#178 了承
「さて、追いついたのはいいが、これからどうすればいいのか……」
窓の外に見える、10隻の砲艦を前に、僕は途方に暮れていた。
思いつきで行動するのはいいが、その先をあまり考えていない。そういう行動が、僕には多い。自分でも気になる。
が、こういう時に頼りになるのが、ジラティワット少佐だ。
「こうなっては仕方ありません。とりあえず、使者を立てては?」
まるで中世の貴族のようなことを言い出すジラティワット少佐。
「いや、使者って、誰を立てるんだ?」
「そりゃあ、我が艦には人型重機しかありませんから、それを送り出すしかないのでは?」
「なるほど。で、どっちを送り出す?」
「まさか、ドーソン大尉を送り出すとでも?」
「……そうだな。デネット大尉に連絡、至急、艦橋にくるように」
「はっ!」
ジラティワット少佐が、デネット大尉を呼び出している。僕はその間、外の砲艦を眺める。
これではまるで、我々が包囲したみたいだな。いや、実際に包囲しているんだが、早々に誤解を解かないと、変なしこりになりかねない。どうにかして彼らと接触し、早いとこ謝って、交渉官殿に引き渡せるようにせねば。
「デネット大尉、参りました!」
と、すぐにデネット大尉が現れた。
「現在、この星系の艦艇10隻と接触すべく、足止めしている。貴官に、使者の役目をお願いしたい」
考えてみれば、これまでも何度か、デネット大尉にはこういう役目をしてもらった気がする。ザハラーを発見した時や、森の中の黒い霧の中に突入したり……これだけ貢献してもらっているというのに、ドーソン大尉と同じ階級というのも、あまりにもバランスが悪いな。機会あれば、すぐにでも少佐に昇進させよう。
「了解しました。それじゃあ、ちょっと行って参ります。ところで」
「何か?」
「……この10隻の内の、どれに向かえばいいですか?」
「うーん、そうだなぁ……とりあえず、先頭の艦でいいんじゃないのか?」
「了解しました。では、先頭の艦に赴き、あちらを説得して参ります」
「頼む」
とはいえ、相手はおそらく戦々恐々としているか、あるいはかなりお怒りかのどちらかだろうな。デネット大尉よ、上手くやれるのか?
「ちょっと、ヤブミ提督!」
デネット大尉が去って程なくして、今度はマリカ中尉が現れた。
「なんだ、中尉?」
「どうしてデネット様だけが、あのような得体の知れない艦隊の元に向かわされるのですか!?」
「いや、だって、人型重機のパイロットだし……」
「ああ、この無能な提督にこき使われて、かわいそうなデネット様……」
ついさっきまで、特殊砲撃の衝撃で気絶していたくせに、目が覚めた途端、これだ。毒舌だけは元気いっぱいだな。そのまま部屋にこもっていればいいのに。こちらだって心苦しいが、他に適任者がいない。
『デネット大尉、テバサキ、発進します!』
格納庫のハッチが開き、デネット大尉の人型重機が発進する。あのデネット大尉の人となりに、この接触の成否を委ねる他ない。先頭艦に向かう重機を見送りつつ、僕は敬礼する。
◇◇◇
「一隻の艦艇から、飛翔体の発進を確認!」
ぐるりと囲まれたまま動けない我々は、この周りに取り憑いた艦隊の出方を見守るしかなかった。が、ついにあちらが動く。
「飛翔体、こちらに接近!」
「対空戦闘、用意!」
「了解、対空戦闘用意!」
「いや、対空戦闘中止!このまま待機!」
艦長が出した対空戦闘の命令を、私は打ち消す。
「閣下!なぜ、待機を!?」
「あれはおそらく、攻撃目的ではない。全艦に伝達、発砲を許さず、そのまま待機せよと、下令せよ」
「はっ!」
ツィブルカ大佐が、全艦に私の命令を伝える。その間にもあの飛翔体は、まっすぐこちらに向かってくる。
もし、彼らが我々に対して攻撃を仕掛ける意思があるなら、こんな回りくどい方法など取らず、あの砲で一撃、それで終わるはずだ。わざわざ、あんな小さな機体を飛ばす意味はない。
むしろ、別の目的であれは迫っている。そう考えるのが妥当だ。もっとも、それが何かは分からないから困るのだが。
にしても、異星人のやつらはまだこちらの艦艇を一隻も沈めていない。あれだけ派手に砲撃し続けたくせに、そして我々にここまで接近しているくせに、ただの一隻、いや、一人も殺めてはいない。
どちらかといえば、この惑星域で起きている戦闘を、止めてしまっただけだ。いや、もしかすると、それが狙いだったというのか?
