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#181 先駆者

 そもそも戦艦の中に鉄道があること自体が、非常識極まりない。

 だが、そんなことは、ほんの些細なことだと思い知らされる。

 案内役に連れられて、その電車に乗り込み2駅、目の前に現れたのは、およそ宇宙空間ではあり得ない光景だった。

 軍艦の中に、街。最初それを聞いた時は、異星人が我々を試すための悪いジョークだと思っていた。が、目の前にあるそれは、悪いジョークを通り越している。

 私は、キツネに化かされているんじゃないのか……そういえばあの艦内にも、キツネのようなやつがいたな。しかも魔女もいる。まさかあれが、我々に幻想を見せているのか?だが、電車を降りて一歩その街に足を踏み入れると、それが現実であることを実感させる。

 奥行き、喧騒、そして人通り。五感が感じ取るこの情景は、幻覚では到底作り出せない

 我々の基地が、ただ移動可能になっただけ。その認識は、大きな誤りだった。

 で、そのまま車に乗り込み、街外れにあるホテルへと向かう。


「ああ、来たか」


 そのホテルは、最上階にロビーがある。高さは150メートルと言っていたから……我々でいうと150メルテか。さらに縦横に400メルテの空間が広がり、その中に4層の街が作られている。このロビーからは、それがよく分かる。

 そのロビーで、私はヤブミ少将と再会する。


「おう、ラウラ!おめえ、重力は大丈夫か!?」

「もういい加減、慣れましたよ。で、この街には何があるんです!?」

「見りゃあ分かる。後で連れて行ってやらあな」


 ラウラ、いや、クジェルコパー中尉は、この煌びやかな世界に興味津々だ。街としてみればここは、さほど大したところではない。狭い空間に押し込めただけの、ただの人工構造体。だが、ここが惑星ガイアの軌道上にあるということが、我々を驚愕させる。


「……さて、まずは貴官らの宿泊手続きを済ませよう。名前を告げれば手続きが終わるように予め手回ししているから、ロビーにて申告してくれればいい」

「はい、承知いたしました。では」


 と、ヤブミ少将が言うので、早速ロビーへと向かう。ロビーに立つ受付に、私は名前を告げる。


「ああ、私はクロウダ准将という者だが……」

「クロウダ准将閣下ですね。すでにお部屋は準備してあります。お二人一部屋で、よろしかったですよね?」


 どうやら、クジェルコパー中尉とすでに同室で泊まることまで確定していたようだ。異論はないので、そのまま手続きを進める。

 で、それから私とラウラは、荷物を置きにその部屋まで向かう。


「うわぁ!本当にホテルの部屋だ!」


 感動してベッドの上で跳ねるラウラだが、部屋そのものは、至って普通のホテルの一室。大きく違うのは窓がないことくらいで、異星人といえど、この辺りは我々とさほど変わらない。もっとも、これが惑星ガイアの軌道上だということを除けば、だが。


「さ、ラウラ。とりあえずロビーに戻ろう。ヤブミ少将達が待っている」

「あ、そうだ、街に行くんだった!コンラート……じゃないや、クロウダ閣下!お供致します!」


 調子だけはいいな、ラウラよ……いや、ここから先はクジェルコパー中尉だ、その中尉の関心は、外の街へと向いている。

 ロビーに戻ると、ヤブミ少将以外にも、あの銀髪の怪力魔女に、木刀皇女、それにキツネだか猫だか分からない獣人、そして金髪で鏡ばかり見ている元皇女、その他、男女が多数、集まっている。


「お、来たな!それじゃあ行くぜ!」


 どうもあの怪力魔女は、何かと仕切りたがる傾向があるな。だが、ヤブミ少将を含め、誰もそのことに異論はないようだ。


「まずは飯だな。この人数なら、あのフードコートへ行くしかねえだろう」

「では、私はあのベトコンラーメンとやらを食べるぞ」

「なんだよリーナ、おめえ、あれがよっぽど気に入ったみてえだな」

「ちょ、ちょっとリーナちゃん!ベトコンラーメンなんて食べるの!?」

「なんだ、グエン殿。ベトコンラーメンというのは、そんなにおかしな食べ物だというのか?」

「いや、おかしいとかじゃなくて、そのラーメン、名前の由来がねぇ……」


 なんの会話をしているのか分からないが、多分、今から食べるもののことだろう。ラーメンというものは分かるが、その頭に付けられた「ベトコン」という言葉が謎だ。ラーメンの具か何かの名前なのか?

