#179 異星
ハッチが、開く。
その先にあったのは、我々の艦内とあまり変わらない、無骨な通路だった。
そして、その前には、5人の軍服姿の人物が立っている。中央にいる人物の服には、他の軍人とは明らかに異なる飾緒が付いている。
一眼見て、その人物がヤブミ少将だと分かった。
私は、敬礼する。
「小官は、アウストラル共和国軍、第4艦隊、第51小隊司令官、クロウダ准将と申します」
すると、そのヤブミ少将らしき人物も返礼で応える。
「ぼ……小官は地球001、第8艦隊司令官、ヤブミ少将と申します」
ヤブミ少将を見て驚いたのだが、私とさほど、変わらない年齢。それでこれだけの数の艦隊を率いているとは、相当な人物と見た。
「では、こちらへ。艦内へご案内いたしましょう」
そう手招きされた我々は、ハッチから入ろうとする。が、そこで横の副官らしき人物に止められる。
「ああ、ちょっとお待ち下さい!一つ、言い忘れました!」
慌てて、我々が入るのを止めるその士官。
「あの、なにか?」
「この床から先は、慣性制御による重力がかかってます。ご注意下さい」
えっ?重力?そんなものがかかっているのか?私は一歩、足を踏み入れてみた。
確かに、その士官の言う通りだ。床に足をつけた途端、ずしっと、身体全体に重力がかかる。しばらく無重力か微弱重力下で暮らしていたから、久しぶりのこの身体の重みに一瞬、頭がついていかない。
が、その場でしばらく立っていると慣れてくる。私とツィブルカ大佐は、艦内を歩き出す。
しかし一人、それに馴染まない奴がいた。
「ふぎゃ!」
……何をやっているんだ、クジェルコパー中尉。さてはこいつ、毎日の荷重トレーニングをサボっているな?
「おい、クジェルコパー中尉……無理についてこなくてもいいぞ」
「い、いえ、がんばります!ちょ、ちょっとだけ待って……」
とはいうものの、まるで生まれたての小鹿のように、足をブルブルと震わせている。その様子を、気の毒そうに見る異星人の士官達。
諦めさせて、通路に返そうかと思ったその時、およそ軍人とは思えない姿の人物が現れる。
「おう、カズキ。こんなところで何やってんだ?」
銀色の髪の毛、何やら古臭いワンピース姿の女性が、ヤブミ少将に話しかけている。が、あまりにもラフな姿にこの言動。こいつも、ここの乗員なのか?
「いや、レティシア、今、外の艦隊の来客が……」
「おい、なんだか辛そうな奴がいるぞ?大丈夫か!」
と、その女性はクジェルコパー中尉に話しかける。
「い、いえ、大丈夫、ですが……身体がちょっと、重くて……」
「ああ、分かった。おめえ、ここの重力に身体がついてこれねんだろう?ちょっと待ってろ」
と言いながら、その女性がクジェルコパー中尉に触れる。
すると中尉の身体が、ふわりと浮かぶ。
「え、ええーっ!?身体が浮いた!?」
なんだ、この女は?あの中尉の身体を持ち上げた?いや、持ち上げたという感じではない。なにせ、手の先しか触れていない。たったそれだけなのに、まるで風船のように浮かんでいる。
「徐々に重力を戻してやるからよ。ちょっとづつ、馴染んでいけ」
「あ、はい、ありがとうございます」
ここは、重力を制御する力があるらしい。床から重力を発生させるだけでなく、それを打ち消すこともできる。一体、どういう技術を使ったら、こんなことが実現できるのか?
