#167 女射手
僕は今、ダミアというところに来ている。
そう、ここはカテリーナの故郷だ。僕とレティシア、リーナに、マリカ中尉、ナイン大尉、カテリーナ、ボランレの7人でやって来た。
哨戒機ベースの8人乗りの機体に、パイロットを入れた8人で乗り込んだが、やはり元が6人乗りだから、かなり狭いな。2機に分かれた方が正解だった。などと思いつつも、ペリアテーノから2時間ほどのこの国にたどり着く。
が、降りてみればここは、山間の小さな街といったところだ。ここは本当に、ダミアという国の首都のあった場所なのか?
ここは金や銀、そしてダイヤモンドが採掘できる場所というだけあって、山肌に沿って幾つかの鉱山が見られる。
カテリーナがここに戻るのは、およそ2年ぶりになる。だが、当時の面影はない。当時を知らぬ僕だが、それは断言できる。
なにせ、周りには何台もの採掘用人型重機が置かれていて、そのそばにはたくさんの倉庫や建屋が建ち、街中の道沿いには屋台が数多くみられる。今やダミアは、この星でも最も栄えた鉱山の一つであり、先の金銀やダイヤ以外にも、高エネルギー砲に使われるエネルギー粒子の素や、核融合炉や重力子エンジンの触媒など、ありとあらゆる希少資源が採掘される、いわば「万能鉱山」でもある。
そして、その街中の屋台で売られているものは、これまたどういうわけかナゴヤの食べ物が多い。
「サヤ テダック インジン タイワンラーメン ディ スヤカ ナゴヤ!」
(あの聖地ナゴヤから来た、タイワンラーメンはいらんかねぇ!)
今はこのダミアは、ペリアテーノ帝国のいち地方都市だ。だが、言葉はまだダミア語が使われている。しかし、もはや言葉が分からなくても、これが何を言っているのか大体わかる。なにせ「ナゴヤ」と「タイワンラーメン」という言葉が聞こえてくる。翻訳機など、通すまでもない。だが、ナゴヤが「聖地」だって?ここには聖女の伝説は及んでいないはずだが。
もちろん、ごく普通の……といっても、我々にとっての普通の食べ物も売られている。ハンバーガー、フライドポテト、チキン、手羽先……あ、手羽先はナゴヤのか。
で、いつの間にか、カテリーナとリーナが買い食いを始めている。
「いやあ、さすがはカテリーナの故郷だな。美味しいものが多い」
感心するリーナだが、残念ながらこれらはカテリーナの故郷とはほぼ縁もゆかりもない。
「アウン!サヤ インジン マカン イトゥ!」
(アウン!あれが食べたい!)
それにしても、カテリーナは自国語だとよく喋る。艦内ではあまり見せない姿だが、ナイン大尉によれば、ダミア語混じりの言葉でなら、よく話しかけるそうだ。
無口というのは、単に統一語、ここでのペリアテーノ語に慣れていないだけのようだ。元来、カテリーナはおしゃべりなのだと、大尉はそう話したことがある。
それが、ここに来て発揮される。
「アウン!サヤ インジン マカン イトゥ!」
「ああ、分かった分かった。分かったから、ちょっと待って、カテリーナ」
ナイン大尉は、積極的になったカテリーナの買い食いに付き合う。だが、カテリーナよ、お前、さっきから「あれ食べたい!」としか言ってないように思うのだが。本当にこいつ、おしゃべりなのか?
「まったく、この娘は何をはしゃいでいるのかしら!?我々はここに、ナゴヤ・ジャンクフードを食べにきたんじゃないんですわよ!」
お怒りのマリカ中尉だが、ナゴヤの後ろの「ジャンク」は余計じゃないか?タイワンラーメンも手羽先も、立派なソウルフードだぞ。ナゴヤ出身の上官を前にして、ジャンク呼ばわりとは失礼なやつだ。
だが、ジャンク発言以外は、マリカ中尉のいう通りだ。ここにきた目的は、食べ歩きではない。ニコニコと故郷で食べるナゴヤ飯にうつつを抜かしているカテリーナと、それに便乗するリーナをどうにか連れ出し、目的の場所へと辿り着く。
「ふぎゃあ?なんだよぅ、これは?」
辿り着いたのは、鉱山の街を抜けた山間の狭い林の中。そこには、小さな祠が祀られている。
ここが、カテリーナによれば、ダミアの守護神である「アルティミス」の祀られた場所だというのだ。
「シィアパ カム?」(どちら様ですか?)
