#175 強行偵察
「いやあ、メイプルシロップの補給に手間取りまして!」
にこやかに応えるステアーズ准将を前に、僕は苛立ちというより、呆れ果てるしかなかった。ここまで到着が遅れた理由が、まさか本当に予想通りの理由だったとは……
「……というのは冗談でして」
「えっ!?今の、冗談だったの!?」
「あれぇ?ヤブミ提督、まさか本気にしたんですか?」
カナディアン・ジョークは、僕には理解できそうにない。マリカ中尉ではないが、ブリティッシュ・ジョークとパリコレ文化が融合すると、これほど強力なオヤジギャグセンスにまで昇華されるとは、僕自身、身をもって知らされ……いや、そんなことはどうでもいい。
「実はですね、途中、連盟軍に遭遇したんです」
「なんだと?連盟軍に?」
「ええ、ただ、相手も200隻と互角だったため、すぐに迎撃態勢に移りまして」
なんだ、戦闘があったのか。そりゃあ遅れるわな。
「そういえば、ここに例の10人の射手が訓練のため、乗艦していたはずだが」
「その彼女らですが、その時は我が戦隊の10隻に乗艦しておりまして……」
「駆逐艦に乗っていたのか。で、まさかそのまま実戦投入したというわけではないだろうな?」
「ええ、投入しました。せっかくの機会ですし」
「なんだ、投入してしまったのか……で、どうだった?」
「予想通り、ですよ」
「予想通りとはつまり、そういうことか?」
「命中率100パーセント。全員、カテリーナ級の実力者でした」
そうだろうとは思っていたが、まさか本当に10人のカテリーナ並みの射手だったとは、その事実に直面しても信じられない。
で、10分間の戦闘を行い、14隻撃沈。早々に敵は撤退したと、ステアーズ准将は語る。なお、味方の損害はゼロだった。
「で、提督。一つ相談があるのですが」
「なんだ?」
「このまま、あの10人の射手を、我が戦隊にそのまま留めてもらっても、よろしいですか?」
「いや、あの10人は他の戦隊にも分散して……」
「他の戦隊には、特殊砲艦に新型機関があるではありませんか。我が戦隊は、従来砲に従来機関。せめて、命中率のアドバンテージがないと、この艦隊で我々は埋もれかねません!」
急に熱心に訴え始めたな。やはりその一戦が、よほど強烈だったのだろう。僕は少し、考える。
冷静になって考えてみれば、ステアーズ隊は全長300メートルの従来艦だらけだ。戦艦キヨスを護衛するという目的のためにある戦隊ではある。が、それだけではもったいない。
ステアーズ准将の守勢の強みに、あの10人の射手を組み合わせれば、まさに鉄壁の戦隊となる。攻撃力と機動性だけがウリの我が艦隊に、強力な守りの集団が控えていれば、戦術に幅が広がるのでは?
「了解した。あの10人、貴官に任せよう」
「ありがとうございます、ヤブミ提督。ではお礼に、メイプルシロップ漬けの手羽先などいかがですか?」
満面の笑みで応えるステアーズ准将だが、やはり僕には、このカナディアン・ジョークにはついていけない。
「おう、やっと出てきたか」
司令官室の外では、レティシアとリーナが待っていてくれた。レティシアが、僕の手を握る。
「なんだ、他の皆と一緒じゃなかったのか?」
「いや、おめえだけ置いて行けねえからな」
と、レティシアは言うが、よくリーナもここに止まったな。あの食欲を、どう抑えたと言うのか?
だが、その答えはあの独特の甘い香りとともに判明する。
「ほう!はふひほほ!」
なんだ、やっぱり何か食っていたのか……甘い香りを拡散しながら、メイプルシロップ漬けのワッフルを食べていた。しかし、この艦橋にどうしてそんなものが?
