#187 帰還
「まもなく、戦艦キヨスに到着します」
「了解、ステアーズ准将に連絡。これより入港する、第1または第2ドックへの入港許可されたし、と」
「はっ!」
ようやく、あの砲艦の換装工事が完了したとの連絡を受け、戦艦キヨスに向かう。結局、3週間かかってしまった。予定より1週間延びた。
その間、ペリアテーノに滞在することになったが、ラヴェナーレ卿が何度も誘いをかけてくる。よほど、クロウダ准将が気に入ったのか?
そういえば、あの星は「地球1022」と呼ばれることが決定した。1022番目だから、地球1022。ルール通りの命名だ。
味気ない名前だが、この通達を受けて、むしろクロウダ准将の士気は上がりつつある。ようやく、自身がどこの星の出身であると名乗れるようになったことは、恒星間外交において極めて重要だ。
そしてクロウダ准将は、その地球1022で初の艦隊司令官となる。
いや、この星にはすでに艦隊はあるのだが、それは「アウストラル共和国宇宙軍」だったり「グリーグ帝国軍」の艦隊であって、「地球1022」ではない。
ところが、先に換装作業を終えたあの砲艦10隻は、その名称を「地球1022、第1艦隊」とすることが決定。第501番艦と呼ばれていた旗艦は、その名も「駆逐艦0001号艦」とされた。うーん、命名上、しょうがないけど、こっちの艦と紛らわしいな。
たった10隻の艦隊。なれど、同盟交渉開始からわずか3週間での艦隊結成。まだ同盟締結の基本条約を結び終えたばかりだというのに、艦隊だけは結成された。これは、異例の早さだ。
地球1010が、同盟締結からすでに2年近く経過しているが、彼らの星にはまだ艦隊はない。地球042所属の訓練艦隊として100隻が運用されつつあるが、まだ地球1010艦隊と名乗れるだけの練度ではないという。
とはいえ、こっちの地球1022艦隊にしても、まだ戦闘は不可能だ。せいぜい周辺宙域のパトロール任務が精一杯。そこで、彼らに我々のノウハウを伝えるべく主幹星が選定される。
その星は、地球451と決まった。ここから230光年ほど先にある連合側の星で、通常は2つの艦隊を抱える星が多い中、この星は3つの艦隊を保有している。その第3艦隊が派遣されることが決まった。
さて、たった3週間で、いきなり第1艦隊の司令官にされてしまったこの男を連れて、駆逐艦0001号艦は戦艦キヨスに入港する。
◇◇◇
もしかして私は、面倒ごとを押し付けられただけではなかろうか?
「砲艦の先駆者」と称され、その最初の艦隊の司令官ということにされてしまったが、私の手元にはまだ、その肝心の船がない。いや、ここ戦艦キヨスにあるにはあるが、まだ引き渡しが終わっていない。
だが、引き渡されたら、その瞬間にさらに面倒なことになるのではないか?
未だに、我が地球1022は、統一政府もなければ、統一された宇宙軍も存在しない。この第1艦隊にしたって、当面はアウストラル共和国宇宙軍の堅物どもの指揮下にある。それはそうだ。私自身、アウストラル共和国宇宙軍の一員なのだから。
しかし、体裁にこだわる我が宇宙軍の軍司令本部が、初の重力子エンジンを持つこの10隻を第1艦隊と命名してしまった。
だが、その軍司令本部にいる少将以上の将官の数よりも少ない艦艇の艦隊など、設立してどうするつもりか?
