせだ」
「なんだと、そんな店があったのか……知らなかったな。しかしミズキはどうやってその店を……」
レティシアがミズキと約束したその店の存在に、僕自身驚く。まさかこんなところにまで、ナゴヤ飯が進出しているとは思わなかった。しかし、どうしてその店を見つけることができたのか?と一瞬、考えたが、思えばミズキは「神の目」の持ち主だった。
「うわあ、久しぶり!」
「おう、ミズキ、元気だったか!」
「あれ、リーナさんも、しばらく見ないうちに垢抜けたね」
「なんだ、その『垢抜けた』とは?食えるものか?」
はしゃぐ女子らの後ろに立つ僕は、その華やかな3人の向こう側に立つ異様な雰囲気の男に視線を移す。自身の部下ながら、正直言って、ここでは一番会いたくなかった男だ。
「ヤブミ少将!」
ほら、早速叫んできた。エルナンデス准将よ、また何か絡みたいのか?僕はもう、ごめんだが。
「な、なんだ」
「あの魔石エンジンというのは、一体なんなのだ!」
ああ、そっちの話か。僕は応える。
「いや、僕もあまりよく知らないのだが、その辺りの話を知りたければモハンマド大尉に……」
「燃料補給なしに、通常型駆逐艦と同程度の出力が出せると聞いたぞ!とんでもない発見じゃないか!」
……なんだ、抗議じゃないのか。突っかかってくるから、てっきりまた抗議するつもりなのかと身構えてしまった。
「ああ、確かにとんでもない発見だ。しかしだな……」
「そういう発見があったら、なんでさっさと戦隊長に通知しないんだ!そんなことだから貴官は指揮官失格だというんだ!」
なんだ、結局、抗議するんかい。いやまて、エルナンデス准将よ。僕はちゃんと通知したぞ。ここ戦艦ゴンドワナにて魔石の機関を搭載することになった際に、僕は戦隊長全員にちゃんと説明しただろう。聞いてなかったのか?
「ま、まあ、アルセニオ、別にそんな話、どうでもいいじゃないの。ヤブミ閣下だって、軍機やら何やらで、話しづらい事情があったのかもしれないし……」
「そんなことではダメだ!私だって、200隻を預かる戦隊長なんだぞ!大事な話はちゃんと共有してもらわないと困る!」
「あまり抗議ばかりしていると、今度こそ共有してもらえないところに飛ばされちゃうわよ。いいの?」
「うっ……」
なんていうかミズキよ、いつの間にか、強くなったな。あのエルナンデス准将相手に、上手く言いくるめるまでになったのか。
「そんなことよりも、タイワンラーメンだ!早速食おうぜ!俺はアフリカン!」
「じゃあ、私はイタリアンだ」
「私は、アメリカンかな」
「僕はイタリアンで」
「おい!指揮官ならば当然、アフリカンだろう!」
何を言っているんだ、こいつは。辛さと艦隊指揮能力は無関係だろうが。僕はエルナンデス准将の言葉を流しつつ、ラーメンを待つ。
「へぇ、第1ゴンドワナシティーって、そんなところがあるんだ」
「そうだ、馬にも乗れて、なかなか良いところであるぞ。ダニエラも、気に入っているようだしな」
「別の星から来た2人の皇女に気に入られるなんて、さすがは宇宙一の戦艦内にある生産拠点だけあるわね。ねえ、アルセニオ、私たちも行かない?」
「なんだって草や牛が生えているだけの場所に行かなきゃならないんだ!」
「ここだって、ビルが生えてるだけじゃないの。ねえ、いいじゃない」
「う……まあ、そうだが」
「だったら、行きましょう!宇宙生活が続いて、少しうんざりしてたところなのよ!私も新鮮な果物を、食べてみたいなぁ」
牛は、生えるというのか?というツッコミは置いておき、ミズキが言葉巧みにエルナンデス准将を操ってるところは、見ていて面白い。
「なんでぇ、エルナンデスのやつ、すっかりミズキの尻に敷かれてるな」
「な、何を言うか!尻になど敷かれてはいない!どちらかと言えば、胸の方だ!」
「ちょ、ちょっとアルセニオ!なんてこと言い出すのよ!」
なんだろうな、このやりとりは。まさかこれは、惚気ているつもりなのか?実に分かりにくいやつだ。
「そんなことよりも、早く食べましょう。せっかくのラーメンが、伸びちゃうわよ」
