#180 訪問
「……というわけで、何度も申し上げました通り、彼らの希望は、我々との同盟締結、その見返りとして、我々が持っていない多くの技術、慣性制御と呼ばれる重力を生み出す技術に、9秒の装填で撃ち出せる主砲など、軍事的に得られるものは多いのが事実です」
『うむ……なるほどな。だがそれは、連盟という新たな敵を抱えるという見返りによって、得られるものであろう?』
私は、地球001という星から来たあの艦隊の事を、ペトルリーク中将に報告する。私の話の大半を、実感してもらえなかったようではあるが、ともかく私からの提案、すなわち、彼らの同盟交渉のことを政府高官に伝える件は了承される。
ただ、私もあの艦内での話を全て伝えたわけではない。
ヤブミ少将に奥さんが2人いて、一方は魔女、もう1人は皇女という、実際に顔を合わせた本人ですらも信じがたい事実もあるのだが、ここまでの話は伝える必然性がないと判断し、伝えていない。
中将閣下との通信を終えた後、私は再び、あの艦へと乗り移る。
「あ、クロウダ准将閣下」
「これは、ナイン大尉殿」
「連絡係をさせてしまって、申し訳ありません」
「いや、それは構わないが……ところで、クジェルコパー中尉は?」
「ええ、食堂に来てますよ」
あれから3日、我が501番艦と、駆逐艦0001号艦とは、あのエアチューブで繋ぎっぱなしとなっている。こちら側の数名の士官がこの最新鋭の砲艦を訪れては、あちこちを見学している。
それ以上に、ここに入り浸っているやつがいる。
「ふぎゃあ!うみゃーよぅ!」
……これは、宇宙中探してもほとんど見当たらない、獣人と呼ばれる種族だそうだ。理由は不明だが、うっかり、こちら側の世界に連れてきてしまったらしい。が、すっかりこちらに馴染んでしまい、今では艦内のペット扱いだ。
「ボランレちゃん、可愛いね!ほんと、猫みたい!」
「いえ、それはバカ犬ですよ!」
「何を言いますか、きつねうどんばかり好むところを見ると、やはりキツネではありませんか?」
ヴァルモーテン少尉とマリカ中尉という人物に挟まれ、クジェルコパー中尉がそのボランレという獣人を手懐けている。
それにしても、この艦内には妙な人物が多い。獣人や皇女だけでなく、元皇女もおり、魔女は2人、他には、元戦闘奴隷、鳥追い人。どういう経緯でここにいるのかが分からない人物が多すぎる。
「んでよ、ラウラ、おめえ、あの准将と、どんな夜過ごしてんだ?」
「いやあ、そんな話すほどのものなんてないよ。でも、無重力だとちょっと大変で……」
「ええっ!?おいまさか、無重力下でやってるのか!?」
「だってしょうがないじゃん、ここみたいに重力があるわけじゃないんだから」
それにしてもあの魔女、ラウラ……クジェルコパー中尉になんてことを聞いてるんだ。本当に「魔女」だな。
それ以上に心配なのは、クジェルコパー中尉がここに馴染みすぎていることだ。あの集団に、すっかり溶け込んでいる。
だからそろそろ切り離したいところだが、連絡係をしている以上、なかなかそうもいかない。
さすがに異星人の艦隊が1000隻も現れたため、我が地球は大混乱に陥っている。もはや、戦争どころではなくなり、我がアウストラル共和国とグリーグ帝国は一時、休戦となった。
それはそれで悪いことではない。が、我々は、2つの選択肢を提示されている。
それは、連合または連盟のいずれかに属するか、あるいはいずれにも属さないか、の二択だ。同盟を結ぶなら、もはや連合しかないと思うが、まだ独立した陣営を目指すという選択肢は残っている。
だが、その可能性がほとんどないことを、アウストラル軍とグリーグ軍は、思い知らされている。
なにせ、数千個以上の小衛星群をわずか数分で消滅させてしまうほどの砲撃を、数百隻の艦艇でやってのけた。
聞けば、あれは「持続砲撃」という実証テスト中の砲撃も加わっていたが、通常砲撃の威力も見せつけてくれた。45万キーメルテ彼方から放たれる、破壊力抜群の兵装。特に第1艦隊総司令官、オンデルカ大将は、その威力を目の当たりにして、その日のうちに砲艦主義に転じたという。
私の構想が、結果的には正しかったということを見せつけるデモンストレーションとなったわけだが、その動機が「小衛星が無くなれば戦闘が止められる」という、実に短絡的なものであったということも、ヤブミ少将という人物の大胆な一面を物語る。
噂では、他にも何度かやらかしているらしい。直感で動くタイプのようで、思いついたら行動してしまうところがあるようだ。この少将閣下の周りが変わった人物だらけなのは、その行動の結果なのだろう。
そりゃあ、2人も妻がいて当然だろうと思わせるだけの将官だが、いざ本人と話してみると、それほどの人物に見えないところが不思議だ。
「ちょっと提督!あんまりこっち見ないで下さい!」
「いや……見てないだろう。」
「さっきから、提督のいやらしい視線を感じるんですよ!」
