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#172 観察

「さて、まずは把握している現状から、貴官らの意見を伺おう」


 僕は0001号艦の会議室に、第8艦隊司令部一同を集め、こう切り出す。


「決まってますわ!砲撃して前進、それしかありませんわね!」


 マリカ中尉が発言する。が、こいつは軍事に関してはからっきしダメだ。この発言からも分かる。


「これだから、頭でっかちなペスカトーレ中尉殿はダメなのですよ」

「なんですか。ならばジャーマン・ソーセージ少尉には、これを打開できる良い方法があると!?」

「当然です。こういう時は、近接戦闘に限ります。殴り合いを経験した強敵(とも)同士ならば、分かり合えるというではありませんか」


 ヴァルモーテン少尉も、殲滅戦闘ならば得意だが、滅しちゃいけない相手に対しての戦術は、まったく心得ていないようだ。ここは殴っちゃダメだろう、殴っちゃ。


「ならば、私が宇宙に出向いて、接触して参りましょうか?」


 エリアーヌ准尉よ、宇宙空間は、さすがの一等魔女でも、そう簡単には航行できるところではない。


「はぁ……皆さん、もうちょっと現実的な議論はできないのですか?」


 で、最後にジラティワット少佐の苦言で終わる。


「何をおっしゃるのですか、少佐殿!では、どのような策があるというのですか!」

「策がないから相談しているんだろう。とはいえ、それよりはマシな手はあると思うのですが」


 結局、この件は最初からジラティワット少佐と僕だけで話し合うべきだった。それが、このブリーフィングの結論だ。


「ということは少佐、打開策とはいかないまでも、何か手が?」

「はい、しばらくは観察でもいいのですが、こちらから打って出る手は一つだけ、あります」

「なんだそれは?」

「電波を使って、呼びかける。まずはそれをやるべきではないかと」

「……それでは怪しい電波として、切り捨てられないか?」

「どうやら彼らは、あの第4惑星より外には、ほとんど進出していない模様。そこからメッセージを発信すれば、少なくとも彼らは無視できないと思いますよ」


 さすがはジラティワット少佐だな。その通りだ、積極的な手ではないものの、まずはそれで様子を探るというのも手だろう。僕はこの電波発信案を許可する。

 で、そのメッセージを、ヴァルモーテン少尉に考えさせたのだが。


「聞こえますか……私は今、あなた方の受信機に、語りかけています……このメッセージが届いたら、我々の船を、受け入れるのです……」

「おい、ヴァルモーテン少尉」

「はっ!」

「なんだ、今のメッセージは?」

「普通に語りかけたら、外宇宙の言葉だと気づいてもらえないではありませんか。ですから、それとなく工夫しているところです」


 どこが工夫だ。脳内に語りかけてるんじゃないぞ。変なこだわりしか感じられないメッセージだ。真面目にやる気があるのか?僕は不安になる。

 あちらの電波を受信するが、デジタル符号化されていて、こちらの受信機ではまったく複合化できない。せめてアナログな電波でもあればよかったのだが、そういうものは発信されていないらしい。

 仕方がない。気づいてもらうかどうかは分からないが、こっちからアナログ電波を発信するしかない。そこから何らかのメッセージを読み取ってくれたなら、彼らにも動きがあるかもしれない。

 しかし……ふと我に返ると、これは最新鋭艦の艦隊がすることか?別にこの程度のこと、我々でなくても可能だ。特殊砲撃も、最新機関も不要だ。ましてや賜物(レガーロ)持ちなど、まるで役に立たない……

 いや、待て。そうだ、賜物(レガーロ)だ。もしかすると、こういう場面では「神の目」が何かを見出してくれるかもしれない。そういえば今までだって、ダニエラの目は、あの地球(アース)ゼロにつながる(ゲート)や、地球(アース)1019衛星軌道上の岩の艦艇、そしてゴーレム山にあるあのアルゴー船を見出したりできた。ということは今回も、我々の進むべき道を示してくれるのではないか?


「えっ?何か見えないか、ですって?」

「そうだ。神の目で、この宙域にある何かを感じてはいないか?」


 訝しげな顔で、鏡を覗くダニエラ。だが、つれない返事が返ってくる。


「別に、何も。この周辺にいる第8艦隊しか、感じませんわ」

「そ、そうか……」

「だいたいヤブミ様は、(わたくし)の『神の目』を何だと思っているのですか?それほど都合よく、何かが見えるというものではございません!」


 結果、ダニエラを不機嫌にしてしまっただけだったな。結局、得られるものは何もなかった。それはそうだな。ここは謎めいた何かがあるわけではなく、単に宇宙艦艇が数百隻と、それを維持できる文明が存在するだけだ。

 仕方がない。しばらくは、観察と発信に専念しよう。何か動きがあるといいのだが、ついさっき、戦闘が終わったばかりだ。あの砲艦も、それ以外の艦艇も、それぞれ帰投したようだ。

 それにこちらも、まだ戦艦キヨスと、それに随行する200隻の艦艇が到着していない。そろそろ第1艦隊からステアーズ准将が200隻の従来艦を受領し終え、こちらに向かっている頃なのだが……どこかで油を、いや、メイプルシロップでも売ってるのか?


