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#193 生簀(いけす)

「へぇ、あのヴァルモーテンにねぇ」


 帰って早々、僕はレティシアとリーナに、新たに赴任してきたブルンベルヘン大尉のことを話す。


「だけどよ、そのブルンブルンてやつ、ヴァルモーテンの本性を知ったら、それこそブルンブルンに震えちまうんじゃねえのか?」


 ブルンベルヘンだ、相変わらず適当だな。レティシアはどちらかと言うと、ヴァルモーテン少尉との関係を気にしているようだが、リーナは違う。


「ところで、その兵站というのは、それほど重要なものなのか?要は補給であろう。荷駄を間断なく行き来させれば、それで間に合うことではないのか?」

「いや、地上と違って、宇宙において兵站を軽視すると大変なことになる。地上ならば、多少滞っても何とかなるが、宇宙では物資が切れれば即、死に直結するからな。食糧だけではない。この空気を浄化する仕組みも、それを動かす動力も、すべて兵站によって成り立っている」

「そうなのか?ならば、その兵站をおろそかにすると、私は食事ができなくなるのか!?」


 いや、食事以前の問題の方が大きいぞ。空腹になる前に、生命維持ができなくなる恐れもある。そういうところだ、この宇宙というところは。


「だが、食べるものくらい、どこかで育てるか、狩ってくれば良かろう」

「いや、宇宙で狩るなんてことは……ああ、そういえば、育ててるところならあるぞ」

「育てるって、何をだ?」

「家畜を飼う牧場に、飼料、穀物のための農場、それに魚を育てる養殖場が、この戦艦ゴンドワナにはある」

「なんだと?農場や牧場があるのか?」

「そりゃあ、これだけ大きな船だからな。ある程度は自給自足できるようにしておかないと、安定供給できなくなった時に困るからな」


 そう、この大戦艦には、農場や牧場がある。第1ゴンドワナシティーにそれらの大部分が存在する。


「なあ、カズキ殿よ」

「なんだ」

「その農場とやらを、みてみたいのだが」

「は?」


 リーナが、突拍子もないことを言い出す。


「おいリーナ、そんなもの見たってよ、しょうがねえだろう!」

「何をいうか!食べるものを作っているところを見たいと感じるのは、生きとし生ける存在として当然のことだろう!」


 そうか?別に僕は、農場を見たいとは思わないのだが……と思ったが、僕はこう応える。


「ならば、今から行くか。その農場のある、第1ゴンドワナシティーに」

「はぁ?カズキまで行く気なのかよ」

「考えてみれば、この宇宙空間で農場なんてものを見る機会は、もうないだろうからな。一度、見ておいても損はないだろう」

「そういうもんかねぇ……」


 レティシアはあまり乗り気ではないようだが、ともかく3人で、農場や牧場のある第1ゴンドワナシティーに向かうことにする。

 で、再びリニア駅にやってくる。ちょうど改札を過ぎたあたりで、見慣れた2人組を目にする。


「おう、なんでぇ、ダニエラとタナベじゃねえか!」


 レティシアもめざとく見つける。振り向くダニエラとタナベ大尉。


「あら?レティシアさんにリーナさん、それにヤブミ様まで。こんなところで、何をなされているのですか?」

「おいおい、リニアに乗るんだから、どっかに行くに決まってるだろう」

「それはそうですわね。で、どちらへ?」

「俺ら3人で、第1ゴンドワナシティーに行こうって話になってよ。んで、今から行くんだよ」

「あら、奇遇ですわね。私たちも今から第1ゴンドワナシティーへ向かうところなのですよ」

「はぁ?ダニエラもか?なんでぇ、おめえが農場なんか見てどうするんだよ」

「いえ、むしろレティシアさんがあそこに行くという理由が、(わたくし)には分かりませんわ」


 タナベ大尉とダニエラも、我々と同じ行き先だということが判明した。が、この口調だと、ダニエラが第1ゴンドワナシティーに行くのは初めてではなさそうな気がする。


「ダニエラ、もしかしてすでに、第1ゴンドワナシティーへ行ったことがあるのか?」

「ええ、これで3度目になりますわ」

「3度も?しかしなんだって、ダニエラが第1ゴンドワナシティーに?」

「ネレーロ様が、このような人工の農場や養殖場にご興味があるのですわ。まあ、(わたくし)もあのような場所を見ると落ち着きますし」


 ああ、なるほど。そういえばネレーロ皇子は、こういう技術的なものに興味というか、ビジネスチャンスを感じているようだったな。これから地球(アース)1010も人口が急増するだろうから、食糧問題にも備えなくてはならないだろうし。