ふと通路の奥を見れば、そのワッフルを売る簡易店舗が見える。ワッフルだけでなく、シロップ漬けのプリンに、紅茶まで売られていた。なんてことだ、艦橋にまであんな店を……ステアーズ准将め、この艦を本当にメイプルシロップ漬けにするつもりか?僕は頭を抱える。
ともかく、街に出よう。軍務ばかりで疲れた。その店の前を横切り、通路奥にあるエレベーターへと向かう。
「おや?ヤブミ少将ではないですか?」
と、そこで待つ人物に、声をかけられる。が、その人物に、僕はまったく面識がない。
「あの……どちら様で?」
「ああ、そういえば、顔を合わせるのは初めてですな。私は、このほど地球001統合政府より派遣された、交渉官のヨシオカと申します」
えっ?交渉官だったの?そういえば、そういう風格の人物だ。僕は敬礼する。
「あの、僕……いや、小官はこの艦隊を預かる、ヤブミ少将であります!」
「ええ、存じておりますよ。で、両脇にいらっしゃるのは、噂の2人の奥様ですね」
「は、はぁ……」
そんなことまで、交渉官に伝わっているのか。別に隠しているわけではないが、油断ならないな。僕は、苦笑するしかない。
「はっはっはっ!実は貴殿のことを、フタバ殿から聞いていたのですよ」
「えっ!?フタバから!?」
「ええ、なにせ先の地球1019でも、私も派遣されてましたからな」
そこで驚きの事実を知る。なんとこの交渉官、フタバのことを知っていた。僕は尋ねる。
「あの……フタバとはどういう……」
「そのあたりの話は、下の街に向かいながらお話しいたしましょう」
と、交渉官殿が言うので、我々3人と交渉官殿は、やってきたエレベーターに乗り込む。
「へぇ、それじゃあんた、フタバと一緒に、隣の大陸で?」
「そうですよ。バルサム殿も一緒でしたな」
「ということは、いくつかの国との交渉をなされたのか?」
「そうですね。リーナさんの故郷であるフィルディランド皇国にも、実は少しかかわったのですよ」
「なんと、我がフィルディランド皇国にも!」
エレベーター内では、レティシアとリーナと談笑に耽るヨシオカ交渉官殿。だが僕は、それ以上にフタバがこの交渉官殿に何を吹き込んでいたのかが、気になって仕方がない。
「あの、交渉官殿……」
「あ、ヤブミ殿、着きましたぞ」
話を切り出そうとした途端、エレベーターは到着する。レティシアとリーナに先導されて降りるヨシオカ交渉官殿。
「えっ?私がフタバ殿から、ヤブミ殿について何を聞いていたか、ですか?」
「ええ、ちょっと気になるもので……」
「そうですな、確か……そうそう、自慢の兄貴だと言ってましたな」
交渉官殿から、意外な言葉が飛び出した。僕は尋ねる。
「あの、普段は馬鹿兄貴と言っているんですが……本当にそんなことを?」
「ええ、2人も奥さん抱えて大変だけど、2人の奥さんを抱えられるだけの度量と甲斐性はあると、よく申してましたな」
「あ、あはは、そうですか……」
なんだ、フタバのやつ、裏ではそんなことを言っていたのか。なんだかむず痒い感覚を覚える。
「ところでヤブミ少将殿。この星の人とはまだ、接触できていないのですか?」
などと浮かれていたら、ヨシオカ交渉官殿が本題を切り出してきた。
「え、ええ……これがちょっと、難航しておりまして」
「はぁ、そういえばここは、宇宙艦艇を保有するかなり進んだ文明だとか」
「ええ、しかも砲艦をまで備えた文明だということで、今は様子見をしているところなのです」
などと話しながら街に入る。結局、フードコートに入り、そのままヨシオカ交渉官殿と食事をご一緒することとなる。
「はぁ、そうなのですか。ヨシオカ殿は、ギフの出身で?」
「ええ、ですからナゴヤからは、ほど近いところにおりまして」
と言いながら、ヨシオカ交渉官殿が食べているのは、ニンニクやニラ、もやしがたっぷり乗った、見た目も辛そうなラーメン。だがそれは、タイワンラーメンではない。
ベトコンラーメン。ギフからナゴヤ付近にかけてよく見かけるラーメンだ。辛いが、疲労回復にうってつけのラーメンということで、昔から親しまれている。
