#164 小競合い
「電波反応、多数!レーダー波と思われる電波の照射を受信!」
私は、乗員からの報告を受ける。
「なんだと!?まさか、もう発見されたと言うのか!?」
「はっ!間違いありません!これだけの頻度の指向性レーダー照射です、こちらが発見されたと考えて、間違い無いかと!」
「くそっ……全艦に伝達、隠密梱包、および電波管制解除!直ちに索敵に努めよ、と!」
「はっ!」
ソロサバル中佐が応える。そして、全艦に私の命令をレーザー通信で伝達する。艦内に、警報音が鳴り響く。直ちに、レーダーサイトに反応が現れる。
「レーダーに感!2時方向、艦影多数!500隻!」
「光学観測、艦色視認、明灰白色!連合艦隊です!」
やはり、連合の奴らの艦隊か。しかし、よくも我々を探知できたものだ。
今回使った隠密梱包は、今までとは違う。これまでの反省を活かし、改良されたものだ。
もっとも、改良と言っても、ただ体積が倍になっただけ、と言えなくもないが……
だが、いつもより捉えにくくなったことは間違いない。それをあっさりと喝破された。連合の奴ら、一体どういう手を使って、我々を見抜いたと言うのだ?
その理由は、直後に判明する。
「敵艦隊艦影、全長450メートル級多数!間違いありません、ロングボウズです!」
それを聞いて私は、直後に察する。なるほど、我々の隠密梱包が、通用しないわけだ。相手はあの、ヤブミ准将とはな。
「ビスカイーノ提督、どうしますか?また、降伏なさいますか?」
半ば皮肉で、ソロサバル中佐は私にそう進言する。
「冗談ではない、このまま前進し、一戦交える。何もせずに撤退など、連盟艦隊ではあり得ないことだ」
「了解しました。では、全艦前進し、あの艦隊に対峙すると伝達します」
「頼む」
私は短く応えると、ソロサバル中佐は早速、全艦に私の指示を伝達し始める。
つい先日、私は300隻の小艦隊を率いる提督となった。その最初の任務が、白色矮星域の偵察だ。
例の不明銀河、あそこへの航路はおそらく、白色矮星域のどこかにある。それを見つけ出すのが我々の任務だったが、その手前、この中性子星域でいきなり敵の艦隊に出くわす。
しかも、よりによってあの艦隊だ。
「さて、どういう戦術に出るべきかな?」
私は、ソロサバル中佐に尋ねる。
「艦隊参謀、意見具申。30分程度撃ち合い、退却というのが現実的なセオリーでしょう」
「なるほど、貴官は実にオーソドックスな回答を示してくれる。だが、観客はより情熱的で、劇的な展開を好むものだ」
「ですが提督、戦争というものは元々、面白みのないものです。そして、面白みのない勝利を重ねた者が、最終的には勝者となる。それが我々の知る歴史が示す回答です」
「そうか。だが、目の前にいるあの500の船は毎回、劇的な展開とやらをやってのけていたがな」
「役者が違います。あちらは、一流の兵装と智略を備えた、いわば看板役者。我々はただの噛ませ犬ですよ」
「やれやれ、自身の艦隊を噛ませ犬呼ばわりとは、嘆かわしい……」
ソロサバル中佐という男は、まるで面白みのない男だ。特にカロリーナのやつは、この男のそういうところを嫌っている。だが、それは極めて冷静な判断を下せる素質の裏返しでもある。
「まあいい、ともかく前進する。もしかしたら、噛ませ犬が勝利を掴むドラマティックな展開もあるかもしれない。そのわずかな望みに期待して、我々は進むとしよう」
「はっ!」
とはいえ、相手はあのロングボウズだ。一撃でこの300隻如きを粉砕できる、強烈な砲撃手段を持っているから、長々とは戦えない。長引かせず、さりとて味方を納得させるだけの、ギリギリの戦闘を仕掛ける必要がある。
できれば、全艦を無事に帰還させたかったが、それも叶わないだろうな。相手があれでは、少なくとも数隻は沈むことになる。私はそのことを痛感しつつ、前進を続けさせる。
◇◇◇
「数隻の指向性レーダーを照射して、ようやく発見できたんです」
「そうなのか?でも、なぜ……」
「分かりません。ですが、ダニエラは捉えてました。だから間違いなくそこに『ニンジャ』がいると確信したのです」
タナベ大尉からの報告を受ける僕。どうやら今回の相手は、いつも以上に捉えにくい相手だったようだ。まさかとは思うが、あの「ニンジャ」に改良を加えたのか?
