#165 増員
「なんだ、あまり元気そうじゃないな」
開口一発、僕はコールリッジ大将からそう言われる。
「はぁ、それはもう、いきなり敵艦隊との遭遇戦をやりましたから」
「隣の白色矮星域ですら、敵の艦隊と遭遇することがあるくらいだ。ましてやこの中性子星域は、敵の支配域と接する場所。いつ連盟軍と遭遇したっておかしくはない場所だろう。そこで遭遇戦をやらかしたからと言って、いちいち元気をなくしていたら、艦隊司令など務まらんぞ」
やれやれ、出会うや否や、いきなり説教だ。僕はこの人から何度、説教を受けてきただろうか?その度にいろいろあって、気づけば少将にまで昇りつめてしまった。そして今、ここで、再び説教を受けている。
「まあいい、貴官を呼び出したのは、説教するためではない。今や少将という重職についたわけだから、それに見合うだけのものを背負ってもらおうと思って呼び出した」
「はぁ……さようですか」
「なんだ、あまり嬉しくなさそうだな」
そりゃあ、今の言葉を聞いて嬉しく感じる奴がいるんだろうか?重職だの、背負ってもらうだの、その言葉の先に出てくるのは碌な話ではないことくらい、僕でなくても想像がつく。
「で、まずは新型艦艇300隻の追加だ。その辺は、他の艦隊から人員をかき集めておいた。希望者は多いからな。すぐに集まった。いずれ、地球1010へ向かうことになる」
「300隻ですか。つまり、僕……小官は800隻の艦隊を率いることになるので?」
「いや、1000隻だ」
「あの、コールリッジ大将……今現在、小官が率いているのは500隻ですよ?300足したら、800になるはずですが。」
「その程度の算数は、私にもできる。残りの200隻は、我が艦隊からの従来艦艇を充てる。それで1000隻だ」
「えっ!?従来艦艇ですか!?」
「なんだ、おかしなことを言ったか?」
「いえ、ですが我が第8艦隊は、最新鋭艦のみの実験艦隊なので……」
「実験艦隊とはいえ、数も増えた。つまり、補給拠点としての戦艦を随行させなくてはならない。速度重視の新型艦艇ばかりでは、その戦艦に追従できる艦艇がいなくなるではないか」
「はぁ、確かに。今もあまり満足に、戦艦キヨスを随行できているとは思えませんし」
「だからだ、その戦艦と歩調を合わせられる、後方支援専門の部隊を備える必要がある。そのための200隻だ」
「はい、了解しました。ですが、その200隻は誰が指揮を取るので?」
「准将クラスの戦隊長が5人もいるだろう。200隻づつに分けて再編し、その中の一人に、従来艦200隻と戦艦を任せれば良かろう」
「えっ?あの戦隊長からですか?」
また、いきなり難問を吹っかけてきたな。5人の中から、誰かを旧式艦隊に回せとコールリッジ大将は言う。
だけど、そこに当てられた戦隊長は、降格されたと思われないか?心配だなぁ。それに誰が適切かなど、どうやって決めるんだ?
ともかく僕は、戦艦ノースカロライナの中で軍司令部の3人を呼び、会議を開くことにした。
「あの……私が参加する意味って、ありますか?」
その会議の最初に発言したのは、マリカ中尉だ。
「一応、司令部付きだからな。意味はあるだろう」
「ですが、艦隊内の人事なんて、私にはさっぱり分かりませんわ」
「いいから、給料分の仕事はしろ。またデネット大尉から別居させられるぞ」
「うう……」
長いことこういう場に呼ばずに放置し過ぎたと、最近はやや反省している。だから、関連性の薄い話であっても、こいつを呼ぶことにした。
「それにしても、従来艦200隻ですか。中途半端ですね」
「しかしなぁ、最新鋭艦ばかりで艦隊を構成するのも、確かに無理があるように思えてきた。ここは大将閣下の言う通り、従来艦を含めた艦隊行動をすべきだろうな」
「それはともかくとして、誰をその200隻の戦隊長にあてますか?」
「うーん……」
それが一番、悩ましい。従来艦200隻の戦隊長とすべき人物は、誰が相応しいか?