 で、ぞろぞろと歩き出す軍服の集団。ただ、ここは軍艦の中というだけあって、軍服姿はさほど珍しくはない。

 そのまま、3階層目に降りる。上下には歩道があり、一番下には道路もある。5階建ほどのビルの上に歩道があって、その上にもビルが……どういう空間の使い方をしているんだ、ここは。だが、限られた空間を活かすには、この階層構造は効率的には違いない。


「おう、着いたぜ!」


 あの魔女が導いた先は、どう見てもフードコートだ。

 ただのフードコート。だが、忘れてはならない。ここはガイア軌道上だ。そんなところに、ただのフードコートがあること自体、非常識には違いない。

 ここにいると、感覚が狂う。ここが外惑星系であることを、危うく忘れてしまう。


「おいリーナ、そのベトコンラーメン、ちょっとニンニクが多すぎやしないか?」

「何をいう、それがいいのではないか!」


 こんな宇宙の果てで、ニンニクがどうこうという会話を聞く羽目になろうとは、つい1週間前までは想像すらしなかった。

 その時はまだ、10隻の砲艦が戦果を挙げられるか否かで揉めており、ようやく出撃許可を取り付けたところだった。まさか、それからわずか1週間ほどで、機動力のある砲艦を運用する異星人の街に足を踏み入れることになろうとは、夢にも思わなかった。


「ところで、クロウダ准将殿」


 と、ヤブミ少将が私に声をかける。


「なんでしょう?」

「貴官が率いる10隻の砲艦と、2000人の将兵についての話をしておきたいのだが」

「ええ、構いません」

「我々の標準型駆逐艦に搭載されている機関、主砲への換装が終わるのが、およそ2週間。その間に、その2000人の乗員には、ここで我々の艦の運用法を学んでもらう」

「えっ!?まさか2000人にたった2週間で運用法を、ですか?」

「元々、航宙艦を運用している人員だ。それだけあれば十分、習得できるはずだ」


 そんな簡単に、あの機関や主砲を運用できるのだろうか?やや不安を感じつつも、いずれはこの新型の機関に慣れなくてはならない。その先駆けとして選ばれたこと自体、この小隊を率いる者としては喜ぶべきことかもしれない。


「とはいえ、重力子エンジンにバリアシステム、30万キロ、1光秒先の目標を攻撃する射撃システムに回避運動。いろいろと覚えてもらわなくてはならないものが多いのも事実だ」

「はぁ、それはそうでしょう。我々にとっては、未知のものばかりです」

「その間に、貴官には我々に同行していただき、貴官の星へと向かってもらう」

「はっ、了解であります」


 食事をしながら、私はヤブミ少将から今後の予定を告げられる。が、その横から顔を出してきたのは、あの魔女だ。


「おい、カズキ。つまんねえ話は、その辺で終わりか?」

「……つまんねとはなんだ。大事な話だぞ?」

「飯食ってるときくらい、楽しい話ができねえのかよ。そういうのは艦橋にある会議室ですりゃあいいだろう」

「いや、そうもいかない。これを渡さないといけないからな」

「なんでぇ、それは?」


 そういうと、ヤブミ少将は胸ポケットから何かを取り出す。それは、カードのようなものだ。


「これは?」

「電子マネーだ」

「電子マネー、ということは、ここの通貨か?」

「2000人の将兵にも、同じものを渡してある。一人一枚、2000ユニバーサルドルある」


 といって、ヤブミ少将は私にそのカードを2枚、渡す。


「貴官と、あの女性士官の分だ。2日間は手続きなどがあって、すぐには動けない。その間、これを使って過ごしてもらいたい」

「は、はぁ……」


 と言われても、その2000ユニバーサルドルというものがどれくらいの価値なのかが分からない。が、おそらく2週間は十分に過ごせるくらいの金額なのだろう。

 この電子マネーを渡したいがために、わざわざ2000人の話をしたのか。真面目というか、なんというか。私としても、あの10隻の乗員の処遇を知りたかったので、都合が良かったと言える。


「ところでよ、おめえの食ってるそれは、ソーセージか?」

「あ、ああ、我が故郷の料理によく似ているから、これを選んだ」

「ふうん、てことは、ヴァルモーテンの故郷に近いのか?あいつも、こういうのをよく食うぞ」


 ヴァルモーテンとは、あの女参謀のことか。背丈の低い金髪の丸顔の女性で、正直、何を考えているか分からない人物に見える。そういえば、最初に受信したあの意味不明なメッセージは、あの士官の仕業だと聞いた。