一応、名前の由来は「ベストコンディション・ラーメン」を縮めたものだとされているが、実際には……これ以上は、ベトナム出身のグエン少尉の前では言えないな。
が、正直言って、あまり健康に良いとは言えない具材であふれかえるラーメン。量が多く、おまけにタイワンラーメンとは違う辛さがある。僕にはとても食べきれない。
しかし、リーナが興味を示し、ベトコンラーメンにトライしている。熱い汁にふーふーと息を吹きかけながら、それを食べるリーナ。
「ところで、交渉官殿。今回のこの星のようなケースというのは、過去に前例はないのですか?」
接触に手間取っている僕は、思い切って交渉官殿に尋ねてみた。丸ごとニンニクをかじりながら、ヨシオカ交渉官殿は応える。
「あるには、ありますな。つい数年前にも、宇宙艦隊を有する星との接触を行ったところがありますぞ」
「えっ!?そうなのですか!で、どうやって接触したのです?」
「それが、かなり特殊なやり方でして……なんでも、あちらが攻撃を仕掛けてきたところで、その艦隊のど真ん中に、旗艦一隻で飛び込んでいったそうです」
「えっ?艦隊に飛び込んだ?いや、それでは、集中砲火を受けるのでは?」
「いえ、それが、あちらの幕僚が優秀な人物でして、その行動を受けて攻撃を中止させ、なんとその旗艦に乗り込んできたそうです」
ものすごい偶然に頼った接触の仕方だな。どういうやりとりがあったのかは知らないが、まさに運がよかったとしか言いようがない。
「もっとも、そこに至るまで様々な接触を試み、その結果、為しえた接触なので、あまり参考にはならないでしょう」
「ええ、そう思います」
「とはいえ、思い切って行動するときを見極めることが大事、という教訓でもあります。そういうことは、ヤブミ少将殿はお得意でしょう?」
「え、あ、いや、それほどではないかと……」
なんだか変な期待をされているな、僕は。
で、僕は交渉官殿のベトコンラーメンにつられて、タイワンラーメンを食べていたが、レティシアまでベトコンラーメンにチャレンジしている。が、タイワンラーメンとは辛さの方向が違うため、さすがのレティシアも苦戦している。
と、そこで僕は急に、あることに気づく。
「おい、レティシア!」
「な、なんでぇ、急に大声出してよ」
「そういえば、ボランレはどうした!?」
そうだ。さっきから何か足りないと思っていたが、ボランレがいない。まさか、艦内に置き去りにしてしまったのか?
「ああ、ボランレなら、預けたぜ」
「預けたって……誰に?」
「ヘインズ中尉だ」
「へ、ヘインズ中尉?ええと確か、機関科のか?」
「そうだよ。そいつ、艦を降りる直前に、ボランレを誘ってたんだよ」
「まさか、レティシアが相談を受けたあの3人の一人か?」
「まあな。で、ヘインズ中尉はようやく決心して、声をかけてきたぜ。でよ、ボランレのやつも、ふぎゃふぎゃ言いながらついていったんだ」
そうか、ボランレにもついに……うまく実るといいんだがな。
だが、そうなるとヴァルモーテン少尉だけが浮くな。あれにも誰か、貰い手……じゃない、相手役が現れないものか?
そんな感じに、ヨシオカ交渉官殿とレティシア、リーナでなぜか辛いラーメンシリーズを食していたのだが、僕のスマホが鳴り出す。
「ヤブミだ」
『ああ、ヤブミ提督。至急、艦橋にお越しください』
「何か、あったのか?」
『ええ、第4惑星付近で、新たな動きがあると、哨戒艦から連絡が……』
それは戦艦キヨスに乗艦する、ステアーズ准将の幕僚を務めるシュレーゲル大尉からだ。それを聞いて僕は、席を立ちあがる。
「なんでぇ、カズキ。呼び出されたのか?」
「ああ、どうやらこの星の艦隊に、何か動きがあったらしい」
「ちぇ、なんでぇ。もうデートはおしまいかよ」
「まだ補給中だから、すぐには出港できない。が、僕は戻る。レティシアとリーナ、それに交渉官殿、僕は席を外します」
「うむ、承知した」
僕はこの3人にそう告げると、急いで艦橋へと向かう。
「どうした?何が起きている?」
「ヤブミ少将。こちらを」
「これは……」
戦艦キヨスの艦橋内に設置された大型のモニターには、あの第4惑星付近の艦隊の動きが示されている。そこにあったのは、全部で2000隻もの艦艇の配置だ。
