#176 牽制
「敵艦隊、さらに増加中!2方向より400隻づつ、集結しつつあります!」
他の基地からも、敵の艦隊に関する情報が飛び込んでくる。だが、一部守備隊を抱える基地を除いて、ほとんどがもぬけの殻状態だ。全部集めても、せいぜい4、50隻。800隻の敵艦隊には到底及ばない。
ただ、第4艦隊が急行中との連絡を受ける。まずは500隻が到着する。せめて一個艦隊だけでも到着してくれれば、この危機は回避される。
だが、とても間に合わない。もっとも近い第17基地に、敵艦隊400隻が接近を続ける。
「敵艦隊400隻、第17基地に向けて進軍中!まもなく、距離1万キーメルテ!」
敵の狙いは基地破壊だ。出来るだけ多くの基地を破壊し、我々の橋頭堡を破壊し、制宙権を取り崩す、その目的のみで動いている。こちらの戦力が引き返して来る前に、出来る限り多くの基地を各個撃破にかかるだろう。
しかし、我々は動けない。まだ動くべき時ではない。最低でも、敵艦隊が我々の砲の射程に入ってくるまでは、我々はここに留まるしかない。
「現在、第17基地と敵艦隊400隻が、交戦中との連絡が入りました」
ツィブルカ大佐が私に報告するが、おそらくは交戦などと言えるものではないだろう。基地にある貧弱な火力では、400隻相手に一太刀浴びせることすら不可能。そしてその懸念はすぐに、現実となる。
「第17基地、通信途絶……おそらく、守備隊全滅の模様。」
「そうか。で、敵艦隊の次の狙いは?」
「はっ、距離と進路から推定して、第15と第2基地に向かうものと思われます」
400隻づつ2隊の敵は、我々の25の基地を手当たり次第に攻略し始めた。第17基地の攻略にかけた時間は、わずか4、5分程度。移動に2、30分かかるとしても、第4艦隊が追いつくまでには、かなりの数の基地がやられる公算だ。
まったくもって、不甲斐ない。戦略上の拠点がやられることよりも、むざむざと味方がやられていくのを、ただじっと眺めるしかない今の自身の方に、その憤りを感じる。危うくまた、壁を殴ってしまうところだった。
程なくして、第2基地にもう一隊の敵艦隊が取りつく。それからおよそ3分で、通信途絶。次々に我が軍の灯を消されていくのを、ただ黙って見ているしかないというのか?
が、ここで敵艦隊の動きが鈍る。
「閣下、妙です。第15基地に向かっているはずの敵艦隊が、後退を始めてます」
「何?後退だと?」
「ええ、これをご覧下さい」
確かに妙だな。第15基地には、守備隊はほとんどいないはず。先ほどの2つの基地同様、多勢に無勢。やつらが後退する理由など何もないのだが。
第4艦隊にしても、まだ到着していない。距離にして40万キーメルテは離れている。ここで後退などすれば、第4艦隊に追いつかれるだけだ。
むしろあの艦隊は、もう一隊との合流を試みているようにも見える。第2基地を襲ったやつらも、そこで大きく進路を変え始めた。互いに最短距離で合流しつつあるようだが、しかしなぜ、このタイミングで?
「……これだけ離れていれば、あと2、3基地を攻撃してから合流しても間に合う気がするが」
「そうですね。よほど慎重な指揮官なのでしょうか?」
慎重。いや、そういう言葉は、グリーグ帝国軍には似合わない。やつらは常に大胆不敵な行動で、我々を奔走してきた。そんな連中が、急に上品になれるわけなどない。
さらにそこへ、第4艦隊のペトルリーク中将からの通信が入る。
「閣下!クロウダ閣下!ペトルリーク中将閣下から直接通信です!」
なんだ、こんな時に……いや、このタイミングは、我々への出撃命令だ。そうに違いない。私はそう思い、通信機の前に立つ。
だがその内容は、極めて不可解なものだった。
『クロウダ准将!なぜ、命令を守らないのか!?』
一瞬、言葉を失う。が、気を取り直し、中将閣下に尋ねる。
「……あの、命令とは、出撃禁止令のことでしょうか?」
『当然だ!今はまだ、打って出る時ではない!そう言ったはずだ!』
「ペトルリーク閣下、我々は出撃などしておりません。今もまだ、第21基地内に依然、待機中です」
『そんなはずあるか!では、今、敵の艦隊の前にいるあの砲艦10隻は、なんだというのか!?』
なんだって?砲艦?どうしてそんなものが、この宙域に?
