#177 包囲
「閣下、第4艦隊司令部より打電!第51小隊、直ちに出撃せよ!以上です!」
ついに、出撃命令が下る。モニターで陣形を確認すると、我がアウストラル軍の第1、第4艦隊は集結し終え、敵の800隻に迫ろうとしている。
一方の敵艦隊800隻は、小衛星帯へと向かう。またあそこに潜り込み、徹底抗戦を仕掛けようというのか。だからこその、砲艦隊出撃要請か。
さっきまでちょっかいを出していた10隻の異星人らは、なぜか急に姿を眩ませてしまった。それを見た敵艦隊は、一目散に小衛星帯へと移動し始める。
だが、これはチャンスだ。
再び、我々砲艦のもつ武装の威力を見せつける時が来た。
高鳴る胸を押さえて、私は発令する。
「第51小隊、発進せよ!」
バリバリと音を立てて、プラズマ機関がもてる力を振り絞り始める。が、このバカでかい砲身を抱える我が艦は、じわりじわりとしか動こうとしない。
「艦隊、右に転舵!面舵90度!」
「転舵!面舵90度!ヨーソロー!」
私の命令と、それを受けて復唱する航海長の声が響き渡る。と同時に、身体が横方向に捻られる。
「敵艦隊、1時方向、距離32万キーメルテ!射程圏内まで、あと40分!」
敵の艦隊も全力であの小衛星帯に向かっている。追いつくどころか、今は引き離されている。だが、あの小衛星帯に逃げ込み、攻勢に転ずるだろう。
だが、今回もアウトレンジでこれを叩く。今度は、一隻たりとも逃さない。第1艦隊のあの堅物将軍の目の前でもう一度、この砲艦の威力を見せつけてやる。私はそう、決心する。
ただ、あの異星人らの動きが気になるな。やつらがちょっかいを出してくれたおかげで、敵艦隊から多くの基地を守ることができ、しかもこうして艦隊戦に持ち込むことになった。
しかし、その異星人らは突如、消えてしまった。気まぐれなやつらだな。何を考えている?
今度は気まぐれで、こちらにちょっかいを出してくるかもしれない。その時は……我々のこの砲で、応えるしかないだろう。
「周囲に、艦影は?」
「敵艦隊800、味方1000、それだけです」
「そうか」
本当に消えてしまったな。しかしやつら、何が目的で、ここに現れたのだろうか。
異星人というやつの狙いというのは大抵の場合、我々の星を攻撃し、人々と文化を破壊するためだと言われている。SFコンテンツでは、そういう筋書きが多い。わざわざ軍船で現れたことから、その可能性は高いだろう。
しかも、砲艦だ。それも、恐ろしいほど機動力のある砲艦。一番相手にしたくない艦隊だな。だがもし、あの異星人との戦いともなれば、特に我々10隻の砲艦隊こそが、この星の救世主となる。我が隊以外に、あの異星人艦隊と張り合えるやつはいないだろう。
「レーダーに感!」
とそこに、索敵員からの報告が入る。
「なんだ!異星人艦隊か!?」
「現在、確認中!艦影150、距離70万キーメルテ!あれは……先に第4艦隊と戦闘した、敵の先行部隊です!」
なんだ、異星人ではないのか。どうやら第4艦隊の移動に合わせて引き返してきたらしい。となると、敵味方、各2個艦隊、総勢1950隻。かつてないほどの大規模戦闘が、このガイアで繰り広げられることになる。
にしても、遅い。この艦艇は、とにかく遅い。目一杯機関を吹かしても、まったく加速しない。イライラする。
砲が重すぎる。また壁を殴りたくなってきた。この戦いが終わったら、軽量化を検討したほうがいいな。安全性を考慮して、余計な装備や過剰な材料が使われている部分が多いのは確かだ。
「にしても、どこへ行ったんでしょうか……」
「何がだ?」
「あの異星人の艦隊ですよ。急にパタッと消えてしまい、かえって不気味です」
突然、ツィブルカ大佐が、あの異星人の艦隊が消えたことを懸念し始める。
「……気まぐれではないのか?さっきも、まるでグリーグ軍を茶化すように奔走させていたし」