「良いではありませんか!ソーセージこそ、我がドイツの誇る汎用食材ですよ!厳しい冬からドイツ国民を長年守ってきたのは、この保存食があってのことで……」

「なーにが誇るべき食材よ。男性のあれを連想させるような食べ物ではありませんか」

「おやおやピザパスタ中尉殿、そのドイツより臭いチーズが好みの国民が、我が国の誇りを馬鹿にしちゃいけませんよ」

「ブルーチーズを臭いだなどと、乏しい語彙力しか持たない少尉に言われたくはないですわね。まさしく強大なローマ帝国を支えたその発酵食品の威力を……」


 このマリカ中尉とヴァルモーテン少尉は、あまり仲が良くないと見える。おそらくは故郷のことで互いに罵り合っているように見える。


「……という具合に、紅茶の方がコーヒーよりも上品だと主張するブリカスの神経こそ、理解を超えた存在と言えましょう!」

「まったく!コーヒーよりも腹黒いジョークしか言えない奴らが、何を理解できると……」


 かと思ったら、何かの拍子に意気投合することもある。よく分からないな、この2人は。


「いやあ、美味しいよねぇ、ここのソーセージ」


 一方で、そんな争いとは無縁の、人畜無害そうな表情で私と同じものを食べるのは、クジェルコパー中尉だ。


「おう、こういうものには、これが合うんだぜ」


 と、そこに魔女が現れて、なにやら取り出す。まるで宇宙食のチューブのようなものを取り出し、なんとそれをクジェルコパー中尉のソーセージの上でひねり出す。


「うげっ!なんですか、この茶色いものは!?」

「まあいいから、騙されたと思って食ってみろ」


 魔女というだけあって、怪しげな物を持ち歩いている。まさか、呪いがかかっているんじゃないだろうな?で、クジェルコパー中尉は、恐る恐るそれを口に入れる。


「……あれ?なにこれ、意外と美味しい。甘辛いというか、肉の脂っこいくどさを打ち消してくれるというか……」

「どうよ、これこそナゴヤの誇る八丁味噌のパワーだぜ」


 そういえばこいつ、ナゴヤというところをやたら強調するところがあるが、どういうところなんだ?確かヤブミ少将もそこの出身だと聞いた気がするが。


「もっとつけてやろうか?」

「い、いやあ、一口でいいかなぁ。どちらかというと、ケチャップの方が好みかなぁ」

「なんでぇ、デネットじゃあるめえし、そんな雑な調味料ばかり使ってると、舌がおかしくなっちまうぜ」


 魔女に言われたくないよなぁ、と、私などは思うが、クジェルコパー中尉はややひきつった笑顔でそれに応える。


「ところで、クロウダ准将殿」


 と、そこにジラティワット少佐が現れる。


「なんでしょう?」

「准将閣下は確か、この星で最初にあの砲艦を提唱されたと伺いました」

「ああ、確かにその通りだ」

「ということは、それだけ反対勢力が多かったのではないですか?」

「……よく、ご存知で」

「いえ、我々の歴史でも、砲艦を提唱し、その建造に尽力されたサンクソン大将も同じように、多くの抵抗勢力との闘争を繰り広げたと聞いております。やはり、新たな標準を作り出す人物の持つ忍耐力と信念は、相当なものなのでしょうね」


 などと私を称賛し始める、この異星人の佐官。いや、申し訳ないが、私には忍耐力などないという自負はある。これまでに何枚の壁、何脚の椅子、何個の机を破壊してきたことか。私の構想推進のために消えていったこれらの備品にこそ、忍耐力という言葉の代わりの何かを与えるべきではないかと思う。

 ところが、この少佐はこんなことを付け加える。


「実はですね、ヤブミ提督も閣下と少し、似たような立場ではあるんですよ」

「えっ、ヤブミ少将が?」

「ええ、何せ提督も決戦兵器構想というものを唱え、それを具現化なされた方ですからね」

「あの、その決戦兵器構想とは、どういうものなので?」

「あの小衛星破壊でも使われた、数秒間もの持続砲撃用兵器、あれがその構想に基づいて作られた『特殊砲撃』と呼ばれる兵器なのですよ」


 そうだ、そういえばあの時、通常のビーム攻撃に加えて、時折、持続時間の長いビームが放たれていたな。たった一撃で、無数の小衛星を消し飛ばした驚異的な兵器、あれがその特殊砲撃というやつか。

 それを横で聞いたヤブミ少将が応える。


「いや、准将殿。僕はそれほど大きな抵抗を受けていたというわけでもなく、ある大将閣下の元でのびのびとやらせてもらったから、さほど苦労は……」

「といいつつも、軍司令部内ではその実現に、相当難色を示されていたと聞いてますよ。実際、これまでに何度もトラブルを起こしてますし」

「それはそうだが、回転砲塔から大型砲に転換する時ほどのターニングポイントというわけでもないからな。まだ、順風満帆な方だ」


 などとヤブミ少将は謙遜するが、私にはなんとなく分かる。この飄々とした態度の人物が、それなりの修羅場や試練を超えてきたということを。

 私などがいうのもなんだが、先駆者同士だからこそ分かり合えることがある。多くを語らずとも、その言葉からはそんな先駆者ゆえの雰囲気を感じる。

 それは、今時点の常識に囚われ、現状から変化しようとしない堅物の老人どもからは絶対に感じることのない、新進気鋭な気概というものを。

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