「いかがいたします、提督」
ジラティワット少佐が、僕に尋ねる。
「相手は、我々よりも少ない。基本方針はいつも通りだ。敵を圧倒し、即時撤退に追い込む」
「了解いたしました。では全艦前進を続けます」
そのやりとりを横で聞いていたヴァルモーテン少尉が、意見具申する。
「作戦参謀、意見具申!」
「具申、許可する。なんだ?」
「はっ!ワン隊による、近接戦闘を進言いたします!」
こいつ、怖いことを言い出すな。僕は応える。
「ヴァルモーテン少尉。今回の戦いでは、勝利は不要だ。敵を撤退に追い込む。それだけでいい」
「ですが閣下!ここで敵にダメージを与えれば、敵も迂闊にこの宙域に入り込まないかと!」
「無理だな。それならばすでに我々は、敵に何度も相当なダメージを与えている。だが、今のところは逆効果だ。かえって敵の攻勢を誘っている」
「ならば、敵の撤退を促す目的で、近接戦闘を仕掛けるというのはいかがでしょう!?」
「うーん……ダメだな。ワン准将のことだ、自ら発進し、うっかり2、30隻沈めかねない。下手に追い込むのではなく、逃げ場を作りつつそちらに誘導する。今回の戦いは、それを基本とする。だから、近接戦闘は行わない」
「はぁ……」
あまり納得していないようだな。ただ、作戦参謀としては決して間違った意見を言っていない。戦いの勝利を得るという目的に対しては、極めて的確な提案をしている。
だが、戦いというものは常に勝利を必要とはしない。むしろ今回は、敵を手早く撤退に追い込むことが「勝利」だと僕は確信している。
簡単にいえば、あまり恨みを作り出さないようにする。少数の艦隊であれば、それに徹した方がいい。最近は、それを「基本戦術」としている。
もっとも、ヴァルモーテン少尉のような意見は、他の者からも出てくる。
『なんだって!?敵を撤退に追い込む!?どういうことだ!』
この遠慮がない口調は、エルナンデス准将だ。
「どうもこうもない。そういう方針だ」
『そんなことでは、敵をつけ上がらせるだけだ!叩けるうちに、叩いた方がいい!ましてや今の敵は少数だ!殲滅だって容易いだろうが!』
この意見に、同調する戦隊長も現れる。
『エルナンデス准将の意見に、私も賛成です。我が地球001の力を示しておく方が、後日何かと都合が良くなるかと思われます。どうか、ご再考を』
メルシエ准将もこの論調だ。どちらかというと、思考はエルナンデス准将に近い。やはりこの2人は攻勢派だな。
『いや、提督の意に従うべきだろう。敵を撤退に追い込むことこそ、我々の勝利を意味する』
『どういうことだ、ワン准将!それはただの引き分けではないか!』
『そんなことはない。敵はおそらく、あの「ニンジャ」を改良しているようだとの報告を受けた。ということはだ、それを喝破した上での余裕ある対応、その方が敵に与える影響は計り知れないと感じるが』
エルナンデス准将が、ワン准将に食ってかかるが、ワン准将も譲らない。だが意外だったのは、ワン准将はむしろ攻勢派に靡くものと思っていたが、それが外れたことだ。
『私も、提督の意見に賛成です。ここで下手に敵を沈めようものなら、その恨みの連鎖で、さらに戦争が長引いてしまうこととなる。それは第1艦隊総司令官、コールリッジ大将閣下の意思にもそぐわない。時にはメイプルシロップの甘さをもって征するのも、有効な戦術でしょう』
そう応えるのは、ステアーズ准将だ。残る一人であるカンピオーニ准将は特に発言しなかったが、ステアーズ准将の意見に頷いていた。こうして5人中3人が、僕の意見に同意だと判明する。
「ともかく、我々の今の任務は、第1艦隊と合流すること。このことを各戦隊長には心してもらいたい」
僕がこの場を締めると、5人の戦隊長は敬礼する。僕は返礼で応え、通信は切れた。
「では提督、全艦このまま前進し、当初の方針通り進めます」
横で会議を聞いていたジラティワット少佐は僕にそう告げると、通信用のモニターに向かって僕の指令を伝達する。
このやり取りの間に、敵艦隊はかなり接近していた。距離、すでに50万キロ。
「敵艦隊、射程内まであと12分!」
「全艦、砲撃戦用意!」
「はっ!全艦、砲撃戦用意!」
いよいよ、戦闘が開始される。射程の長いこちらが先に仕掛けるという、いつも通りの展開だ。さて、連盟軍は、どう動くのか?