だが、何のために?
ここで私は、ふと気づく。
「ツィブルカ大佐」
「はっ!」
「そういえば異星人って……どんな姿をしているんだ?」
それを聞いたツィブルカ大佐は一瞬、回答に困ったような表情をする。
「ええと……私が見た、とあるコンテンツでは、灰色で背丈の低い身体に大きな目を持つ、異様な生物でした」
灰色か……言われてみれば、目前のあの砲艦の色も灰色だ。もしかすると、彼ら自身の色を示しているのかもしれない。
「おい、ちょっと待て。そんな生物相手に、どうやって会話すればいいんだ?」
私がそう叫ぶと、ツィブルカ大佐がさらりと応える。
「いや、言葉については、おそらく心配しなくてよろしいのではないかと」
「なぜ、そう思う?」
「先日、発信されたあのメッセージは、我々の話す言葉そのものでした。理由が分かりませんが、我々の言葉を解しているものと思われます」
ああ、そうだった。言われてみれば、あのメッセージの言葉は理解できる言語だった。しかし、なぜ我々の言葉を知っている?
そんなやり取りをしている間に、その接近中の機体は、我が501番艦にたどり着く。その機体を見て、私は驚く。
「あれは……ロボットだな」
「はい、ロボットですね」
「だが、随分と寸胴だな」
「ええ、彼らの姿そのものを表しているのかも知れません」
首のない、ずんぐりとしたロボット兵器らしきものが、この艦の側面にいる。しばらく、辺りを見回していたが、この艦の艦橋を見つけると、こっちに接近してきた。
「来るぞ!」
私が叫ぶと、艦橋内の空気が張り詰める。そして艦橋の窓の前に、あの機体が立つ。
ついに、異星人との最初の接触。何光年先から来たのか知らないが、遥か遠くからやって来た異星の者。果たして、どんな姿をしているのか?
その機体のキャノピー部分を見る。ガラス張りのそのキャノピーの奥には、人らしき者が見える。
その人物は、こちらに向かって手を振っている。ガラス越しでよく見えないが、少なくとも、寸胴というわけではなさそうだ。我々とさほど、変わらない。
顔も見えるが、見たところ、ごく普通の人間のようだ。拍子抜けするほど、我々と変わらない。
いや、我々の基準では、どちらかと言えば、容姿のいい方の男に見える。
その男は、身振り手振りで何かを伝えようとしている。
「自分を指差して、さらにこちらの艦を指してますね」
「どういう意味だ?」
「多分、この艦内に入れてくれと、そう言っているのではないかと思われますが」
ああ、なるほど、おそらく彼は、あの艦隊から遣わされた使者なのだろう。だから、我々との接触を望んでいる。
もっとも、何のために接触したがっているのかは不明だ。もしかすると、降伏勧告をするつもりなのか?あの小衛星破壊は、そのためのデモンストレーションだったというわけか。
「2番格納庫の、ハッチを開ける」
「はっ!ですが、よろしいのですか?」
「ここまで来て、受け入れないというわけにはいかないだろう」
「はっ!2番格納庫、ハッチ開きます!」
しばらくすると、2番格納庫のハッチが開く。ツィブルカ大佐が窓越しに、ハッチの方を指差す。すると中の男は軽く手を振り、機体を操作してそのハッチの中に潜る。
そして、ハッチは閉じられた。
加圧された格納庫に、私を含む数名が乗り込む。航宙機格納庫だが、この砲艦は軽量化のため、今は一機も乗せていない。その空っぽの格納庫内に、あの大きなロボットが立っている。
我々が入ると、そのキャノピーが開く。中には、パイロットスーツに身を包んだ男が一人。
見れば見るほど、普通の人間にしか見えない。異星人だと思っていたが、もしかして、違うのか?その男はコックピットから降りると、我々の前に立ち、敬礼した後、こう告げた。
「小官は、地球001第8艦隊、旗艦0001号艦所属の、デネット大尉と申します」
いきなり、我々と同じ言語を発するこの男。それにしても、聞いたことのない所属名だ。だが、地球の後に数字を並べている。これがもしかすると、彼らの星を表すコードか何かか?私は一歩前に出て、こう述べる。
「私は、アスウストラル共和国軍、第4艦隊第51小隊の司令官をしている、クロウダ准将だ」