生まれたての子馬がまだ立ちあがらないうちに、いきなり荷馬車を取り付けられてしまった感覚だ。先が、思いやられる。
ところで、元々の第51小隊には、全部で約2000人の将兵がいる。彼らがそのまま第1艦隊隊員とされてしまったわけだが、この人員は10隻には多過ぎる。
彼らの運用では、駆逐艦一隻当たり100人。だから人数上は、20隻分の人員を抱えることになる。
そんな歪な、第1艦隊が結成される。
「構え、礼!」
ツィブルカ大佐の号令と共に、ザッと音を立てて、2000人が一斉に敬礼する。私は、彼らに返礼で応える。
ここは、戦艦キヨスの中にある演習場。この広場に集められた我が艦隊の人員を前に、私は第1艦隊の結成を宣言する。
「たった3週間、このひと月にも満たない期間のうちに、我々を取り巻く環境が大きく変わってしまった」
自分で言いながら、まだ信じられない。つい3週間と少し前に、私は彼らを前に砲艦隊の初陣を鼓舞するために、出陣式をやった。ところがわずか3週間後に、今度は艦隊結成式である。
形式上の式典とはいえ、これは我々の星の歴史に残る、輝かしい第一歩には違いない。だが、それを宣言する本人が自覚していない。
そう、あまりにも変わり過ぎた。だからかえって、脳がついていかない。
「だが、我々がすべきことは変わらない。自身の星の人々を守るために、我々は戦う。その最初の10隻に、我々は選ばれた。これは我が第51小隊、および砲艦構想の正当性を、まさに証明するものである!」
この場面が歴史に残るなら、この一言は述べておかねばならない。私のこの言葉に、自然と拍手が起こる。すぐ斜め後ろにいる、軍司令本部から派遣されてきたオンデルカ大将の表情が、歪んでいるのが分かる。私はその拍手が鳴り止むのを待って、そして続ける。
「そして私はここに、地球1022、第1艦隊の結成を宣言する!」
割れんばかりの拍手が沸き起こる。私は拍手を受けつつ、壇上を降りる。
「良い宣言でした。そして内容も、勢いも、クロウダ閣下らしい」
ツィブルカ大佐が、私の演説を総評する。私自身も、この副官と同意見だ。が、今は少し、複雑な想いでもある。
我々は滅びのレールの上を歩んでいる。ヤブミ少将のあの仮説が、どうしても引っかかる。もしこれが我が軍の堅物どもの言葉であれば、壁を殴って一蹴しているところだが、相手は「特殊砲撃」の考察者で、さらにその古代兵器と直接やり合った経験を持つ人物。言葉の重みが、全然違う。
「さて、それでは次の会場へと向かうとするか」
「はっ!」
そんな懸念はあるものの、今はこの式典を無事終わらせることを考えよう。直ちに人類が滅びるわけではない。私は、この演習場のある隣の、大広間へと向かう。
そこでは、まさに結成パーティが行われることになっている。2000人全員とはいかないが、大尉以上の100人が出席することになっている。そこに地球001の士官も加わり、全部で200人ほどのパーティーとなる。
立食パーティーの会場に着くと、まずその会場の雰囲気に驚かされる。
いや、驚いたのは雰囲気ではないな、どちらかというと料理に、と言った方が良い。
「おう、来たな!」
早速、あの魔女が出迎える。なるほど、ここの料理は、この魔女が関わっているのか。
概ねは、我々の行う立食パーティーで食べる料理と同じではある。もっとも、ここが宇宙の只中で、この豊富な食材が出てくることも驚きだが、それよりも、ところどころ見える奇妙な食べ物に目がいく。
まず目立つのは、料理人が1人張り付いたあの一角だ。普通ならステーキを焼いてみせるところではないかと思うのだが、あれはラーメンと呼ばれる食べ物を作っている。
それも、並のラーメンではない。タイワンラーメンとかいう、妙に辛いやつだ。あの魔女が好んで食べる、奇妙なラーメン。それをわざわざ、我が艦隊の結成パーティーに持ち込んできた。
さらに、山と積まれた茶色の食材。あれは「手羽先」というやつか。その横には、茶色い半透明で真四角な、ゼラチンのようなものが置かれている。あれは……なんだ?