◇◇◇


「おめでとうございます、閣下!」


 窓の外には、ずらりと並んだ砲艦10隻が見える。あの出撃前に、私が訓示を述べたこのこの集会場が、そのまま祝勝会の会場となっている。

 と言っても、小衛星の微弱重量下では、大した贅沢など不可能だ。せいぜい、いつも食べる宇宙食パックを並べて、騒ぐことくらいだ。

 ここにワインでもあれば、それなりに盛り上がるのだろうが、ここは小さな軍事基地、残念なことに、アルコール類は厳禁だ。

 いずれ、正式に地球(アース)にて行われるだろうが、日々の努力がむくわれたこの日この時にどうしてもやっておきたい。


「いや、まさか一撃で複数隻も沈めていたなどとは、まるで予想外でしたな」


 副官のツィブルカ大佐が、手に持ったワインがわりのグレープフルーツジュースのパックを片手に、そばに寄って来る。


「おそらく、同じ小衛星の裏側に2、3隻が固まっていたのだろう。その岩石ごと吹き飛ばしたため、やつらは自身がやられたなどと自覚するまもなく、この世から消えてしまったことだろうな」

「ある意味で、人道的な兵器と言えるかもしれませんな。なんら恐怖を感じることなく、消滅させられる。今までの戦いでは、そうはいかないでしょう」


 人道的か……ある種の残虐行為だという自覚はあるが、人道的などとは思ったことはない。確かに当たれば、恐怖を感じる間もなく消えるというのはその通りだが、その間際までに与える恐怖が、あまりにも大き過ぎる。その恐怖に晒されることは、決して人道的とはいえない。

 むしろ、その恐怖を植え付けることが狙いであって、敵の殲滅は二の次だ。戦いを早く終わらせること、勝利を得ること、これらを為すためには、強力な兵器をもって敵を圧倒することは不可欠だ。

 だが、いずれはグリーグ帝国のやつらも、同等の兵器を手に入れるかもしれない。そうなれば、戦線は再び膠着する。そうなる前に、一定数の砲艦を揃えておく必要がある。

 だが、すでに不穏な雰囲気がある。

 この勝利に、第4艦隊司令長官以外の他艦隊より、勝利に対する通信も電文も来ないことだ。我々は、敵を圧倒したあと歴史的勝利であることは、疑いない。にも関わらず、なんの反応もない。

 これが意味するところは、ただ一つ。我々の勝利を認めたくないか、あるいは嫉妬しているかだ。しばらくは、そういう状況が続くだろうとは思ったが、あまりにも素っ気なさすぎる。

 ならばもう一度、無視できない戦果を挙げてやる。

 そう誓った、直後のことだ。

 私の元に、士官が一人、駆け込んでくる。


「閣下!グロウダ准将閣下!」


 伝令の士官だ。慌てて、どうしたというのか?


「どうした!何があった!?」

「小衛星帯に、敵艦隊発見!総数20!ガイア表面に向け、進撃中!」

「なんだと!?」

「先ほどの艦隊の一部が、小衛星帯に潜んでいた模様です!現在、第1艦隊が追撃中!」


 不意を突かれた。すべての敵艦艇が撤退したものと思い込んでいた。せっかくの勝利に、水を刺された感じだ。


「我が艦隊も出撃する!補給作業は!?」

「ダメです!燃料供給がまだ、終わってません!」

「なんだと……?こんな時に……」


 敵の狡猾な策に、まんまと引っかかってしまった。やつら、大多数の味方を犠牲にして、あの20隻だけを隠し通したのだ。

 潜んでいると分かっていたら、我々の砲撃の餌食にするところだったのだが……完全勝利を得られなかったことが、悔やまれてならない。私はその場にあったテーブルを、殴りつけていた。


◇◇◇


「提督、あの第4惑星周辺で、動きがあります」


 ジラティワット少佐が、僕に報告する。


「動きとは?」

「はっ!500隻の艦隊が、惑星表面付近めがけて移動中です」

「どうして、惑星表面などに……」

「それは分かっておりません。おそらくですが、そこに彼らにとっての敵艦隊の残存兵力でも見つけたのではないでしょうか?」


 ジラティワット少佐が、自身の推測を述べる。おそらくは、彼の言う通りだろう。でなければあれだけの数の艦艇が、高重力惑星の表面付近などに向かうはずがない。彼らの持つ機関では、この惑星近傍で失速すれば重力につかまり、あっという間にガス体の奥底に吸い込まれる。そこまでのリスクを冒さなくてはならない、何かがあるということだ。