とそこに、白い布地に金色の刺繍、そして赤や緑の宝石を施した法衣のようなものを纏った人物が現れる。
「あ、ええと、我々はペリアテーノから来た者でして……」
翻訳機に向かって僕は、話しかける。だが、その翻訳機が通訳し終えるよりも早く、その法衣の男は応える。
「ああ、ペリアテーノの人。いや、その格好、星の国の人か?」
どうやら、言葉が通じるらしい。それだけここも、ペリアテーノ帝国の支配が及んだということの証左ではあるのだが、僕にとっては助かる。
「ええ、それで僕らはここに祀られているという、アルテミスについて伺いたいんですが」
「おお、我らが神、アルティミス様を信仰なさる!なんと敬虔な方々!」
別に信仰しているわけではないのだが。ただ、その話を聞きたいと思ってきただけに過ぎない。が、喜ぶこの神官らしき人物を前に、そんな正直なことは言えない。
「で、そのアルティミスという神の由来を知りたいのですよ」
「よろしかろう。我が、聞かせてしんぜよう」
訛りなのか、妙な口調で喋るこの神官は喜んで我々の話を聞き入れてくれる。
……と思っていたのだが。なにやらカゴのようなものを持ち出すと、それを我々の前に差し出す。カゴの中は、赤い提灯。そこに「アルティミス」と書いてある。ちょうどオオス商店街の入り口にある、あの大きな提灯の、「大須」の文字の部分を書き換えただけの代物だ。
そしてこの神官は、こう言い出す。
「一つ、4ユニバーサルドル」
つまり、これを買えというのだ。にこやかな顔で、僕らを見つめるその眼差しに、僕は断れなくなる。
「おい……なんかこいつ、いかがわしくねえか?」
レティシアがそう呟くが、分かっていても、いまさら引けない。僕はそうレティシアに無言で、目で合図する。
で、カゴの中身、全部で10個、僕は全て買い上げる。しめて40ユニバーサルドル。電子マネーで払えるので、僕はピッと自分のカードを当てる。それを見て、ほくほく顔の神官。
なんだって、こんな僻地にまでやってきて、オオスのシンボルの劣化品のようなものを大量に買い込まなきゃならないのか?まあいいや、ボランレのおもちゃにでもすればいいだろう。それを買い上げて、ようやく本題に入る。
「アルティミス様、はるか昔にこの地に参った。その前に、大きな戦い。数え切れないほど、大勢の人が死に、アルティミス様の夫、オリオン様も戦死された」
あれ?オリオンって確か、ギリシャ神話ではアポローンの策略にはまり、アルテミス自身の放った矢で殺されたんじゃなかったか?しかし、ここでは、アルテミスの夫ということになっていて、しかも戦って戦死したことになっている。伝承というものは、曲がって伝わることはよくある話だ。が、もしかすると案外、こちらの方が真実を伝えているのかもしれない。
「そこで、この地でアルティミス様、大勢の射手を作った。再び、戦いの波で、滅ぶのを避けるため、一矢必中の射手を何人も、揃えた」
「ちょ、ちょっと待ってください!まさか、その射手がこのダミアの地に、今でも生き延びているというのですか!?」
僕は思わず、神官に問う。というのも、カテリーナはまさにその百発百中の射手だからだ。ただし今は、弓矢を特殊砲に持ち替えてはいるが。
すると神官は神妙な顔でうなずき、そして再び祠の奥に向かう。で、またカゴを抱えて戻ってきた。
カゴの中身は、弓矢を抱えた女性の彫り物。多分これは、アルテミスなのだろう。ニコニコと笑顔を浮かべたまま、神官はこう述べる。
「一つ、5ユニバーサルドル」
これも、全部で10個。僕はまた、買い上げる。おい、神官よ。せめて食い物を出してはくれないか?食えないものを出されても正直、処分に困る。
「……汝、言う通り、射手はその後、このダミアに根付く。いく年もの間の、幾多の戦い、ダミアを護り続ける」
どうやらその後、そのアルテミスの作り出した射手が、この地を守り続けたようだ。と言うわりには、最後にはあっさりとペリアテーノ帝国に負けているが。それはともかく、もしかしてカテリーナ並の射手が、まだ何人も生き残っていると言うのか?僕は尋ねる。
「あの、ということはここに、その射手が何人か、いると言うことなのですか?」
再びうなずく神官、そしてまた、祠の奥に……おい、また何か、持ってくるのか?
