#18 引越し
地球1010に、帰ってきた。そう、帰ってきた。もはやここは僕にとっても、まさに「家」である。
「あーっ! 帰ってきたぁ!」
それはレティシアも同じだ。そして、その気持ちをより強化してくれるものが、帰還から3日後に提供される。
そう、家だ。ついにこの地上に、僕とレティシアの住処ができる。狭い駆逐艦暮らしとは、ようやくおさらばだ。
加えて、高層アパートの入居も始まる。さらにこの街の中心に建設されたショッピングモールも開店するという。
地球001並みとはいかないが、これで相当、暮らしやすくなる。僕とレティシアは艦を降りて、新たな住居へと向かう。
「へぇ、これが新しい住居か」
レティシアが、感慨深げにその家を眺める。
「といっても、最大で5年限定の家だ。それ以降は取り壊され、この一等地にはオフィスビルが建設される予定になっている。だからそれ以降、ここに住もうと思ったら、どこかに住居を探さなくてはならなくなるな」
「まあ、いいじゃねえか。そんときゃそんときだ。それにその時は、地球001に帰ってるかもしれねえし」
と、言いながらもレティシアのやつ、この家が気に入ったらしく、家の前の駐車場や庭をチェックしている。
「へぇ~、向こうの星の方は、このようなところに住むのですね」
と、そこに現れたのはダニエラだ。姿格好は軍服ではなく、あのカクテルドレスだ。
しかもその後ろに、カテリーナまでいる。とんがり帽子に赤服、マント。相変わらず、目立つ格好だ。
「そういえばダニエラ達にも、住居が割り振られているはずじゃないのか?」
「そうなのですか? 私にもかような家がいただけるのでございますか?」
「いや、ダニエラ達はあそこだろう」
そういって僕は、向こうにそびえたつ20階建ての高層アパートを指差す。
「ええーっ!? あのように大きな家をいただけるのでございますか!?」
「いや……あの中の一部屋だ。あれ全部ではない」
「ああ、さようですか。それにしても、とても高いですわね。あそこから帝都を眺めたなら、どれほどよい眺めが見られるのでしょう」
確かに高い建物だ。20階建て、最上階なら地上100メートルはある。が、1階が割り振られる可能性もあるから、眺めがよいとは限らない。一番高いところに行ける確率は、20分の1。
「そういやあ、ショッピングモールが開店してるんじゃねえのか?」
と、そこに、家を物色し終えたレティシアが戻ってくる。
「そうだが、それがどうした?」
「せっかく皆、揃ったんだ。行こうぜ、ショッピングモールに」
ところが、ダニエラがレティシアに尋ねる。
「ショッピングモール?何ですか、それは」
ま、さすがに知るわけないよな、ショッピングモールなんて。だが、レティシアの答えはこうだ。
「行きゃあ分かるぜ」
お前、説明が面倒くさいだけだろう。そんな言葉で納得させられて、4人は開店したばかりのショッピングモールへと向かう。
「まあ、まるであの戦艦の街のようですね! というか、この建物、闘技場ではなかったんですね!」
中に入るや、ダニエラは感激の声を上げる。どうやら上空から見えていたこの箱型の建物を、闘技場だと思っていたらしい。中があの戦艦の街のミニチュア版と知り、見渡すダニエラ。
カテリーナも、そわそわしている。これから暮らす場所に、これほど大きな店ができたのだ。カテリーナなりに感動しているのだろう。
にしても、相変わらず注目されてるな。どういうわけだ?ここではまだ、戦乙女の噂はほとんど知らない人ばかりではないか?だってここ、大半が地球042の人々。それに我が第8艦隊が少々。
いや、注目されてるのは戦乙女だからじゃない。単純にこの格好だ。現代風でも、ペリアテーノ風でもない。その間くらいの姿の女子が3人。そりゃ目立って当然だ。
「で、レティシア、どこに行くんだ?」
「どこって、決まってるだろう」
「決まってるって……ここは初めて来る店だぞ?まだどこの店にも馴染みなんて……」
「アホか。家具屋に生活雑貨、家電諸々を買わなきゃダメだろう」
「なんで?」