そう告げると、この男はニコッと微笑み私の方に近づいてくる。
周囲の兵士らは、警戒する。何か仕掛けてくるつもりか?一瞬、緊張が走る。
が、この男は、こんなことを言い出す。
「いやあ、やっとお会いできました!我々は、あなた方と接触するためにここに来たのですよ!」
そういって、手を差し出すデネット大尉。私も思わず、手を伸ばす。そして、がっちりと握手をする。
「あの……我々に、接触するために、やってきたと?」
「はい、そうです」
「ならば……あの砲撃は一体……」
「ああ、あれですか。すいません、うちの司令官が勢い余って、ちょっと派手にやり過ぎまして」
なんだか、軽いな。こちらからみれば、かつてないほどの壮絶な砲撃戦を見せつけられたのだが、まるで真夜中に騒ぎ過ぎて近所迷惑を引き起こしたバンドマンが、謝りにきたような雰囲気だ。
「……なぜ、あのような行動を?」
「我々は接触、交渉する相手が戦闘状態にある場合、それを停止する権限を持っているのですよ。差し出がましいようですが、その権限を行使させていただいた、ということなのです」
「どうして、戦闘を停止する権限が?」
「砲弾を撃ち合っている只中では、交渉も何もありませんからね。ですから、両軍にはまず、戦闘を止めていただく必要があるんです」
なるほど、一応は筋が通っている……のか?とはいえ、かなりお節介ではあるが、確かに彼らのあの行動は事実、戦闘を停止させただけではある。
「で、その接触の目的とは?」
「はい、我々と同盟を結び、我々の陣営に入っていただきたいのです」
「陣営?なんだ、その陣営とは?」
こいつ、まるで街頭でやっているキャンペーンか何かの感覚で、我々を誘っているようだが、陣営とはなんだ?
「ええとですね、話せば長いのですが……かいつまんでいうと、この宇宙には今、1000を超える地球があって、その地球は2つの陣営に分かれているんです。我々は宇宙統一連合、通称、連合と名乗り、もう一方は銀河解放連盟、通称、連盟と呼ばれる陣営があるんです」
「その2つの陣営とは、もしかして、戦争状態であると?」
「ええ、そうですよ。もうかれこれ270年ほど戦争を続けてますね」
爽やかに、重い話を持ってくるやつだな、この男は。だがこの話を解釈すると、どうやらこの異星人は我々の星を、その連合と呼ばれる陣営に組み入れようとやってきた、ということか。
「ではお聞きするが、その戦争とは、あの砲艦によって行われているのか?」
「砲艦?ああ、駆逐艦のことですか。ええ、そうですよ。あれが、この宇宙での戦争における主力兵器です」
やはりそうか。あれが戦いの主力なのか……いや待て、今、あれを駆逐艦と呼ばなかったか?
「ちょっと聞きたいのだが、あれは駆逐艦と、貴官らでは呼ばれているのか?」
「ええ、そうですよ」
「ということは、他にもさらに大型の艦種があるということになるが」
「実はですね、そのあたりの我々の混み入った事情を詳細に話しさせていただきたく、ぜひクロウダ閣下には、我が0001号艦に乗艦していただきたいのです」
と、そこで急に私はあの艦艇への乗艦を打診される。
それを聞いていたツィブルカ大佐が、割って入る。
「私はここの副官のツィブルカ大佐だ。貴官の申し出は、いささか性急ではないか?」
「はぁ、おっしゃる通りとは思いますが、その方が話が早いのですよ。いずれあなた方も、これと同型の駆逐艦を所有していただくわけですし、その中を見ながら我々のこと、この宇宙のことを話させていただくのが一番かと思います。」
この男、今、気がかりなことを言い放った。私は尋ねる。
「駆逐艦を所有、と言ったが、我々があれと同じ艦を、所有することになるというのか?」
「ええと、厳密には、あれと全く同じではありません。実はあれ、実験艦なのですよ。ですが、同盟関係樹立の暁には、標準型の駆逐艦建造技術が譲渡されるのは間違いありません」
てっきり、降伏勧告にでも現れたのかと思っていたが、まるで違う提案が舞い込んだ。私は応える。
「了解した。私が、あの艦に乗り込もう」
◇◇◇