「やはり、もう少し近くで観察したいな。哨戒艦を一隻、派遣できないか?」

「はっ!では、0007号艦にその任を担ってもらいましょう。」


 たまたま、我が0001号艦のすぐ脇にいた0007号艦に、偵察任務を与えることになった。ジラティワット少佐の電文を受け、すぐに発進する。

 もしもこの星が、我々の木星紛争時代と同じ争いをしているならば、その惑星表面に向かった艦隊の狙いは大体想像がつく。

 多分、少数の艦艇が惑星表面すれすれに移動しているのだろう。その狙いは、膨大なヘリウムガスだ。

 ヘリウムガスを採取することが、この戦いの最大の狙いであろう。今、移動しているあの艦隊は、それを阻止するために動いているところだと考えられる。

 まったく同じことが、木星でも起こっていた。

 そして、我々が310年前に歩んだその歴史を、彼らはまさに繰り返しているところだ。


「ところで、この惑星には変わった天体があるな」

「はい、ここは木星とは異なるものがありますね」


 木星紛争とよく似た状況だと言ったが、この星にしかない天体がある。それは、この惑星の低軌道上にある。

 第4惑星の周囲を、ぐるりと囲む細いリング。その輪は、小惑星のように細かい岩で構成されている。衛星軌道上だから、小惑星ではなく、小衛星というべきか。


「多分あれは、あの大型惑星に接近し過ぎた衛星が、この惑星の強力な潮汐力でバラバラに破壊されてできたものでしょう」

「この小衛星群にはところどころ、大型の破片も見られるな。先ほどの戦闘も、この衛星群の近傍で行われていた」

「そのようですね。ということは、あれが恰好の隠れ蓑になりそうです。実際、先ほどの戦闘でも、一方の側がその岩陰にいたようですから」


 我々の歴史とは異なる場所、異なる戦い方のようだ。にも関わらず、我々と同じものを生み出している。

 やはり、我々の遺伝子には、砲艦(あれ)を生み出す何かが埋め込まれているのか?

 ということは、この星でも成り行きに任せれば、いずれ特殊砲を生み出すのだろうか?


「0007号艦、惑星表面を捉えました。距離、260万キロ」

「光学映像、映します!」


 と、そこに哨戒任務に就いている0007号艦からの映像が届く。オオシマ艦長含め、司令部数人がその映像に釘付けとなる。


「……明らかに、ヘリウムを採取しているな」

「ええ、思った通りです」

「ただ、彼らの機関では、全速で接近、離脱するしかないようだな」

「プラズマ機関では、それが限界でしょうね」

「にしてもよぅ、なんだかグニャグニャして気持ち悪いところだよぅ」

「うむ……木星というところに、よく似ているな。まるで油彩絵の具で作った渦巻だらけだ」

「ありゃ、まるで魔女の釜みてえだな、おい。俺は魔女だけど、ああいう気持ち悪いのはやだなぁ」


 ……あれ、余計な声が混じっていないか?振り向くとそこには、レティシアにリーナ、ボランレがいる。


「おい、レティシアにリーナ、それにボランレ、ここで何してる?」

「何ってよ、暇なんだよ」

「そうだ。ちっとも船が動かぬから、我らはあちこちうろつくしかないではないか」

「ふぎゃふぎゃ!」


 別に0001号艦が動いていようがいまいが、レティシアはともかくリーナとボランレは元々することなどないだろうと思うのだが。その様子を見たヴァルモーテン少尉とマリカ中尉は、呆れた顔で3人を見る。


「なんと嘆かわしい……今は動く時ではないのです。なればこそ、ここに留まっているというのに、まったく、脳筋皇女様はこれだから……」

「動かざること、山の如し。かの孫子の兵法書にも書かれた基本的な戦術ではありませんか。それを退屈などと……」


 この2人の司令部付きの女性士官はなぜか結託して、ここぞとばかりにこの3人に口撃を加える。だが、その程度で動じるような3人ではない。レティシアとリーナは、冷めた視線をこの2人の士官に浴びせかけるだけで、特に反論するでもなし、ボランレに至っては、自分が小馬鹿にされているという自覚すらない。


「……ところで提督、20隻の船は、惑星表面から離れ、そのまま離脱を行うようです」

「もう一方の陣営に、動きはないのか?」

「500隻ほどの艦隊が、あの20隻を追っているようです。が、よほど不意を突かれたようで、随分と距離が離れていますね。おそらく追撃は、不可能かと」


 陣形図上では、この両艦隊の距離は50万キロほど。速度はほぼ同等で、20隻の方は惑星表面を離脱し、そのまま去って行った。

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