#169 歴史
「抜錨!駆逐艦0001号艦、発進!」
オオシマ艦長の声が響き渡る。その張りのある声とは裏腹に、僕の心は晴れない。
わずか、3日。今回、僕がこの星にいたのは、たったの3日しかない。
ポルツァーノ大佐と会ったその日の夕方に、僕は地球042司令部から呼び出される。そこで、連合本部からの通達を受け取る。それはつまり、新たな地球へ向かえ、というものだった。
ただし、ポルツァーノ大佐もそこまで無慈悲というわけではなかった。その後も哨戒艦を派遣し、その地球に関する情報を入手していた。あのとんかつ屋にいた時はまだそれが届いていなかったが、出発間際になって、僕の元に届けられる。
「は?宇宙艦隊?なんですか、宇宙艦隊って?」
「なんだと言われても、そのままだ。この映像を見る限り、こんなものが100隻以上いることが確認されているらしい」
「ですが、これは……」
僕は司令部席にあるモニターに、ポルツァーノ大佐から届いたばかりのその映像を、ジラティワット少佐らに見せる。
そこに映っているのは、回転砲塔が4基取り付けられた、全長250メートルほどの艦艇。各砲塔には2門づつ、口径30センチほどの砲身が取りついている。
「これと同型の艦艇が、何隻も確認されている。ちなみに、重力子は確認されていないから、推進機関は核融合プラズマ式だと推測される。さらに小型の艦艇もあって、全長が90メートル級で、同等の砲塔が2基。この小型艦艇はほぼ機関部で占められ、おそらくは強襲目的の艦艇だろうと推測されているな」
いくつかの映像を見たジラティワット少佐は、しばらく言葉を失う。が、その横からヴァルモーテン少尉がこう述べる。
「やはり、木星紛争時代の我々と、ほとんど同じ構成ですね」
「少尉も、そう思うか?」
僕が応えると、ジラティワット少佐とヴァルモーテン少尉がほぼ同時にうなずく。そして、ジラティワット少佐がこう言い出す。
「と、いうことはまさか、あの形式の艦艇も……?」
「いや、それはまだ確認されていない。すでに作られているのか、それとも我々とは異なる進化の過程を経ているのか……」
「ですが、少なくともこのような艦艇がいるということは、ここでは木星紛争と同様のことが起こっているということになります」
「だろうな。その紛争の真っ只中に、我々は飛び込むこととなる」
「やはりそれは、ガス惑星周辺ですか?」
「ああ、我々の地球001と同様、木星クラスのガス惑星が存在し、その周辺でこれらの艦艇が見られたそうだ」
上昇する0001号艦の中で、僕はこれから向かう星の情報を見ながら、沸き起こる不安を抑えきれずにいた。少なくとも、宇宙艦隊を有する星との接触に赴かなければならない。だがそれは、想像以上に大変なことだ。
「ところでヴァルモーテン少尉」
「はっ!」
「……つかぬことを聞くが、木星紛争って、どんな戦いだったんだ?」
「えっ!?少将閣下ともあろうお方が、木星紛争をご存知ない!?」
「いや、さすがに知っている。が、詳細までは知らない。艦艇の構成や、その時代の戦闘教義がどんなものだったかを心得ているに過ぎない」
「分かりました!ならば閣下のため、私が聞かせてあげましょう!そもそも木星紛争とは、当時の二大強国であった……」
ただでさえウンチク話が長いヴァルモーテン少尉が意気揚々に語ると、余計な情報が混じる。かいつまんでいうと、こんな戦いだ。
西暦2175年から始まった木星紛争。当時、核融合炉が普及し始めたが、その燃料として重水素とヘリウムが使われていた。当時はまだ中性子の封じ込め技術が未熟であり、中性子の出にくい重水素ーヘリウム反応による核融合が盛んに利用されていた。
が、地球周辺だけではヘリウムが足りない。そこで、ヘリウムをほぼ無尽蔵に蓄えているとされる木星に、それを求めた。
当然、争いが勃発する。その木星でのヘリウム採掘権をめぐって、特に大国同士で行われた戦いが、木星紛争と呼ばれている。
100隻単位の艦艇による、5千から1万キロでの回転砲塔を持つ艦列側面からのすれ違いざまの撃ち合いが、当時の戦術だ。正面に大型砲を持つ、今の艦艇とは異なる。
数々の戦術が編み出され、それから10年もの間、ずるずると慢性的に戦いは続けられた。が、重水素のみを用いた、小型で安全な核融合炉が発明されると、次第に木星の利用価値はなくなり、紛争自体が消滅する。
その後、ワームホール帯を用いたワープ技術、重力子エンジンの開発などで、我々、地球001の人類は外宇宙へと飛び出していく。
「……というのが木星紛争の概要ですが、その戦いの中で、我々は戦術上、歴史的な転換点を迎えるのです」
「ああ、さすがにそれは知っている。サンクソン級突撃砲艦の発明だろう」
「そうです。当時、ウィックス級制圧艦と呼ばれる、口径30センチの短距離型砲身を備えた回転砲塔を数基持つ艦艇が主流でした。が、サンクソン級突撃砲艦の登場により、それまでの戦術は一変したのです」
サンクソン級突撃砲艦。これは、今で言う駆逐艦のことだ。当時作られたこの砲艦が、ほぼ今もそのままの形で引き継がれている。
「ところで提督、このサンクソン級突撃砲艦の名前の由来は、ご存知です?」
