#171 撃滅
「砲撃開始!撃てーっ!」
ついに、歴史的瞬間を迎える。私の号令から遅れること数秒、怒涛のような砲撃音が、この狭い艦橋内を揺らす。
落雷音のようなその音と同時に、窓の外は真っ白に光り、何も見えなくなる。それは一瞬の出来事であったが、あまりの明るさに、その後暗さを戻した艦橋内に、しばらく目が馴染まない。
すぐさま、弾着観測が行われる。
「観測員!」
「は、はい!」
観測員のクジェルコパー中尉は、あまりの砲撃の衝撃に面食らっていたようだ。慌てて光学機器を覗き込む。だが、なかなか報告がない。
「ええと、確かこの岩の向こうの……で、その隣を狙ったはずだから……」
あまりの報告の遅さに、苛立つ乗員。私も同様だ。あまりの遅さに、私はつい叫んでしまう。
「観測員!報告はまだか!」
「は、はい!今すぐ!」
それからしばらくの間、その光学機器とにらめっこし続けるクジェルコパー中尉だが、やっと報告が上がる。
「げ、撃沈!小衛星ごと、消滅を確認!」
20秒ほど遅れたこの歴史的瞬間に、艦橋内には歓声が上がる。
「まだだ!まだ戦いは終わっていない!第2射装填開始!」
すぐに私は、2発目の装填を命じる。艦橋内は再び、慌ただしくなる。
だが、弾着観測が遅れたのは、当艦だけではない。他の艦も、似たり寄ったりだ。
なにせ、目印となる小衛星をも吹き飛ばしてしまった。弾着の確認が遅れるのは、当然だろう。
そして再び3分後、第2射が放たれる。さらに続けて、第3射、4射と続く。
それにしても、この砲撃は心臓に悪い。音と衝撃が、大き過ぎる。
撃つたびにその音と衝撃で、艦橋内の何かが外れて、宙に浮き出す。先ほどなどは発射の反動で、机の脇に置かれたタブレット機が、私の顔スレスレに飛んできた。危うく顔面に刺さるところだった。
おかげで全員、シートベルトを外せない。砲撃時に艦橋内をうろつこうものなら、発射衝撃で壁か天井に叩きつけられるのがオチだ。
「閣下、第2艦隊よりデータリンク!」
「了解、戦況データを見せてくれ」
「はっ!」
4発放ったところで、前線の第2艦隊よりデータがリンクされる。それを見て、我々は驚愕する。
現在までに放った主砲は、全部で40発。命中したのは、そのうち27発と報告されている。だからこちらでは、27隻撃沈と把握していた。
これはこれで、途方もない戦果だ。通常なら10隻も撃沈できれば良い方だというのが、艦隊戦の常識だ。ところが、我々が沈めたのは、27隻どころではなかった。
45隻。第2艦隊の観測員が捉えた我が戦隊の撃沈数は、45隻だった。つまり、一撃で2隻以上を沈めているケースがあることになる。
ここよりもずっと近くで観測している艦隊からの報告だ。しかも、500隻の目で把握している。想像以上の戦果に、私自身が驚く。
歴史的な転換点となることは、確定だ。たった10隻が、わずか20分足らずの内に、敵の艦隊の15パーセントも消しとばしてしまった。
「敵艦隊、敗走を開始!」
第5射を終えたところで、敵艦隊が動き出す。全速力で小衛星帯を離れて、彼らの要塞に向かうのだろう。
「逃すか!このまま撃ち続ける!」
我々の射程から逃れるには、およそ20分はかかる。かといって、我々に向けて反撃することはできない。したところで、絶対に届かない。我々は鈍足で機動力はないが、その分、射程が長い。20数倍の射程距離をひっくり返すほどの機動性を持たなければ、彼らはこの10隻を沈められない。
そして、このまま追撃すること20分。我が戦隊の撃沈数は、70隻に及ぶ。第2艦隊も追撃時に20隻を沈め、300隻の艦隊の実に3分の1を打ち崩した。このガイア戦役が始まって以来の、大戦果である。
『下水管らしい、戦いぶりだったな』
「はっ!」
直後、私は直接通信を受ける。いきなり、皮肉全開だ。
『だが、この先は誰も下水管などとは呼ばぬだろう。この戦いで、我々は間違いなく優位に立つ。グリーグ帝国軍をガイアから排除し、休戦に持ち込むことも不可能ではなくなった。』
