#163 出港
「おお、なんだこれは!?」
「なんか、こいつ変だよぅ?なんだよぅ、これは?」
「上に行って、調べて参りましょうか?」
メイエキの大きなビルの前のアーケードの中に立つ、真っ白で巨大な人型の像。それを下から見上げる、リーナとダニエラ、エリアーヌ准尉、そしてボランレ。後ろからその様子を、僕とタナベ大尉が伺う。
「……でかい……」
「ああ、でかいね」
そこに遅れて現れたのは、ナイン大尉とカテリーナだ。さらにその後ろから、デネット大尉とマリカ中尉も現れる。
「なんですか、この品のない像は?」
「あはは、マリカは手厳しいな。でもこれ、ここの名物らしいよ」
「ふうん、名物ねぇ……これだからナゴヤは、おかしな街だと言われるんですよ」
いや、イタリアも大概だと思うぞ。斜めに傾いた塔があったり、嘘つきが手を突っ込んだら噛まれるという像が置いてあったり。それに比べたら、これはまだマシでは?
「でかい!」
「おう、でかいな。だが、筋肉が足りない」
ドーソン大尉とザハラーも現れた。それを見たレティシアが、口を開く。
「おう、みんな集まってるな。やっぱりナナちゃん人形を集合場所にして正解だったぜ。それじゃあ、行くか」
なぜかその場を仕切るレティシア。といっても、別に特別なところへ行くわけではない。向かうは、バスターミナルだ。
「レティシア、別に直接トヨヤマ集合でもよかったんじゃないのか?」
「なんでぇ、ナゴヤで待ち合わせって言ったら、ナナちゃん人形だろう」
この妙なこだわりは、なんとかならないんだろうか?で、そのナナちゃん人形の元に集まった第8艦隊旗艦所属の面々は、ぞろぞろと移動を開始する。
「そういえばレティシア、そなたの言っていたチューブ式味噌、たくさん買っておいたぞ」
「おう、そりゃあいい。あれは便利だからな」
「そういえば、リーナさんは他に何を買われたんですか?」
「おお、ダニエラ殿。服を何着か買ったぞ。あと、木刀もだ」
「えっ!?木刀!?」
「うむ、ノブナガ公も愛用したとされる木刀だと聞いたからな。ぜひ買わねばと思い、買ったのだ」
なんだか、ヴァルモーテン少尉のようなことを口走るようになったな。リーナにも影響を与え始めたか?
そのヴァルモーテン少尉だが、急に故郷を見たくなったとかで突如、ドイツに帰った。で、トヨヤマで合流することになっている。またジラティワット少佐は、トヨヤマで佐官向けの研修を受けている。その関係で、グエン少尉もトヨヤマにいる。
西暦2491年1月4日。まだ正月の雰囲気が残るこのメイエキに集まった面々は、トヨヤマへと向かい、出港する。
にしても、今回の滞在は想定以上に長引いた。急に僕と戦隊長らの昇進が決まり、その結果、戦隊長らが研修と訓練を受けることになった。ついでに、ジラティワット少佐も延延になっていた佐官研修を受けさせられる。このため2週間の予定が、3か月近く滞在することになってしまう。
「ふぎゃ!高いよぅ!面白いよぅ!」
トヨヤマ行きのバスが浮上すると、ボランレが興奮し始める。相変わらずあの耳は、ここでも注目の的だ。オオスでは、すっかり名物となってしまったが、それも今日で終わりだ。
フタバが「ここに置いていけばいいのに」と無責任なことを言い出したから、僕が「それじゃ、お前がボランレを飼うか?」と聞いたら拒否された。つわりは落ち着いたようだが、だからといって猫耳娘を1匹、飼う余裕はフタバにはない。
そういえば、バルサム殿はあまり姿を見せなかったな。どうやら、この星のあちこちを飛び歩いているらしい。まるで一時期のフタバのようだ。が、それはマルツィオ陛下の依頼をこなすためではあるのだが。
『まもなく、トヨヤマ宇宙港に到着します。お降りの方は、お忘れ物のないよう、ご注意下さい』
到着間際のアナウンスが流れ、あっという間にトヨヤマに着いたことを知らされる。窓の外を見ると、駆逐艦用ドックが見える。そこには、出港準備を進めつつある0001号艦の姿も見えた。
「ふぎゃあ?なんだよぅ、これは?」
バスを降りると、ロビーに続く通路の両脇に立てられたものに目を留めるボランレ。
「ほんとだな、おい、通路の両側に奇妙なものがあるぞ。3本の簡易な槍のようだが……カズキ殿、なんだこれは?」
