#190 スイーツ
「なんだこのホテル、でけえな」
「当然だ。ここは宇宙一大きい戦艦の中だぞ?」
「でかい戦艦だからって、ホテルまででけえってこたあねえだろう」
いや、何を言っているんだ、レティシアよ。でかい戦艦の中だからこそ、ホテルだってでかいのは当然だろう。スペースもあるし、その分、人も大勢いる。それだけホテルを利用する人だって多い。
「戦艦」とは言うが、ここはもはや戦う船ではない。動く見本市場、とでも言えば良いだろうか。地球001の持つ最先端の文化、技術をアピールし、それを他の連合側の星々にアピールして巡る。地球001の名だたる企業がこの戦艦ゴンドワナの中に支社を構えて、この1万4千光年の宇宙のあらゆる星と提携しつつ、利益を得ている。だからこの大戦艦の中は、常に多くの訪問者で溢れている。
でなければ、これほどの大型艦を維持することなんてできないだろう。普通の戦艦だって、あれだけの大きさの船体や軍民を維持していくために、同じように艦内の街で商売をしているくらいだ。その100倍以上の大きさを持つこの船ならば、なおさらだ。
だからこそこの大きさの艦は、他の星に売るべきものを無数に抱えた地球001にしか維持できない。他の星には、とても無理だ。実際、他の星でも全長百キロ規模の艦の建造が計画されたことがあるが、そのすべては計画倒れに終わっている。そしてこの戦艦ゴンドワナだけが、この宇宙で最大規模の艦として残った。
ああ、もちろん大型の要塞というものはいくつか存在している。直径200キロほどの要塞を持つ星もあると聞く。が、要塞と戦艦では、維持費がまるで違う。
準惑星規模の物体を駆動させるだけの機関を動かすのは、相当なエネルギーが必要となる。それだけ、費用だってかかる。聞くところによるとこの戦艦ゴンドワナは、動力の不要な要塞の10倍ものコストがかかると言われているらしい。
そんな動く要塞……というより、動く最先端展示場の中を、僕はレティシアとリーナと共に歩く。
「本当にここは、宇宙船の中なのか?」
リーナが、そう呟くのも無理はない。戦艦キヨスの街の中であれば、階層構造に岩肌むき出しの天井が、そこが宇宙船内であることを気づかせてくれる。幅と奥行きが400メートル、高さがせいぜい150メートルしかないため、人の目にもそこが閉鎖空間であることが分かる。
が、ここは閉鎖空間といえど別格だ。高さは600メートルだが、上を仰いてみても、霞んだ岩肌に、ぼやっと見える太陽灯があるだけ。階層構造はあるものの、戦艦キヨスのものと比べると、吹き抜けの間口が広く、ごみごみとした印象はない。感覚的には、ナゴヤの街中を歩いているのとさほど変わらない。
が、当然、ナゴヤとは大きく異なる街並みが広がる。ここは商業地区が主体の第2ゴンドワナシティー、そこにあるのは、サカエよりも露骨に商売っ気丸出しの商店の列。そして、よりにもよって我々が突入したのは、飲食店街だ。
「おい、カズキ殿!あれは食い物ではないか!?」
おいリーナ、お前さっき、大量の駅弁を食べたばかりだろう。まだ食う気か?だが、リーナの視線は、正面に見えるスイーツ店と思しき店を捉えている。
戦乙女と呼ばれ、剣を振るい魔導を放つほどの戦闘に特化したこの皇女兼女騎士殿は、食べ物の前ではただの食欲姫と化す。こいつの胃袋がどうなっているのか、一度調べてみたいものだ。
「おう、ありゃあレインボースイーツの店だな……ちょうどいいや、あれを見て、リーナのやつが食欲を維持できるかどうか、試してやらあ」
「なんだと?私の食欲が、なくなると申すか」
「普通じゃねえんだよ、あそこのスイーツは。オオスじゃ見られねえからな、あのスイーツ店は。それじゃあ行くぜ」
ああ、そういえばあの店は、そういう店だな。僕は正直、苦手な店だ。メイエキの周辺に一つ店舗があるが、僕は入ったことがない。
「な、なんだこれは!?」
店に一歩踏み入れると案の定、リーナはその店の異様さに気づく。いや、店そのものにはさほどおかしなところはない。
おかしいのは、スイーツ自体だ。
「いらっしゃいませ!こちらの限定、21色トリプルアイスはいかがですかぁ!?」
食べ物を前に、リーナが引いた。だがそれも、無理はない。
七色に光るアイスやケーキ、パフェなど、食用の分光塗料が施されたそれらのスイーツが、我々を出迎える。
「おう、それじゃあ、その限定のやつを3つ、もらおうかな?」
「ありがとうございます!オーダー入りまーす!21色3つ、プリーズ!」
人は本能的に、青色の混じった食べ物を拒絶する。赤、緑、青といったあらゆる光の色を同時に発色するこの食品にも、その本能が働く。
そしてそれは、異なる銀河で育ったリーナですら、そうらしい。
「お、おい……これは本当に、食えるんだろうな?」
「なんでぇ、いつものあの食欲は、どこ行ったんだよ?」
半ば、レティシアも意地が悪い。お前、分かってやってるだろう。
正直言えば、最初のこの見た目のギャップがウリのスイーツだ。
この最新鋭の技術の集合体であるこの艦に相応しいスイーツということで、ここに出店しているのだろう。だが、別にこのスイーツ自体は珍しくはない。もう何十年も前に作られ、地球001では長く売れ続けているものではある。ただ、そのギャップ自体に目新しさを感じさせるため、この街にあると言った方が良いだろう。
だから、見た目の効果は最初だけ。これを一度乗り越えてしまえば、もはやただのスイーツだ。
にもかかわらず、どうしてこのスイーツが何十年もの間、続いているのか?
