#166 勘違い
「ペリアテーノ上空3000メートル!降下開始!」
久しぶりに、ペリアテーノに帰ってきた。ここは、僕の住処がある場所だ。だから、「帰ってきた」という表現は正しい。
しかし、地球001に1010、そして1019にまで活動範囲が広がり、ここに留まった時期が短過ぎて、今一つここに帰ってきたという実感はない。
この上また、活動する範囲が増えるんじゃないだろうな。眼下に見える円形闘技場を眺めつつ、僕の脳裏には嫌な予感が過る。いや、ダメだ。これ以上考えると、フラグが立つ。
「見て下さい!ほら、あんなにたくさん、ビルが建ってますわ!」
無邪気に喜ぶのは、ダニエラだ。久しぶりに見る故郷には、ビル群ができている。かつて、ここで最も高い建物はあの円形闘技場だったが、今やそれを超える建物があちらこちらに見られる。
だが、それはそれで疑問に思うことがある。こんなにたくさんのビルなんて作って、何をしているんだろうか?ペリアテーノにあれだけのビルを建てるほどの理由なんて、あるのか?
歓喜するダニエラには悪いが、ここはまだ未開の星だ。あまり建物を作りすぎるのも考えものだぞ。それこそ、ビル街がゴーストタウンになりかねない。
などという心配をよそに、僕らはドックにたどり着く。
「いやあ、久しぶりのペリアテーノだなぁ」
地上に降り立ち、レティシアが声を上げる。ここペリアテーノは初夏の陽気に覆われている。ちょうど、ナゴヤとは季節が逆だ。
おかげで、体がなじまない。ようやく寒さに適用できたというのに、ナゴヤほどではないにせよ、暑さがわが身を襲う。
「うー、暑いぜ」
さっきまでペリアテーノに帰って来た感動を口にしていたレティシアが、今はむしろ愚痴に変わっている。ぱたぱたとオオスの提灯が描かれたあのうちわで顔を仰ぎながら、宇宙港ロビーに向かって歩く。
「レティシア様!」
と、そこに、エリアーヌ准尉がやってくる。
「なんだよ、俺はさっさとこの暑い場所から離れて、ロビーに行きてえんだよ」
レティシアは決して暑さに弱いわけではないのだが、季節が逆で調子を崩しているところに、いきなりこの一等魔女が声をかけてきたものだから、機嫌が悪い。が、その一等魔女が、思わぬことを口にする。
「レティシア様は、やはり一等魔女に違いありません!」
僕も、准尉の言葉に耳を疑った。何を言い出すんだ、こいつは?ただでさえ機嫌の悪いレティシアが、エリアーヌ准尉に突っかかる。
「はぁ!?おめえ、何言ってるんだ!俺はどうみても、二等魔女だ!あんなふわついた奴らと、一緒にするんじゃねえ!」
「根拠はございます、レティシア様!」
ところが、エリアーヌ准尉は譲らない。レティシアが一等魔女だという、根拠があると言うのだ。これにはレティシアも問いただす。
「おい……俺は見ての通り怪力魔女だ。こんな魔女が、二等魔女以外にいるわけないだろう」
「いえ、一等魔女でも怪力を持つ者はおります。それ自体は、二等魔女である根拠とはなりません」
「じゃあ聞くが、俺のどこが一等魔女なんだ?俺は空なんか、飛べねえぜ」
「飛べないのではありません。単に飛ばないだけなのです」
これにはレティシアも怒り心頭だ。いくら自身を伝説の魔女呼ばわりして持ち上げてくれる魔女とはいえ、レティシアにとっては本来、嫌悪の対象だった一等魔女に自分がされてしまうことに、どうしても納得がいかない。
「ほぉ……そこまでして俺を一等魔女に仕立てて、何を企んでいやがるんだ?」
「企んでなどおりません。ただ、レティシア様の過去の所業に、二等魔女ではありえない事象があったのです」
「はぁ!?俺が、二等魔女ではありえないって!?」
「はい」
「じゃあ、言ってみろよ!俺が二等魔女じゃねえっていう、その理由とやらをよ!」
詰め寄るレティシア。引かないエリアーヌ准尉。そしてエリアーヌ准尉はその理由を述べ始める。
「実は先ほど、機関長殿より伺ったのです。特殊砲撃の直後、伝達管が熱暴走して切り離せなくなった際、レティシア様がその力を用いて水玉を作り出し、伝達管を冷却したと」