「はっ、おっしゃる通りです、中将閣下!」
『クロウダ准将』
「はっ!」
『……これまでの苦労が、報われたな』
「ありがとうございます、ペトルリーク中将閣下!」
その通信相手は、第4艦隊総司令官である、ペトルリーク中将。軍内部で唯一、私の砲艦決戦構想に賛同し、10隻の砲艦の建造に貢献してくれた人物だ。
この人がいなければ、私のこの構想は、夢物語に終わるところだった。
そして本日、その夢は現実となる。
◇◇◇
「おい、ジラティワット少佐」
「はっ」
「この映像を見て、どう思う?」
「我々の高エネルギー砲とほぼ同じですね。スペクトル分析でも、およそ1万度。射程距離は25万キロといったところでしょうか」
その星系にたどり着いてみれば、いきなり戦闘が始まっていた。場所は、第4惑星。木星のような巨大ガス惑星の低軌道上で、その戦いは起きた。
「と、いうことは、我々の木星紛争と同様のことが起きていると、そう考えるべきだな」
「おそらくは」
「うーん……」
なんてこった。木星紛争時の地球001に似た状況だとは聞いていたが、突撃砲艦があるなんて、聞いてないぞ?
装填速度、射程距離は短いようだが、だからといって油断ならない。我々とほぼ同じ攻撃力を持つ相手。これは、迂闊に近づけないな。
「ともかく、しばらくは様子見だな。あんなものを向けられたら、たまらず発砲する戦隊長が出かねない。少なくとも、4、5日は待機するしかない」
「了解、では全艦、停止し、しばらく様子見とします」
「ああ、それから、マリカ中尉を呼んでくれ」
「よろしいですが、なぜです?」
「こういう事態で、何か奇抜なアイデアを出してくれるかもしれないし、それに、司令部付きとして給料を払ってるんだ。それ相応の仕事はしてもらう。ついでにヴァルモーテン少尉も呼んで、司令部全員で今後の策を検討する」
「はっ!」
あの戦闘を目の当たりにしてしまえば、慎重にならざるを得ない。よりによって、同じ攻撃力を持つ艦が、実戦化されている。
とにかく、情報が足りないな。もう少し、この星に関する情報が欲しい。
◇◇◇
「なんだと?微弱な電波を、外宇宙からキャッチした?」
「はっ、第6惑星アテナの方向から発信されているものと推定されます」
「単なる反射波ではないのか?」
「いえ、それにしては、周波数が異なります」
「変だな……ここより外側の宇宙に、探査船以外がいるはずがないのだが」
「もしかすると、その探査船団のものなのでしょうか?」
「それならば、探査船団固有の信号がキャッチできるはずであろう。不明な電波など、出すはずがない」
「確かに」
「まあいい、いずれにせよ、敵の艦隊であれば出てくるはずだ。しかし、気にはなるな……」
副官のツィブルカ大佐が、奇妙な電波を捉えたという報告を私に伝える。それは、取るに足らないレベルの信号ではあるが、しかし、ありえない方角からの電波であったため、念の為、報告に上がる。
おそらくは同じ内容の報告が、他の艦隊司令官に向けて発信されているだろうが、それを問題視する艦隊はいない模様だ。
が、私は気になる。そこに何か、あるように思えてならない。
「大佐、一応、その方面からの動きに注意してくれ。グリーグのやつらが、何か企んでいるのかもしれない」
「はっ!」
「ともかく、今日は大勝利の祝いだ。基地では、祝賀会が行われることになっているらしい」
「そうなのですか。ですが、こんな微小重力下で行われる祝賀会など、ろくな食べ物は出ないでしょうな」
「そういうな。我々が今まで、軍内部で辛酸をなめ続けたことから考えれば、パック飯の方がよっぽどか美味だ」
「まったくです」
そう。堅物どもが下水管呼ばわりし続けたこの船が、大勝利を収めたのだ。それまでの苦汁の日々に比べたら、パック食の味気なさなど取るに足らない話だ。
「両舷前進いっぱい!第21基地に帰投する!」
再び、バリバリと音を立てる核融合炉とプラズマ機関。この重い船体は、再び基地へと向かう。