「ところでヤブミ様達は、なぜ第1ゴンドワナシティーへ向かわれるのです?」

「ああ、リーナが見たいというのでな」

「なるほど、リーナさんが……でも、それは正解かもしれませんわね。リーナさんにとって、あそこはとてもいいところですわよ」


 なぜか不敵に微笑むダニエラ。たかが農場のあるところに行こうというのに、何を想像しているんだ?意味がわからないな。


「そうか、ダニエラはもう第1ゴンドワナシティーとやらに行っているのか。で、どのような場所なのだ?」

「それは、ご自分の目で見られるのが一番ですわ。(わたくし)の口では、とても言い表せませんし」

「そうか……まあ、よいか。あと1時間と少しでその場所に着くのだしな」


 ホームにはちょうど列車が到着する。ホームと鉄道の間を仕切る壁の一部が開き、人々が降りてくる。ここは商業地帯の街だから、この戦艦内でも乗り降りがもっとも激しい駅だ。ホームも、段違いに広い。

 そしてダニエラ達は隣の号車に向かう。我々3人も列車に乗り込む。


「なんだ、その弁当は!?美味そうだな!私にもちょっとくれ!」

「おいリーナ、おめえさっき同じもの買ったじゃねえか!」

「そうだったか?あ、ほんとだな、すまんすまん」


 相変わらず食欲旺盛なリーナは、レティシアの弁当を狙う。が、その脇には、山と積まれた弁当が……

 そんな3人を乗せて、真っ暗なトンネルの中をひた走る列車。やがて、明るい場所に出る。

 ああ、第1ゴンドワナシティーにたどり着いたようだな……と、窓の外の光景を見て、リーナはあっけにとられている。僕とレティシアはそれほどではないにせよ、予想していた光景との違いに驚く。

 てっきり、農場や牧場のある街だから、もっとのどかな場所、つまり、草地や畑の広がった、自然あふれるところだと思っていた。

 が、現れたのは、まるで工場だ。それも、高層の建屋を持つ工場。そんなものが、延々と続いている。

 あれ……ここって本当に、農場なんてあるのか?一瞬、僕はそう考えたが、すぐに思い出す。

 そうだ、ここは宇宙船内だ。普通の農場なんてあるわけがない。考えてみれば、戦艦キヨスにも小さな水耕栽培の工場があるが、あれを巨大化したものなのだろう。

 やがて、リニア列車は第1ゴンドワナシティー駅にたどり着く。第2よりはずっと少ない人々が乗り降りする。そして、駅の外に出る。


「なあ、カズキ殿……ここには本当に、畑などはあるのか?」

「ああ、多分、あの建物の中だ」

「はぁ!?畑はあの中にあるというのか!?」

「多分だがな。じゃあ、行こうか」


 あっけにとられるのは当然だ。リーナが「農場」と聞いて想像する場所とは、かなり異なる。しかしだ、限られたスペースで最大の収量を得ようとすれば、当然こうなるだろうというものが、目の前にある。


「ああ、いらっしゃいましたね」


 と、改札を出たところで声をかけてきたのは、ダニエラだ。タナベ大尉と共に立っている。


「おい、ダニエラ!ここには本当に、農場はあるのか!?」

「ええ、リーナさん。ありますわよ。ただし、(わたくし)達が思い描くような場所ではありませんよ。(わたくし)も最初は、驚いたものです」


 3度も来ていれば、さすがに慣れたようだ。あの殺風景な工場のような建物を前に、ダニエラは平然としている。


「うう、農場と聞いて青や金色の穀物の穂が波打つところを期待していたのだが……」

「まあまあ、そうがっかりなさらずに。中を見れば、リーナさんもきっと気に入りますわよ」


 などとなだめられるリーナだが、果たしてここに、リーナが気にいる要素なんてあるのか?

 などと思いつつ、中に入る。


「な、なんだこれは!?」

「なんじゃこりゃ!?」


 レティシアとリーナが、同時に驚く。僕も一瞬、目を疑った。

 あれ、ここって確か、建物の中だったよな?