ああ、そうだった。忘れもしない、砲身寿命を超えて特殊砲撃を行うところだった、あの事故のことだ。あのとき、レティシアは無重力下でも冷却作業を強行し、そして自らの火傷と引き換えに艦の危機を救った。
「……それが、どうしたっていうんだ?」
「無重力下では、二等魔女が魔力を使うことはできないんですよ。地面や床の重力子の流れを変えることで力を発揮するのが二等魔女。自ら重力子を生み出す一等魔女でなければ、無重力下で力を出せない。それが、魔女の間では常識なのです」
「はぁ!?なんだってぇ!」
いきなり告げられた、この事実。このことはレティシアですら知らなかったようだ。エリアーヌ准尉は続ける。
「つまりですね、レティシア様はただ、自身を二等魔女だと思い込んでいらっしゃる。本当は、空を飛ぶことも可能な身の上だというのに、そのことを自覚していらっしゃらない。そういうことなのです」
「そそそそ、そんな馬鹿な!」
いつになく、レティシアが動揺している。だが、そんなレティシアにエリアーヌ准尉は、一本のほうきを渡す。
「な、なんでぇ、これは……」
「魔女ならば、お分かりでしょう。これの意味することが、なんであるかを」
「そ、そんなもん、分かんねえよ!」
「簡単ですよ、このようにまたがってですね……」
「そんなこと、俺がするわけが……」
ほうきを渡されて、それにまたがるように促されるレティシアだが、そんなことをレティシアがするわけがない。
……はずだったが、エリアーヌ准尉のこの行動で、状況が一変する。
「着座!」
ほうきの一端を握ったエリアーヌ准尉が、レティシアに向かってこう叫ぶと、反射的にレティシアがほうきの上に座りこむ。と、そんなレティシアに、続け様に号令をかけるエリアーヌ准尉。
「上昇!意識を上へ!」
「は?意識を上って……うわっ!」
レティシアのまたがったそのほうきは、勢いよく上空に舞い上がる。驚くまもなく、レティシアは高度2、30メートルほどにまで昇る。
「そのまま、意識を前に!」
「ままま前って、どうやりゃあいいんだよ……うわぁ〜っ!」
あれよあれよという間に、レティシアが空を飛んでいる。実に、奇妙な光景だ。まるで、本物の魔女だな……って、元々魔女か。
「うげぇ……なんか気持ち悪い……」
「おいレティシア、大丈夫か?」
どうにか戻ってきたレティシアだが、自身の力での飛行により、かなり消耗している。
「いや、なかなか良い筋をお持ちです。さすがは現代の伝説魔女。何度か練習すれば、さらに上手く飛べますよ」
「いや……俺は別に飛びたいとは思ってねえけど……」
「何を申されます!一等魔女として生まれておきながら、空を飛ばないなどとは、実に勿体無い!」
「いいよ、俺は二等魔女で満足してたんだから。空なんて飛ばなくったって、全然困らねえよ」
ペリアテーノ宇宙港のフードコートにて、僕とレティシアにリーナ、そしてエリアーヌ准尉が食事をしつつ、レティシアの魔力について話している。
「しかし、レティシアがあのように空を舞うなど、思いもよらなんだな。あれでは御伽噺に出てくる魔女そのものではないか」
ガツガツと、タイワンラーメンを食べつつ、リーナがそう言い出す。いや、リーナよ、元からレティシアは魔女だぞ。なんだと思っていたんだ。だが、一般的に知られている魔女とレティシアとでは、あまりに違い過ぎる。それが少し、その一般的なイメージに近づいたということか。
「だが、エリアーヌ准尉よ。どうしてレティシアが空を飛べる一等魔女だと気づいたんだ?」
「レティシア様の力は、ただものではない。そう思ったのでレティシア様のことを探っていたら、ようやく機関長殿よりあの話を聞き出せたのです。それで確信しました」
「だが、普通は気づかないだろう」
「それは提督が、我ら魔女についての常識をご存知ないからです」
さらりとこの魔女は、僕のことを非常識だと暗にほのめかす。だが、それは事実だし、そんな魔女の常識など知る由もない。
「しかし、魔女の住む我が地球760ですら、その常識を知らぬ者も多いのです。ヤブミ提督のことを言えたものではありません」