「わざわざ遠くからやってきて、気まぐれもないでしょう。何か、目的があるはずです」
「……まさかそれが、侵略などと言わないだろうな?」
「最悪の事態を、想定すべきです、閣下」
ツィブルカ大佐のこの進言に、私は一瞬、背筋に寒気を覚える。
「では、貴官はこの事態、どう思うか?」
「先ほどのあれは、おそらくは偵察か示威行動であり、この後に異星人の大部隊が現れる可能性が……」
ツィブルカ大佐が、そう言いかけたまさにその時だ。
このタイミングで、現れるか?それほどまで絶妙な瞬間に、我々の元に報告が飛び込んできた。
「レーダーに感!3時方向、距離120万キーメルテ!艦影多数、およそ……600!」
「なんだと!?600隻だと!?」
「そ、速力が異常に速いです!毎秒1万キーメルテに迫る速度で、敵艦隊方向に向け、突入しつつあり!」
私は、愕然とする。これはたった今、ツィブルカ大佐が言おうとしていた、異星人艦隊の本体だろう。その本体が突如、現れる。
が、それだけでは収まらない。
「さらに艦影!総勢200!第1、第4艦隊直前、約20万キーメルテに出現!」
加えて、200隻が我々の目の前とも言えるところに現れた。あそこはさっきまで、あの10隻の艦隊がいた場所だ。
「な、なんだ、こいつらは!?」
「間違いありません!やはり、本気で攻めてきたんですよ、閣下!」
猛烈な速度で、異星人艦隊の主力はグリーグ軍に向けて迫りつつある。現れた200隻も、主力隊への合流を果たすべく加速を開始する。突如現れたこの異星人艦隊によって、この艦橋内は混乱に陥った……
◇◇◇
「ヤブミ提督!作戦参謀、意見具申!」
と、突然、ヴァルモーテン少尉が意見具申を求める。
「具申、許可する。何だ?」
「いえ、ここに来て急に突入をかけるのは、あまりよろしくなかったのではありませんか?」
「……そんなこと今さら言ってもだな、もう突入してしまったぞ」
「ならば、最初からこうすればよかったのでは?」
ここにきて、今さら何を言い出すんだ?お前さっき、この作戦を支持していたじゃないか。
タイミングの悪い作戦参謀の曖昧な意見具申など放っておき、ともかく我々はこの惑星宙域に突入した。あの800隻が向かう小衛星帯に、我々は進路を向ける。
「小衛星帯まで、あと50万キロ!」
「全艦、減速!あの小衛星を射程距離に捉え次第、各自砲撃を開始!」
「はっ!」
とにかく、あのごちゃごちゃした岩があるから、あれに隠れようとする。ならばそれを破壊してしまえば、この戦いは継続できなくなる。
実に単純な理屈で、僕はあの小衛星帯破壊命令を出した。ジラティワット少佐も賛同し、それでこの宙域に滑り込んできた。800隻の艦隊はあの小衛星帯まで、あと2000キロのところまで迫っていた。
「小衛星帯、射程内に入ります!」
「艦橋より砲撃管制室!砲撃開始、撃ちーかた始め!」
『砲撃管制室!砲撃開始します!撃ちーかた始め!』
そういえば、カテリーナは人以外の標的にはめっぽう弱いんだったな。が、今の相手は回避運動もしない、ただの止まった的だ。無人標的への砲撃の腕が素人なカテリーナでも、難なく当てるだろう。
などと考えていると、初弾が放たれる。砲撃音が、艦橋内に鳴り響く。
「命中!小衛星を破壊!次の照準!」
やはりな。これならカテリーナでも当てられる。楽な標的だ。他の艦も、次々にその岩に砲撃を当てていく。
……が、数が多いな。直径が14万キロもあろうかという大型惑星の、その周りをぐるりと囲んでいるこの小衛星帯は、この2、3万キロほどの領域内を見ても数千個はある。それを高々800隻程度の艦隊で撃ち尽くすのは、時間がかかりすぎる。
「艦長!」
「はっ!」
「特殊戦、用意だ!」
「えっ!?あの、小衛星相手にですか?」
「数が多過ぎる。ここはあの一撃で吹き飛ばすのが最善と思われる」
「はっ!了解しました!特殊戦、用意!」
