#183 堅物
「クロウダ准将よ!貴官は何を考えている!」
軍司令本部に呼ばれた私は早速、元帥閣下に怒られている。
「あの、元帥閣下、お言葉ですが、何か問題でも?」
「問題だらけではないか!航宙艦で軍司令本部の真ん前に降りるやつがあるか!」
「取り立てて事故を起こしたわけでもなく、また、軍規にも航宙艦による着陸を禁ずる規定もございません。むしろ、軍司令の目の届かない場所に着陸される方が、何かと不都合があろうかと思いましたので、ここへの着陸こそが妥当だと判断致しました」
「む……」
砲艦構想にも難色を示すような、保守的な思想の元帥閣下だ。いや、ここにいる大将以上はすべて、堅物どもだ。その堅物どもの脳みそにこびりついた過去の残照を打ち砕くには、あれくらいがちょうどいい。
「……で、クロウダ准将。これからどうするつもりなのかね?」
「まずは、彼らから派遣された使者を迎え入れます。そして、共和国政府へ引き継ぎます。そこまでが、我々の役目であると考えております」
「そんなことのためにわざわざ、軍艦を連れてくることはあるまいに……」
発言したのは、第3艦隊司令官であるハヴラン大将だ。この人も砲艦構想に反対した人物ではあるが、目の前にあるあの大型艦を見て、現実的な対応を模索している節がある。とはいえ、やはり不満ではあるようだが。
「そうだ、一つ申し上げるのを忘れておりました」
「なんだ准将、まだ何かあるのか!?」
「ええ、ございます」
私のこの一言に、元帥閣下に、この場の2人の大将閣下が眉をひそめる。
「外に停泊中のあの駆逐艦0001号艦ですが、ヤブミ少将より内部見学の許可をいただいております。閣下らにもぜひ、お越しいただきたいと」
この一言で、この会議場がざわめく。それはそうだ。この宇宙でも最新鋭の艦だ。そんな軍事機密の塊を、ヤブミ少将は気前よく見せてもよいと提案した。さすがの堅物どもも、これには動揺を隠せない。
「おい、クロウダ准将」
そんなようやく会議が終わり、会議場を出ようとする私に声をかける人物がいる。プラーシル少将だ。
「はっ、なんでしょうか、プラーシル提督」
「貴官も、大胆なことをしたものだな。プラーナどころか、アウストラル共和国中が大騒ぎだぞ」
「……でしょうね。すでに報道陣も集まっておりますし」
「しかも、貴官が提唱した砲艦構想を具現化した艦だ。お前まさか、軍司令の中枢にあの砲艦を見せびらかすために仕向けたんだろう?」
「お言葉ですが提督、私はただ、自身の役割を忠実に果たしたまでです。我々の国どころか、この星全体にかかわる未来をつなげるための役割を」
「ふうん……」
いやらしい目でこちらを見る少将閣下。だがこのお方は、私の砲艦構想を支持してくれた、数少ない将官の一人だ。
「で、さっきの話、あの艦を見学できるって話だが」
「はっ」
「俺が……ああ、いや、小官が、ハヴラン大将閣下の命で、あの艦に向かうことになった。貴官に、その案内を頼みたい」
「はい、構いませんが。ですが、ハヴラン大将閣下はよろしいので?」
するとプラーシル少将は辺りを見回すと、私にそっと耳打ちするように、こう呟く。
「ビビッてんだよ、あのバカでかい艦に。だから俺に、先に見て来いとおっしゃっている」
この人も、上層部にあまり良い印象を持っていない。それを聞いた私は、少将閣下の申し出を承諾する。
「……で、いつ向かいますか?」
「今すぐだ」
「えっ!?今からですか?」
「貴官はこれから、あの艦に戻るつもりだろう?それについていく。文句なかろう」
いや、文句はないが……いいのか、いきなり押しかけても?