 いや、確かに天井はある。高さは、10メートルほどといったところか。たいして高いわけではない。その天井には、無数のLEDライトが並ぶ。

 驚かされたのは、その下に広がる光景だ。

 ずっと奥まで、金色(こんじき)の穂が並ぶ。時折、柱のようなものは見えるものの、見渡す限りの小麦畑。その奥は霞んで見えないほど遠い。


「どうです?なかなかの眺めでございましょう」


 別にダニエラの畑というわけではないのだが、驚く2人の様子を見て、なぜだか勝ち誇るダニエラ。この光景に、言葉を失うレティシアとリーナ。

 と、そこに、我々を案内してくれる職員が、僕に話しかけてくる。


「いかがですか、この農場は。ここの階では、主に小麦を作っております。で、この上も小麦で、4階には稲が植えられてます。次いでとうもろこしなどの穀物類や果物畑が続き、18階より上は家畜の飼料用作物が中心ですね」

「はぁ、そうなのですか。しかし、ここは予想以上に大きいですね」

「ええ、ここは7キロ四方のほとんどが、このように畑になってますからね」

「と、いうことは、この奥はだいたい7キロほど先まで続くと?」

「そうですよ。ここの空間はほぼ、一つの建物ですから」


 圧巻させられる。でも、考えてみればここは、総人口120万人もの人が住む巨大戦艦だ。これでもまだ、賄い切れないほどの人々が住んでいる。


「しかし、あぜ道がまるでないな。どうやって畑に人が入り込むのだ?」

「いえ、人が入る必要はないですよ。ですが、そうですね、畑の様子を見たければ、あれを使いますよ」


 リーナのその疑問を聞いて、その職員が指を差したのは、天井だ。そこには照明の合間に、レールのような物が見える。


「あれはリニアモーターで駆動する滑車がついてまして、それに人がロープをつけてぶら下がって様子を見に行くんです。ですが、人間が直接行くよりも、ドローンを飛ばした方が早いので、あまり使うことはありませんが。ただ、大きな病気などが見つかった場合には、すぐに駆けつけることもあるので、ああいう仕掛けを用意してます」

「なるほどな。だが、これだけ広いと、害虫による被害もあるのではないか?」

「いえ、そもそも害虫がここにはいませんから」

「そうなのか?」

「ですが、まれになんらかの経路で入ってくることがあるんですよ」

「そりゃそうだろうな。害虫にとっちゃ、ここは天国みてえなところだもんな。てことは、その時は農薬まみれにするのか?」

「いいえ、農薬なんて使いません。その時は、ここを一旦閉鎖します。で、二酸化炭素濃度をぐんと上げるんですよ。そうすれば、害虫は生きてはいけません」


 う、えげつないが、合理的な殺虫方法だな。だが、閉鎖空間だからこそなせる技というわけか。

 で、この上にも同じような畑が続く。それを2つほど見た後に、一気に30階まで上がる。そこから上は、牧場なのだという。

 で、まずは牛や豚を飼育しているというその階にたどり着く。エレベーターを降りると、農場とは違う光景に僕らは驚く。

 天井高さは、農場よりも少し低い。が、そこには柵で仕切られた向こう側に、たくさんの牛が歩き回っている。

 てっきり、牛小屋にずらりと並んだ牛がいるのかと思いきや、わりとそこは「牧場」だった。無心に草を食べる呑気な風景が広がる。


「どうですか、ここは。広い場所に、大量の牛と豚を放し飼いにしているんですよ」

「えっ?豚もいるんです?」

「ずっと奥には養豚場がありますよ。ですが、ここにいる牛と同様に、のびのびと育ててます」

「はぁ……でも、てっきり下の農場のように、ぎっしりと詰め込んで育てているのかと思ってましたが」

「そんなことをしたら、肉の味が落ちるじゃないですか。ゴンドワナ牧場は、肉質に拘っているんです」


 などと力説する職員に、僕は下の階の植物との扱いの差に何か納得がいかない。


「うん、まあなんだ、下の畑よりもよ、こっちの方がなんだかのんびりするぜ」

「そうだな。これで馬でもあれば、走り抜けたい気分だ」


 などと口々にここの様子を賛美するレティシアとリーナ。するとあの職員から、驚くべき提案がなされる。


「馬ならいますよ。乗りますか?」


 は?ここには、馬もいるのか?反応するリーナ。


「おい、ほんとか?馬がいるのか?」

「ええ、乗馬用の馬なら何頭か。どうぞ、こちらへ」


 といって、職員の招きで柵の中に入る。牧草が生い茂げ、我々に構うことなく無心に草を食べ続ける牛の群れの間を抜けて歩いていくと、なにやら小屋のような小さな建物が見えてくる。