「ジラティワット少佐、特殊砲装備の艦艇に連絡。特殊砲撃にて、この付近の小衛星帯を一掃する!」
「はっ!」
『機関室より艦橋!特殊砲撃用回路接続を開始する!無重力に備え!』
一気に艦内が慌ただしくなってきた。慣性制御が切られ、ガコンという衝撃と共に、身体がふわっと浮き上がる。慌てて僕は、司令官席のベルトを締める。
『機関室より艦橋!左右機関へ特殊戦用伝達回路接続!特殊戦用意、完了!』
『砲撃管制より艦橋!エネルギー充填、開始します!』
キィーンという音が鳴り響く。そういえば前回、特殊砲撃を行ったのは、あのアルゴー船だったな。あれは本当にヤバかった……一瞬でも遅れていたら、こちらがやられるところだったからな。
それに比べたら、こちらは砲撃を受ける懸念すらない。他の艦隊とは40万キロ以上離れており、ここまで届く射程の武装をあちらは保有していない。だから、盾役の艦を準備する必要もない。
こちらの装填が終わる前に、他の80隻の特殊砲搭載艦から砲撃が行われる。こちらの半分の装填時間で、各々4秒間の砲撃。かなりの数の小衛星が、破壊される。
正面に、まだ一塊の小衛星帯が見える。残すはあれだけ。あれを砲撃すれば、この辺りの小衛星帯はほぼ消滅する。
『装填、完了!』
砲撃管制室から、主砲装填完了の知らせが届く。艦長が号令を下す。
「特殊砲、発射!撃てーっ!」
艦長の号令とともに、こちらの特殊砲撃が放たれる。持続時間は、10秒。
青白いビームが放たれ、窓の外は真っ白に光る。慣性制御が切れているから、その衝撃がもろに座席を介して伝わってくる。猛烈な轟音と共に、激しいアトラクションにでも乗り込んだかのような加速と振動が伝わってくる。
が、10秒が経過し、その光は消える。艦長が再び号令を出す。
「特殊砲撃、終了!特殊砲撃回路切り離し、通常回路に戻せ!」
『機関室!特殊砲撃回路切り離し、もどーせー!』
以前であれば、ここで熱暴走が起きていたところだが、まったく何事もなく回路が戻される。数秒後には、慣性制御が戻る。
実に、楽な砲撃だ。訓練でもこうは行かない。強いてトラブルといえば、横でマリカ中尉が目を回して座り込んでいることくらいだ。だが、まったく、こいつは相変わらず虚弱だなぁ……普段は強気なくせに、こういうところはだらしない。
「小衛星帯は、どうなっている?」
「はっ、この周辺宙域の小衛星は消滅した模様。ただ……」
「なんだ?」
「言い難いことですが……ちょっと、やりすぎたかもしれません」
ジラティワット少佐が、陣形図を指差す。僕はそれを見て、唖然とする。
あの800隻の艦隊も、そして1000隻の方も、大慌てで離脱しようとしている様子が見て取れる。すでに陣形など保っておらず。各々がバラバラに離脱を試みている、そんな様相が、モニター越しにも分かる。
そして窓の外を見る。真っ赤に焼けた小惑星が、まるで火の雨のようにあのガス惑星に降り注いでいる。うーん、まさにこれは、地獄絵図のような光景だ。僕らでさえ、恐怖を覚える。これはちょっと、やり過ぎだ。
しまったな……つい夢中になって、小惑星を破壊することが目的になっていた。特殊砲撃は、不要だったのではないか?考えてみれば、数発の威嚇砲撃をする程度で十分だったのではないか。わざわざ小衛星帯を破壊するまでもなく、戦闘は停止できたかもしれない。
ちょっと待てよ……なんか、以前にも似たようなことをやらかした覚えがあるぞ。
そうだ、ヘルクシンキに強行着陸して、一触即発の事態を招いてしまったことがあった、あの一件だ。
あの時はリーナに助けられたが、その後もヘルクシンキ上空に艦艇を並べて、動揺した貴族らが……
そういえばあの時はそのせいで、リーナが僕の妻になってしまったんだったな。今にして思えば、どうしてあんなに無茶なことをやらかしたのだろうと思う。
いや、今もそうだ。なんだって僕は、ここまで徹底的に小衛星相手に砲撃させてしまったのか?