だが、それを聞いた私はふと思い出す。
「閣下!もしやその砲艦とは、全長450メルテの、灰色の艦ではありませんか!?」
この私の問いかけに、一瞬戸惑う中将閣下。後ろを振り返り、しばらく部下とやり取りしている。
ここから第4艦隊までは、約60万キーメルテは離れており、通信のラグは往復で4秒遅れが生じる。が、それどころではないくらいの時間、中将閣下からの返事が返ってこない。
そしてようやく、ペトルリーク中将から返事が来る。
『……貴官の言う通りだ。その砲艦は、少なくとも全長は400メルテはあり、灰色だと言うことだ』
我がアウストラル共和国軍の船体は、濃い青色で統一されている。グリーグ軍は薄い緑。灰色の船体など、民間船や調査船でも見たことがない。
ただ一例、先日現れた、あの船体を除いて、の話だが。
『ということは、貴官にはその砲艦に、心当たりがあるというのか?』
ペトルリーク中将の問いに、私は応える。
「先日、帰投中の我々の近くに、奇妙な砲艦の目撃、およびおかしなメッセージの電波が受信されました。その砲艦は突如現れ、そして我々の常識を超える加速で去って行きました。メッセージの方は、内容をそのまま解釈するに、外宇宙からきた連中だと自称しております。」
それから4秒待つが、返事が返ってこない。通信ラグ以上の沈黙が続く。
『……つまり、異星人とでも言うのか?』
「はっ!そう言うことになります!」
それから8秒ほど、また沈黙が続く。ようやく中将閣下からの返事が返ってくる。
『……馬鹿げた話だが、どうやらあれは今、グリーグ軍と対峙しているらしい。となれば、グリーグ軍のものではない。かと言って、我々のものでもない。外宇宙から来たものだというのが、現状もっとも合理的な解釈、ということか』
「はっ!閣下の認識を、小官も支持いたします!」
『だが、それはそれで、どうするべきなのか……もしかして我々は、グリーグ軍の他に、異星人とも戦わねばならないのか?』
ただでさえ、味方の危機を迎えつつあるこの状況下で、さらに異星人の艦隊まで現れた。指揮官の苦悩が、痛いほど伝わってくる。
『ともかく、貴官の艦隊は引き続き待機だ。幸いなことに、その異星人の艦隊が敵を足止めしている。出撃のタイミングとなれば、すぐに打電する』
「はっ!了解致しました!」
私がそう応えると、通信が切れる。再び私は、モニターの方に戻る。
「敵艦隊の動きは?」
「はっ!依然、集結中!それから、ペトルリーク中将が言われていた、その10隻の砲艦をこちらでも捉えました!」
そう言いながら、ツィブルカ大佐は画面を切り替える。不鮮明な画像が、そこに映される。
ぼやけてはいるが、確かにあれは、以前見たあの砲艦だ。灰色で、異様に長い船体。それが、敵艦隊前方約30万キーメルテのところで、横一線に並んでいる。
いつのまに、こんなところに現れたんだ?ともかく敵は、以前遭遇した我々の砲艦と勘違いして、慌てて集結しつつあるようだ。
それにしても、あれだけの砲身なら、我々同様、27万キーメルテは届くのではないか?その手前で止まっているあたり、まるでグリーグ軍の艦隊を牽制しているかのようだ。
だが、なぜそんなことをする必要があるのか?実に、不可解だ。
本当にあれが異星人だとして、何の目的でここにいる?今のところ、攻撃をするでもなく、かといって、あのように砲艦を配置している以上、あのように砲艦を配置している以上、攻撃しないつもりでもなさそうだ。
どれくらいの威力があるのかは分からないが、我々の砲艦と同等以上と考えてまず間違いないだろう。攻撃されたら、ひとたまりもない。
にも関わらず、攻撃をしてこないところを見ると、どうやら我々を探っているのではないか。こちらのことが不確かな以上、手出しできないということか。そう考えれば、まだ納得いく。
が、そうはいったものの、やはり不自然だ。それならなぜ、我々に代わってグリーグ軍の前に立ちはだかる?まさか、我々に味方してくれているわけでもあるまいし。彼らの狙いは、一体なんだ?