「で、では、こちらへ」
気を取り直し、ヤブミ少将は我々を奥に導く。奥には、エレベーターが見える。
重力がある場所だから、当然、エレベーターはあるだろう。我々はそれに乗り込む。
「あの、ええと……なんとお呼びすれば……」
「おう、俺の名はレティシアってんだ」
「あの、レティシアさん。これってその、異星人ならみんなできることなのですか?」
いきなり遠慮もなく、異星人呼ばわりするクジェルコパー中尉。
「いや、みんなってわけじゃねえぜ。この艦内には俺ともう一人しかいねえな」
「えっ!?そうなんですか?」
「そうだぜ、なんせ俺は、魔女だからよ。」
いきなり、強烈な言葉が飛び出した。今、魔女って言わなかったか?
「ええーっ!?ま、魔女って、もしかして、空飛んだりできるんですかぁ!?」
「いや、俺は飛べねえな、いや、飛ばねえと言った方がいいか……ともかく俺は怪力魔女でよ、おめえよりも、もっと重いものを持てるんだよ」
不思議なことを言う人物だ。しかし、魔女って……すると、ヤブミ少将が応える。
「魔女とは、地球760にしかいない希少な人種で、この通り、触れたものを浮かせる能力を有するんですよ。で、レティシアはその魔女の子孫というわけなんです」
「そうそう、で、ついでに言うと俺、こいつの奥さんをやってるんだよ」
どうやら、魔女という人種が、この宇宙にはあるらしい。で、その魔女は、ヤブミ少将の奥様さんだという。
異星人と聞いて、てっきり灰色の背の低くて目の大きいやつが現れるかと思ったら、姿形はほとんど一緒で、それでいてとんでもない能力を持っている人物に出会ってしまった。しかし、魔女とは……宇宙というところは、想像以上に奥が深いらしい。
エレベーターを昇り切ると、ドアが開く。するとドアの向こうには、台車を引いた軍人が現れる。その軍人は、我々を見てこう言い出す。
「あれ!?レティシアちゃん、何持ち上げてるの!?」
「おお、グエン。こいつ、外の船からの来客でよ、重力で身体が重くて動かねえっていうから、今、持ち上げてやってるところだ」
「えっ!?来客!?」
それを聞いたその女性士官は、いきなり起立、敬礼をする。
「これは失礼いたしました!私は駆逐艦0001号艦の主計科所属、グエン少尉と申します!」
こちらは軍人らしく、規律ある礼で接する。我々は、返礼で応える。クジェルコパー中尉も、持ち上げられたまま敬礼している。
「ところで、グエン少尉」
「なんですか、変態提督」
「……ええと、来客者のために、お茶を用意して欲しいんだが」
「了解いたしました!ただし、その女性士官には絶対に手を出さないでくださいよ!いいですね!」
そういうとこの女性士官は、敬礼して傍に寄り、我々を通す。そして我々の降りた後のエレベーターに乗り込み、そのまま下の階へと降りていった。
「はっ!はっ!」
で、通路を進むと、今度は片手で木刀を持ち、それを素振りしている人物に出会う。金髪の人物で、やはり女性だった。しかし、なぜ女性が、こんなところで木刀で素振りを?
