#174 撃ち合い
「いえ、この方が緊張感があってよろしいかと……」
「こんなメッセージでは、余計な緊張感しか与えないだろう!何を考えている!」
「かつてニホンで起きた二・二六事件では、ラジオを通じてこのようなメッセージを流すことで、1400名に及ぶ兵士らの投降を促し、事件を解決に導いたと……」
「いや、だから、投降を促してどうする!」
案の定、問題だらけのメッセージを垂れ流していた。およそ3時間、この無茶苦茶な文面の音声がたれ流されていた。それを知った僕は、ヴァルモーテン少尉を呼びつけて、叱責しているところだ。
ともかくこれで、メッセージ作戦は失敗だ。これを聞いたらこの宙域の人々は、宇宙人から恫喝されていると勘違いしているに違いない。この件、ジラティワット少佐に任せればよかったか。今にして後悔している。
「はぁ……」
「なんでぇ、元気ねえな、どうしたカズキ?」
食堂で、レティシアに指摘される。
「そういう時は、ニンニクというものを食べると良いと聞いたぞ」
「それは確かに元気の出るものですが、どちらかというと下半身側を元気にするだけではありませんか?」
リーナとマリカ中尉が、珍しく向かい合って座っている。この2人、あまり仲が良いという認識はないが、このところずっとこの宙域で停滞中で、話題もなく、話し相手を求めた結果、こういう関係が築かれたのではないか?そう推測される。
「いやあ、なかなか良い作戦だと思ったのですけどねぇ。なによりも、緊張感がありますから」
「そうだったのですか?ではなぜ、ヤブミ様はそのように素晴らしいメッセージをお止めになられたのでしょう?」
食堂の奥では、こちらも珍しくヴァルモーテン少尉とダニエラが向かい合って話している。あの話を聞く限りでは、ヴァルモーテン少尉はまったく反省はしていないらしい。
「う、うみゃ〜っ!けど、なんだか、ねばねばするよぅ」
「……大丈夫、慣れたら、なんてこと、ない」
一方で、カテリーナとボランレが隣同士に座っている。どうやらカテリーナのやつ、ボランレに納豆ご飯を勧めているようだ。スプーンでその粘り気と格闘するボランレを横目に、自身も納豆ご飯をたしなむ。
「変態提督!こっち見ないでください!」
「そうだ!見るな!」
で、その隣には、グエン少尉とザハラーがいる。これも、今まで見たことのない組み合わせだな。そういえば最近、ザハラーの能力を使う場面がない。魔物の隠れ蓑である瘴気を追っ払って以来、ただの胃袋乗員と化している。
「そうだ少佐。ザハラーのあの力を使って、彼らの前に現れたらどうだろうか?」
「それはただ、騒然とさせるだけではありませんか?なにせ肉眼では見えない直径1キロの巨大物体がレーダーに現れるんですから」
「そうだよなぁ……」
未だこの星の人々との接触叶わず、ただ無為に時間を浪費し続けている。くだらないアイデアをいくつも思いついては、ジラティワット少佐に否定され続けている。いったい、どうやって彼らと穏便な接触を果たせば良いのだろうか?
