#184 報道
「それで、レティシアさんはこの星についてどう思われますか!?」
レティシアにマイクを向けて尋ねるのは、この星の報道関係者だ。いきなりこの艦にやってきて、回答に困る質問をレティシアに投げかける。
「そう言われてもよ、俺はまだこの星に降りたことがねえんだよ」
「そうなのです?でも、この船の窓からも見えるじゃないですか」
随分と、無茶な質問だな。窓から見えるところだけで判断しろとは、無茶振りもいいところだ。何が聞きたいんだ、このレポーターは?
「なんかすげえたくさん人がいるなあ、としか思えねえぜ。ビルもいっぱいあるけどよ」
「それはそうです、ここは我がアウストラル共和国の首都プラーナの中心部ですからね。レティシアさんのいた街と比べて、いかがですか?」
このやや無神経なレポーターに、レティシアがこう応える。
「いや、ナゴヤの方がでかいぜ。ビルも高えし」
「えっ?ナゴヤ?ナゴヤとは、レティシアさんの故郷の名ですか?」
「そうだ。味噌カツや手羽先、ひつまぶしにタイワンラーメン。それに……まあなんだ、とにかく美味いものがいっぱいある街だぜ」
「は、はぁ、ミソカツ、ですか……」
いきなりここの人にとって未知の料理名を言っても、相手も困るだろう。それに全然、ナゴヤの説明になっていない。
「そ、それじゃあレティシアさん、せっかくですし、この街を巡ってみませんか?」
「はぁ!?俺が、街巡りだって!?」
「そうですよ。このプラーナもとてもいいところですよ。ぜひどうです?」
「いや、構わねえけど、俺だけじゃなぁ……」
「もちろんヤブミ少将閣下も、それからこの船の中の方もご一緒で、いかがです?」
「ま、まあ、それならいいけどよ」
どうしてもこのレポーターは、宇宙人にこの街を良いと言わせたいようで、こんな提案をしてきた。
ということで、レティシア共々、僕らはいきなり街巡りをさせられることになる。なお、コールリッジ大将にもこの件を相談したのだが、大将閣下からの返答は、
『いきなり首都のど真ん中に降りて、住人を混乱させるやつがあるか!死ぬ気で、我々への印象を変えてくるんだ!』
と、ありがたいお言葉を頂いてしまった。
というわけで、その艦内インタビューからわずか2時間後に、僕らは地上に出る。降り立ったのは、僕とレティシア、リーナ、ボランレ、ダニエラとタナベ大尉、カテリーナとナイン大尉、ザハラーとドーソン大尉。
「……あれ?マリカ中尉、デネット大尉、それにヴァルモーテン少尉は?」
「あいつら、人前に出たくないってよ。ヘタレだなぁ」
「そういえば、ボランレの新しい飼い主の、ヘインズ中尉は?」
「ギックリ腰だってよ。何やってるんだか……」
ギックリ腰って……どうしてこの狭い艦内で、そんなことになる?運動不足か。
ともかく、僕らは地上に降りて一旦、目の前にある軍司令本部の建屋に向かう。そこを抜けて、プラーナの街に入るためだ。直接、プラーナの街に向かうと、ただでさえ群衆が大勢取り囲んでいる中、大混乱に陥る懸念がある。だから、軍司令本部の裏から出ることになった。
で、僕らはぞろぞろと軍司令本部の建屋に入る。出迎えるのは、クロウダ准将に、僕のちょっと苦手なプラーシル少将だ。僕は2人に敬礼すると、2人も返礼で応える。
街に入る前に僕は、どういうわけか、このアウストラル宇宙軍の司令長官らに会うことになった。それがこの建屋の、裏口を使わせてもらう条件だ。って、別に僕らが裏口から出たいと言ったわけではないのだが……と思いつつも、僕はそれに応じる。
「さて、ヤブミ少将殿。それじゃあ異星人のプラーナ訪問を歓迎して、まずは元帥閣下にお会いしていただくとしようか」
嫌なことを言い出すやつだな、このプラーシル少将という男は。それのどこが歓迎なんだ?元帥閣下など、できれば会いたくはないのだが。