「なんだ、リーナ。こんなところで素振りか」
「おう、カズキ殿にレティシアか。それに……見かけぬ人物も一緒のようだが?」
「ああ、リーナ、こちらはこの星系の艦隊司令官の、クロウダ准将だ」
どうやらこの人物も民間人のようだ。が、ヤブミ少将の言葉を聞くなり、木刀を置き、床にひざまづき、私に向かってこう告げる。
「これは失礼した。私は、地球1019のフィルディランド皇国の皇女、リーナ・グロティウス・フィルディランドと申す。カズキ・ヤブミの妻にして、この艦内にて剣術に励んでおる。以後、お見知りおきを」
おそらくここに来て最大級の衝撃が、私と他の2人を襲う。ヤブミ少将には、妻が2人いる。1人は魔女で、もう1人は皇女と名乗った。
一夫多妻制など、前近代的な風習だと思っていたが、この宇宙で数百年もの間、戦いを続けるほどの高度な文明技術を持つ者であっても、そのような古臭い風習が幅を利かせているなど、衝撃以外の何物でもない。
ここの事情は、相当複雑なようだ。2人の妻、魔女、皇女、重力制御……すごいのか、不可思議なのか、よく分からなくなってきた。
「ああ、クロウダ准将殿。こちらへ」
が、そのヤブミ少将は、淡々と我々をどこかへと導く。ただ、入り口付近で感じていた威厳のようなものは、今では随分と失われている。
このヤブミ少将という人物、男性士官からは、通常の軍人なら当然の、少将として処遇を受けている。
が、どういうわけか、少なくとも女性からは、そういうものを受けていない気がしてならない。
軍属ではなく、しかも妻であれば仕方がないが、軍人であっても「変態」呼ばわりする者もいる。だがヤブミ少将は、それを特に諌めることもなくスルーしている。
そんな不可解な人間関係を垣間見たあとに、我々はようやく、会議室に通される。
「あ、レティシアさん、ありがとうございます」
「おう、いいってことよ。それじゃあ、ゆっくりしていってくれ」
魔女のレティシアという人物は、クジェルコパー中尉を椅子の上に下ろすと、そのまま会議室を去っていった。
で、入れ違いに、先ほどヤブミ少将を変態呼ばわりしたあの女性士官が入ってくる。で、我々と、向かい側に座るヤブミ少将とその副官らしき人物の前にお茶を置くと、無言のまま去っていった。
「失礼します!」
と、そこに今度は別の士官が現れる。金髪の、背の低い、しかもまたしても女性士官だ。なんだか、不安を覚えてしまう。
「全員揃ったな……では改めて、我が駆逐艦0001号艦へようこそ。で、小官の横にいるのは、この第8艦隊司令部付きの士官で、情報、作戦全般を担当する、ジラティワット少佐です」
「ジラティワット少佐です、お願いします」
「で、こちらが作戦参謀のヴァルモーテン少尉です」
「はっ!ヴァルモーテン少尉と申します!」
一通り、その場の人物の紹介が終わると、ヤブミ少将はこう切り出す。
「この度の、この宙域での過剰な砲撃行動については、お詫び申し上げたい。我々としてはただ、この宙域における戦闘を停止する意図で行ったものであり、決して貴官らに対する武力的威嚇を行うつもりはなかった。その点を、留意頂きたい」
「はい、それは承知しました」
なんだか、持っている武器の威力のわりに、随分と低姿勢だな。拍子抜けする。
「うわぁ、このお茶、美味しい……」
異星人の船に乗り込んでいるという緊迫感がまったく感じられないのが、だんだんと重力に慣れてきて、身体の自由が効き始めたクジェルコパー中尉だ。出されたお茶を飲んで、その味に感銘している。
「ところで、我々があなた方にお聞きしたいことがたくさんあります。一つは、この船はどこからきたのか?そして他の星々はどこにあるのか?あなた方が異星人だと聞いても、あまりに違いを感じられず、とても信じられないのです」
「そうですね。では、その辺りから説明しましょうか。ジラティワット少佐!」
「はっ!」
そして、私はこの副官役の人物、及び彼らの持つ映像資料などから、この宇宙のこと、彼らの陣営のこと、そして彼らの持つ砲艦のことを伺う。
そこで我々は、この宇宙を取り巻く状況を知る。
この宇宙には、我々と同じ人類が住む星が、すでに1000個以上発見されているという。それは、驚くべき事実だ。
が、私がもっとも感銘したのは、この宇宙の戦いは、砲艦のみで行われているという事実だ。すでに270年もの間、この宇宙での戦いは、この大口径砲を持つ艦艇が主役であり、回転砲塔を持つ艦艇は、ことごとく消えたという事実だ。
我々の砲艦決戦構想は、間違ってはいなかった。宇宙の歴史では、我々の構想こそが本流であった。
その事実に触れたことが、私にとっては大いなる収穫であった。異星人との接触に際して妙な話だが、私のこれまでの努力が、報われた瞬間に感じられた。




