#186 言い伝え
その星の上空に達し、唖然とする。
そこはまるで、古代文明の遺跡そのままの光景が広がっている。その合間に、ビルや宇宙港といった近代的な建物が点在している。そんな場所だ。
地球1010という、我々よりも早く発見され、そして今まさに宇宙軍を創設すべく、人々の訓練が行われている星だと聞いている。。が、そもそも鉄器すら持っているかどうか怪しい文明から、いきなり迎えた宇宙時代、なかなかに移行が進まないと、ダニエラ殿が言っていた。
そんな星の中でもまだ進んだ国であると言われる、ペリアテーノというところに私は降り立つ。が、いきなり出会ったのは、石造りの円形の競技場。いつの時代の代物か?
「いやあ、ヤブミ卿!お久しぶりですなぁ!」
そんな星に降りた途端、ヤブミ少将を出迎える人物が現れる。黒いリムジンで乗り付ける、背広姿の男。こう言っては失礼だが、およそこの星にはあまりマッチしているとは思えない姿だ。
「おや?こちらのお方は?」
「ああ、先日発見された、新しい地球から来た方です。今回、初めての恒星間航行を体験するため、この星に来てもらったのです」
「おお、そうなのですか!ですが、姿格好がまるで近代軍人そのままの姿にお見受けしますが……」
「あの、私はアウストラル共和国宇宙軍、第4艦隊所属、第51小隊司令官、クロウダ准将と申します」
「えっ!?宇宙軍!?ということは、すでに宇宙に出られている星なのですか……?」
この人物は、何やらショックを受けているようだ。確かに、我々はこの外宇宙に進出したのは初めてだが、すでに百数十年前には宇宙に飛び出す技術を保有し、宇宙空間での戦闘も経験している。彼らよりは1000年以上は、進んでいるといえる。
「あ、いや、お見苦しいところをお見せいたしました。私はこのペリアテーノ帝国の貴族の、ラヴェナーレと申します。以後、お見知りおきを」
「はっ、よろしくお願いします」
「となればヤブミ卿、この方も社交界にお誘いせねばなりませんな。」
「は?ちょ、ちょっと、ラヴェナーレ卿!?まさか今から、社交界をやるんです!?」
「ええ、ちょうど今からやるところでした。良い頃合いに帰還なされたものです」
なんだか、巻き込まれた気がするぞ。私は半ば、強制的に連れ出される。4列の座席を持つそのリムジンに、クジェルコパー中尉ごと連れ込まれる。
「いやあ、奥様も宇宙軍の出身とは、まるでヤブミ卿のようですな」
そのリムジンの中で談笑しつつ、こう述べるその貴族。いや、私はまだ、クジェルコパー中尉とは結婚していないのだが。
にしても、この場にいるのは我々2人以外に、ヤブミ少将とその奥さん2人、それにダニエラ殿だけだ。将官とその家族、そして元皇女。あとは、宇宙港に残したまま。なんというか、露骨に身分的な何かを感じてしまう。こういうところはまだ、後進的な星のようだ。
さて、まるで古代の神殿のようなところに招かれる。中身こそガラス張りの、モニターを多数配置した近代的な機器や建材を取り入れているが、建物そのものは石造りの、まさに古代神殿そのもの。
リムジンの中から外を見ると、平民街と呼ばれる場所はまだ未開の場所が多い。多くの人々の服は、布切れ一枚で作られたような粗雑なものだし、建物の多くは窓にガラスが使われておらず、木板で塞いだだけの簡素なものが多い。
我々よりも2年前に発見された星だと聞くが、まずは近代化の推進が目下の課題のようだ。
「おお、ヤブミ卿、久しいな」
「は、はぁ、ネレーロ様も、お元気そうで」
「そういえば貴殿は、新たな星を見つけて、その中枢の街に乗り込んでいかれたとか?」
「え、ええ、まあ……」
社交界の会場では、なにやら古風ないでたちの貴族か皇族らしき人物が現れ、ヤブミ少将に話しかけている。その横には、ダニエラ殿がいる。
そういえば、ダニエラ殿は元皇女と言っていたが、カクテルドレスに身を包み、この場に立ち入ることを許されている。ということは、もはや元ではなく、もう立派な皇女扱いなのではないか?