「そういえば、そろそろ補給を考えないといけないな」
「はい。なんだかんだと、物資が減り始めてますからね。特に食糧が……」
ジラティワット少佐は、横で食事を続けるリーナやカテリーナ、ザハラーの方を見て、そう呟く。ちょっと時間を浪費し過ぎた。なんらかの光明を見出したいところだ。
と、そこに、通信士から連絡が入る。
『提督!戦艦キヨスより通信です!』
それを聞いて、僕はガバッと起き上がる。
「ステアーズ准将からか!?」
『はっ!つい先ほど、この宙域に到着したそうです。距離、230万キロ!』
「分かった。艦橋に戻る」
ようやく、ステアーズ准将率いる200隻の艦艇と、補給の要が現れた。交渉官も同乗しているはずだ。僕はステアーズ准将と連絡するため、艦橋に向かう。
◇◇◇
「なんだと!グリーグ軍に動きが!?」
「はっ!2個艦隊以上が、ここガイアに向けて進発したらしいとのことです!」
「そうか」
ツィブルカ大佐からの報告だ。いつになく、大部隊が押し寄せようとしている。2個艦隊ということは、総数1000隻。それだけの敵艦艇が同時に動くなど、聞いたことがない。
「当然、味方も動いているのだろうな?」
「はっ!第1艦隊、第4艦隊がこれを迎え撃つべく、航路上を待ち伏せしております」
「そうか、だがそれでは、いつものようにかわされてしまうだろうな……」
広い宇宙、この大型惑星ガイアの周辺で、待ち伏せなどするだけ無駄だ。結局は回り込まれて、小衛星帯に突入される。で、そこで撃ち合いをやった後に惑星表面に取り憑かれ、やつらに貴重資源を掠め取られる。
もっとも、資源そのものは無尽蔵とも言える量だ。取られたくらいでなんら問題はない。この戦いは、その資源を我々アウストラル共和国が独占できるかどうかの戦いである。すなわち、我が共和国がこの星での支配力を維持するためにやってることに過ぎない。
すでに多数の基地を持ち、この惑星の制宙権を保有する我々に対して、無謀にも戦いを挑んできたグリーグ帝国を排除することが、この戦い最大の目的だ。
が、すでにここ数年の戦闘で、我々はやつらに敗北を続けた。その結果、この宙域の支配すら危うくなる。この大艦隊の派遣は、我々に引導を渡すべく動いている可能性が高い。
「出撃の好機だな。我々も、出撃準備だ」
「それが、閣下……実は、ペトルリーク中将から、出撃禁止を命じられてます」
「なんだと!?」
意外な一言が、副官からもたらされる。当然、私は聞き返す。
「それは本当か!?なぜ、この大戦果を得られる好機に、我が艦隊の出撃を禁じるのだ!?」
「クロウダ閣下の気持ちは分かります。ですが、相手が大艦隊なればこその決断です」
「意味が分からないな。大艦隊ならば、なおのことではないか!」
「我々の艦艇は、足が遅い。もし敵の大艦隊がこの10隻に向かってくれば、たちまちにして取り囲まれ、全滅する。そうなれば、我々は二度と砲艦を作ることはなくなってしまう。だから今はまだ、出撃するな、との中将閣下からの伝言です」
なんということだ。千載一遇のチャンスを、全滅の危機を前に回避せざるを得ないとは。
だが、ペトルリーク中将のお考えだ。逆らうわけにはいかない。この小隊はそもそも第4艦隊の所属である。それだけではない、あの方がいなければ、この砲艦構想そのものが実現できなかった。そのお方の命令を、無視することはできない。
危うく、壁を殴りそうになる。が、今度ばかりは堪えるべきだ。でなければ、ペトルリーク中将の名を汚すことになりかねない。
「総員、発進準備!」
「クロウダ准将閣下!それでは……」
「いや、発進はしない。ただし、味方が壊滅的危機に陥ったり、あるいはこの間のように、敵に抜け駆けされたりした時の備えだ。それまではご命令通り、ここに待機する」
「はっ!」
とはいえ、軍人としての責務は果たさねばならない。いざという時のため、我々は発進準備を整える。
「総員、乗艦せよ!」
この命令を受け、基地内が慌ただしくなってきた。私も旗艦である501番艦へと向かう。
◇◇◇
「これより駆逐艦0001号艦、および僚艦は補給のため、当星系の第6惑星軌道上まで後退する」
「はっ!」
戦艦キヨスの進宙に合わせて、補給に向かうことになった。僕は、司令官席に座る。
やれやれ、この狭い駆逐艦内での生活ばかりでいい加減、飽き飽きしてきたところだ。やっと広い場所に立ち寄れる……駆逐艦0001号艦は僚艦100隻と共に、戦艦キヨスへと向かう。
「おう、やっと戦艦へ出向くのか。楽しみだなぁ」
「そうだな、私は真っ先に、味噌カツ定食が食べたい」
「妾は、きつねうどんだよぅ!」