理由は、おそらくリーナが今、目の前で証明してくれるだろう。
「な!?なんだ、このスイーツは!」
ついにその見た目を乗り越えて口にしたそのスイーツの味に、リーナはその衝動を隠しきれない。それを見た僕も一口、それを口にする。
うん、美味い。スイーツだから当然甘いのだが、その甘さ加減が絶妙すぎる。
口の中で広がる快感、食べすぎても飽きることのない控えめで上品な甘味、とでも言えばいいだろうか?見た目の落差以上に、この味への衝動を隠しきれない。
なるほど、これは数十年も続くわけだ。見た目だけではなかった。なればこそ、この艦内の街にも展開できている。
「どうだ、美味えだろう?見た目も驚きだが、クセになる味だからよ。だから俺も気に入ってるんだ」
なんだ、レティシアはこの店の常連だったのか。一緒に行った覚えはないが、僕の知らないうちにあの店に通っていたのか。
だが、美味いと知るや、リーナは止まらない。こいつの食欲を遮るものは、もはや存在しない。
「おい、レティシア!今度はケーキだ!」
「ケーキっておい……それ、丸ごと食う気かよ!」
七色に光る、直径20センチほどの円形のケーキを指差すリーナに、呆れ顔のレティシア。だが、僕はすでにその程度では驚かない。あの大きな丸いケーキを、まるで捕まえた野生動物の内臓をえぐるが如くフォークで無惨に突き刺して喰らうリーナのその姿は、実に微笑ましいものだ。
「よし!じゃあ次は、あの馬鹿でかいパフェだ!」
いや、リーナさん、まだ食べるんですか?さすがの僕も、ドン引きするレベルの食欲だ。確かに、スイーツは別腹というが、こいつはいくつの胃袋を持っているんだ?
「いやあ、食った食った!」
さすがのリーナも、ようやく満足の域に達したようだ。店の出口から出ると、腹をさすりながらご満悦の表情で僕にそう語る。
「おめえ、相変わらずよく食うな……」
「そうか?これでも、いつもより少ない気がするがな」
そんなわけないだろう。少なくとも、カロリー換算では過去最高レベルかもしれないぞ。頭を抱えながら、そのスイーツ店を出る。と、後ろから声がかかる。
「あれ?ヤブミ提督ではありませんか」
振り向くとそこには、ナイン大尉がいる。
「なんだ、ナイン大尉もいたのか」
「はっ、カテリーナが、スイーツを口にしたいと言うので、ならばとここにきた次第です」
ふと見れば、満足げな表情のカテリーナが、大尉のすぐ後ろにいる。いつものあのとんがり帽子と黒いマントの、あの痛い姿でそこに立っている。
「そうか……で、どれくらい食べた?」
「そうですね、期間限定の21色アイス2つに、ケーキにジャンボパフェに……」
なんだ、こっちも同じような食欲を発揮していたのか。これだけたくさん食べる客が入ったのは、もしかしてこの店始まって以来じゃないのか?なにせ我が艦隊の3大胃袋のうちの2人が、同時にここに出現した。
「ところで提督、これからどうするんですか?」
「ああ、そうだな……しばらく街を見て、それからホテルに向かおうかと思っているところだが」
「そうですか。それじゃあ明日、一緒にここに行きませんか?」
と、ナイン大尉がスマホの画面で見せてくれたのは、「ゴンドワナ・ランド」と書かれたタイトル、その下には、小高い城のような塔や、ジェットコースターのようなアトラクションの写真。
つまりこれは、テーマパークというやつだ。この戦艦、中にテーマパークまで作ってたのか?
「ゴンドワナ・ランド、行きたい!」
そこに何か楽しいものがあると、直感で感じたのだろう。カテリーナは乗り気だ。
「おお!面白そうだな、俺らも行こうぜ!」
「なんと……この戦艦の中には、城まであるのか?ぜひこの目で確かめねば」
そんなカテリーナにつられてか、レティシアもリーナも行く気満々だ。
と、いうことで、その翌日。僕ら3人とナイン大尉、カテリーナの5人は、そのテーマパークへと向かう。
ただ……そこは我々が思うテーマパークとはかなり異なる、むしろ「地獄」とも言うべき場所であった。




