#19 賜物者
「ええと……今、なんと?」
「戦乙女と称される3人の内、地球1010出身者のお二人を、我々、地球042艦隊にお譲りいただきたい。そう申し上げたのです」
「だが、しかし……」
「連合の規定により、この地球1010は我々、地球042が主幹星となって、その発展を推し進めております。なれば、地球1010出身者が我々に移籍することは、何ら不思議なことではございません」
「いや、それはだな……」
「それにたった今、コールリッジ大将閣下がその賜物と呼ばれる能力に関し、情報共有されるよう指示されたと、閣下自身がおっしゃられたではございませんか? ならば、その能力者の移籍には当然、ご賛同いただけるものと思われますが?」
しまった。こいつ、いきなりぐいぐいと攻めてきたぞ。僕は守勢に追い込まれる。
だが、その形勢をひっくり返す一言が飛び出す。
「嫌です!」
この会話に割って入ってきたのは、ダニエラだ。
「……あなたは?」
「私は、元皇族にして、今は地球001の第8艦隊旗艦に身を寄せる、ダニエラ・スカルディアと申します」
「ああ、皇族の方でいらっしゃいましたか。なればぜひ、我が艦隊に……」
「それは、筋違いではございませんか?」
「なぜです?」
「まずはカテリーナですが、彼女は元々、円形闘技場にて、まさにアポローンの元に捧げられる寸前、ヤブミ様によって救い出されたのです。その恩に報いるべく、彼女はヤブミ様のもとにいらっしゃるのでございますわ」
「なるほど……それをこちらに寄こせというのは、いささか筋違いだと」
「その通りです、ポルツァーノ様」
「ですが、あなたがこちらに来られることは、何ら問題はないのでは?」
「いいえ、大ありです」
「なぜでしょうか?」
「私がヤブミ様の元に来た時、ヤブミ様はあなた方、地球042の軍司令部に私のことを打診されたと伺ってます。が、あなた方は特に、何もしてくださらなかった」
「う……それは……」
「それが、賜物の持ち主だと知るや、手の平を返したように寄越せと要求する。それこそ、筋違いも甚だしい、いえ、虫が良すぎるのではございませんか?」
「うう……」
なんと、ダニエラがこの幕僚を言い負かしてしまった。普段は好奇心旺盛なだけのお嬢様だと思っていたが、さすがは皇族。こういう饒舌戦には強い。
「……と、いうわけで、私達はあなた方の元には参りません。ご理解いただけましたか?」
「……分かった。貴殿の言う通りだ、承知した」
この幕僚、なかなか曲者だったが、筋を通されると弱いらしい。しかし、地球042は同盟相手だ。このままギスギスとした関係というのも、あまりよろしくないな。
「……と、いうことだ。この2人については我々、地球001が引き続き預からせてもらう。ただ、賜物については当然、我々の知る限りの情報を共有させてもらう。それでよろしいか?」
「はっ……承知いたしました」
少し残念そうな顔で、こちらを見て敬礼し、その場を去ろうとするボルツァーノ中佐。だが、それをダニエラが引き留める。
「お待ちください、ボルツァーノ様」
「……まだ、何か?」
「要するにあなた様は、賜物を持つ者をご自身の元に引き入れたいと、そう考えておられるのですね」
「まあ……その通りだ」
「なれば明日、その一人にお引き合わせいたしましょう」
「えっ!?」「は!?」
突然の提案に、ボルツァーノ中佐は驚く。いや、僕も同時に驚いた。
「ダニエラ殿、そんな知り合いがいらっしゃるか?」
「ええ、幾人かは……ですがその中で、あなた様にぴったりの人がいますわ」
「そうなのか!? ならば小官に、ぜひ紹介していただきたい!」
「ではボルツァーノ様、明日、太陽がてっぺんに上るころ……ええと、ここでは正午というのでしたか?その時に、この家の前で」
「承知した。では明日、正午にて」
中佐は敬礼すると、その場を去る。僕は返礼で見送る。そこに、荷物を運び終えたレティシアが現れる。
「おい、なんだ、今の野郎は?」
「ああ、地球042の司令部付き幕僚だ」
「さっき、ダニエラとカテリーナを寄こせと言ってたようだが?」
「要するに、賜物に関する情報を入手したいと思ってるようだ。その気持ちが先走り過ぎただけだ」
「いや、よくねえだろう。なんだそれは? これまで散々放置していたくせに、何を今さら……」
「まあまあ、レティシアさん。あの方のお役目を思えば、当然の要求ですわ。ですから私、協力はさせてもらいます。もっとも、そこから先は、あの方次第でしょうが」
不敵な笑みを浮かべて、あの士官の後姿を見送るダニエラ。口では協力などと言っているが、やはり第一印象が悪すぎたな。彼女があの士官のこと、嫌っているのがよく分かる。