「ここです、あの建物のすぐ傍にいつもいるんですよ」


 といって、職員が指を差した先には、確かに馬がいた。ただ、どこかに繋がれているというわけではなく、こちらも足元の草を食べている。


「あなたは、乗馬は経験済みで?」

「ああ、フィルディランドにいた時には、しょっちゅう乗っていたな」

「それじゃあ、大丈夫ですね。こちらへ」


 と、職員はリーナをそのうちの一頭に手招きする。


「おお、良い馬だな。初めてだというのに、あっさりと乗れたぞ」

「はい、我々職員も、よく乗っておりますから、人馴れしているんですよ」


 早速、その馬に跨り、手綱を手にするリーナ。ああしてみると、やはりこいつはこういうものがお似合いなのだな。少し馬を歩かせたのちに、駆け出すリーナ。


「あははは!これは面白いぞ、カズキ殿!」


 久しぶりの乗馬で童心に帰ったのか、僕に向かって興奮気味に叫ぶリーナ。その様子をスマホで撮影しながら呟くレティシア。


「いいなぁ、俺も馬くれえ乗れるようにしときゃよかったな」

「あら、レティシアさん。馬などに頼らずとも、荷物を持ち歩けるではありませんか」

「いや、俺の力は持ち上げるためであって、走るためのもんじゃねえよ」


 あれだけ楽しそうに馬で駆けるリーナを見て、レティシアも羨ましいと感じたようだ。僕も同感だ。


「いやはや、ここはなかなか良いところであるな!」


 すっかりこの牧場と農場が気に入ったリーナに、ダニエラが話しかける。


「いえいえ、まだリーナさんは、この場所のまだ一部にしか触れておりませんわ」

「なんだよ、ダニエラ。てことは、農場と牧場以外にも、何かあるというのか?」

「はい、そちらの方が多分、驚きますわ」

「なんだそりゃ?どこにあるんだ、その驚きの場所ってのはよ」

「ええ、この建物を出たところの、すぐ隣にあります」

「はぁ?隣?隣って、ただの壁じゃねえか」


 レティシアがいう通りだ。この建物の横は、第1ゴンドワナシティーの境界の壁があるだけだ。が、ダニエラが応える。


「いえいえ、その壁の中にあるのですよ」


 妙なことをいうものだ。壁の中に、何があるというのか?僕ら3人は、ダニエラの後についていく。


 建物を出て、その岩壁に向かう。が、よく見るとそこには小さな入り口が見える。その入り口にも、先ほどの建物と同様に、ここにも職員がいる。


「ああ、ダニエラさんですか」

「ええ、また来てしまいましたわ」


 すっかり顔馴染みだ。一度見れば、覚えられやすい顔だからな。


「で、この方達に、生簀(いけす)を見せていただきたいのですが」

「ええ、ダニエラさんのお知り合いということでしたら……あれ?もしかして、ヤブミ提督ではありませんか!?」

「ああ、そうだが」

「奥さんが2人もいらっしゃるのに、それに飽き足らず何人もの女性士官を侍らせているという噂の、第8艦隊司令官だと伺って……あ、いや、どうぞこちらへ!」


 なんだか、僕に関して、事実無根の嫌な噂が蔓延(はびこ)っているようだな。いや、そんなことよりも一つ、思い出した。そうだ、そういえばここには、養殖場があることを忘れていた。農場と牧場だけではない。ここには小さな「海」がある。


「なあ、生簀とはなんだ?」

「レティシアさんもリーナさんも、見れば分かりますよ」

「なんでぇ、そんなにでっかい生簀が、ここにあるっていうのかよ?」

「私の口では、とても言い表すことなんてできませんわ。ご自分でご覧になり、感じて下さい」


 で、リーナとレティシアがダニエラに生簀のことを尋ねるも、かわされてしまった。だがおそらく、ダニエラの言うことは本心だろう。大体、ペリアテーノには養殖場や生簀なんてものはない。