一つ考えたのは、エルナンデス准将をあてる案だ。なにせこれまで、何度も問題を起こし続けてきた。正直言って、今も態度が悪い。その制裁というわけではないが、クビになるよりはマシだろうということで従来艦隊を指揮させる。これならば、本人以外の不満は少ない。
だが、エルナンデス准将は、後方に回すにはいささか惜しい男だ。速度を生かした攻勢が得意で、配下の艦の命中率も高い。どういう指揮をしたらこうなるのか分からないが、これが、問題を抱えながらもこいつを重用してきた理由だ。
スピードを活かした攻勢が得意という理由で、同様にメルシエ准将も外れる。ワン准将とカンピオーニ准将も、新鋭艦の機動性を活かした戦術を得意とする。となると……
そういえば唯一、ステアーズ准将だけは、速度以外を活かした戦術を得意としている。模擬戦闘ではワン准将に惜敗したが、粘りある守勢はこれまでの戦いでも何度か発揮されてきた。
「……これまでの戦闘結果や、模擬戦の結果から鑑みると、ステアーズ准将が適任だろうな」
僕はそう呟く。
「ええ、確かに。ステアーズ准将ならば、従来艦をもっとも有効に活かせる指揮官ですね」
ジラティワット少佐も、僕の意見に同意する。
「おっしゃる通り、ステアーズ准将は堅固な布陣を得意とする印象がありますね。まるで、塹壕戦の行われた第一次世界大戦の時のようです。なお、塹壕戦突破のためにさまざまな兵器が開発されたのですが……」
「ああ、もう!そういう下らない話はどうでもいいですわ!ですが、あのシロップ好きな指揮官なら、適任と言えるかもしれませんわね」
ヴァルモーテン少尉とマリカ中尉も、一応は僕の意見に同意する。ということで、満場一致でステアーズ准将をあてることとなった。
『えっ!?私がその、従来艦200隻の戦隊長に!?』
で、直後に5人の戦隊長を集めたリモート会議で、僕はステアーズ准将にそう告げる。すると他の戦隊長からは、様々な意見が飛び出す。
『いや、ですがヤブミ少将、いきなり最新鋭艦から従来艦に乗り換えとは、少し酷ではありませんか?』
「それはそうだが、しかし、誰かがやらなければならない。となれば、適任者に指揮をとってもらうのが一番だと考える」
『バカかお前は!それならその200隻を5人に分散すればいい話だろうが!』
「そんなことをすれば、同じ戦隊内で機動力に差がついてしまう。この場合は、戦艦キヨスを中心とする従来艦部隊と、新鋭艦のみの部隊とに分けた方が、運用上は齟齬が出にくいというものだ」
メルシエ准将、エルナンデス准将がそれぞれ、意見を述べる。どちらかといえば、難色を示している。だが、それを打ち消したのは、ステアーズ准将だ。
『あの、ヤブミ少将。もしかしてこの従来艦部隊は、戦艦キヨスが旗艦となるのですか?』
「それはそうだろう。従来型の艦隊では、それが普通だからな。だからステアーズ准将には、戦艦キヨスの艦長も兼任してもらうことになる」
『ならばその話、喜んで引き受けます!いやあ、狭い駆逐艦暮らしに飽き飽きしていたところだったんですよ!戦艦暮らしなら、メイプルシロップ三昧な生活が送れそうです!』
……なんともあっさりと、ステアーズ准将が引き受けてくれた。それを聞いた他の戦隊長も、返す言葉はない。
言われてみれば、本来は僕が戦艦キヨスを旗艦として乗り込み、そこから艦隊の指揮を取るのが普通だ。ところがこの艦隊の性格上、僕自身は0001号艦を旗艦とせざるを得ない。配下よりも劣悪な生活環境に甘んじなくてはならない艦隊司令官。なんと不憫な指揮官なのだろうか、僕は。
「そうだ。各戦隊長にはそれぞれ、幕僚がつくことになった。近々、第1艦隊より派遣される。それぞれの戦隊で独立した作戦を立案、遂行する事態は今後、大いにあり得る。各員、そのことを肝に銘じてもらいたい」
「はっ!」
こうして、この再編会議は終了した。
「へぇ、じゃあ第8艦隊はまた増えるのか?」
「そうだ。いきなり倍になる」
「ますます賑やかになるなぁ。俺がここにやってきたばかりの時は、まだ100隻にも満たなかったぜ。そこから見りゃあ、10倍以上ってことになるぜ」
その時はまだ、第8艦隊なんて名前はついてなかったからな。第1艦隊付きの実験小隊。それがこの新鋭艦隊最初の呼称で、その頃、僕の階級はまだ大佐だった。
そういえば、第8艦隊などという独立した艦隊を作ると言い出したのは、コールリッジ大将だった。反対意見も多かったが、200年ほど前の慣例を引き合いにして無理やり創設され、その司令官に放り込まれたのが僕だ。