「で、ネレーロ様、こちらがその星からいらした、クロウダ様でございますわ」
と、突然、ダニエラ殿がその皇族だか貴族だかに、私を紹介する。テーブルクロスのようなものを身にまとったその人物は、微笑みながら私の方に寄ってくる。
「ほほう、これはクロウダ卿、お初にお目にかかる。私はこのペリアテーノ帝国第3皇子の、ネレーロ・スカルディアと申す」
「はっ、小官はアウストラル共和国宇宙軍准将、クロウダと申します」
「准将でありますか。まるでここに来たばかりの時の、ヤブミ卿のようでありますな」
この人物、やはり皇族だった。しかも第3皇子と名乗っている。どおりで豪華なテーブルクロスを纏っていると思った。
よくみれば、背広姿、軍服姿の人物もいるが、多くはテーブルクロスのようなものを纏っている。ラヴェナーレ卿が背広姿なため、てっきり保守的な人物がテーブルクロスを纏っているのかと思いきや、今日はたまたま元老院にて行事があり、その関係でこちらの衣装を纏っている者が多いのだそうだ。そう、ラヴェナーレ卿から教えられる。近頃は貴族も普段は皆、背広だということだ。
「よっ!大将!お久しぶり!」
と、その社交界会場の一角で料理を振る舞う料理人から、声をかけられるヤブミ少将。
「なんだ、とんかつ屋の店主か……あれ、ロレッタさんは?」
「ああ、ロレッタなら今、子育ての真っ最中でさぁ」
「えっ!?もう生まれたの!?」
「もうって……あいつがあっしと一緒になって、かれこれもう一年になりますぜ、大将」
「あのさ、店主よ。大将ってのは、ここではやめてもらえるかなぁ。ほら、あそこに本物の大将閣下がいるから、紛らわしいんだよ」
「へい、わかりやした、大将!」
なんだか、調子のいい店主だな。手元を見ると、なにやらシュニッツェルのようなものに、茶色いタレをかけている。
「ところで大将、横のお方は、どなた様で?」
「ああ、彼は新しく発見された星から来た人で、クロウダ准将というんだ」
「へぇ、准将ですか。まるでちょっと前までの大将のようですねぇ」
「あ、ああ、アウストラル共和国宇宙軍准将の、クロウダという者だ」
「あっしは地球001、ナゴヤ出身のとんかつ屋をやってる者でさあ。こちらの大将とは、昔っからの腐れ縁でしてねぇ」
ナゴヤという名前が出てきた。この男も、ナゴヤというところから来たというのか?
「おう、味噌カツ屋、久しぶりだなぁ」
「ああ、レティシアさん。どうです、久しぶりのうちの味噌カツは?」
「いただくぜ。いやあ、店主の味噌カツは、やっぱりうめえや」
「なんだと!?味噌カツか!私ももらうぞ!」
ヤブミ少将の奥さん2人が、この味噌カツなるものに群がってきた。よほど縁があるのだな、ここの店主とは。
喧騒とする社交界会場で、私とクジェルコパー中尉は実に多くの人物と引き合わされる。貴族に皇族に、地球042の政府高官や軍人など、ここに集まる人物は多種多様。しかしここは、私のいたあの星から10光年も離れたところにあるという。
我々の常識からすると、とんでもなく遠い場所ではあるが、人が住む宇宙は1万4千光年に及ぶというから、そこからみればご近所といえる距離だ。
「ところで、クロウダ准将殿」
紹介が一段落したところで、ヤブミ少将が話しかけてくる。私は応える。
「はい、なんでしょう?」
「少し聞きたいことがあるのだが……貴官の星系の第4惑星の名前、いや、他の星々の名前の由来となった神話は、どこに伝わる神話なのです?」
妙なことを聞いてくる人だな。以前にも、似たようなことを聞かれた覚えがあるが……私はこう応える。
「ええ、我々の住むアウストラル共和国の前進である王朝に伝わる神話に出てくる神々の名前が、我々の星系の惑星には割り当てられているのですよ」
「ああ、そうなのか、アウストラル共和国の前王朝の神話なのか……」
「あの……もしかして、神話に興味がおありなのですか?」
「いや、そういうわけではない。ただ、我々軍人として、ある神話に描かれた事実に、無視できない何があるという、ただそれだけのことで関心を抱かざるを得ないのだ」
「軍人として、無視できない?でも、たかが神話ですよね?」
「ところが、その神話に出てきた怪物の正体と思われる古代兵器と、何度か戦うハメになったので、こちらとしてもその成り立ちを気にせざるを得なくなったというわけだ」
「は?古代兵器と戦う?どういうことです?」
私は思わず、声を上げる。すると、その声に釣られたのか、ある人物も現れる。
「これは気になることをおっしゃいますな、ヤブミ少将殿」
「……げ、ポルツァーノ大佐か」
「何を警戒なされるか?で、その古代兵器との戦いとやらを、聞かせてもらえませんかね?」
「う……実は……」