「そうなのか?だけど、どうして?」
「そもそも、地球760でも魔女が多いというわけではないのです。魔女となるのは、女だけ。しかも100人に1人。その中でもさらに一等魔女となるのは5分の1。それゆえに、魔女としての能力を持ちながらも気づかない者や、あるいはレティシア様のように一等魔女が自身を二等魔女とを勘違いしている場合もあるのですよ」
「はぁ、そういうものなのか?」
「特に母親が二等魔女の場合、娘が一等魔女であったとしても、二等魔女として育ててしまうことが多く、地球760でも『隠れ一等魔女』問題として、一部の専門家の間では問題視しているほどなのです」
ああ、そういえばレティシアの母親であるダルシアさんは、二等魔女と言っていたな。と言っても、あの人が魔力を披露したことがないから、本当のところは分からないけど、その母親の影響で、レティシアが空を飛べない二等魔女として育てられたのはうなずける。
「と、いうわけでレティシア様。練習を重ねて、ぜひ一等魔女に相応しい技を身につけましょう」
「え〜っ、いいよ俺は。空なんか飛んで、いいことがあるというもんでもねえだろう」
「そんなことはありません!怪力な上に、さらに自在に空を舞うことができれば、映画に出てくるヒーローのような活躍が期待できます!伝説魔女レティシア様として、さらにその名を高めることができるのです!」
「えっ!?俺が……ヒーロー!?」
「さすれば魔女レティシアの名は、あまねく宇宙に広まり、それは我が地球760の魔女の名声を高めることになるのです!」
「うへへへ、ヒーローかぁ……それも、悪くねえなぁ」
おい、レティシアをあまりのせるんじゃない。なんてやつだ、こいつは。やはりエリアーヌ准尉からは、危険な香りしかしない。
「あら、ヤブミ様にレティシアさん、それに皆さんお揃いで」
と、そこに現れたのは、ダニエラだ。タナベ大尉もいる。大尉は僕に敬礼し、僕は返礼で応える。
「提督、こんなところで、何をしているのですか?」
「いや、食事だよ。ここはそういう場所だろう」
「はい、ですがエリアーヌ准尉までおりますが、何かあったのでしょうか?」
「いや、特には……」
この顔ぶれに、索敵担当の勘が疼くのだろうか?ちょうどエリアーヌ准尉がレティシアを持ち上げて、レティシアが有頂天になりかかっているところだから、余計に何かを感じるのかもしれない。だが、ダニエラはさらにストレートな表現で話す。
「そういえばヤブミ様!先ほど、なんだかおかしなものを見ましたわ!」
「おかしなもの?」
「はい、まるでほうきにまたがった人のようなものが、斜め上に舞い上がる狂ったひばりのようにピーピーと言いながら、すっ飛んで行ったのです。何だったんでしょうね、あれは?」
それを聞いた一同は一瞬、凍りつく。特にレティシアは、それが自分のことだとすぐに察したようで、さっきまでのあの高揚感はすっかり消えていた。
「く……狂ったひばりだって……俺、もう街を歩けねえじゃねえか!」
「そ、そんなことはありません!練習すれば、もっと上手く操れます!」
せっかくその気にさせたところで、ダニエラが余計なことを言い出したがゆえに、また振り出しに戻ってしまった感がある。僕としても、別にレティシアに空を飛んでほしいなどとは思わないんだけどな。
「あれ?私、何かしちゃいました?」
当のダニエラは、何が起きているのかをまだ把握していない。リーナは、味噌カツを食べるのに夢中で、それに構っていられない様子。タナベ大尉は、なんとなく察したようだ。
「うみゃ〜よぅ!」
さらに輪をかけて空気を読まないのが、この猫耳娘だ。お前、敵艦隊を察知できるのに、こういう雰囲気には無頓着だなぁ。ボリボリと、手羽先の骨をしゃぶっているその姿は、猫というよりはバカ犬……あ、いや、なんでもない。
そんなボランレは、やはりあの耳でここでも注目を集めている。そういえばこの宇宙で、こういう耳を持った種族は、このボランレだけなのだろうか?