僕としてはあのまま第1艦隊のいち小隊の隊長として過ごし、そのままコールリッジ大将の説教を聞きながら無難に過ごす予定だった。だが気づけば、一つの艦隊をまかされて、気づけばさらに増員されてしまった。
「はぁ……1000隻かぁ……多過ぎるんだよなぁ、僕には」
「何をいうか、カズキ殿!1000人の将など、我がヘルクシンキでは珍しくなかったぞ!」
「いや、1000人じゃない、1000隻だぞ……全部で10万人規模の部隊だ。戦艦キヨスも含めれば、軍民合わせて12万人もの部隊ということになる」
「はぁ!?12万人!?ヘルクシンキの人口の10分の1の人員じゃないか!どうして、そんなに多いのか!?」
どうしてと言われてもなぁ。だから大変だという話をしているんだが。それにしてもこいつ、さっきから人の話を聞きながら何を食っているんだ?
「おう、リーナ、たまには中華料理もいいだろう。」
「そうだな、野菜が多くてどうかと思ったが、悪くないな、これは」
なんだ、中華の炒め料理を食べているのか。レティシアも、こいつのあまりの食欲にうんざりして、雑なものを混ぜてきたな。一方、その横ではボランレがまたきつねうどんを食べている。
「うみゃーよぅ、このきつねうどんはよぅ」
「おい、ボランレ、うどんばかり食ってると、あんまり身体に良くねえぜ」
「ふぎゃあ!妾は手羽先も食ってるから大丈夫だよぅ!」
あまり、大丈夫な気がしないなぁ。猫娘とはいえ、野菜も摂った方がいいんじゃないか?
「まったく、バカ犬は栄養バランスというものを考えないのですか?」
などと憤慨するのは、ヴァルモーテン少尉だ。しかし、どうしてヴァルモーテン少尉がここに?それに少尉よ、そういうお前だってさっきからソーセージしか食ってないぞ。ソーセージだけで、栄養バランスとやらはどうにかなるものなのか?
「ちょっと提督!ヴァルモーテン少尉まで、そんな目で見るなんて……」
あれ?グエン少尉もいるぞ。珍しいな。どうしてこれほどまで、皆が集結しているんだ?
その理由は、実に簡単だ。ここが戦艦ノースカロライナ唯一のフードコートだからだろう。確かに人が集まりやすいところではあるが、僕が言うのもなんだが、他に行くところはないのか?
「グエンよ、そなた、美味そうなものを食べているな」
「ああリーナさん、これはですね、ベトナムではよく食べられている生春巻きですよ」
「うむ、そうか。それじゃあレティシア、次はこれを食うぞ」
「はぁ?まだ食うのかよ。しゃあねえな……」
「あーら、ソーセージばかり食べているなんて、やはりドイツ人ってのは、豚の内蔵が大好きなんですねぇ」
「そのドイツよりも早く連合国に降伏したイタカスが、何をおっしゃいますか?」
「何ですって!かつては世界の大半を支配していたローマ帝国を前にして、同じことが言えるんですか!?」
「神聖ローマ帝国は、最後には我がドイツにあったのですよ。ご存知ありませんか、イタカス中尉殿?」
マリカ中尉の罵りを、ウンチクでかわすヴァルモーテン少尉。マリカ中尉は頭はキレるが、知識量ではヴァルモーテン少尉には敵わない。
「いやあ、今日の女子会も賑やかですね」
「まあ、いつものことだ。我々は我々で、やりましょう」
「プロテイン丼!」
「おい、それはホルモンだぞ、ドーソン」
「提督、どうせコールリッジ大将にしぼられてきたんでしょう?気晴らしに、何か飲みます?」
「うーん、そうだなぁ……それじゃあ、この黒ビールを」
「ちょっと提督!なんだってドイツ野郎の酒など飲むんですか!」
「いや、マリカ中尉、ビールなんて世界中、どこでも作ってるだろう」
「黒ビールなんて品のない色のビールは、ドイツ産くらいでしょう!」
「何を言いますか!黒ビールといえば、イギリスにもあるんですよ!」
「はぁ!?ブリカスまでこんな黒い液体を飲んでるんですって!?どおりで腹黒いジョークしか言わないわけですわ!」
「いや、中尉殿、イギリス人はあれをユーモアだと言って譲らないんですよ」
「なんてことを!ちょっと地球の裏側まで領土を持っていたからって、調子に乗りすぎですわ!」
「そうだそうだ!」
なんかもう、めちゃくちゃだな。いつのまにか、ヴァルモーテン少尉とマリカ中尉が意気投合してるぞ。そんなにイギリスってところは、快く思われていないのか?