で、レティシア達とは一旦別れて、僕だけがこの建物の大会議室に通される。会議室に入るなり、飾緒付きの軍服を着た人物がずらりと並んでいるのが目に飛び込む。僕は入口で敬礼すると、彼らも一斉に返礼する。
「はるばる遠い星からようこそ。私は共和国宇宙軍、総艦隊司令長官のマハーレク元帥と申す」
「地球001、第8艦隊司令官、ヤブミ少将です。お招きいただき、ありがとうございます、元帥閣下」
いきなり、元帥閣下か。そういえば地球001にも元帥閣下はいるが、会ったことはないなぁ。僕はその会議室の長机の端に案内されると、僕はその席に座る。
「ところで、ヤブミ少将殿。貴官は少将でありながら、1000隻もの艦隊を率いる司令官だと聞いているが、なぜ貴官がそれを率いているのか?」
席に着くや、いきなり質問をされる。僕は応える。
「はっ、我が第8艦隊は実験艦隊という性格上、少数での運用となるために、少将である小官が艦隊司令を務めております」
この返答に一瞬、会議室内がざわめく。
「……1000隻を、少数というのかね?」
「はい、通常の艦隊の10分の1の兵力です。随行する戦艦もわずか一隻。それが、我が第8艦隊です」
「まさか……普通の艦隊はその10倍、1万隻だというのかね?」
まるで算数の問題を、元帥閣下に出しているような、不思議な会話になりつつあるな。僕は応える。
「はい、この宇宙における一個艦隊は、駆逐艦1万隻、戦艦30隻、軍民合わせて総人員数160万人というのが通常の編成です」
それを聞いた会議室内にいる一同はざわめく。だが、そんなに騒がれるようなことを、僕は言ったか?我々にとっての常識を、僕はただ述べただけだ。
「貴官の星では、駆逐艦というあの大型の砲を持つ艦と、補給基地的な戦艦の2種類しか艦種が存在しないのか?」
「はい。ですが、我々だけではありません。我々、連合側のみならず、敵である連盟側の全ての星で、そのような構成です」
「だが……それでは戦術の自由度が狭まるのではないか?」
「我々もかつては、小口径砲を持つ回転砲塔式戦闘艦や、駆逐艦に搭載されたこの砲を回転砲塔として備える巡洋艦と呼ばれる艦種が存在しましたが、小口径砲では射程が足らず、巡洋艦は重過ぎて機動力が無く、廃れてしまいました。結局、240年前までにそれらの艦種は消えて、今の形になったのであります」
「いや、しかし……それでは、接近戦はどう対処するのか?さすがに航空機なども存在するのだろう?」
「我々の戦闘の時間は、長くても5時間。航空機の速力では、1光秒先にいる敵艦隊に到達するまでに、戦闘が終了してしまいます。仮に航空機隊に取り憑かれたとしても、バリアシステムで防御が可能です。それよりも、正面に敵の艦隊を捉えて対峙、砲撃を仕掛けることに特化した方が、広大な宇宙空間では有効なのです。それが、この宇宙における戦闘教義となっております」
とまあ、こんな調子で僕はこの星の将官らの質問に答えていった。別に、突拍子もないことを話したつもりはない。1000以上存在するこの宇宙の人類生存惑星では、ごく当たり前であることを淡々と述べただけにすぎない。が、その度になぜか驚きのようなため息のような声が上がる。
「いやあ、痛快だったな」
プラーシル少将は、そのやり取りに満足した様子だ。僕自身は特に痛快なやり取りなどしたつもりはないのだが、彼にはそうは見えなかったらしい。
「しかし、だ。先ほどの貴官の話を聞く限りでは、我々はすぐに考えを改め、直ちに艦隊編成準備にかからなければならない、ということか」
「そうでしょうね。この近くには、まさに連盟軍との抗争地域がありますし、いつ攻め込まれるか分かりません」
「抗争地域ねぇ……しかし、そんな場所の近くにいながら、どうして今まで我々は、その連合とも連盟とも接触することなく過ごしてきたのだろうか……不思議なものだ」