なぜ、あそこまで警戒する尉官がいるのか?そんな尉官の言動を気にかけることなく飄々と振る舞うこの少将閣下は、間違いなく度量ある人物なのだろうが……
「あ、クロウダ准将殿。ちょうどいいところに来た」
「はっ、何でしょうか?」
「実は、我々は戦艦キヨスに向かわねばならなくなったんだ。で、そのために501番艦と結合しているエアチューブを切り離したいんだが」
「そうですね、もう3日も繋ぎっぱなしですし」
「貴官のおかげで、ようやく交渉官殿を派遣できるようになった。そこで、戦艦キヨスにて待機しているヨシオカ交渉官殿を迎えに行くことになった」
「左様ですか」
「で、お願いしていた、我々への同行者の件だが」
実はヤブミ少将から、我々の星に向かう際に、この艦に同乗する者を依頼されていた。なんでも、我々の星に降り立つのに、異星人だらけでは警戒感を高めかねないということで、その星の「代表者」をこの艦に同乗させたい、という依頼だった。
随分と細か過ぎる気遣いだが、彼らはすでに何百もの星と接触し続けている。その中で培われたノウハウなのだろう。
「それについては、私とクジェルコパー中尉の2人が対応することになっています」
「それはいい、お二人なら、もうここの事情をよくお分かりだし」
喜ぶヤブミ少将だが、どうしても事情を知る私は、勘繰ってしまう。何度もやらかし、奥さんを2人持つ、部下から変態呼ばわりされる司令官。それはあまり知られたくない事情だろう。
「ところで、ヤブミ少将殿。例の提案は、本当に実現可能なのですか?」
私は、今回の同乗の件の見返りとして少将から提案されたことについて、確認した。
「ええ、大丈夫ですよ。あれなら2週間もあれば完了し、実戦配備まで出来そうだ、との回答です」
「そうですか……いや、それならば良いのですが」
どうしても、その提案が信じられない。本当にそんなことが、可能なのかと。
その提案とは、我が砲艦隊10隻の改造だ。
砲身と機関その他を、彼らが持つ標準のものに置き換えるというのだ。
ただしその砲は、この艦のような射程45万キーメルテではなく、30万キーメルテにはなるが、それでも今の砲身よりは射程が長く、装填時間も短い。
加えて、ワームホール帯を利用したワープ航法や、防御兵器であるバリアシステムも搭載される。つまり、この星で最初の、恒星間航行可能な宇宙船ということになる。
砲身も機関も、ほぼ換装可能なサイズがあるということで、格納庫を多少、犠牲にすれば、すべての機能を載せられると、こちらの技術者からは告げられた。
同盟条約締結後には、正式に駆逐艦建造技術の供与が行われることになっているが、それに先駆けてのこの提案。そこで我々の船はまず、戦艦キヨスのドックに寄港し、その場で改造されることになっている。
そして、ついに我々はその戦艦キヨスに向かう。
「駆逐艦0001号艦より信号!」
「よし、これより戦艦キヨスに向けて発進する!両舷前進いっぱい!501番艦、前進!」
バリバリと音を立てて前進を開始する501番艦。あっという間に離れていく0001号艦の後を追うように、進路を変える。
さて、話には聞いたその戦艦という船だが、小衛星、小惑星を削って作り出すものらしい。つまり、我々でいうところの「基地」が、そのまま船として運用されている、というもののようだ。
信じがたい話だ。あんな大きなものが、恒星間航行可能な船として使えるなどと、とても想像できない。この目で見るまで、その姿を描くことすらできる自信はない。
「0001号艦から通信!戦艦キヨス、まもなく惑星ガイア軌道上に到着!入港準備されたし!以上です!」
どうもこの言葉に違和感を感じる。なんだ、戦艦に「入港」という表現は。船が船に立ち寄るなどと、あまりにも非常識な行為をするから、おかしな言葉遣いがされている。
モニターに映るレーダー画面に目を移す。そこには、多数の艦影。このガイア軌道上にも、他の艦隊が戻ってきた。我がアウストラル軍だけでなく、グリーグ軍の艦隊もいる。両軍とも、互いに距離をとりつつも、戦闘する気配はない。ここぞとばかりに、グリーグ軍艦艇がガイア表面に降りてガス資源を採取し続けているが、もはやそんなことはどうでも良くなってしまった。
そんなレーダーサイトを眺めていると、とてつもない影が、映り始める。
「レーダーに感!大型物体探知!距離130万、推定サイズ4000メルテ以上!」
……来たな。あれが、戦艦というやつか。
その名前のわりに、戦闘艦としての役目は薄く、どちらかといえば補給基地的な役目が主だという。収容艦艇数は50隻ほど。かなりの大型船だ。我々の基地である第21基地よりも艦艇を取り込める。
その戦艦が、徐々にこっちに近づいてくる。こちらも目一杯吹かしているが、港である戦艦の方が早く近づいてくる。
私は期待と不安を半分づつ抱えたまま、この動く基地に接近する。
◇◇◇
どういうことだ?