で、その日の夜は、4人で過ごす。買ってきたばかりの調理ロボットを使い、4人分のハンバーグを作って食べ、そして僕とレティシアは1階で買ってきたばかりのベッドに、2階では一つの布団で、ダニエラとカテリーナが寝る。どうやらカテリーナは一晩中、ダニエラの抱き枕にされていたようだ。
そして迎えた翌日。太陽がちょうどてっぺんに昇った正午に、あの士官が現れた。僕とダニエラ、そしてレティシアにカテリーナもいる。
なお、僕とボルツァーノ中佐は軍服姿。レティシアはいつも通り、ダニエラはカクテルドレス、そしてカテリーナはあのとんがり帽子とマント姿。
ボルツァーノ中佐は敬礼する。僕もそれに応えて返礼する。ダニエラとカテリーナも、一応は軍属だ。同様に返礼で応える。
「では、参りましょうか」
「参るって、どこに行くんだ?」
「ええ、平民街です」
「平民街? あの、4、5階建ての石造りの住居が立ち並ぶ、あそこか?」
「そうですよ。では」
そういって歩き出すダニエラ。それに続く3人と、あの士官。
「その平民街に、賜物を持つ者がいると?」
ボルツァーノ中佐がダニエラに尋ねる。
「ええ、いますよ」
「それは、どのような人なのだ?」
「私と同じ、『神の目』を持つ者でございますわ」
「何!? それは本当か?」
それを聞いた僕はダニエラに尋ねる。
「おい、ダニエラ。お前以外にも『神の目』を持つ者なんているのか?」
「ええ。おりますよ、ヤブミ様」
「まさか、ダニエラのように鏡を見ることで、何かを見通せると?」
「平民ですから、鏡はございませんね。代わりのものを使うのですよ」
「それは一体、何を?」
「まあ、それは見てのお楽しみですよ」
ダニエラに、はぐらかされてしまった。まあ、もうじき会えるわけだから、焦ることはない。しかしその相手も、ダニエラと同じ「神の目」を持つと言っていた。そんな人物が、まだいるのか?にわかには、信じられないな。
街を抜けて、帝都に入る。入ってすぐのところはまさしく平民街。だがここは100万もの人々が生活する都市。平民街と一言でいっても、果てしなく広大な場所だ。
「ダニエラ、どのあたりなんだ?」
「もうすぐですわ、ヤブミ様」
そういえばダニエラは以前、お忍びで平民街などにしょっちゅう顔を出していたといっていたな。その時に見つけたのだろう。だが、ここは皇族の者がやってくるような場所ではない。
なんというか、とにかくここは臭い。道路の真ん中に細い水路があって、そこを汚物が流れる。家の中でツボの中に溜めた便を、時折窓から投げ出す。それがこの溝を流れて郊外に流れていく。それらが放つ臭いが、この街を覆う。
一方で、街のあちこちには井戸のようなものがある。このペリアテーノの地下には水路があって、そこを流れてきた水を汲み上げる場所が等間隔に並ぶ。その井戸端には、桶を持った何人もの女性が集まっており、話し込んでいる。井戸端会議ってやつか。
4、5階建ての民家の1階部分は、たいていは食事の場所となっている。そこではパンや豆スープ、麦雑炊のようなものが作られており、上に住む人々の胃袋に収まっていく。
その中のある店の前で、ダニエラは足を止める。そして、僕らにこう言った。
「そうそう、忘れておりましたわ」
「忘れてたって、何をだ?」
「私、ここでは下級貴族の娘『ボーナ』ということになっておりますの。ですから、本当の名前で呼ばぬよう、お願いいたしますわ」
「はぁ? なんだってそんなややこしいことしてるんだ?」
「まあ、事情はいろいろとありますのよ」
ああ、そうか。本名を使えば、皇族だってばれてしまうからか。だが、そんな偽名まで使って街に出ていたのか。このお嬢様の苦労がしのばれる。
店に入ると、焼けたパンを運ぶ一人の女がいる。茶色の髪の毛に、やや茶色っぽいテーブルクロス……じゃない、トーガに身を包んだ女。彼女は取り出したパンを木皿に入れ、オリーブ油を垂らしている。と、その時、彼女はこちらに気づく。
「あれ? ボーナ様じゃないですか」
「お久しぶりですわ、サマンタ」
そのサマンタという娘は、木皿をささっと客の前に配ると、こちらにやってきた。
「何ですか、その恰好は? いつもとは随分と違いやすね」
「ええ、ちょっと星の海まで行ってきたものですから」
「ええーっ!? それじゃあ、あの空飛ぶあの石砦に乗って、空の上まで行ってきたんですかぁ!?」
そういえばここの平民階級の人々って、どれくらい宇宙について知っているのだろうか? 出会った頃のカテリーナほどではないだろうが、自身のいるこの地球が丸いということを知っているのが精いっぱいだろうか。だから星の海といっても、ラヴェナーレ卿が言っていたように、天を覆う丸い壁に描かれた壁画くらいにしか思っていないんじゃないか?
