#170 砲艦
「准将閣下、そろそろです」
「そうか」
副官のツィブルカ大佐が、私に出撃の時が迫っていることを知らせる。私は軍帽を被り、ドックに向かう。この第4惑星ガイアの周囲を回る小衛星の一つに築かれた基地内のドックには、私の戦隊に所属する10隻の艦艇がいる。
通常、宇宙艦艇というものは、30サントの口径を持つ主砲門を2門備えた回転砲塔を4から6基持つものだ。射程はおよそ1万キーメルテ。だが、我が戦隊の10隻は、それとは大きく異なる。
武装は、艦首に備わった大口径10メルテの砲門、それに対空機銃が数基。船体の長さは270メルテであり、その大部分が砲身という、極めて非常識なものだ。
だが、この非常識な武装には、理由がある。
この惑星ガイアは、巨大なガス惑星だ。
太陽神に叛逆し、我が地球より遠くに追いやられたという伝説を持つこの惑星は、今やその伝説に反して、我々にとっては重要資源を有する惑星へと変貌する。
このガス惑星の持つ無尽蔵のヘリウムガス。これが、我々の核融合炉のエネルギー源であるため、その資源の占有をめぐって、ここガイアでは戦いが頻発している。
だが、なかなか決着がつかない。我がアウストラル共和国軍とグリーグ帝国軍は、惑星ガイア周辺の小衛星帯を挟んで戦闘を繰り返しているが、グリーグ軍の艦隊は最近、その小衛星帯に紛れ込み、戦闘を回避する戦術を展開する。
我がアウストラル軍の艦隊が狙い撃ちするも、多くはその岩の衛星に阻まれ、撃沈することができない。
ならばと、こちらも小衛星帯に潜り込むも、やつらは我がアウストラル軍の艦艇にだけ反応する機雷を広範囲に仕掛けており、下手に小衛星帯に接近すれば損害が増えるばかり。このため我々は盾もなく、ジリジリと損害を増やすばかりとなっている。
それを打開するには、その小衛星ごと粉砕できる、強力な砲艦を作ればいい。
これが私の提唱した、「砲艦決戦構想」だ。
だが、軍内部では、一笑に付される。
巨大な砲は、攻撃力はあるが、その分重い。そんな砲を備えた艦は、狙い撃ちされるのがオチだ、というのが、軍内部の大方の意見だ。
ただ、巨砲は一方で射程が長い。ロングレンジの攻撃ならば、その機動性の悪さをカバーできると主張する。だが、今度は命中率が下がり、実戦に耐えないと返される。
だが、この構想を、第4艦隊総司令官、ペトルリーク中将だけは支持してくれる。その中将閣下の支援のもと、どうにか建造したのが、この10隻の砲艦だ。
しかし、この先端に大穴の空いたこの砲艦を、アウストラル軍内部では「下水管」と呼んで馬鹿にしている。
私は、その下水管が並ぶドックの前にある集会スペースの、演台に立つ。眼下には我が戦隊、総勢2000人の乗員が整列している。
「諸君!」
私は、演台のマイクを握り、叫ぶ。一瞬、ハウリングが起こる。慌ててマイクを少し離す。
「我々は今、歴史の転換点に立っている!奴らは我々の艦艇のことを『下水管』などと揶揄するが、ならば彼らの持つ清浄なる蛇口を捻り続けても、流れ出るものは同胞の血のみ!それだけの犠牲を伴いながらもここ数年、一体どれだけの戦果をあげられたというのか!今こそ、我らこそが時代の主流であることを、その上水道局の堅物どもに見せつけてやろうじゃないか!」
歓声が湧き上がる。彼らとて、ここに配属されたことを不本意に思っている者も多いと聞く。だがこの戦いで、それは本望に変わる。そう私は、確信している。
私の脇に、副官のツィブルカ大佐が立つ。私からマイクを受け取ると、手元の端末を見ながら、こう告げる。
「たった今、入った情報だ。現在、我がアウストラル第2艦隊500隻が、グリーグ軍300隻を追撃中。敵は、これまでと同様、小衛星帯に突入しつつあり。まもなく、我々にも出動命令が入るだろう」
副官から戦況が報告されると、二千人の表情に、一斉に緊張が走るのが、ここからも分かる。
そして、私は叫ぶ。
「出撃する!総員、乗艦!」
私のこの号令と同時に、彼らは一斉に10箇所ある出口に殺到する。とほぼ同時に、サイレンが鳴り響く。
『第4艦隊、第51戦隊に発進要請!全艦、直ちに発進せよ!繰り返す、第51戦隊全艦、直ちに発進せよ!』
大本営からの通達が流される。それを聞いて、私も旗艦へと向かう。
「閣下!第501番艦、発進準備、整いました!」
「了解。直ちに発進せよ」
「はっ!第501番艦、抜錨!後退全速!」
「後退全速!ヨーソロー!」
「プラズマ密度、120パーセント!最大戦速!」
過負荷のかかる核融合炉が、バリバリと嫌な音を立てる。だが、あの高エネルギー炉がこれだけ力を振り絞っているというのに、この重い船体はなかなか加速しようとしない。
しばらくしてようやく、宇宙空間に出る。すでに発進した僚艦9隻と共に、所定の宙域に向かう。
私は、モニターを見る。まさに敵の艦隊300隻が、我が第2艦隊500隻に追われている。