「なんだおめえ、きつねうどんなら、ここでも食べられるじゃねえか。」
「ふぎゃあ!あっちのは、味がちがうんだよぅ!」
「まったく、バカ犬のくせに油揚げばかり食べたのでは、犬ではなくてキツネではありませんか。これからは、バカギツネと呼んだ方がよいのでは?」
「そういうジャーマンポテト少尉だって、またあの卑猥なソーセージ詰め合わせをガツガツと下品にいただくのでしょう?」
「これはこれはイタリアン・ジェラート中尉殿。そんな貴方様も、イタリアかぶれなピザを『ピッツァ』などと発音しにくい言葉で呼んでマウントを取るためだけに、マルゲリータあたりをご注文なさるのではありませんか?」
「……納豆、食べる」
「手羽先!」
「プロテイン・ランチ!」
「やれやれ、相変わらず賑やかですね、ここは」
……どうして急に、この狭い艦橋に、こんなに人が集まってきたのだ?よほど暇なんだな。
「おい、レティシア。食堂か自室で待機してくれればいいだろう」
「みんな暇過ぎて、居ても立ってもいられねえんだよ。戦艦キヨスなんて、久しぶりだからな」
「そうだな、あそこは名前の通り、ナゴヤの食い物が多い。木刀を振っている間に、辿り着かないものかな?」
「いえ、リーナさん、それは分かりませんわ。なにせ今、あの船の艦長はあのステアーズ准将なのですよ。メイプルシロップ三昧に改造している可能性だってありませわね」
「なんということを……どうしてカナダ野郎は、あんな楓の木の絞り汁が好きなのでしょうか!?」
「ブリカスとおフランス野郎がミックスしたような国ですからね、油断なりませんわ……」
どうして他国の悪口になると、ヴァルモーテン少尉とマリカ中尉は意気投合するんだろうか。同じ地球001の上の国家じゃないか、仲良くやればいいのに。
「ねえマリカ、キヨスに着いたら、どこに行こうか?」
「そうですわねぇ、デネット様!真っ先に下着屋に突入して、それからすぐにホテルへ……」
が、デネット大尉が話しかけるや、マリカ中尉はこの通り変貌する。それを横目で見るヴァルモーテン少尉が、呟く。
「くそっ、リア充め……」
うーん、一見すると似たもの同士に見えるヴァルモーテン少尉とマリカ中尉だが、配偶者がいるかいないかという、決定的な差があるんだよな。この点だけは、ヴァルモーテン少尉は敵わない。
ヴァルモーテン少尉に似合う人物など、いるんだろうか?きっとこの世のどこかにはいるのだろうが、そんな人物と出会う確率が、天文学的確率のような気がしてならない。今のところ、レティシアにボランレへの相談はあっても、ヴァルモーテン少尉への相談は皆無だという。だから少なくともこの艦内には、ヴァルモーテン少尉に関心を抱いている人物はいないと見える。
そんな賑やかな連中を乗せて、我々は戦艦キヨスへと向かう。
◇◇◇
「クロウダ閣下!戦闘が、始まりました!」
突然、通信士が叫ぶ。
「なんだと!?だが敵味方とも、ガイア衛星軌道上には辿り着いていないのではないか」
「はっ!それが、第4艦隊司令官、ペトルリーク中将の読みが当たったようで」
「ペトルリーク提督の読みが、当たった?どういうことだ!」
「どうやら、あらかじめ予測した敵艦隊の侵入経路に、敵の艦隊が現れたとのこと。先行する200隻の艦艇に向けて、第4艦隊500隻が一斉斉射、内40隻を行動不能に陥れたとのことです!」
いきなりの大戦果だな。さすがは、ペトルリーク中将だ。いつも予測外れで逃してばかりの我々アウストラル共和国軍の艦隊だが、今回ばかりは当たりを引いたらしい。
索敵されにくいよう、敵の艦隊は分散して侵入する。だから、一つ一つの艦艇数は少ない。分散した敵を各個撃破できれば、我々にも勝機が見えてくる。
「それ以外の800隻は?」
「はっ、まだ発見できていないようです」
「そうか……たまたま一つを見つけただけ、ということか」
しかし、大多数の敵はまだ見つけられていない。一つの勝利では、手放しに喜べる状況ではない。そうこうしているうちに、残りの800隻に取り憑かれる恐れがある。
最も恐れることは、この惑星の衛星軌道上に展開した、25の基地。これらを破壊されることだ。これがあるからこそ、我々はこのガイア宙域における制宙権を確保できている。そしてまさに、これらの破壊こそが、グリーグ帝国軍の狙いでもある。
今回の大攻勢は、まさしく基地破壊が狙いだろう。いつものように、ただヘリウムを掠め取って帰投するなどという小細工には出ないのではないか。
迫りくる決戦の予感に、基地内で動けない我々には焦燥感が襲いかかる。命令を守り、ここにとどまるべきか、それとも今から打って出るべきか?