できれば、そのままさっさと引き返して欲しいなぁ。
◇◇◇
「ロングボウズより、高エネルギー反応!」
「来たか……バリア防御、および回避運動!」
「了解、バリア防御、および回避運動開始します!」
やはりあれは、地球001の艦隊だ。こんな射程距離から撃てるやつは、地球001の艦艇しかない。しかも、450メートル級の駆逐艦だけで構成された、500隻の艦隊。間違いなくあれは、ロングボウズだ。
ヤブミ准将という男は、私が見る限り、あまり小細工を好まない性格の人物だった。多数の敵艦隊ならばともかく、今回のように少数の艦隊に対しては、撤退を促すために真正面から押しにかかる。極めて彼らしい戦術だ。
「あとどれくらいで、こちらは砲撃可能となるか?」
「はっ!あと10分!」
「そうか……それまでは、防戦しつつ前進」
「はっ!了解しました!」
とはいえ、一方的に撃たれ続けるこの時間は、なんとも形容しがたい忍耐の時間だ。あまり、気持ちのいいものじゃない。
だが、何の小細工もなしに、正面切って戦いを挑んでくれたおかげで、弾筋が読みやすい。こちらとしては避けやすくて助かる。こういっては何だが、指揮官として凡才な分、我々は生き長らえる事ができるというものだ。
しかし、いつもと比べて、どこか勢いがないな。ロングボウズにしては、射撃に精細さがない。一体、どういうことだ……?
◇◇◇
「外れ!右30、上50!」
また外れた。カテリーナにしては、珍しいほどの外れっぷりだ。まさかとは思うが、今日の砲撃手はカテリーナではないのか?
「砲撃管制室に確認して欲しい。砲撃手に異常があるんじゃないのか?」
「はっ!」
たまらず僕は、乗員の一人に確認を求める。どうにも、奇妙だ。
「なんだって?異常なし?砲撃手は、本当にカテリーナなんだろうな!」
「はい、きわめていつも通り、納豆ご飯を食べた後に管制室に入った、とのことです」
「なんだそれは……だが、まるで素人の砲撃結果だぞ?どうなっている?」
「なんでも、相手を感じない、と言っているそうです。」
「感じない?どういうことだ」
「さあ、そこまでは……」
そこでふと僕は思い出す。そういえばカテリーナは、相手の殺気を察してそこに狙いを定める。こちらに向けられた憎悪のようなものが、カテリーナにとっては狙いの的だ。
それが感じられないと言っているのではないか?だとすれば、それはカテリーナにとって致命的だ。しかし、なぜ?
まさかとは思うが、今度の敵は「ニンジャ」の改良だけでなく、カテリーナ対策とでもいうべき何かをしてきたというのか?