数の上では、我が方が有利。だが、数の論理が効かないのが、この惑星域での戦いだ。敵が小衛星帯に潜り込まれれば、それで終了。当然、我が軍はその岩陰に隠れる敵艦を狙撃するが、多くは岩に阻まれる。一方、こちらは隠れる場所などないから、ゲリラ的に狙撃を受け、損害を増やす。
そういう戦いを、もう10年近く続けている。
だが、それも今日でおしまいだ。
グリーグのやつらめ、今日こそはその岩の塊ごと、宇宙の藻屑にしてやる。
私が、この砲艦決戦構想を得たのは、今から5年前のこと。
その日、私の艦が攻撃を受け、すぐそばにいた同僚が、死んだ。わずか、15メルテの距離が、明暗を分けた。
いいやつだった。むしろ、生き残るのはそいつだったと今でも思う。だから生き残った私は、復讐心に燃えた。その親友の命の代償を、グリーグのやつらに叩きつけてやろうと。
「全艦、航路に乗りました!あと10分ほどで、作戦宙域です!」
「そうか。全艦に下令、戦闘準備」
「はっ!」
正面モニターには、敵艦隊までの距離が表示されている。およそ1光秒、30万キーメルテ。射程の27万キーメルテまでは、まだ遠い。
だが敵艦隊は全速で、こちらに向かいつつある。この辺りの小衛星帯に飛び込むことは、おおよそ予想通りだ。そこかやつらの死地とも知らず、呑気なものだ。いつも通り我が軍の追撃をかわし、あの小衛星の岩の隙間から、じわじわと味方を狙い撃ちするつもりだろう。
だが、その岩場にいつまで隠れていられるかな?
そして、敵艦隊はあの岩場にとりつく。ほぼ同時に、我々はその敵艦隊を射程に捉える。
「敵艦隊、射程圏内!」
観測員のクジェルコパー中尉が報告する。それを受け、ツィブルカ大佐が進言する。
「閣下、砲撃準備を」
「いや、待て」
「ですが、すでに敵は射程圏内ですよ?」
「我々は奴らの20倍以上の射程を持っているんだ。もう少し、引きつける。奴らに、逃げる隙を与えさせない」
「はっ!ではこのまま、前進を続けます!」
10隻の馬鹿でかい砲身を抱えた艦艇は、そのまま前進を続ける。各艦に200人、総勢2000人の将兵が、今、その砲身を活かす戦場に向かって進む。
ふと、私は思う。
もしあの時、死んだのがあいつではなく、私だったら、今この瞬間の歴史はどう推移していただろう?
砲艦など作られず、いつも通りの戦いを、岩陰に隠れる敵に狙撃されて無駄死にする仲間をただ量産するだけの戦いを、これから何年も何十年も続けるだけの、そんな愚かな世の中が続いたのだろうか?
あるいは私と同様に、砲艦決戦構想を提唱し、それを実行する人物が現れていたのだろうか?もしかすると、私ではなくあいつが、私の代わりに砲艦を作り上げていたかもしれない。
私はただ、歴史の上に敷かれたレールの上を、ただ走っているだけに過ぎないのではないか?
なぜか、そう思うことが時々ある。私の発想などではなく、人類がいずれ作り上げることが最初から約束されていたものを、私はただ作り出しただけではないのか、と。
26万キーメルテ向こうで、まるでスナネズミのように岩間に潜む敵の艦艇を見ながら、私はそんなことを考える。だから、奴らが死ぬのは、最初から決まっていたことだと。
これから始まる大量殺戮を正当化するために、私はこんなことを今、考えているのかもしれない。
「敵艦隊まで、あと25万キーメルテ!」
射程を2万キーメルテほど割り込んだ。
ちょうど味方の第2艦隊が、砲撃を開始したところだ。無数の青白いビーム軌跡が、小衛星帯に向かって降り注ぐ。
しかし、あのか細いビームでは、あの岩を撃ち抜くことはできない。いつも通りの戦い。我が軍の将軍は、これを繰り返すことでどうして勝利につながると思っているのだろうか?
そして、私は決断する。
「全艦、装填開始!」
「了解!全艦、装填開始!」
「主砲装填、エネルギー伝達菅、つなげーっ!」
この艦橋内も慌ただしくなる。伝達回路が砲身に接続される際のガタンという音が、船体全体に響き渡る。
『こちら砲撃室!主砲装填、開始!』
また核融合炉が、バリバリと音を立てる。今度はその莫大なエネルギーを、砲身に向かって流し込む。だが、そいつはプラズマ機関よりも暴欲だ。
なにせ核融合炉の膨大なエネルギーを3分も食い続けないと使い物にならない。これを聞いた我が軍の将校らが、失笑するわけだ。下水管の分際で、即席麺でも作るつもりか、と。
だが、一撃必中の決戦兵器。このアウトレンジからの砲撃で、敵の隠れ蓑である岩ごと粉砕する。これだけ、強力な兵器だ。敵に悟られてはまずい。せっかく、皆が下水管と呼ぶのだから、私はそれをそのままコールサインとして使わせてもらった。
だが、今日この時点から、下水管などとは呼ばせない。
「全艦、主砲装填、完了しました!」
「艦首修正、0.2!照準よし!」
3分が経ち、艦橋内では、発射準備が整ったことを各員が報告する。それを聞いて、私は叫ぶ。
「全艦、一斉砲撃!撃てーっ!」