「では、小官が取り次ぎます。が、いきなり中に入れてもらえるかどうか……」
「彼らは、我々との同盟を結ぶためにきたのだろう?しかも、見学を提案したのはあちらだ。ならば、断る理由などないと思うが」
この人も強引だ。だけど、あまり期待しないで欲しい。なにせあの艦は、最新鋭艦だ。いくら見学可とはいえ、準備もあるだろう。
司令本部の表に出ると、そこにはものすごい数の群衆が集まっている。広場から軍司令本部の建物の間は立ち入り禁止としているため、直接その群衆に飲まれることはないものの、いつあの立ち入り禁止のロープを乗り超えて入ってくるか、分かったものではない。
群衆の反応は、ここからはよく分からない。ただ、あれを異星人の乗り物だということはすでに周知だろうと、プラーシル少将は言っていた。
なればこそ心配だ。良からぬ感情を抱くものは、間違いなくいる。ここに招き寄せておいて言うのもなんだが、何事も起こらねば良いが。
さて、ようやく駆逐艦0001号艦にたどり着く、私はそこで、ヤブミ少将につないでもらい、プラーシル少将の立ち入りの許可をいただけるか尋ねる。
「えっ!?入れてもいいのか!?」
「ええ、提督はOKだと……」
あっさりと、許可が下りる。もうちょっと渋られるかと思っていたが、拍子抜けするほど寛容だ。それを聞いたプラーシル少将は、ニヤニヤしている。
「なかなかどうして、太っ腹じゃないか、その異星人の提督さんは」
この新鋭艦に足を踏み入れたプラーシル少将は、興味津々な様子だ。それはそうだろう。この宇宙でもっとも優れた航宙艦だ。そんなものが、この大陸最大の国家の、首都のど真ん中に降りてきた。非常識極まりない。プラーシル少将好みの展開だ。
「僕……小官は地球001、第8艦隊司令官、ヤブミ少将です」
「俺……じゃない、小官はアウストラル共和国軍、第2分艦隊司令官をしている、プラーシル少将だ!早速だが、この船の機関を見たい!」
「あ……はい、こちらへ」
明らかに正反対な性格同士が出会った瞬間だ。ヤブミ少将は、面倒な人物が現れたと察したのか、あまり表情が優れない。
「ほう、この船にはエレベーターがあるのか!?」
「ええと……そりゃあこれがないと、上に上がれませんから」
「いや、宇宙船なら普通、そんなもの載せないだろう?」
「いや、普通、ないと困るでしょう……」
エレベーターの中で、実にどうでもいい会話をする両者。互いの常識が異なるが故のすれ違いだが、プラーシル少将はわざとヤブミ少将を困らせているように見える。
「おう、カズキ。珍しいな、おめえが機関室に来るなんてよ」
機関室の前には、あの魔女がいた。ああそうか、そういえばこの魔女、一応この機関のトラブル対応のためにいると言っていたな。
「なんだ、軍人でもない女が、どうしてここにいるんだ?」
歯に物着せないプラーシル少将は、ストレートにその魔女に自身の疑問をぶつける。
「そりゃあ、俺が怪力魔女だからだぜ」
が、まるで噛み合わない回答をするその魔女。
「……ええと、どうして魔女だと、ここにいることになるんだ?」
「みりゃあ分かるぜ。まあ入れや」
あのプラーシル少将が、あの魔女に勢いで押されている。唖然とするプラーシル少将を手招きして、機関室に入る魔女。
「おい、レティシア、この方はこの星の少将で……」
「要するに、見学に来た客人なんだろう?まあ心配すんなって、俺に任せろ」
仕切り屋の魔女は、自身の夫すらも仕切りつつ、プラーシル少将を機関の前に招き入れる。
「で、前にあるのが核融合炉ってやつで、後ろのが重力子エンジンってやつだぜ」
「その重力子エンジンとはなんだ?」
「はぁ?んなこと、俺に聞かれてもよく知らねえな」
「……よく知らねえのに、俺を招き入れたのか?」
「そういう話は、機関長に聞いてくれ。おい、機関長!」
一介の民間人が、機関長を呼ぶ。私も、ここの人間関係がどうなってるのか、詳しくは知らない。
「ああ、重力子エンジンですか。この機関はですね、重力を伝達する重力子という素粒子を……」
この機関の詳細が、機関長から語られる。それに聞き入るプラーシル少将。時折、質問をしつつも、その機関に興味を抱く。
「……ところで機関長殿。そんな最新鋭の機関に、どうしてこの魔女さんがいるんだ?」
が、一通りの説明を聞いたところで、まさに確信を突く質問が飛び出る。
「それはですね、この艦の機関の冷却機が容量不十分なため、時々、熱暴走していたんですよ。それで……」
「おうよ、そんで、この俺が必要ってことになったんだよ!」
熱暴走するから、魔女?ますます話が分からない。
「で、熱暴走する度に、最初は加熱した部分に水ぶっかけてたんだが、電装品がショートして使い物にならなくなってよ。これじゃダメだって困り果てた時に、俺が現れた」