「何でって、あの家、すっからかんだぞ。そんなところで家具も無しに、どうやって暮らすんだ?」
あ、そうだった。レティシアの言う通りだ。言われてみれば、いろいろと買わなきゃダメだな。
「だが、その前にまずメシだ! なんか食おうぜ」
「へぇ、食べるところもあるんですか?」
「当たり前だ。で、何食べる?」
するとカテリーナが、ボソッと呟くように応える。
「……味噌カツ……」
いや、カテリーナよ。さすがにそれはないぞ。
「おいおいカテリーナ。戦艦ノースカロライナじゃねえんだから、そんなものは……」
「でも、あれ」
カテリーナが指差す。その指先の方を、僕とレティシアは見る。一瞬、心臓が緊急停止しかけるほどの衝撃が走る。
そこに見えたのは、あの「とんかつ」の看板だった。
「いや……ちょっと待て。どうしてここに、あの看板が?」
似たお店どころではない。字体も大きさも、まるで同じだ。もう何度も通った店、見間違いようがない。
「……まあ、行ってみようぜ。行けば、その正体も分かるだろうよ」
さすがのレティシアも、驚きを隠せない。だが、レティシアの言う通り、確かめる必要がある。僕らはあの店に向かう。
「味噌カツというものは、宇宙ではよくある食べ物ではないのですか?」
「いや、そもそも地球001のあの場所以外にあるはずのないものだ。戦艦ノースカロライナにあること自体、珍しいことだった。それがまさか、地球1010に現れるなんて……」
ナゴヤのローカルフードの象徴ともいうべき味噌カツの店が、7000光年離れたこんな古代ローマのような国のすぐ脇にできた街のショッピングモールに、突如現れた。その謎を探るべく、僕は足を踏み入れる。
「いらっしゃい!」
どこかで聞いた覚えのある声が、僕らを出迎える。僕は思わず、声を上げる。
「あ、あれ……どうして店主が、ここに?」
「なんでぇ、大将、もう来ちまったのか?」
「来ちまったって……戦艦ノースカロライナのお店は、どうしたの?」
「ああ、あそこは閉めたんだ」
「閉めた? なぜ?」
「あそこは主に北米人ばかりの船だからな。最初は珍しさからもてはやされて繁盛できたが、段々と客が減ってきてな……」
「それで、どうしてここに?」
「いや、ここの皇族から、ぜひ味噌カツをペリアテーノに出して欲しいって頼まれちゃってな」
「どうしてその皇族が、味噌カツのことを?」
「なんでもその方、ヤブミ提督の奥さんから聞いたって言ってたぞ。それってつまり、大将の奥さん、レティシアさんのことだろう?」
ああ、その皇族が誰か分かったぞ。ネレーロ皇子だ。なんということだ、レティシアの言葉にそそのかされて、店を呼び寄せちまったのか。
ネレーロ皇子が戦艦ノースカロライナに行ったのは、カテリーナの能力が分かったあの航海の時だ。あの後、地球042の人に任せてしまったが、とんかつ店にも寄っていたのか。
そういえば散々、レティシアがラヴェナーレ卿やネレーロ皇子に「味噌カツ」を吹き込んでいたからな。実際に食べてみたいと思ったのだろう。しかしまさか、それが元で誘いを受けていたなんて……
「うーん、まさかここの店主まで巻き込むことになるなんてなぁ……いや、本当に済まない」
「何言ってるんだ、大将。どのみち、地に足つけた商売をしてえと思ってたんだ。後悔なんてしてねえよ」
「そうだそうだ! でもまさかここでも、あの味を食べられるようになるなんて、俺もうれしいぜ!」
能天気だなぁ、レティシアよ。お前のその何気ない一言が、一人の料理人の人生を変えちまったんだぞ?
「でも、ネレーロ様が気に入られたということは、父上にも献上されることになるかもしれませんね」
「えっ!? 父上って、まさか……マクシミヌス陛下!?」
「そうですわよ。ネレーロ様はこのペリアテーノでも一番の食通として知られたお方ですの。料理、芸術、娯楽については、ネレーロ様以上の方がおりませんわ。そのお方が気に入られたということは、皇室への献上品になることは間違いございませんわ」
大変なことになってきた。たかがナゴヤのローカル食が、7000光年隔てたこの地で、皇室御用達だって?
