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#182 地上

「ねえコンラート、せっかくだから、街に行こうよ!」


 ベッドの上でせがむラウラ。


「また行くのか?」

「だって、明日には出港するんでしょう?今だけだよ、こんな面白いところにいられるのも」


 面白いのか、ここは?別段、我々の知る街とさほど違いはない。強いていうなら、ここが宇宙空間の只中にあること、そしてその密集した階層構造が特殊なだけで、取り立てて目新しさはない。

 いや、スマホと呼ばれるものだけは、別格だな。機能的には、我々の持つそれと大きくは違わないが、コンテンツの量が多い。

 にしてもラウラめ、たくさんの服を買ったものだ。軍服しか持っていないから、おしゃれしたくなるのは分かるが、せっかくもらった2000ユニバーサルドルのほとんどを使い果たしてしまった。


「なんだ、まさか私のマネーを狙っているのではないだろうな?」


 そう私が呟くと、にやっと笑みを見せるラウラ。やはりそうか……だがラウラよ、残念ながら私は、お前の期待に応えるつもりはない。

 と言いつつも、ラウラと共に街に出る。ここは当然、昼も夜もない。時計だけを頼みに、自己管理の生活だ。だがそれは、今までもそうだから、さほど苦ではない。

 どちらかというと、生活のリズムを崩しているのは、この街の存在だ。24時間、常に誘惑し続けるこの街が、ラウラを魅了する。

 今度は第2階層を巡ることにする。ウキウキなラウラに手を引かれ、私は憂鬱な気分でホテルを出て、エレベーターに乗り込む。

 が、第2階層で降りると、その活気ある街の雰囲気に触れ、少し気が晴れる。

 どうしてわざわざ宇宙空間に、これほどどでかい街を作り上げたのか?それはなんとなく分かる。

 これくらい派手な憩いの場を作っておかないと、あの狭い艦内では気が滅入ってしまう。実際、我がアウストラル宇宙軍にも、「宇宙鬱」などと呼ばれる精神障害が問題になっている。暗い宇宙ばかり見ていることで、段々と感情表現を失い、しまいには意欲そのものが消滅する。虚空の宇宙空間に魂が吸われたかのようなその病状と隣り合わせのまま戦い続けてきた我々には、この街のありがたみが痛いほどよく分かる。


「あ、あそこに可愛い服が売られてる!ねえコンラート、行ってみよう!」


 ……まだ服を買うつもりか?もう何着買っている。だが、ラウラは構うことなく私の手を引いて中に入る。

 そういえばもう、半年も地球(アース)に帰っていない。ショッピングとは無縁な生活を続けてきた反動が、ここに来て一気に吹き出したのだろう。しかも、私とラウラがこういう仲になったのは、まさにこの半年の間の話。そういえば、デートそのものが初めてだった。


 浮かれるラウラと半日ほど過ごし、またホテルに戻って……部屋で半日を過ごした後に、ついに出港の時を迎える。


「各種センサー正常!出港準備よし!」

「後進微速!抜錨、駆逐艦0001号艦、発進!」


 ヒーンという甲高い音と共に、この重そうな砲艦はドックを離れる。微速とは言いつつも、すでに我々の艦の加速を上回る。


「取り舵20度!両舷前進微速!」

「取り舵20度!両舷前進、びそーく!」


 艦長の号令を、航海長が復唱する。驚くほど静かに進む砲艦。しかも、加速を感じない。この慣性制御という仕組みは、本当に加速度を打ち消してくれることが実感できる。

 が、脳がついていかない。窓の外の光景が、まるで映像のように見えてしまう。あっという間に、戦艦キヨスの表層が後ろに流れ、真っ黒な宇宙空間に出ると、もはや自身が動いているという証を見つけられない。

 その真っ暗な、目印のない空間へ出ると、航海長がこう告げる。


「巡航速度に乗りました。地球(アース)まで、あと5時間!」

「了解。では、しばらく席を離れる。何か動きがあれば、知らせてくれ」

「はっ!」


 ヤブミ少将はそう言い残すと、自席を立つ。そして、私とクジェルコパー中尉の2人に向かい、艦橋の出入り口の方を指す。どうやら、一緒に外に出るよう促している。

 私はちらっと、モニターに映るレーダーサイトを見る。左方向に、数百隻の艦隊群が映っている。位置からすると、おそらくはペトルリーク中将麾下の第4艦隊と思われる。が、この艦は猛烈な速度でその第4艦隊を追い越していく。

 やはりこの艦は速い。レーダーサイトを眺めて、ようやく実感する。それを見た後に、ヤブミ少将の招きに応じて艦橋を出る。


「へぇ、そうなのか。んで、おめえんとこのアウストラル共和国ってのが、その大陸の中でもっともでかい国ってわけか」

「そうなの。で、ちょうど反対側にある大陸を支配しているのが、グリーグ帝国と呼ばれる大国ってわけ」


 食堂に着くや否や、あの魔女から我々の星のことを尋ねられて、それに応えるクジェルコパー中尉。下ネタでも、食い物ネタでもない話題にあの魔女が興味を抱くとは、どういう風の吹き回しか?