ともかく、なんとかして相手の誤解を解かないと。
「少佐、この宙域から、全ての艦艇が逃げ出してしまったのか?」
「いえ、我々の前方、約47万キロのところに、10隻の砲艦の艦隊が見えます」
「そうか……分かった。では、この旗艦を含むワン隊200隻で、あの10隻の元に向かう」
「はっ!」
こうなったら、多少強引でも彼らと接触、対面するしかない。そういえば、フタバもよく言っていた。会って上手く話せば、分かり合えるだろう、と。
◇◇◇
「不明艦隊、砲撃を開始しました!」
青白い光の筋が、無数に現れる。ついに、彼らの侵略行動が開始された。
「あの艦隊の標的はどこか!?やはりグリーグ軍か!?」
「いえ、小衛星帯の模様!」
「なんだと!?小衛星帯だって!?」
どうしてそんなものを撃つんだ?妙な奴らだ。だが、その破壊力はとてつもないものだった。
一撃は我々とさほど変わらないが、数が違う。なにせ800隻だ。目前のグリーグ軍とほぼ同数の砲艦が、その砲火を小衛星帯に叩きつけている。
しばらくその異星人艦隊の砲撃を眺めていたが、まるでゲームでもしているかのように、小衛星をひとつづつ破壊している。侵略に来たにしては、おかしな行動だ。なぜそこまで、小衛星の破壊にこだわる?
だが、このお遊びにしか見えない行為は、彼らのとてつもない力を見せつける場となる。
無数のビームを受けた小衛星は、火の玉のようだ。溶岩のように焼け爛れて、ガイアの軌道上に漂い始める。
力の差を見せつけられた我々の前で突然、先ほどとは異なる光が観測される。
「おい、なんだ、今のは!?」
異常に長く光る筋が数十本、小衛星帯に注ぎ込まれる。それはまるではけのように、さーっと小衛星帯をなぞると、その軸線上にあった小衛星が消しとばされていく。
「な、なんでしょうか、今のは!?」
「いや、砲撃には違いないが……」
さらにその1分後に、もう一撃、あの長く光り続ける不思議な砲撃が放たれる。その一撃を持って、あの艦隊の砲撃は止む。
後に残ったのは、ガイアの周囲を囲んでいた小衛星帯の一部が、真っ赤に焼け爛れている光景だった。燃える小衛星の多くは軌道速度を保てず、惑星ガイア表面に向かって落下し始めている。
「第4艦隊、ペトルリーク中将より打電!全艦、全速離脱!現宙域を離脱せよ!以上です!」
さすがに離脱命令が出た。それはそうだ。あれだけの圧倒的な力を見せつけられては、我々では勝ち目はない。
「当小隊も離脱を開始する。全速前進!」
「はっ!全速前進!」
せっかくグリーグ軍を撃滅するために発進したというのに、今度は逃げなければならないとは。つくづく、運が悪い。
しかもこの重い船体だ。相変わらずバリバリと音を立てるばかりで、一向に前に進まない。
我が501番艦を先頭に、前進を続ける我が第51小隊。だが、前方の敵、味方の艦隊とは異なり、我々はこの宙域で孤立している。
あの異星人艦隊からも、最も近い距離にいる。もしや、我々は標的にされるのではないか?
その懸念は、悪い方向に当たる。
「ふ、不明艦隊、急速接近!数、200!」
「なんだと!?全速で振り切れ!」
「無理です!すでに全速いっぱいです!」
足が遅く、おまけにやつらから最も近くにいるこの10隻に、狙いを定めてきた。猛烈な速度で、距離を詰めてくる。
どういう推進原理なのかは知らないが、同じ砲艦とは思えないほど速い。40万キーメルテあった距離は、みるみる縮まっていく。
そしてわずか数分後。我々は、その200隻の異星人艦隊に、ぐるりと取り囲まれてしまった。