 で、薄暗いトンネルを潜ると、青く照らされた生簀が見えてきた。その光景に、再び圧倒されるリーナ。


「な、なんだここは!?」


 目の前にあるのは、まさに水槽だ。といっても、奥が見えない。巨大なアクリル板によって仕切られた巨大生簀の一部を、垣間見ているに過ぎない。


「この生簀は、奥行きが5キロ、幅3キロ、深さは200メートルもあるんですよ。そこには、マグロやタラ、タイなどの魚介類の外、海藻や貝類も飼育されております」


 目の前には、まさにイワシの群れが泳いでいる。その奥にも、いくつかの魚群が見える。


「おい、ちょっと待て、5キロ先までこの水槽はあるのかよ!?」

「ええ、そうですよ。ところどころ、網で仕切られてはいますけど、ほぼ一つの水槽です。ここには、全部で200種類以上の魚が泳いでますね」

「そんなにいるのかよ!てことはまさか、うなぎもいるのか!?」

「ええ、もちろん。ちょうどあのあたりに、そのうなぎの群れが見えますよ」


 職員の指差す先には、まさしくうなぎの群れが見えた。ここから見ると、まるで紐状のその身体をうねらせながら、円柱のようにより集まっている。


「おい、うなぎとはまさか、ひつまぶしのあれか?」

「ああ、そうだ。あれがひつまぶしになるんだ」

「そうか、ひつまぶしが泳いでいるのか……」


 あながち間違いではないが、ひつまぶしは泳がないぞ。リーナとレティシアは、そのひつまぶし……じゃない、うなぎの群れに夢中だ。


「いかがです?やはりリーナさんには良い場所であると、言った通りでございましょう」

「ああ、まさかひつまぶしの元に会えるとは思わなんだぞ!」

「ですが最後にもう一つ、あるのですよ」

「なんだと?まだ何か、あるのか」

「ええ、間違いなくリーナさんは、気に入っていただけると思いますわ」


 そしてそのうなぎの群れに別れを告げて、僕らは再び壁の穴から抜け出る。

 で、向かったのは先ほどの農場・牧場の入った巨大な建物の脇にある、こじんまりとした建屋。


「なんだか、殺風景なところに向かうものなのだな。一体、ここに何が……」


 と、訝しげなリーナが、入り口付近で急に目を見開く。そして、何かに取り憑かれたように走り出す。


「お、おい、リーナ!」


 慌ててレティシアが後を追う。僕も思わず、その後ろを追いかけた。


「おい、カズキ殿!これが食べたい!」


 中に入ると、なぜリーナが走り出したかが分かった。いわゆる、産地直売品の店で、そこに併設された食堂が、リーナの目に止まった。

 まさにここで飼育された牛や豚の肉を用いた料理に、野菜や果物を使ったサラダやデザートのメニューが見える。


「おう、それじゃリーナ、これ食おうぜ!」

「これはなんだ?」

「ああ、馬刺しだぜ」


 なんと、馬刺しまであるのか。ということはまさか、さっきリーナが乗っていた馬も、いずれここに持ち込まれるということか?


「ん〜!最高ですわ!」


 あれ、すでにダニエラは席について、何かを食べているぞ?見ればそれは、皿に載せられた数種類のカットフルーツ。それをフォークで突き刺し、口に運んでいる。


「提督、実はダニエラがここに来たがる理由が、これなんですよ」

「これって……まさか、あの果物のことか?」

「ええ、新鮮な果物が食べられるとあって、すっかりここが気に入ってしまって……」


 それまであまり口を開かなかったタナベ大尉が、僕にそう呟く。ああ、なるほど、確かにダニエラ好みの食べ物だな。宇宙では、ここくらいしか味わえないものだろう。

 さっきまで馬に跨って楽しそうに駆け巡っていたやつが、馬刺しを食べている。それどころか、ステーキにサラダにカットフルーツに……おいリーナ、お前、どんだけ食べるつもりだ?まさか、この農場・牧場のすべてを、食い尽くすつもりではないだろうな?

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― 新着の感想 ―
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