「急に数が増えたな。何が起きている?」
「すでに一度、戦闘が起きているようです。が、その戦闘の隙に、一方の陣営の艦艇がこの惑星に侵入を果たしたようです」
「それが、こっちの400隻の艦隊か」
「さらに後続の400隻、そして、一旦敗走したこの少数の艦艇が引き返し、約1000隻の艦隊として集結しつつあるようです」
「もう一方の陣営は?」
「はっ、500隻の艦隊はすぐさま引き返しております。が、こちらの500隻の動きは鈍く、ようやく先ほど、集結に向けて動き出したところのようです」
何やら大きな戦いが始まる気配がするな。僕は陣形図を眺めながら、そう直感する。
「遅れました!」
と、そこにジラティワット少佐も現れる。少佐はその陣形図を一目見ると、すぐにこう尋ねてくる。
「いよいよ、2つの陣営がぶつかるのですか?」
「ああ、そうらしい」
「ですがこの動き、前回までとは違いますね」
「……そうか?単に数が多いだけではないか?」
「いえ、惑星表面がねらいではなさそうです。外側の軌道に集結してますし、おそらくは軌道上にある何かを狙っていると思われます」
こういう鋭い洞察力が、ジラティワット少佐の強みだ。ダニエラあたりに言わせれば、これも賜物の一種なのだろう。
「だが、その位置に何があるというんだ?」
「そういえば、あの砲艦が帰投した基地がありました。同様の基地が、あちこちに点在しているようですので、もしかするとそれが狙いかと」
「そうだな、それは考えられる」
だが、もしその軌道上にある何かが狙いだとすれば、守勢側のもう一方の陣営側が明らかに不利だ。何せその宙域には、今のところ一隻の艦艇も見当たらない。
このまま放置すれば、多大な犠牲が出るだろう。我々の立場としては、これを止めなければならない。
「さて、我々は当然、この戦いを止めなきゃならないだろうが」
「そうですね」
「問題は、どうやって止める?」
手っ取り早いのは、我々が艦隊ごと突入し、相手の意表を突く。全部で1000隻、あちらもそれぞれ1000隻づつ。数的には、十分過ぎる艦艇数はある。
が、その場合は我々自身を危険に晒すことになりかねない。あちら側が撃ってきても、我々は防御兵器で防ぐほかない。しかしそれが、あの10隻の砲艦であったなら……正面以外であれを食らえば、我々とて、無事では済まない。
僕が結論を出しかねていると、ジラティワット少佐が僕に、こう進言する。
「ヤブミ提督。ここは、強行偵察隊を出されてはいかがでしょう?」
妙な進言をする少佐に、僕は確認する。
「ジラティワット少佐、我々は戦闘を止めることが目的であって、偵察では……」
「ええ、分かってます。ですが今、我々の艦隊の稼働可能な数百隻が出しゃばれば、やや刺激が強すぎるでしょう。ですがそれが、10隻程度ならばどうですか?」
「……奇妙なやつが現れたと、警戒されるだろうな」
「そうです、それ自体が牽制になるのではないかと。加えて、彼らを知ることにもなります。なればこそ、強行偵察なのです」
多数で乗り込めばやり過ぎだが、少数ならば……その意見は、至極もっともだ。ついでに、彼らを探ることにもなる。一石二鳥。僕はこのアイデアに乗った。
「だが、どの隊からその10隻を出す?」
「メルシエ隊は、どうでしょう?」
「メルシエ准将麾下の隊か……でも、なぜ?」
「メルシエ准将は、錯視のようなものを利用する戦術を得意としているようです。それがなんらか、活かせるのではありませんか?」
「うーん、そうだな……少佐の意見に賛同する。直ちにメルシエ准将に連絡を」
「はっ!」
随分と丸投げ感のある発言だが、ジラティワット少佐の言にも一理ある。僕は少佐の意見を受けて、メルシエ隊に強行偵察を任せることにする。
「とはいえ、大規模戦闘が起これば、それを阻止する必要が出てくるだろう。我々も出来る限り早めに出撃し、これに備える」
「はっ!」
緊張度増すこの宙域に、我々もついに出撃することになる。彼らの戦闘行動を止めつつ、彼らとの接触を果たす。2つの目的をいっぺんに果たすべく、我々は動き始める。