「お、おう……って、辛っ!」
「自分が頼んだんじゃないの。ちゃんと食べてよね」
それにしてもこの夫婦、見てて飽きないな。ミズキの方がエルナンデス准将に振り回されている印象があったが、今こうして見ると、ミズキの方がリードしている。
「……ところでヤブミ少将、我々はあの魔石を取り付けた機関で、何をするのだ?」
「何をと言われてもな……我々は実験艦隊だ、その性能、安全性を検証し、今後の技術革新に貢献する。それだけだ」
「いや待て、せっかく無補給で航行できる能力を手に入れたのだろう?と、いうことはだ、我々は長距離作戦を敢行することだって可能になるだろう」
「いや、そうはならない」
「なぜだ!」
「考えてもみろ、機関は無補給でよくても、食糧、弾薬、消耗品類は無補給になったわけではない。単に燃料補給がなくとも動けるというだけだ。結局は、兵站を無視した作戦を行うわけにはいかない」
「じゃあ、魔石なんて怪しげなものを載せるメリットは何だ!何の得にもならんことを、我々はやらされるというのか!?」
エルナンデス准将の言うことは、ごもっともだ。確かに、今のままではたいしてメリットはない。
必要乗員は100人のままだし、その分の食糧や、それに伴うその他の物品も必要となる。
人間が乗る以上、多少の補給量が減るだけで、それほど大きなメリットにはならない。
「……だけど、機関が簡素化されるわけだから、その分、人が減らせるのでは。いや、いっそ無人にできれば……」
「は!?何だって!?」
「あ、いや、省人化につなげられれば、メリットが生まれるんじゃないかと考えていただけだ」
「省人化、つまり、人を減らすということか。うーん、確かにな……」
なぜか、考え込むエルナンデス准将。
「なんだ、何か思うところでもあるのか?」
「いや、考えてもみろ、我々が戦い、結果、何隻かが沈む。しかし、一隻あたりの人員が減るとなれば、当然その分、戦死者が減る」
「まあ、それはそうだな」
「と、いうことはだ。それだけ、悲しむべき家族も減るということだ。これは、とてつもないメリットだと思わないか?」
「それはそうだが……だが、別に今すぐ、省人化できるというわけではないんだぞ」
「しかし、我々が作った実績によって、一隻に乗る人員が減らせたとなれば、いや、ゆくゆくは無人化できれば、それはすなわち、いずれメリットになる!」
「まあ、それはその通りだろうな……」
エルナンデス准将の述べたことは、全くその通りだ。艦隊戦の常識が、大きく変わる。最新鋭艦で構成された我が艦隊ですら、すでに何隻も失っている。その沈んだ数のおよそ100倍の人員が失われている。その母数を、大きく減らせるのだ。これをメリットと言わずして、なんというか。
だが、僕はその考えに躊躇いを覚える。理由は簡単だ、すでにそれをやった結果、おそらくは滅亡の危機に瀕したであろう原生人類の歴史を、僕らはなぞっていることになる。エルナンデス准将の提案通りの世界が、理想ではないのだ。
向かうべきは、戦闘そのものの中止のはずだ。しかし我々はまだ、原生人類の陥った衰退の歴史の上を、歩んでいるだけだ。
「よし!魔石艦隊の目指すべき道は定まったぞ!この魔石機関を実用化して、この宇宙から戦死者を減らす!これで行こう!」
「おい、なんだその魔石艦隊というのは?」
「なんだ、魔石エンジンの艦で構成された艦隊だ、魔石艦隊で間違いではなかろう」
「いや、その呼び方はやめよう。いかがわしい艦隊のように聞こえるぞ」
「なんだと!?小官の提案に、ケチをつける気か!」
ほんと、こいつは鬱陶しい。余計な提案はしないで欲しいなぁ。だいたい、僕が艦隊司令官なのだから、少しは従って欲しい。というか、今度こそ本当に解任してやろうか?
まあその、魔石艦隊のやるべきことは、エルナンデス准将の目指す先と変わらない。ただ、その方法論が違う。どうにかして我々は、あの文明のリセットという事態を避けねばならない。そのための、我が艦隊だ。
だが、どうすればいいのか?その答えを、僕はまだ持ち合わせてはいない。