あるいは、カテリーナ自身の能力が、消えてしまったのでは……
「まあいい、別に今回は、敵の艦隊を沈めることが目的ではない。このまま砲撃を続行、敵を圧倒する」
気にはなるが、今は気にしたところで仕方がない。このまま、砲撃を続行することにする。そろそろ、敵の艦隊が砲撃を開始してくるころだ。
「敵艦隊より高エネルギー反応!砲撃、来ます!」
◇◇◇
「……そろそろ、10分か」
「はい、こちらの砲撃開始から、10分です」
膠着状態が続く両者の撃ち合いだが、こちらが砲撃を開始して10分が経過する。
実はこの10分が、ロングボウズを相手にするときの一つのターニングポイントだと言われている。
「ここでやつら、あの持続砲撃という手段に出るかもしれないな」
「はい、彼らがあの砲撃を行うときは、交戦から10分というのが最も多いとされています」
「ということは、それらしい動きがあれば、危ないということだな?」
いくら我々が抗おうにも、あの砲撃を受けてしまってはひとたまりもない。鉄壁のバリア防御すら貫き、一度で数百隻を葬ることができるというあれを食らっては、我々300隻程度の艦隊ならば全滅もありうる。
だが、今のところ、ごく普通の戦闘が続いている。敵にも、動きはない。
いや、それは急に現れた。
「敵艦隊一角にて、妙な動きがあります!」
突如、光学観測員より報告が入る。
「なんだ、妙な動きとは?」
「艦4隻が、一箇所に集まっております!」
「何!?4隻が?」
確かに奇妙な動きだ。だが、その動きにソロサバル中佐が反応する。
「ビスカイーノ提督!これはまさにあの砲撃の、前兆です!」
「前兆……?」
「ロングボウズのあの砲撃を受けつつ、生還した艦の乗員からの報告です!あの砲撃の直前に、その砲撃を行う艦を防御するように、4隻の艦が集結するとのことです!」
まさにその言葉通りの行動が、今行われているところだ。それを受けて私は、決断を迫られる。
「……全艦に、直接通信」
「はっ!」
私は、ソロサバル中佐に直接通信の用意を命じる。
「達する。司令官のビスカイーノだ。我々は今、敵が防御不能な持続砲撃の準備行動をしているところをキャッチした」
艦橋内の乗員は、それを聞いて一瞬、表情が変わる。命の危機に瀕した時に、人が見せるごく普通の表情だろう。
「我々の目的である偵察任務は果たせなかったが、敵もまた、こちらの領域侵入を果たせなかった。ゆえにこの戦いは引き分けであり、決して敗北ではない。加えて、我らが祖、メルヒオール提督は、勝利より生存を第一とされた。生きて再戦の機会をうかがえと。ゆえに我々はこの宙域より転進し、後方にて守りを整える。全艦、直ちに後退!」
それを受けて、この旗艦も後退用スラスターを全開で吹かす。周囲も同様に、一斉に後退を開始する。
我々の動きを察してか、やがて敵の砲撃も止む。我々は反転し、中性子星方向へと向かう。
◇◇◇
「上手くいったようだな」
僕は陣形図を眺めつつ、ジラティワット少佐に呟く。
「ええ、思った通りです」
少佐もそう、呟く。
「しかし、砲撃を止めて後退し、4隻の艦に我が艦の前に出てもらった、ただそれだけの行動で、これほど効果があるとは……」
「彼らも、学んでいるということなんでしょう。誰だって、命は惜しいですから」
「ともかく、どうにか無事に終わったな」
敵艦隊の撤退を見送りつつ、僕は安堵する。
「では、我々の本来の目的を、果たすとするか」
「はっ。では艦隊、左方向に転進、第1艦隊駐留域へと向かいます」
艦は大きく左方向に向きを変える。そして、本来の航路に戻る。
戦いを終えた直後、僕は変な錯覚に襲われる。
なんと表現すれば良いのだろう、戦ったという実感がないというか、その余韻もない。実際、今回の戦いは短時間に終わり、敵味方共に損害はない。
今回の戦闘は、初めからおかしかった。敵の発見の遅れもさることながら、カテリーナの命中精度低下、敵の艦隊の撤退の速さ。確かに、今までとは違う行動が見られたことは確かだ。
だけど、それだけでは説明がつかない、この感覚。撤退する敵艦隊を見送りながら感じる、違和感というか、なんというか……なんだろう、この不思議な感触は。
まさか、風邪でもひいたのだろうか?後で医務室にでも立ち寄ろう。司令官席の上で僕は、そう考えていた。