「妙です、砲艦10隻が……消えました!」
そんなことを考えている間に、動きがある。あの砲艦10隻が、突如消えたと言うのだ。
「なんだと!?そんなはずがあるか!」
「いえ、本当に消えたんです!完全にロスト!」
この基地だけじゃない。他の基地のデータリンク上も、あの10隻が消えている。
「観測員からも同様の報告です、姿が見えません」
「そんなバカな……いくら何でも、消えるってことはないだろう」
何が起きたのか、理解できない。全長が450メルテもある大型艦が、瞬時にして消えるなど、ありえない。
が、その直後、信じがたいことが起こる。
「再び、レーダーに感!艦影10!あの砲艦です!」
なんだ、やはりいるじゃないか。いくらなんでも、あれほど大きな物体が消えるなど、ありえない。
「ですが閣下、その位置が異常です!先ほどより20万キーメルテも移動してます!」
「なんだと!?20万キーメルテも、だと!?」
私はモニターを見る。確かに、さっきとは違う位置に光点がある。
しかもその位置は、敵艦隊が転進し、別の基地へと移動しようとしたその進路上だ。
どうして、そんな芸当ができる?
「そういえばあれは、SFではよくある、ワープと言うやつじゃないのか?」
私の言葉に、ツィブルカ大佐は応える。
「にわかには信じがたいことですが……あれを見せつけられてしまうと……」
この瞬間、確信する。あれは間違いなく、異星人だ。
あれほど短時間、ほぼ一瞬で、20万キーメルテも移動するなど、不可能だ。しかも、まったくその移動の素振りも見せていない。
とんでもないやつらだ。我々はそう、確信する。
だが、なおのこと、疑問は募る。なぜ、我々の味方をするような振る舞いをしている?
我々以上に動揺しているのは、おそらくグリーグ軍だ。転進した途端、その鼻っ面に艦隊が現れた。艦列が乱れ始めている。
再び艦列を整え、また移動を始めるグリーグ軍の艦隊800隻。しかし、再び10隻の砲艦が消える。
「砲艦、再びロスト!」
だが、またしても彼らの進路上に現れた。今度は、10万キーメルテ先。
どう考えてもあれは、ワープというやつだな。空想上の物理現象が、今、我々の目の前で起きている。
だがやつら、攻撃するつもりはないようだ。あれほどの技術を持っているならば、砲撃して離脱することも可能だ。にも関わらず、砲撃を加えるつもりもないらしい。
まるで悪戯されている気分だな。もっとも、それを仕掛けられているのはグリーグ軍だが、遠く離れた我々にも見せつけているような気がする。我々には、これだけの技術がある。あの10隻は、そうアピールしているように思えてならない。
何だか急に、あの異星人どもに砲撃を加えてやりたくなったな。また、壁を殴りそうだ。だが、あまり殴るとまたラウラ……グジェルコパー中尉に後で責められる。ともかく今は、ここでじっと時を待つしかない。
◇◇◇
「見事だな、メルシエ隊の強行偵察隊は」
僕は陣形図を見つつ、そう呟く。
「にしても、この宙域に都合よく、ワームホール帯があったものだな。あれほど見事に艦隊の鼻っ面にワープするとは」
「いえ、提督。あれはワープではないですよ」
「……そうなのか?だけど、一瞬で移動しているぞ?」
「あれは『ニンジャ』を使ってるんです」
「……意味が分からんな。『ニンジャ』を使うと、どうして瞬間移動できるんだ?」
「いえ、移動しているんじゃないんです。あれはメルシエ隊200隻が、そう見せかけているだけです」
「どういうことだ?」
「簡単ですよ。10隻づつ20隊に分かれた戦隊が『ニンジャ』を使ってレーダー探知を避けつつ、艦隊の周りをぐるりと取り囲む。進路を変えたら、その進路上の10隻は再び『ニンジャ』にて身を隠し移動し、新たな進路上に近い別の10隻が『ニンジャ』を解除して現れる。そうすると、あたかも瞬間移動したかのような錯覚に陥るというわけです」