「サンクソンという人が提唱した艦という意味だろう」
「いえいえ、その後ろの『突撃砲艦』の方ですよ!これは我がドイツで大戦時に作られた、敵陣地を直接攻撃、破壊するための『突撃砲』戦車の名前を元に作られたのです!」
ヴァルモーテン少尉はドイツのこととなると興奮が止まらない。だが、突撃砲艦の名前の由来も、膠着した戦線の打開に向けて作られたものであることは間違いない。
1万キロ程度の射程距離は、広大な宇宙空間ではあまり意味をなさない。実は当時、多くの場合は艦隊決戦などかなわず、戦闘をかわされることが多かったという。
そこで、絶対に逃げられないほどの長射程を持つ砲艦を作ろうと提唱した人物がいて、実際にそれを作った。その人物の名と、戦術を一変させる思いを込めて名付けられたのが「サンクソン級突撃砲艦」という呼び名だ。
30センチの砲身から、いきなり10メートル級の馬鹿でかい砲身が取り付けられた、船体のほとんどが砲身という、当時としては異色な設計のこの艦がデビューしたのは、木星紛争が勃発して7年後の西暦2182年のこと。
木星の直径14万キロの倍は届く射程を目標に作られたため、この直径になったとされているが、当時の軍関係者の多くは、その無骨な船体を見て嘲笑したとされる。
それでもどうにか実戦化されて、最初に10隻が投入された。で、2182年11月に、その砲艦は最初の砲火を放つ。
「その時、いつも通り戦闘を回避しようとしていた相手方の艦隊の後方から仕掛けたアウトレンジ砲撃により、100隻中40隻が跡形もなく消えたとされています。当時はまだ装填時間が3分と長く、しかも射程はまだ20万キロほどでしたが、それでもバリアシステムのなかった当時では、驚異的な攻撃力を持つ艦として認められ、その後、徐々に普及していったとされています」
「まさに、当時における決戦兵器だ。それ以降、戦術が大きく変化したと言われているな」
「おっしゃる通りです、提督。制圧艦の撃ち合いは、突撃砲艦の装填時間稼ぎのために使われるようになり、主砲の改良とともに、ますます長距離戦闘が増えていきました。ですが、砲艦同士の撃ち合いが始まる前に、紛争そのものが終わってしまうのですが」
あれから装填時間はわずか9秒になり、そして射程は45万キロ、連合や連盟の標準艦でも30万キロはある。一方で、バリアシステムという防御兵器も作られて、今に至る。
で、僕が提唱した特殊砲撃により、そのバリアシステムを破る兵器を投入することで、再び戦術を変えようとしている。
「……今から310年前に、その突撃砲艦の登場から人類滅亡のスイッチは入ってしまったのかもしれないな。まさに、パンドラの箱を開けてしまったというわけか」
僕が呟くと、ヴァルモーテン少尉が反論する。
「お言葉ですが、提督。あれは誤訳であって、正確には『パンドラのツボ』が正しいのです!」
どうでもいい反論が来た。別に箱でもツボでも、どっちでもいいだろう。
「それに、小官はマリカ中尉のあの説には、賛同することはできません。文明が一度、リセットされたなどと、小官にはとても信じられないのです」
「そうは言っても、あの無人兵器に門、あれを作る技術を持つ者はもういない。それこそが、文明のリセットではないのか?」
「それにしては、我ら人類はこうして1000を超える地球で暮らしており、まさに繁栄を謳歌しております。本当に文明がリセットされるような事態があったならば、どうしてこれほど広く宇宙に人が分布できるのでしょうか?」
ヴァルモーテン少尉が、僕に疑問をぶつけるが、そんなこと言われてもなぁ……そういうことは、マリカ中尉に聞いてくれ。
「何よ!私の推論に、ケチつけるつもり!?」
と、そこへいきなり、マリカ中尉が現れた。ヴァルモーテン少尉が応える。
「マリカ中尉」
「何よ!」
「よろしいのですか?」
「何がよ!」
「まもなく、重力圏脱出ですよ?」
「は?」
ヴァルモーテン少尉がそういうと、直後、艦長の声が響く。
「重力圏を脱出する!機関出力最大!全速前進!」
「了解、全速前進!重力圏脱出します!」
航海長が復唱すると、この艦橋内に機関音が響き渡る。そして、ガタガタと船体が揺れる。
「ぎゃあああぁっ!」
虚弱体質のマリカ中尉は、この音と振動が大の苦手だ。だからこういう時には、自室にこもっているはずなのだが……司令部の小さな椅子の上で、目を回して座り込むマリカ中尉。
「まったく、これだからイタカスはダメなのですよ。せめて、ブリカスのしぶとさくらいは学んで欲しいものですね。さもなくば、我がドイツ民族の足元にも及びませんよ……」
冷徹な眼差しでマリカ中尉を睨みつつ、辛辣な言葉を投げかけるヴァルモーテン少尉。宇宙時代にもなって、民族がどうこう言っても仕方がないと思うのだが。
西暦2491年1月10日。僕らは地球1010を出発し、その未知の星に向かう。
しかし、木星紛争時代の艦隊を有する相手となれば、最初の接触に苦労しそうだな。どうして僕のところには、こういう面倒な仕事ばかり回ってくるのか?ため息を吐きながら僕は、行く手に待つであろう困難に、心が押し潰されそうになる。
ああ、さっさと部屋に戻って、レティシアとリーナと過ごしたいものだなぁ。