「デネット大尉から通信!接触に成功、艦隊司令官、クロウダ准将の乗艦承諾を得た、とのことです!」
来たか。さすがはデネット大尉だ。フタバほどではないが、あの男も不思議と交渉術が得意な気がする。
「了解した。ではこれより、受け入れ準備にかかる」
デネット大尉によれば、この艦隊の先頭の艦の左側面に移乗用のハッチがついているそうだ。そこにこちらからエアチューブを伸ばし、その一端を我々のハッチに接合する。そうすれば、我が艦に乗り込むことが可能となる。
早速その作業を、デネット大尉とドーソン大尉が行っている。そういえばあのエアチューブ、この間使ったのは、あの連盟軍の艦艇と繋いだ時だったな。あの時とは違い、今回は味方となるべき人物を迎え入れる。心構えが、まるで違うな。
あ、いや、そういえば、あの砲撃の件は謝っておかないといけないな。さすがにちょっと、やり過ぎた。でも、どうやって謝ろうか?そんなことを考えながら、接続作業が終わるのを待つ。
◇◇◇
「では、行くか」
「はっ!」
私は、ツィブルカ大佐を連れて通路に向かう。そこにいるこの艦隊司令官のヤブミ少将に会うためだ。
それにしても、800隻の艦隊を率いるのが少将とは、一体どういう軍組織なのだろうか?ゆうに2個艦隊はあろうかという艦艇数。我が軍ならば、大将以上を当てるほどの戦力だ。
そんな大戦力を率い、おまけにあれだけの派手な砲撃をやってのけたその少将閣下に、ようやく会うことができる。
そして、私とツィブルカ大佐は、通路に足を踏み入れる。
「お、お待ち下さい!」
と、そこに一人の士官が現れる。クジェルコパー中尉だ。
「なんだ、クジェルコパー中尉」
「私も、あ、いや、小官も連れていって下さい!」
「はぁ!?なんだと!?」
その申し出に、ツィブルカ大佐が返答する。
「ダメだ。貴官が行く理由がない」
「いえ、あの、私、心配なんです!あの船は、異星人の船なんですよね!?」
「そうだが」
「だったら、そのまま連れ込まれて、帰ってこないってこともあるんじゃないですか!?」
こいつ、馬鹿正直に自分の思っていることを全部口にするところがある。だが、それを聞いたら他の乗員が不安に思うだろうが。
「大丈夫だ。それよりも貴官にはするべき任務があるだろう」
「いえ、弾着観測員ですから、ここに留まる限り、することはありません!」
ツィブルカ大佐が応えるが、反論するクジェルコパー中尉。なんだか、妙なやりとりになってきたな。私は2人の間に割って入る。
「ああ、ラウラ……いや、クジェルコパー中尉。貴官の同伴を許可する」
「閣下!」
「いや、大佐、もしかすると、これくらいの性格の人間が一人いると、殺伐とした雰囲気が和らぐ効果があるかもしれない。あえてその方が、状況を打開できるきっかけになるかもしれない。そうは思わないか?」
ものすごく強引な理由で、私はクジェルコパー中尉の同行を許可した。こうでも言わなければ、聞かない性格だからな。それに、彼女の気持ちもよく分かる。
それもあるが、これくらいの性格の人間を一人連れていき、相手の反応を見るというのも、今後のために必要ではないか?あるいは、本性を表すかもしれない……そういう期待が、全くないとは言い切れない。
そして、3人でその丸い通路を進む。
「ふーん、ふふーん!」
ところが、通路に入るや否や、クジェルコパー中尉は急に上機嫌になる。おい、まさかお前、ここに来たがったのは、好奇心からなのか?
「おい、中尉!緊張感がなさすぎではないか!これから乗り込むのは、得体の知れぬ異星人の船だぞ!?」
「ええーっ!?だから楽しみなんじゃないですか!だいたい大佐は少し、硬過ぎるんですよ!」
まったく、この2人はまるで性格が合わない。こんな調子でこれから、異星人の船に乗り込んでいいものか?だんだんと不安になっていく。
「おい、このハッチの向こうはその異星人の船だ。ここから先は、我々の知らない世界だぞ。覚悟はいいか?」
私がそう告げると、この2人は黙り込む。そしてツィブルカ大佐が、そのハッチに手をつける。
「では、行きます」
そして、ハッチが開かれた。