それはプラーシル少将だけでなく、我々とて同じだ。星間物質がベールになっていたとはいえ、これほどの文明を持つ星に気付かないなど、迂闊にもほどがある。
「さてと、ここから先は、テレビ局との対決だ。軍部の堅物どもよりは相手にしやすいだろうが、気を抜くなよ、何せ相手は、好奇心旺盛な民衆の代表だからな。それじゃあな」
妙になれなれしくなったこのずぼらな少将に見送られ、僕は軍司令本部の建屋の裏口へと向かう。そこには、レティシア達が待っているはずだ。
「……おうよ、んで、俺は怪力魔女でって呼ばれててよ」
「はぁ!?ま、魔女ですかぁ!?」
「そうだぜ」
「てことは、空を飛んだり、呪いをかけたりなさるんですか!?」
「呪い?んなこたぁしねえよ。そうだな、例えばこういうものをだな……」
あれ、レティシア達はもうテレビカメラを向けられているぞ?ここはまだ軍の敷地内のはずだが、勝手に入り込んできた報道陣らとすでに接触が始まっていた。
で、レティシアのやつ、そばに置いてあるその報道陣の車の一台に手を付け、それを持ち上げて見せる。
「ええーっ!なんですか、これは!?」
「おう、これが怪力魔女の力だ。どうよ?」
「う、宇宙ではこの力は、常識なのですか?」
「常識ってもんじゃねえな。俺のおっかさんの故郷である地球760でも、これだけの力を持ってるやつは稀だって言うぜ」
「その地球760ってのは、何処かの星の名前なのですか?」
テレビカメラを向けられても、一向に動じることなく応えるレティシアだが、そもそも彼らはまだ、この宇宙の概要や地球の呼び名など、基本的な情報から知らないままだ。
で、レティシアを援護すべく、僕が割り込もうとした途端、目の前にふわっと降りてくるものがある。
それはほうきに乗った、軍服姿の人物。この星には魔女はいないそうだから、そんな奴はたった1人しかいない。
「……あれ、エリアーヌ准尉か?」
「はっ!さようです、少将閣下!」
それは、エリアーヌ准尉だ。そういえばこいつのことをすっかり忘れかけていた。僕が外に出たと聞いて、すっ飛んできたようだ。
「まさかとは思うが、貴官……0001号艦からここまで、そのほうきで?」
「少将閣下が外出されたと聞いたので、護衛役の私もご一緒にと思い、飛んでまいりました!」
「いや、さすがにここでは空を飛ぶのは違法なのでは……」
「ご心配には及びません!建物すれすれを飛んでおりますゆえ、レーダーに引っかかるようなヘマはしておりません!」
いや、かえって心配だ。軍事施設の際をすれすれで飛ぶ魔女がいたと知られれば、ただ事ではないはずだ。
ところが、この空から舞い降りた魔女にも、あの報道陣が食いつく。
「あ、あの、今あなた、空から降りてきませんでしたか!?」
そりゃあ驚くだろうな。いきなり、魔女が2人現れた。それも、得体のしれないあの宇宙船からだ。
「はっ!小官は地球001、第8艦隊旗艦司令部付き、ヤブミ少将閣下の護衛任務に就く一等魔女、エリアーヌ准尉であります!」
魔女と、はっきり言いやがった。おかげで彼らの関心は、レティシアからエリアーヌ准尉に移る。
「まままま魔女って……しかも今、空飛んでたってことは、やっぱり呪いとか、かけられるんですか!?」
この星の魔女のイメージは、そういうものなのか。しかしなぜ真っ先に「呪い」と言うイメージが出てくる?だが、エリアーヌ准尉もレティシアも、呪いをかけるような類の術を知らない。そんな面倒なことをするくらいなら、レティシアならばその相手を持ち上げて叩き落とし、エリアーヌ准尉ならばその人物の背後に迫り、一撃で……
「いえ、小官は呪いなどというものは使えません。陸戦隊員として、射撃、格闘の訓練を受けてはおりますが……ああ、それから、時速200キロ以上での飛行が可能であります!」
「時速……200キロ?」
「ああ、こちらの単位でいうと、200キーメルテのことですよ」