「んでよ、そのおめえんとこの国では、何が食えるんだ?」

「そうだねぇ、ソーセージにフライドポテト、ポテトサラダに……そうそう、ジーゼクてのもあるよ」

「なんだ、そのジーゼクってのは?」

「そうだねぇ……あ、そうそう、味噌カツっていってたあれ、あの料理から、味噌のタレをとったやつっていえばいいかな」

「なんだってぇ?味噌カツの味噌なし?なんだ、その味気ない食い物は?普通、とんかつでもソースをかけてるぞ」


 味気ないとは失礼だな。ここの料理が、やや塩辛すぎるんだ。我々はさほど調味料や香辛料を使わない。自然な素材の味を楽しむのが我々の食文化だ。


「でもねぇ、それと黒ビールがよく合うんだよ」

「なんですってぇ!?その星には、黒ビールなどという品のない酒があるのですか!」

「……戦艦キヨスにもあったじゃん、黒ビール。何言ってんの、マリカ中尉は?」

「さようですよ、ペペロンチーノ中尉殿。ビールは宇宙共通の嗜好品なれば、さほど驚くには値しないでしょう」

「よくいうわ、ジャーマンポテト少尉。だからあなたも、かように腹黒くなってしまったのではなくて?」


 相変わらず、ヴァルモーテン少尉とマリカ中尉は仲が悪い。罵り合うくらいなら、口を利かなければいいのに、なぜわざわざ張り合おうとする?


「あの2人って、仲がいいよねぇ」

「そうだな。俺もそう思うわ」

「そうだな、私も、ソーセージは大好きだぞ!」

「……いやリーナ、今はソーセージの話じゃねえんだけどな」


 そんなやりとりを眺めているうちに、5時間が経つ。

 そして5時間後になって、私は重大なことに気づく。


 そういえば、彼らはどうやって地上に降りるつもりなんだ?


 我々は通常、シャトルを使う。衛星軌道上の基地かコロニーに立ち寄り、そこでシャトルに乗り換えて、地上へと降りる。逆に地上から宇宙に向かうのも、シャトル経由だ。

 ところがこの艦は、異様に長い。こんな長い艦を停泊する基地など存在しない。だからシャトル経由で降りるには、困難を極める。

 だから私は、ヤブミ少将に尋ねてみた。


「あの、少将閣下。どうやって地上に降りるんです?」


 すると、驚くべき回答が返ってくる。


「このまま降りるつもりだが」


 一瞬、私は凍りつく。かつて軌道速度を維持できなくなった大型の軍艦が地上に堕ちたことがあったが、海岸近くに落下したため、大波を引き起こして、地上で大変な被害が出たことがあった。

 この艦は、それを上回る大きさだ。そんなものが地上に降りるなど、可能なのか?一つ間違ったら、その落下事件の二の舞だ。


「で、問題はその着陸先だが、アウストラル共和国の宇宙港を目指せば良いか?」

「ええと……その前に伺いたいのですが、通常、この艦はどうやって地上に停泊するんです?」

「我々の宇宙港にはドックがあって、そこに接舷する。ドックがなければそのまま着地し、重力アンカーで船体を固定させておくしかない」


 そういえば、この艦は我々の常識とは違うものだった。私は尋ねる。


「もし、この船体の艦底部が接地できるだけの広場があれば、そこに着陸することは可能ですか?」


 私の問いに、少将閣下は即答する。


「艦首、艦尾さえ当たらないところであれば、可能だ」

「そうですか、ならば……」


 私はモニターに映る私の星を拡大させる。アウストラル共和国の首都プラーナの中央部を拡大すると、そこに広場が現れる。


「ちょうどこの広場のこの辺りに軍司令本部があって、その真ん前なら着陸可能と思われる広場があります」

「あの、そこは着陸しても構わない場所で?」

「軍の式典を行うための場所で、普段は空き地になってます。事前に連絡は入れておきますし、降りても大丈夫でしょう」

「了解した。では当艦はその、軍司令本部前広場を目指す」


 私はこの時、かなり腹黒いことを考えていた。私の砲艦構想実現に当たって、軍司令本部の連中には散々お世話になった。そう、非難と嘲笑と侮蔑という、私の拳がいくつもの壁に穴を開けるほどの怒りを何度も抱いた。そのお返しをしてやろう、と。