「そうですわよ。で、こちらがその星の海を渡ってこられた、ヤブミ様とボルツァーノ様というお方ですわよ」
「なんとまあ、星の海を渡ってきた方が、こんな小汚ねえ街まで……まあ、大したもんは出せねえが、こっちへ」
僕らはそのサマンタの招きに応じて、店の席に座る。
「それじゃあ皆さん、パンでいいかい?」
「ええ、よろしいですわ」
「おい、ダニ……ボーナ、僕らはこっちのお金なんて持ってないぞ」
「大丈夫ですわよ、ヤブミ様。ほら、ちゃんと持ってきてますから」
と、ダニエラは子袋に入れたお金を僕に見せる。それは少しいびつな形をした銅貨だ。
「ええと、こちらのパンは一つ、1ぺリアでしたわね」
「そうですぜ、ボーナ様」
奥でせっせとパンを焼くサマンタ。石窯で焼きあがったパンを取り出し、それを木皿に入れて、上からオリーブ油をかける。そしてそれらを僕らの前に出す。
「そうそう、サマンタ。一つ、見せてあげてほしいのよ」
「見せるって……あれをですかい?」
「そう、あれです」
「ですが、見せるって言っても……あたいは、何を見りゃあいいんです?」
「そうですわねぇ……それじゃあ、この帝都の上を飛んでいる、あの大きな石砦が今、どこにいくついるのか、見て差し上げればよろしいのでは?」
「なんだ、そんなことですかい。いいですぜ。ちょっと待ってくんなせえ」
なんだって? 上空にいる駆逐艦の数を当てる? そんなことができるのか?
サマンタは奥にある、石窯だけの簡単な調理場から、丸いものを持ってくる。それは小さな石板だ。おそらく、パンを焼くための調理具のようだ。
それを僕らの前において、その上からオリーブ油を少し垂らす。そしてその石板を、じっと眺める。
「ああ、見えてきた見えてきた……そうだなぁ、こっちから3つ、そしてあっちに1ついるな」
それを聞いた僕は、スマホを取り出す。そして、司令部が提供する、艦艇の位置情報を表示するアプリを起動する。そこにはまさに、上空を通る船舶の位置が表示されていた。
果たして、サマンタの言うとおりだった。現在、上空には4隻の駆逐艦がいる。僕はダニエラの方を向き、首を縦に振る。
「当たりのようですわ、サマンタ」
「へへ、あんな馬鹿でかい物なら、簡単に見つけられますよ」
と言いながらも、腰に手を当てて、ちょっと得意げな顔でこちらを見るサマンタ。いや、なかなかの「目」を持っていることが分かった。
僕は出されたパンをいただく。パンといっても、どちらかというと乾パンのように硬い。触感は、ちょっと硬めのクッキーか、硬焼きせんべいといったところか。それをかじりながら、僕はサマンタとボルツァーノ中佐のやり取りを見守る。
「えっ!? あたいが、星の海に!?」
「そうだ。あなたのその力を、我々は欲している」
「だ、だけどよ、あたいはただの平民の調理人だぜ。そんなところに行っていい道理がねえ」
やはりというか、躊躇しているようだ。それはそうだろう、この帝都を出たことすらない平民階級の人物に、いきなり宇宙に来ないかと誘っても無理というものだ。
それにしてもこの幕僚、理詰めで攻めるのは得意のようだが、説得という行為は苦手らしい。なんだか、要領を得ない。だが、ダニエラは一切、口を出そうとしない。紹介はするが、そこから先はこの士官次第。元よりそれが条件だ。
なお、ダニエラの横では、カテリーナがパンを食べている。最近はすっかり、こちら側の料理になじんでしまったカテリーナだ、こんな味気ない硬いパンでは満足など……と思ったが、それなりにおいしそうに食べている。こいつ案外、好き嫌いがないな。