が、持ってきたのは、カゴではなかった。なにやら、古めかしい木の札。それを僕に見せながら、神官はこう告げる。
「この札、持ち、この奥の集落の、10人の射手に見せる。我が使いと知り、会ってくれる。これを、汝に渡す」
それはつまり、カテリーナ級の砲撃手が10人、そこにいるというのか?当然、会うにきまっている。僕はその札に、手を伸ばす。
が、神官は立て続けに、こう告げる。
「一つ、100ユニバーサルドル」
……急に値段を上げやがったぞ。僕は再び、神官の持つリーダー機器に電子マネーを当てる。
なんだか、随分と吸い取られたな。で、得られたのは、なんとも不明瞭な神話と、10個の提灯に、10個のアルテミスの人形、そして一つの古めかしい木札。しめて190ユニバーサルドルか。結構な買い物をした。
「あーあ、なんだか、思ったより大した話は聞けませんでしたわね」
それだけのお金を使って得た情報に、ケチをつけるマリカ中尉。だったら、お前も何か尋ねればよかったんじゃないのか?僕ばかり、変なものを買わされてしまったぞ。
「いや、その10人の射手からも、何か聞けるかもしれないだろう」
「どうでしょう?神官よりも当てになりませんわ」
などとぼやくマリカ中尉。だが僕は、とりあえずその神官の教えてくれたその場所へと向かう。
そこには、粗末な小屋が3つある。軒下には、浅黒い肌の女が一人、ぽつんと座っている。
ぱっと見は、カテリーナに似ているな。ザハラーほどではないが、それにしてもよく似ている。その女が僕を見るなり、こっちにやってくる。
「なんだ、あいつ?まるでカテリーナみてえだな」
レティシアが呟く。するとその女は僕の前に立ち、ぶっきらぼうに言い放つ。
「札は!?」
ああ、そういえば僕は、あの神官から札を渡されてた。そこで僕はその札を渡す。するとその女は、それを奪い取るように受け取る。
「来な!」
何を尋ねるでもなく、その女は僕にそう言い放つ。僕を含む7人が、一斉に彼女について行こうとする。が、彼女はこう叫ぶ。
「ダメ!男一人だけだ!」
どうやら、札を渡した僕だけしか、来ちゃいけないらしい。なんだそりゃ?せめてマリカ中尉とレティシアくらいはダメなのか?というわけで、僕だけが彼女の後を追う。
3つの小屋の一つに入る。中には、カテリーナ風の女が3人いる。彼女らは正気のない眼差しで、僕の顔をジーッと見つめる、
なんか、変だな。カテリーナそっくりな人物ばかりというのも気がかりだが、それ以上に彼女らの様子、この場所の雰囲気がどこかおかしい。
にしても、僕はただ、アルテミスの伝承と、それにまつわる射手の話を聞きたいだけだ。にしてはちょっと、妙な雰囲気の場所に連れてこられた。
小屋の奥にある部屋に辿り着く。そこには、何やら使い古されたベッドが一つある。そのベッドの上に、女は座る。
この時点で、僕はようやくこの場所が何なのかに気づく。しかし、ベッドの上に座ったその女は、服を脱ぎ始める。
「おい、ちょっと待て!」
引き止める僕の顔を、恨めしそうな顔で見つめる女。
「なんだ、こっちの客、違うのか?」
「違う!僕は射手のことを調べに来たんだ!」
「イテ?なんだ、それは」
「弓矢を射る、戦士のことだ」
それを聞いたその女は、突如、叫ぶ。
「ぺ……ペジュアン!?」
なんだって?今、なんて言った?僕は翻訳機の方に目を移す。するとそこには、「戦士」と書かれていた。どうやら彼女は、僕の戦士という言葉に反応したらしい。
「サァラ アダラハ セオラン ペジュアン!」
翻訳機によれば、「私は戦士だった」と言っているらしい。僕はそれを聞いて、彼女らの実情を理解する。
つまり彼女らは、ペリアテーノとの戦いに敗れたのち、戦士を捨ててこのようないかがわしい商売に身を投じざるを得なくなった。そう言っているのではないか?
そこで僕は、応える。
「ならば、戦士であった証拠を、見せて欲しい」
そう僕が言うと、彼女はうなずき、ベッドから立ち上がる。
「ちょうど、いい!的が、ある!」
そう言いながら、彼女はそばにあった短い木の棒を取り出す。
それを持ち、小屋の外に出る。出るや否や、彼女はそれを突然、投げつける。
空を切る木の棒。それはその先に立つ人物に、吸い込まれるように飛んでいく。が、その人物はそれを受け止める。それは、ものすごい怒りの形相のレティシアだった。
「あいつの憎悪、感じる。それに、当てる。ここの戦士、皆できる!」
たどたどしい統一語で語るその女。それを見て僕は、確信する。
間違いない。彼女らは皆、カテリーナと同等の賜物の持ち主だ。
そして僕は、彼女に向かう。そして、こう告げた。
「ならば貴殿らを全員、わが軍の戦士として雇いたい。来てはもらえないか?」