この第4惑星の名を聞いた瞬間、僕は背筋が凍るのを感じた。
だって、「ガイア」だぞ?ガイアって、あのゼウスと戦って敗北したとされる神の名前だ。
どうしてその名が、この星系に存在する?
驚くのは、それだけではない。
なんとこの星系では、自身の星系の太陽のことを「アポローン」と名付けている。
さらに、自身の星こそ地球と呼んでいるが、彼らの惑星の呼び名が、その太陽に近い順に、オリオン、地球、マルス、ガイア、ポセイドン、アテナ、ハデスと名付けられているという。
すべて、ギリシャ神話に出てくる神の名前ばかりじゃないか。一体、どうなっているんだ?
ただ、クロウダ准将にその由来を聞くと、どこかの神話に基づいた命名であって、詳しくは知らないという。
神話にさほど関心がないというのは、我々の星でも同じことだから、それについてとやかく言える立場ではない。が、一つだけはっきりすることがある。
ここにも、アポローンが訪れている。神話にそうある以上、そういうことだろう。
クロウダ准将によれば、「ガイア」というのは、太陽に挑んで敗れ、遠くに追放された神だという。それゆえに、地球か肉眼で見える惑星で最も遠くにあるその星が「ガイア」と名付けられた、と、そんなようなことを話していた。
ますます、マリカ中尉の仮説に信憑性が増していく気がするな。ここまで共通性を持つ神話があると、やはりそのアポローンという神の基となる人物は存在し、この宇宙に人類の住む星を作り出したのだと。
そして、自らの文明をリセットした、と。
どういう経緯で、その文明を完全に白紙化されたのかは謎だが、ともかくこのアポローンという人物は原生人類を探る上でのキーマンの1人のようだ。
この星の神話の特徴は、地球001以外では見られない「ガイア」の名が登場することだ。
ということは、ここにはガイアの痕跡がある、ということの裏返しなのかもしれない。
もっとも、そんな話をいきなり彼らにしたところで、何のことか理解してもらえないだろう。なにせ今は、我々との同盟を樹立することで精一杯だ。
だが、そのガイアの痕跡と、そして10隻の砲艦の登場。彼らもまた、我々と同様、破滅の道の上を歩んでいたのかもしれない。
「戦艦キヨス、まもなく第51小隊と接触」
「そうか。では、我々もキヨスに向かう」
「はっ!」
駆逐艦0001号艦は、前進する。あの10隻の砲艦を回収しその改造作業をしつつ、この星系の地球に交渉官を派遣するために。
◇◇◇
大きい。
それ以上の言葉を、私は思いつくことができない。
まさに、これは基地そのものだ。だが、確かにそれは移動し、このガイアの軌道上に現れた。これほど大きな小衛星がここにあったわけではない。
だがそれは、小衛星、それも最大クラスのものとほぼ同等の大きさを持つ。
表面には、ヤグラや柱のようなものや、砲門らしきものが点在しており、表面は駆逐艦と同じ灰色が塗られている。
そんなものがこの惑星、いや、それどころかそれよりも外の恒星系からやってきた。
そしてその天体クラスの船は今、我々の眼下にある。
「戦艦キヨスより入電!501番艦より、逐次入港されたし!以上です!」
通信が来るが、逐次入港と言われても、どこに入港すれば良いのやら……と、思いきや、その剥き出しの岩肌の船体表面に、チカチカと光るものが見える。
どうやら、あれを目印にしろといっているようだ。501番艦は、その光を目指す。
そこは、ドックのようだ。ただし、宇宙空間にむき出しの、2本の塔が建てられただけのそれに、この船体を滑り込ませる。
「距離、200メルテ!」
「両舷停止!慣性移動!」
2本の塔の間に船体を潜らせれば、どうにかなると言われてその通りしているが、本当にどうにかしてくれるのか?
「距離、60……40……20……」
まさにその塔を潜った途端、船体が揺れて、ガシャンという音が響く。どうやら、船体が固定されたらしい。
他の艦も同様に、それぞれのドックに導かれて、入港する。
「エアチューブ接続!」
すぐに、通路が接続される。それを聞いて私は叫ぶ。
「機関停止!これより、戦艦キヨスに乗艦する!」