「おお、ういろうまで持ち込んだのか!」
「あったりめえよ!せっかくの式典だってのに、このスイーツがなきゃ、色がねえだろう!」
……あれは「ういろう」というのか。スイーツと言っていたが、妙に濁った、まるで藻ずくのような色をしているが、そんなものが色を添える存在なのか、ナゴヤというところは。
そしてその横には、あの魔女が好んで食べる極め付けの料理が置かれている。
そう、あれは確か「ひつまぶし」というやつだ。私も一度、この艦内で食べたことがある。味は、申し分ない。ただ、食べ方が面倒くさい。桶のような容器に入ったウナギの乗ったご飯を四等分に分けて、それぞれを茶碗に盛り付ける。そのまま食べる、薬味と呼ばれる香辛料の一種をかけて食べる、さらにその薬味の上から出し汁をかける、最後は好みで食べる、などというプロセスを経て味わうというものだ。
どうやら、ナゴヤの食材で揃えた節があるな。そういえばこの艦の名前も、そのナゴヤのそばにある地名からつけたとされる。ここがそもそも、ナゴヤ漬けな船だった。そんなところでパーティーをすれば、必然的にこうなる。
しまったな。これも歴史に残ってしまうのか?我が地球1022艦隊の結成式では、タイワンラーメンとひつまぶしとういろうが出された、と。変な伝説につながらなければ良いのだが。
「ああ、貴官が地球1022艦隊の司令官、クロウダ准将殿で?」
と、まだパーティーが始まったばかりという時に、私はある人物から話しかけられる。飾緒付きの、地球001の軍服。私は応える。
「はい、私がクロウダ准将ですが。」
「ああ、やっぱり。私はこの戦艦キヨスの艦長で、第8艦隊の戦隊長を務めてます、ステアーズ准将と申します。」
ああ、そういえばヤブミ少将の元には、5人の戦隊長がいると聞いた。我が艦隊も数が増えれば、分艦隊を構成せねばならない時が来る。どういう人物を、その分艦隊の指揮官に据えているのか?興味がある。
「ところでクロウダ准将殿は、このメイプルシロップ漬けのパンケーキなどいかがですか?」
「は?」
と、思った矢先、いきなり私はパンケーキを勧められる。しかしなぜ、メイプルシロップなんだ?何か深い意味でも……うーん、思いつかない。
「おい、ステアーズ殿、いきなりスイーツを勧めるやつがあるか」
「おお、ワン殿。そういう貴官は、また殺風景なものを食べているではないか」
「何をいう、シュワンヤンロウは素朴ながら、癖がなくて美味いぞ。クロウダ准将殿も、いかがかな?」
そう言いながら進めてきたのは、薄い肉の入った野菜スープのようなもの。いわゆる「しゃぶしゃぶ」というやつか?しかしなぜ、戦隊長ともあろう者が料理ばかり勧めてくる?その横には、下士官の軍服を着た人物がいる。
「シュワンヤンロン、美味しいだよう。うちのシューミン……じゃねえでな、ワン准将閣下も大好きよう。食べてみるかね?」
なんだか妙な訛りの女性下士官だな。見たところ、このワン准将の奥さんか……いや、歳の差がありすぎる。まさか、娘か?にしては、髪の毛の色も人種も、まるで違うようだが。
「こんなところで、戦隊長が2人もお集まりとは、いかがなされたか?」
「なんだ、カンピオーニ殿ではないか。ちょうど今、クロウダ准将殿と話をしておったのだ」
「おお、クロウダ殿か!先ほどの結成式の言葉、私は感動しましたぞ!」
「は、はぁ、ありがとうございます」
カンピオーニといえば、戦隊長の一人だな。この人物からは先の2人より、比較的まともな印象を受ける。
「ところでカンピオーニ殿、またシミュレーター訓練でやらかしたと聞いたぞ。今度は、火を噴いたとか」
「そうそう、貴官は艦隊を握らせると、まるで珍走団のように走るからな」
「あははは、いやなに、機動性を活かした戦術を、と思って、ちょっとばかり熱くなってな。ところでクロウダ殿、戦いはやはり、機動力ですぞ」
「いや、近接戦による、人型重機での急襲こそが男のロマン!」
「それはワン殿、貴官くらいにしかできない戦術ではないか」
笑いながら話をする3人の戦隊長だが、こいつら、見た目以上にヤバそうだな。これが、ヤブミ少将の部下なのか?
「いや、戦いは火力だ!火力こそ、男のロマン!」
また熱いのがやってきた。飾緒付きの人物であるから、これもまた戦隊長のようだ。
「いや、エルナンデス殿。ただ火力があっても、繊細な制御あっての火力だ」
また一人、飾緒付きが現れる。最後の、5人目の戦隊長のようだ。一見、まともそうだが、眼光が鋭い。こいつも多分、まともではない。
「あー、取り込み中すまないが、クロウダ准将殿にあまり変なことを吹き込まないでもらえないだろうか?」
と、そこにヤブミ少将が現れる。5人の戦隊長は、一斉に敬礼する。少将閣下も、返礼で応える。
「おい、ヤブミ少将!」
ところが一人、いきなり突っかかる。あれは確か、エルナンデス准将という人物ではないか?