「あ……なるほど、そういうことか」
メルシエ准将め、艦隊総出で壮大な手品を仕掛けているのか。そんな大胆な芸に、この宙域の艦隊だけでなく僕自身も騙されてしまった。
「ニンジャ」を使っても、レーダーから消えるだけで、光学観測すればその姿は確認できてしまう。が、レーダーに映らない艦を光学観測することは至難の業だ。少しでも移動されたら、あっという間に見失う。だから、「ニンジャ」を使った艦は、あたかも消えたように見える。
が、そんな芸当を仕掛ける理由なんてあるのか?別に普通に移動してもらっても、一向に構わない気がするが。それにもはや「偵察」ではない。本来の目的を忘れ、単なる牽制をしているだけに見える。
「それにしても、もう一方の陣営の1000隻の艦隊が、集結しつつありますね」
「そうだな。メルシエ隊に翻弄されてもたもたしているうちに、あの800隻の艦隊はもう一方の艦隊と対峙することになりそうだな」
「まずいですね」
「そうだな、状況としては、よくない」
できればこのまま、800隻が撤退してくれるといいんだが、その動きを見ていると、期待通りにはいかなさそうだ。徐々にではあるが、この惑星の低軌道上にある小衛星帯へと近づきつつある。
そういえば先日の戦いでも、一方があれを盾にして戦っていたな。小衛星帯を頼みに、戦いを続けようとしているのだろう。
と、いうことはだ。あの小衛星帯がある限り、戦闘は膠着状態に陥ってしまい、我々が介入するのが困難になりかねない。
と、いうことはだ。あれがなくなれば、この宙域での戦闘を回避できるのではないか?
「ジラティワット少佐」
「はっ!」
「あの小衛星帯を、破壊した方が良いと、そう思わないか?」
「えっ!?あのリング状の小衛星帯を、破壊するのですか!?」
「一方が、あれに潜り込もうとしている。我々があの戦闘を阻止し、どちらかと接触しようとするのに、小衛星帯を潜り込まれることはそれを困難にしかねない。僕はそう思うが、少佐はどうだ?」
「仰る通りかと」
「と、いうことはだ、あれを破壊すれば、まずはこの宙域での戦闘を容易に阻止できる。あれに頼ろうとしている艦隊は、戦線を離脱するしかないだろう」
ジラティワット少佐は、少し考える。そして、応える。
「……ひとつだけ、懸念があります」
「なんだ?」
「我々の存在が、おおっぴらになります。わざわざメルシエ隊に小細工を仕掛けてもらい、チラ見せで抑えているのに、ここで出しゃばることは、やや刺激が大き過ぎやしませんか?」
なるほど、今やってることと、矛盾すると言いたいのか。だが、僕は反論する。
「いや、過去に宇宙艦隊との接触を行ったという事例について、交渉官殿から聞かされた。その時は、敢えて大胆な行動に出たことが、かえって事態を進展させ、結果良い方向に向かったと話していた。まさに今、あの両者は激突寸前だ。ならば敢えて、ここは大胆に動くべき時ではないか?」
すると、横で黙って聞いていたヴァルモーテン少尉が、口を開く。
「動くこと、雷霆の如し!まさに今、動くべき時です、提督!」
それを聞いた少佐も、うなずく。僕の意は、決した。
「では、これより第8艦隊は、全艦を挙げてあの両者の戦闘行動阻止に向かうこととする。メルシエ隊に、強行偵察の作戦中止を打電、我々と合流せよ、と」
「はっ!」
「それからヴァルモーテン少尉、ステアーズ隊は戦艦キヨスを伴い、後方200万キロで待機せよと伝えよ。万一、この惑星の、さらに外にある小惑星帯に接近しようとするかもしれない。その際の牽制のための待機だ」
「了解しました!」
「よし、艦隊、前進!」
ステアーズ隊200隻を除く、残りの600隻を、僕は前進させる。2000隻近いこの宙域の2つの勢力の衝突を、回避できるか?そして我々は、接触を果たせるのか?僕は敢えて、大胆な行動に出ることに決意する。