これが皇帝陛下の召し上がる料理になるのかと思いつつ、いつもの定食を食べる。その向かい側では、相変わらずニコニコと笑顔で味わうダニエラと、黙々と、しかし笑みを隠し切れないカテリーナの2人の食べる様子が見える。
「ありがとうございます! 大将、これからもごひいきに!」
全く予期せぬ再会を果たした店を後にし、ショッピングモールに戻る。パフェの店はあるが、さすがに今日はそこが目的じゃない。まずは日用雑貨、そしてベッドなどの家具、それから家電だ。
「いらっしゃいませ。どのようなものをお探しで?」
「ああ、このベッドをもらいてえんだが」
「はい、かしこまりました。ですが……」
「なんだぁ?」
「本日は既に配送がいっぱいでして、お届けは明日以降になりますが」
「ええっ!? このベッド、ねえのかよ!」
「いえ、ものはあるのですが、配送が……」
「なんだ、ものがあるなら、持って帰るぜ」
「いや、ベッドですよ? さすがにこれは持って帰るのは無理だと……」
「そんなことはねえぜ、ほれ」
店員の前で、展示品のベッドを持ち上げるレティシア。唖然とする店員と、その周辺の人々。
そういえばレティシアは、怪力魔女だった。最大10トンまで持ち上げが可能だ。そんなレティシアにとっては、ベッドの一つや二つ、軽いものだな。
その調子で、家具と家電を買い集める。それらを詰め込んだコンテナを持ち上げて、家路につく。
……さすがに目立つな、これは。注目の的だ。皆、こちらをガン見している。あんなコンテナを持ち上げる奥さんなど、普通はいないからな。
「ところで、私の部屋も、布団などを買わなくてはなりませんか?」
「そりゃそうだ。駆逐艦の部屋じゃねえんだから、何もかも買わねえとだめだぞ」
「ですが私、今夜はいかがいたしましょう?」
「部屋ならさっき、スマホに連絡が来てたじゃねえか」
「ええ、高層アパートに行けばカギはもらえるのですが……お布団は、欲しいですわね」
「そうか、そういやあ、ダニエラやカテリーナのも買わねえとだめだな」
コンテナを持ち上げながら考えるレティシアは、こんなことを言い出す。
「おお、そうだ、今夜はうちで泊まってけ」
「えっ!?」
「どうせ2階は空いてるし、布団も一つ多めに買っておいた。それを使やぁ、カテリーナと一緒なら寝られるぜ」
それを聞いた僕は、レティシアに反論する。
「いや、それはまずいだろう」
「なぜだ、カズキ?」
「仮にもだなぁ、司令官の家に妻以外の年頃の女性が2人も同じ屋根の下なんて……」
「硬いこと言うな、にぎやかな方が楽しいし、明日になったらこいつらのベッドを買えばいいんだ。それでいいだろう」
「しかしだなぁ……」
まあ結局、レティシアに押し切られた。4人そろって、新居に到着する。
「おらよ!」
で、レティシアはコンテナをその場に降ろす。どしんという地響きとともに、コンテナが降ろされる。しかしこれ、何トンくらいあるんだろうか?その扉を開いて、中のものを一つ一つ、運び出す。
手伝ってやりたいが、さすがにあれは持ち上げられないなぁ……ここは、レティシアに任せるしかない。というわけで、レティシアが荷物を運び込むのを見ていると、一人の人物が近づいてくる。そして僕の前で止まる。
「失礼ですが、地球001、第8艦隊のヤブミ提督ではありませんか?」
「そうですが……」
「小官は地球042遠征艦隊旗艦、戦艦レジナ・マルゲリータ所属の幕僚、ポルツァーノ中佐と申します」
ポルツァーノ中佐と名乗る士官は、僕に向かって敬礼する。僕も返礼で応える。現れたのは、地球042所属の佐官だ。しかも、遠征艦隊旗艦、つまり司令部付きの幕僚ときた。
「で、地球042の幕僚が、何か?」
「いえ、ご近所ですから、挨拶と思いまして。奥様が怪力魔女だと聞いてましたので、すぐに分かりましたから。」
ああ、そういえば今、怪力魔女が絶賛活躍中だ。洗濯機とベッドを持ち上げて、家に運んでいる。そりゃあすぐに分かるだろう。
「おまけに、この星の出身者で、戦乙女と呼ばれるほどの活躍をされた女性兵士がいると聞いてましたが、まさかその方々までご一緒とは」
「は、はぁ……」
こいつ、随分とこちらの事情に詳しいな。さすがは司令部付きだ。どこまで知っている?
「なら、貴官は賜物のことも御存知か?」
「賜物? いえ、知りません」
「そうか」
「なんでしょうか、その賜物というものは」
「この星の者が持つとされる、一種の超能力的なもの、とでも言えばいいか。そう言う類のものだ」
「はぁ、超能力ですか」
どう見ても、僕よりは年上の士官だな。その士官はちらっと、ダニエラとカテリーナの方を見る。
「つまり、あのお二人のような者のことでしょうか?」
「そうだな。そういうことになる」
「閣下は、あのお二人以外にも、その賜物の持ち主を御存知なのですか?」
「いや、あの二人だけだ」
「そうですか……」
「その件について、地球042司令部とも情報共有したいと考えている。これは我が地球001、第1艦隊総司令官、コールリッジ大将閣下のご意志でもある」
「なるほど、大将閣下がそのようなことを……」
僕は何気なく、コールリッジ大将の考えを伝える。だがそれが、この男からとんでもない一言が飛び出す。
「で、あれば、我が地球042遠征艦隊に、あのお二人を引き渡していただきたい」
突如切り返されたこの士官の一言に、僕は耳を疑った。