「なんだ、エルナンデス准将」
「この間の戦いはなんだ!いきなり特殊砲撃を撃つやつがあるか!」
「いや、さっさと戦いを終わらせて、犠牲を少なくしてだなぁ……」
「おかげで、こちらは一隻も沈められなかったじゃないか!部下に軍功を取らせようとか、そういうことは考えないのか!」
「あ、いや、それはすまない」
「いやいや、謝る必要などありませんぞ。あれはあれで、正しい戦術だ」
「そうですな、時にはいきなり、メイプルシロップをぶっかけるような戦術も必要ですぞ」
「いや、私はエルナンデス殿に賛成ですな。もう少し、地球001としての力を示してから……」
「私が突入して、撹乱した方がよかったかもしれませんな」
なんだ、この部下は……ヤブミ少将は、これほどまでに個性的な、いや、反抗的なやつが混じっていたのか?
「で、これからの予定だが……」
「予定の前に、反省会だ!」
「いや、反省会は今ので十分であろう」
「そうそう、パンケーキなどいただきながら……」
「我らの力こそが正義!」
「まずはこのまま、地球1022へと向かう。そこで、この星の新たな主幹星に決まった地球451に引き継ぎを行い……」
好き放題、言い放つ戦隊長をのらりくらりとかわしながら、淡々と話を進めるヤブミ少将。度量があるというのか、それともただ単に諦めているだけなのか、あの個性的な連中を受け流しつつ、話を進めている。
「……で、クロウダ准将殿には、地球451の遠征艦隊司令官とお会いいただくことになっている」
「はっ、了解しました」
「おい、ヤブミ少将!話を聞け!」
「エルナンデス准将、これ以上ぐちゃぐちゃ言うと、次はないぞ?」
「う……」
「ちょ、ちょっと、アルセニオったら……本当にいつもすいません、ヤブミ閣下」
なにやらあの熱い戦隊長の奥さんらしき人物が出てきたな。というか、いるのか、あんな面倒くさそうな男に、奥さんが。
「……いやはや、ヤブミ少将殿。あのような配下がいて、苦労が絶えませんな」
「いや、別に、慣れてしまえばどうってことはない。それよりもこの先は、クロウダ准将殿の方が、苦労が絶えないように思うが」
ヤブミ少将から、ねぎらいの言葉をもらう。いや、ちょっと待て……今のやり取りは、何か変な韻を踏んでなかったか?
「いろいろとあったが、ともかく我々もその役目を終えた。ここからは、貴官がこの星系を防衛する盾となる。そのことを肝に銘じて、艦隊を運用して欲しい」
「はっ!ありがとうございます、ヤブミ少将殿!」
「さて、それじゃあせっかくの料理を楽しむとしよう。ええと、僕もレティシア同様、ひつまぶしがおすすめなのだが……」
ヤブミ少将らしい、なんの飾り気もひねりもない、しかし実際に何かを成した者のみが持つ重みのある言葉だ。もし私がこの艦隊結成の出来事を歴史書に書き留める機会があったなら、今の言葉を残しておこう。あ、いや待て、そうすると「ひつまぶし」の名が歴史に残ることになるぞ。
「ふえ?おい、カズキ……手羽先は、どこだぁ?」
「おいレティシア、お前また、飲んだな?」
「カズキ殿!この鶏の丸焼きは美味いぞ!」
「はぁ?おいリーナ、そんなもの、どこで見つけてきた?」
「ふぎゃあ!」
「こら、バカ犬!さっきからきつねうどんの揚げばかりを……」
「騒がしいですわねぇ、どうしてこの艦隊の方々は、こうも品がないのかしら?」
「……美味しい……」
「手羽先!」
「プロテイン!」
「ちょっと提督!こっちばかり見ないでください!」
にしても、この戦乙女のことは、先の歴史書にはなんと書き留めておこうか?先ほどの戦隊長も個性的ではあったが、個性というならこちらの方が上だ。ヤブミ少将の元には、こういう人物が集まる何かがあるのだろうか?
そういう不可思議で個性的な能力のことを、ダニエラ殿は「賜物」と称していたな。私は思う、これがヤブミ少将の持つ賜物なのだろうな、と。