そこで、ヤブミ少将は渋々、語り始める。その内容は、まだこの星に来たばかりの私にとっては、信じがたい内容だった。
「……で、そのガイアが作り出したとされるテュポンという化け物を、地球001の近くで破壊したと?」
「このことは、他言無用だ。我が地球001内でも、箝口令が敷かれている。ここで話すこと自体、本当はまずい」
ガイアという名前は、私にとってはあのガス惑星のことでしかない。が、そのガイアとゼウスの戦いの名残りに、ヤブミ少将が挑んだという話を聞くと、私もその神話の事実を昔話と切って捨てるわけにはいかなくなる。
「……で、共通しているのは、アポローンという名前の神。これはこのペリアテーノにも残されている。そして同じ名前が、貴官の星系の太陽神に使われている」
「つまり、そのアポローンという者がかつて、この多くの星々を巡った結果、その名が神格化して残されている、と少将殿は言いたいのですか?」
「まあな。なお、ガイアという名前は、この星には残っていない。反逆者であるがゆえに消されたのか、それとも最初からこの星では、知られていないだけなのか」
「うむ、興味深いですな。そういえばヤブミ少将殿は先日、アルテミスという名前の神を調べていて、あの10人を見つけたのでしたな。ということは、神話の示す先に、賜物あり、ということなのか……我が地球042にも同じような神話があって、そこに何かが隠されているやもしれませんな」
ポルツァーノ大佐は腕を組んだまま、考え込む。私もまさか、たかが神話にそれほど深い過去が刻み込まれていたなどと、知る由もなかった。
「……で、大事なのは、ここからだ」
「あの、ヤブミ少将殿。まだ何かあるのですか?」
「そうだ。我々の、未来に関わる話だ」
古の神話から、いきなり未来へと話が飛ぶ。
「それで、その未来の話とは、なんのことですか?」
「我々がもう一度、その神話の時代を繰り返しているのではないか、という仮説がある」
「神話を、繰り返している?あの、それはどういうことです?」
「僕の第8艦隊が戦った、その怪物は、我が艦隊しか所有していないはずの特殊砲撃を放った」
「えっ!?あの砲撃を、ですか?」
「そうだ。それも無人兵器の分際でだ。だが、当然そんな兵器がいきなり作られるわけではない。まずは宇宙船、ビーム兵器、砲艦、特殊砲撃、そして無人化……そういうプロセスを経て、その兵器が生み出されたことは間違いない」
「まあ、そうでしょうな。いきなり無人の砲撃艦が生まれるわけなどないですから」
「ところがだ、我々はすでに、無人化以外の部分を作り出してしまった。あと100年もすれば、もしかするとあの『テュポン』を作り出せるだけの技術を手にするかもしれない」
「なるほど……究極の兵器とは、無人兵器と言いますからな」
「だが、自律的な意思を持った兵器の恐ろしさは、我々が数度戦ったその古代兵器から感じている。まったく、見境がなく襲ってくる。ということは、我々は100年以内に、そんな無人兵器と戦うハメになる可能性がある」
「いや、ヤブミ少将殿。それは少し、考えすぎではないのですか?」
「僕もそう考えていた。が、我々には、その神話と同じ歴史を繰り返すべく何かが、我々自身に組み込まれているのではないかと思っている」
「なぜ、そう思うのですか?」
「クロウダ准将、貴官がまさに、あの星で独自に砲艦を生み出した。それはつまり、神話に描かれた破滅の歴史を繰り返していることに他ならない。だから、貴官の星系で砲艦を見た途端、僕はこの仮説の信憑性をより感じる羽目になった」
破滅の道、それを人類は、繰り返している。つまりヤブミ少将はそう言いたかったようだ。
砲艦決戦構想を思いつき、それを推進するために、私は実に多くの努力と苦渋と幸運を経験した。
が、それらは全て、我々自身に刻まれた、決められたレールの上をなぞっていただけだというのか?
ヤブミ少将の言葉に、私は大いにショックを受ける。
「……でもそれは、クロウダ准将、貴官だけではない。僕自身も、決戦兵器構想の中で提唱した特殊砲。これがまさか、決められた破滅の道の上を辿っているだけだと考えた時、恐ろしくなった」
「ヤブミ少将殿……」
「ともかく、我々は過去の文明の過ちを知った。だからこの先は、その破滅の道を回避すべく、なんらかの道を探るしかない。そのことを、クロウダ准将、ポルツァーノ大佐は、心に留めておいてほしい」
「うむ……にわかには信じがたい仮説ではありますが、確かに、その通りの歴史を歩んでおりますな。実際、我々は連盟という敵と、長い間戦い続けてますからな」
故郷から10光年離れたこの星で、私は神話に隠された歴史を知る。
そしてそれは我々に対する警告だと、ヤブミ少将から教えられた。