僕が補足すると、驚きの声が彼らから上がる。それを見ていたレティシアは不満なようで、割り込んでくる。
「ふんっ!空をふわついていやがる一等魔女なんぞ、目じゃねえよ!俺のような二等魔女の方が世の中の役に立っているんだからな!」
「あの、魔女に、一等や二等という呼び名があるのです!?」
「そうだよ、ああいう風にカトンボ見てえに空を漂うのが一等魔女で、俺みてえに地面に足つけて力を発揮するのが二等魔女っていうんだ」
「あの、レティシア様も一等魔女では……」
「俺は空を飛ばねえ!だから、二等魔女でいいんだよ!」
レティシアのやつ、カメラの前でエリアーヌ准尉と喧嘩を始めそうな勢いだな。僕は提案する。
「あの……軍敷地内での取材はまずいと思うので、そろそろ場所を移動しませんか?」
ということで、向かった先はこのすぐそばにあるビル。そこは商業施設のようで、我々でいうところのフードコートらしき場所がある。
で、そこにいきなり数台のテレビカメラと、奇妙な格好の人物がぞろぞろと現れた。周りの人々の目を引くのは当然だ。
「ん、んまいぞ、これは!」
と、いきなりリーナは何かを食べ始めている。ソーセージとフライドポテト、おそらくここのファーストフードと思われるが、お前、この星の通貨もないのに一体、どうやって……と思いきや、報道陣の一人が食べ物を調達して配っている。
で、我が艦の三大胃袋であるリーナ、カテリーナ、ザハラーがもぐもぐとそのソーセージセットを食べ始めている。そしてその横には……
「う、うみゃーよぅ!」
あのボランレ節が炸裂する。ぱたぱたと動くあの耳を見て、アナウンサーらしき人物が僕に尋ねる。
「あの……さっきから気になっていたのですが、あれはもしや、本物の耳なのですか?」
そりゃあ普通、あれが本物とは思わないだろうな。だが、まぎれもなくあれは本当の耳だ。ちなみに普通の人間の耳のある部分には、ただ髪が生えているだけだ。
「ええ、そうですわ。私、ここから10光年ほど離れたところにある地球1010のペリアテーノ帝国の皇女だったのですわ。」
さらにその横では、ダニエラが取材を受けている。こういっては何だが、2人いる皇女の中で、こいつが一番品がいい。あふれる気品、あふれる美貌、そして、あふれる謎。
「あの、そのわきに抱えている鏡は一体、なんなのでしょうか?」
「ええ、私は『神の目』という賜物を持っておりますので、それを用いるために必要なものなのです」
「れ、賜物とは、なんなのですか?」
「そうですわね、どなたにも一つはある、神から賜った特別な能力、とでも申しましょうか。例えばあそこでとんがり帽子をかぶっていらっしゃるカテリーナさんなどは、数万キロ離れた場所の殺意すら、感じとる力がありまして……」
などと聞いても、信じてもらえてないだろうな。人畜無害そうな顔で、頬を抑えて微笑みながらソーセージを食べるやつが、殺意など感じとれるなどと言われてもなぁ……しかも、その力ゆえに砲撃手をやっているなど、この場で信じろというのが無理だ。
こうして、我々の内情が徐々に暴露されていく。ドーソン大尉は相変わらず筋肉を自慢しているし、ボランレはうみゃーうみゃーと叫んでいる。リーナ、カテリーナ、ザハラーは次々にお代わりを要求し、レティシアとエリアーヌ准尉は、地球760発祥の魔女の存在を自慢げに語る。
そしてついに、あの事実もばれる。
「ええーっ!?や、ヤブミ少将には2人の奥様が!?」
いちいち教えるようなことか、そんな私的な情報を。だがこの事実は、この手の報道機関の好みそうな内容だ。おかげで、僕とレティシア、そしてリーナはその件に関わる質問攻めにあう。
コールリッジ大将閣下。僕はこの星の、異星人に対して持っているであろう悪いイメージを、おそらくは払しょくできたかと思います。かなり、自身の身を削る想いを伴いましたが……