「……それで、なんであんたが現れたら、なぜその問題が解決するんだ?」
「口で言うより、見せた方が早えだろう。おい、機関長!」
その魔女は機関長を呼びつける。と、機関長はホースを持ってくる。
「まあ見てな、これが俺の力だぜ」
……何が見られるのか?そういえば私も、この魔女が何をするためにここにいるのか、知らない。
機関長が、ホースから水を出す。勢いよく飛び出すその水を、右手で受ける魔女。
水浸しになるものと思ったその魔女は、何とその水を、まるで水飴のごとくくるくると絡めつつ、巨大な水玉に変える。
「な、なんだぁ!?水が……宙に浮いている!?」
プラーシル少将は驚く。私も同様だ。うねうねと波打つ巨大な水玉が、魔女の手の先でややうねりながらもそこに止まっている。その顔を見て得意げなその魔女は続ける。
「んでよ、この状態で加熱部に押し当てるんだ。するとよ、計器盤が濡れることなく冷やせるから、トラブルなしに解決ってわけだ」
「あ……あはは、それじゃあ、この最新鋭艦は、魔女の力で維持されてるってことか?」
「おうよ。すげえだろ」
そのプラーシル少将の問いに、後ろにいたヤブミ少将が応える。
「そうですよ。この実験艦を進宙できたのは、まさにこの魔女レティシアのおかげです。それゆえに、我々は従来機関を超えるこの新型機関を、どうにか実用化することができた」
魔女は手の上の巨大な水玉を、脇にある排水溝の上に移動する。そしてそこで、多量の水を解放する。排水溝に向かって、勢いよく流れていく水。
「いや、凄いぜ、この船は!まさか魔女が乗ってるなんて、想像以上にイカれた船だな!」
などと言いながら、その魔女の手を握るプラーシル少将。それを苦々しく見るヤブミ少将。
「ああ、プラーシル少将……その方はヤブミ少将の奥さんなんですよ」
ヤブミ少将の気持ちを察した私は、プラーシル少将にそう告げる。するとプラーシル少将はパッと手を離す。
「あ、これは失礼した。いや、それにしても、これほどの魔女殿を射止めるとは、さすがは最新鋭艦の司令官だな」
感心するプラーシル少将のその言葉に悪気はないが、いやらしい目でヤブミ少将を見るそのプラーシル少将に、ヤブミ少将はあまりいい感情をお持ちではないことはよく分かる。
「……で、ここは砲撃管制室で、戦闘時には、艦の操縦系と砲撃管制が全てここに集約されることになっている」
今度は砲撃管制室に移動し、そこでヤブミ少将から説明を受けるプラーシル少将。ちょうどそこでは、ブリーフィングが行われていた。
そこでもやはり、プラーシル少将節が炸裂する。
「なんだ、今度はちっこい女がいるようだが、彼女も魔女なのか?」
やや浅黒い肌の女性乗員を指差し、随分と失礼な物言いのプラーシル少将。その言葉に、管制室の一同は表情を曇らせる。だが、ヤブミ少将の言葉で雰囲気が一変する。
「……彼女こそ、我が艦隊、いや、この宇宙で最強の砲撃手ですよ。命中率99パーセント以上、総撃沈数一千隻以上、加えて、要塞一基を破壊。先の第4惑星でも、数十個の小衛星を破壊してます」
相当な砲撃手だとは聞いていたが、改めてその戦歴を聞くと、背筋が凍りそうになる。つまりこの女下士官は、我が軍の艦隊のおよそ半数相当を宇宙の藻屑に変えたと言うのだ。さすがのプラーシル少将も言葉が出ない。
「ふぎゃあ!誰だよぅ!?」
艦橋に着くと、今度は獣人が現れた。それを見たプラーシル少将は、ヤブミ少将に尋ねる。
「ああ、ヤブミ少将殿……こちらの方は今までに、何隻くらい沈めているのかな?」
そんなやりとりの末、我々は今、食堂にいる。ヤブミ少将の第2夫人にして皇女のリーナ殿の膝の上で、ゴロゴロと喉を鳴らすあの獣人。
「私は地球1019にあるフィルディランド皇国の皇女で、カズキ殿の妻のリーナ・グロディウス・フィルディランドと申す。以後、お見知り置き願いたい」
もはや突っ込む気も起きないプラーシル少将は、ただ一言、こう漏らす。
「いや、まさかこれほどまでに非常識な船だったとは……魔女に凄腕ガンナー、そして皇女様までいるとは……こりゃあ、我が軍の堅物な大将どもには刺激が多過ぎて、理解不能だろうな」
まったく同感だ。私も改めてこの艦にいる女性らの超人ぶりを思い知らされる。
「プラーシル少将閣下、ここにいる女達は皆、戦乙女って呼ばれてるんですよ」
「ヴァルキリー?何だそれは」
「半神半人の、戦う乙女、という意味だそうです」
「なるほど、半神の戦乙女か。まさしく、神がかった船ではあるな」
と、そう付け加えるのは、クジェルコパー中尉だ。それを聞いて私もプラーシル少将も納得する。
そうだ、まさしく戦乙女だ。この宇宙でも最強クラスの、まさに戦う乙女らだ。彼女らの実績を前にして、我らが軍司令本部に引きこもった堅物どもには釣り合うはずもないだろう。