「ツィブルカ大佐、貴官はどうするべきだと思うか?」
私は、副官に尋ねる。しばらくこの副官は考え、こう応える。
「戦闘は、動くべき時に動き、動かざるべき時には留まれと言います。動かないことこそ、今は肝要かと」
「そうか……」
この時、この副官がちょっとでも動くべき時だと進言したなら、私はすぐにでも打って出るつもりだった。が、この男から見ても、今は動くべき時ではないと言う。ならば今はやはり、動いてはならないのだろう。
この基地のレーダーは、敵味方共に捉えていない。静かな宇宙だ。かえって気味が悪い。
「全艦に伝達。艦内哨戒、第三配備とする」
「了解。ですが、よろしいので?」
「どう考えても長丁場になりそうだ。今から臨戦体制では、皆の気力が続かない。三交代制のまま、しばらく待つ」
「はっ!」
私は発進準備態勢のまま、その警戒度を緩めた。少なくともレーダー圏内に敵影を捉えていない状態では、緊張感を緩めてやる必要がある。
これこそが、敵の作戦かもしれない。我々の疲弊を誘い、その隙をついて一気に基地壊滅を図る。この第21基地以外の基地にいる味方の艦隊はすべて、出払ってしまったと聞おipnく。
「第4艦隊から入電!敵先行隊、撤退を開始!」
「そうか。では、追撃戦に移行するのか?」
「いえ、このまま別の侵入予測経路へと向かうとのことです」
すでに150隻程度まで減った敵の艦隊を追尾すれば、あるいは大きな戦果につながることになるだろう。第1艦隊のオンデルカ大将ならば、やりかねない。だが、戦いは始まったばかりだ。ペトルリーク中将は、それが分かっているから敗残の敵を追尾しない。
にしても、第1艦隊の方はどうだ?あれだけこちらを役立たず呼ばわりしておきながら、未だ敵の艦隊も見つけられていないじゃないか。その司令官は、味方を多数死なせて、その功で大将に昇進できたと黒い噂が流れるほどの人物だ。肝心な時に、働いてくれない。
いや、それどころか、他の艦隊はどうか?第2艦隊は先の戦いの後、補給のために地球に向かったが、第3艦隊は何をしているんだ?敵がここまで進出し、我々にとって最大の危機を迎えていると言うのに、地球周りに駐留したまま何をしているのか?
基地に引きこもって動けないことほど、イラつくことはない。だが、感情に任せて好機を逃すのも癪だ。おそらく私は今、人生最大の忍耐の時を迎えているのだと悟る。ここが、正念場だ。
それから、5時間ほどが経過する。私も一旦、自室に休憩に入ろうかと考えた、その時だ。
第17基地から、緊急通信が入る。
「第17基地より入電!敵艦隊、捕捉!艦影多数、およそ400!距離、110万キーメルテ!」
ついにこのガイア星域内に、敵の艦隊が現れた。
そしてそれは、厳しい戦いの始まりとなる。