「ああ、マリカ……私の祖先は、イギリスのバーミンガム出身なんだけどなぁ……」
それを聞いて、デネット大尉が少し傷ついてるぞ。またデネット大尉から見放されることになってもいいのか、マリカ中尉よ。
「やれやれ……賑やかなことだ。あ、ナイン大尉、ありがとう」
僕はナイン大尉から、黒ビールのジョッキを受け取る。
「いえいえ。それより、こっちでも何か盛り上がりましょうか。隣に負けずに」
「そうだな……で、ナイン大尉、何か話題でも、あるのか?」
「そうですね、そういえば……」
「よう、ナイン!おめえ、カテリーナとは、どうなんだ!?」
と、そこにいきなり割って入ってきたのは、レティシアだ。
「なんだ、レティシア。お前、あっちで盛り上がってるところじゃないのか?」
「つまんねぇんだよ。ヴァルモーテンのやつが、ブリカスがどうとか言い出してよ。で、どうなんだ?」
「あの、どうと言われましても、ご覧の通り、睦まじくやらせて……」
「そうじゃねえよ。夜だよ、夜。おめえら、どういう夜を過ごしてるんだ?」
「えっ!?あ、いや、ごく普通にベッドで……」
「そうかぁ?俺の予想では、カテリーナってのは結構、激しいんじゃねえかと思ってるんだけどなぁ」
なんだ、こいつ?どういう話をふってくるんだ。僕は口を挟む。
「お、おい、そういう話は向こうでしてるんじゃないのか!?」
「ところがよ、カテリーナだけ、いっつも誤魔化してるんだよ。だけど、俺の予想じゃ、ぜってえあいつ、すこぶる積極的なはずなんだよ。で、ナイン、どうなんだよ!?」
「ああ、いや、その……実はですね……」
そこから、カテリーナとナイン大尉の赤裸々な夜の事実が語られる。
「ええ〜っ?そ、そんなことやるんですか、カテリーナさん……」
「ほれみろ、思った通りだぜ」
「プロテイン・ベッド!」
「ところでレティシアさん、もしかして、他の人の話も聞いてたりするんですか?」
もっともな疑問をぶつけるのは、タナベ大尉だ。
「あたりめえじゃねえかまあ、そん中じゃおめえとダニエラは普通すぎてつまらねえな。ザハラーのは、見てくれ通りだし。だがよ、マリカのはすげえぜ。なんせあいつ、両手をだな……」
「……ええーっ!?そ、そんなことしてるんですか、デネット大尉!」
「いやあ、これが意外と、マリカは喜ぶんだよ」
なんだかすごい会話になってきてるぞ。挙げ句の果てには、僕とレティシア、リーナの話までしやがった。
……にしても、レティシアよ、お前、今まであの女子会で、そんな話ばかりしていたのか?
戦艦ノースカロライナの一角で、僕は0001号艦乗員の裏の性……生活を、垣間見ることになった。特にグエン少尉よ、お前、人を変態呼ばわりするわりには結構なことをしてるじゃないか。知れば知るほど、僕の気持ちは複雑になる。
だが、一番衝撃的だったのは、ヴァルモーテン少尉の話だ。あれだけ買い込んだツボをどうしてるのかと思ったら、まさか、そんなことに……