 すでに窓の外には、青い星が見えていた。まもなくこの艦は、その星の軌道上に入るところだ。私は手元にある、我が軍の電文発信機に電文を打ち込む。曰く、これよりこの砲艦は、軍司令本部の目の前に着陸する、と。

 電文機がその返信を受信する頃には、もうこの艦は大気圏突入を行う直前だった。どうせ返信など見たところで、意味はない。書かれている内容は、大体想像がつく。ともかく私は、報告義務を果たした。その後の返信は、大気圏突入時のプラズマによる雑電波の影響で受信できなかった。そういうことにしておこう。


「大気圏突入を開始。船外温度、1200度を突破。さらに上昇中」


 とは言ったものの、私自身、この艦が無事に大気圏突入ができるのかなど、半信半疑だ。本当に大丈夫なのか。拳の裏側には、汗が溜まる。


「船外温度、3000度を突破!」

「高度5万メートル、首都プラーナまであと700キロ。到着まで、およそ30分」


 あと30分で、軍司令本部の目の前にいることになるのか。とても信じられないが、それはいずれ、私の前で事実となる。今ここで想像しようとしたところで、貧弱な私の想像力では再現できそうにないからやめておこう。


「大気圏突入完了。バリアシステム停止。高度4万メートル、首都プラーナまで、あと100キロ。対地速度600」

「両舷減速、高度1万まで落とす」

「了解、高度2万まで落とします」


 あっさりと、この巨大な船体は大気圏内に入り込んだ。まるで低速な旅客機のように、悠々と飛ぶ大型の砲艦。


「前方に飛翔体10。航空機と思われます。速力2500」

「おそらく、出迎えの軍用機だろう。このまま前進し、彼らと合流する」

「はっ!進路そのまま、両舷前進微速!」


 ヤブミ少将と艦長のやりとりが淡々と行われている。が、あれは出迎えではなく、スクランブル発進した戦闘機だろう。だが、そんなことはお構いなしに、軍司令本部に向かって飛行を続けるこの艦。


 横についた戦闘機に向かって、わざわざ窓越しにて敬礼してみせるヤブミ少将。しかし、ヤブミ少将のこの儀礼などに関わらず、彼らはその対処に戸惑っているはずだ。まさか撃墜するわけにもいかず、かといって、これほどの大型艦の侵入を食い止める術も持たない。

 着陸態勢にはいり、時速100キーメルテまで落としたこの巨大砲艦は、首都プラーナのビル街の真上を進む。すでに戦闘機の最低速度よりも遅く飛ぶこの艦に追従できないあの10機のスクランブル機は、この艦の周りをくるくると飛ぶしかない。

 今ごろはきっと、地上は大騒ぎだろうな。蜂の巣を突いたような……いや、それどころではない。B級映画に登場する巨大怪獣でも襲ってきたような、それくらいの衝撃で迎えられているはずだ。


「クロウダ准将殿、あの建物が、軍司令本部か?」

「ええ、そうです。その前のあの場所に降りられますか?」

「タナベ大尉!どうか!?」

「はっ!船体を広場に平行に沿わせれば、着地可能です!」


 粛々と地上に向かう駆逐艦0001号艦。すでにビルの倍ほどの高さまで降りている。地上の様子も見える。ビルの中の人々がこちらを見上げているのが分かる。


「目的地上空に到達!」

「両舷微速降下!」

「了解!両舷微速降下!」


 船体が徐々に降下を始める。すでにビルの高さよりも低い。


「高度30……20……10……着地!」

「船体固定、重力アンカー!」


 ズシンという音が響く。この大型艦が、まさしく首都の広場のど真ん中に降り立った。

 艦橋内は各種チェックが続いているが、私は窓際へと向かう。

 唖然とした。

 広場の周りには、ものすごい人だかり。ビルの窓という窓にも、大勢の人影。

 やがて、ヘリが到着する。あれは報道用のヘリか。いや、軍用も混じってるな。上空には、ここまで追従してきた戦闘機もいる。

 大騒ぎだ。予想以上に騒がれている。だが、少し考えれば当然か。450メルテの大型艦が、首都の真っ只中に降りてきた。プラーナ始まって以来の珍事だ。

 ヤブミ少将によれば、この宇宙での駆逐艦という艦種は、比較的小型の艦として認識されている。

 が、地上に降りればそれは、ちょっとした怪物だ。

 その怪物の中にいて、数万人はいようかと思われる群衆と、多くのヘリや軍用機に囲まれ、私は自身の軽率な判断に、ちょっとだけ後悔する。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 大阪駅前に降りてくる風景を想像してみましたが、…大騒ぎですむかな。 まあ、がめつい大阪人の事だから翌日には"異星からの使者が最初に食した〜"というのが幾つも発売されるだろうな。 アウスト…
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