しかし、その横に座るレティシアは、この2人の会話に口を出す。
「ああ、もう、じれってえなぁ!」
いきなり割って入るレティシア。どうやらこの中佐の不器用さにイライラしたらしい。
「あ、あの、あんたは……」
「俺か。俺は地球001から来たレティシアっていうんだ」
「ええと、その、レティシアさんがあたいに何です?」
「せっかく誘いを受けてるっていうのに、もったいねえなと思ってよ」
「も、もったいない? 何がだい」
「お前、この宇宙、星の海ってところに何があるか、知ってるのか?」
「ええと、聞いた話じゃ、闇夜のように真っ暗なところをただひたすら石砦が進むと、そう聞いてるんだけど……」
「はぁ……やっぱり、そういう話しか聞いちゃいねえんだな」
ため息をつくと、レティシアはサマンタの前に座り、パンを持ち、こう言い出す。
「あっちにはな、お前も知らねえ美味えもんがたくさんあるんだよ」
「美味えもん? 何ですか、それ」
「柔らかい肉に、サクッとした衣、甘いタレ。お前が未だかつて、味わったことのない食べ物がそこにはあるんだよ。それにパンだって、このパンがただの石板に思えるくれえ、桁違いの柔らかさと味だ。皇帝陛下だってまだ食べたことのない食材、それを毎日、味わえる。そんなチャンスを前に断っちまうなんて、ああ、なんてもったいねぇ」
それを聞いたサマンタは、ゴクリと唾を飲み込む。だが、ボルツァーノ中佐がレティシアの耳元で呟く。
「おい、いくらなんでも、食べ物でつるというのはだな……」
「俺は何一つ、嘘は言ってねえぜ。全部、本当のことだ」
「そ、それ、本当なのかい?」
「そうだよ。なんならこのあとすぐに、そいつを食わせてやってもいいぜ。このオッサンの奢りでな」
「お、オッサン……」
一応、料理屋をやってる娘だ。食べ物のことは気になって仕方がないらしい。まんまとレティシアの術中にはまった。
「……で、あたいは、何をやりゃあいいんだい?」
「あなたは私と共に、ただ旗艦にいてその石板を眺めていてくれればいい! 衣食住は、我々が用意しよう!」
乗ってきた。それに乗じてオッサン……いや、ボルツァーノ中佐も必死に口説く。食い物でつるというのはいささか心苦しいが、こんな料理屋で埋もれさせておくには、あまりに惜しい能力だ。ボルツァーノ中佐の必死になる気持ちもよく分かる。
「……じゃあ、あたい、行ってもいいかな」
こうしてついに、このもう1人の「神の目」を持つ人物を、地球042艦隊へ引き入れることに成功した。翌日にこの料理屋のサマンタは、我々の街に来ることとなった。
「……今回の件、改めて感謝いたします」
僕の家の前にたどりつき、敬礼するボルツァーノ中佐。僕が返礼すると、この士官は自身の住処へと帰っていった。
「やれやれ、これでなんとか地球042とも良好な関係になれそうだ。で、ダニエラ」
「なんです?」
「お前、まだ何人か知り合いがいるのだろう。賜物を持つ者の」
「賜物というものは本来、全ての人が持っているものですわ。たまたまそれを顕現できているか、いないか。それだけの差ですわよ」
上手くはぐらかされてしまったが、この反応を見るに、やはり何人か知っているのだろうな。賜物を持つ者、賜物者を。
ところで、この時、ダニエラが紹介した賜物者のサマンタだが、意外にも早く、その活躍の場を得られてしまう。
それはこの日から3週間後に起こった、敵の大侵攻がきっかけだった。