「ああ、これは門松だ」
「門松?何だそれは?」
「正月になると、飾るやつだ」
「正月とは確か、一年の始まりのことであったな。で、この3本の槍にはどういった意味があるんだ?」
執拗に聞くリーナだが、僕もそんなに詳しくない。だいたい、最近はあまり見かけないし、オオスをよく歩くリーナも初めてこれと遭遇する。
「門松とは神様に福を運んでもらうために、家の玄関の両側に並べて目印とするものなのですよ。つまり、トヨヤマ宇宙港の入り口であるここに並べることで、福運を呼び寄せようとしているのでしょう」
と、そこに別のバス停から現れたヴァルモーテン少尉が、リーナに応える。で、また何やらウンチクを語り出したが、それに聞き入るリーナ。こいつは食欲だけではなく、時折、知識欲に目覚めることもある。
「そうか、竹か。竹といえば、シナチクだ!カズキ殿、ラーメンが食いたくなったぞ!」
が、やはり食欲の方が勝るらしい。だがリーナよ、ラーメンなど食っている暇はない。すぐに出港だ。
で、恨めしそうに宇宙港内のフードコートを横目に通り過ぎて、0001号艦へと向かう一行。そして艦の真下に辿り着き、入り口から入る。
「お待ちしておりました、提督」
出迎えたのは、ジラティワット少佐だ。その横には、グエン少尉もいる。僕は2人に返礼で応えると、エレベーターに乗り込む。
そして、艦橋に立つ。
「出港準備、完了しました!」
「了解、では直ちに出港。全艦にも伝達」
「了解しました!0001号艦、発進用意!」
「機関始動、出力上昇!」
オオシマ艦長の号令と同時に、フィーンという音が艦橋内に響き渡る。徐々に機関音が増していく。
『機関室より艦橋!機関出力10パーセント!離昇出力突破!』
「抜錨!駆逐艦0001号艦、発進する!」
「前後ロック解除、抜錨、0001号艦、発進します!」
いつものやりとりののち、駆逐艦0001号艦は発進する。ドックを離れ、ゆっくりと船体が上昇を開始する。
「ふぎゃあ、浮き上がったよぅ!」
「当たり前です、宇宙船なのですから!いい加減、バカ犬も慣れたらどうです!?」
相変わらず、ヴァルモーテン少尉はボランレのことを「バカ犬」呼ばわりだ。彼女以外は皆、猫扱いなんだがな。特に、艦長は。
オオシマ艦長も、久しぶりに会うボランレを見て、やはりあの耳が気になるようだ。上昇する艦内の外の風景を見て歓喜し、ぴょんぴょんと跳ねるボランレのその耳を、さっきから目で追っている。
そして、高度3万メートルから半開で衛星軌道に乗る。そして衛星軌道上で機関を全開にし、重力圏離脱し木星方向へと向かう。
「ふぎゃあ……おっかなかったよぅ」
重力子エンジン全開時のあのバリバリという音に馴染めていないボランレは、ちゃっかりとオオシマ艦長の膝の上にしがみつく。で、オオシマ艦長はそっとその耳に触れる。するとまた、喉をゴロゴロと鳴らすボランレ。
「ちょっと提督!ボランレちゃんを膝枕して何を……」
そこに、たまたま点検に現れたグエン少尉が、ボランレの様子を見て怒鳴り込んでくる。が、僕はボランレのいる席の手前にある司令官席におり、それを察したグエン少尉は口をつぐむ。
「あ……艦長……?」
「あ、いや、ボランレ君がだな、その……」
「ふぎゃ?」
僕が同じことをすると怒鳴り散らすくせに、グエン少尉はどうしてオオシマ艦長だと、こうも態度が変わるのだろうか?だが、オオシマ艦長もいつになく、動揺を隠せない。
宇宙艦隊歴33年になろうかというオオシマ艦長ですら、これほど動揺することもあるんだと、僕は思わず感心してしまう。やはりこの艦隊の面々は、基本的に規格外だ。特にこの0001号艦には、変わり者が多い。その中でも比較的、常識的なオオシマ艦長だが、徐々に周りに染まってきたということか?
「提督、第8艦隊全艦、地球001を出港しました。集結地点の指示を願います」
「そうだな……このまま木星へと向かい、衛星カリスト近辺に集結する。全艦に伝達してくれ」
「はっ!」
僕の指令を伝達するジラティワット少佐。同じ頃、ヴァルモーテン少尉は航路の選定を行っている。
「提督、木星近辺にあるワームホール帯にて太陽系外縁部に出た後、地球ゼロを経由し、白色矮星域に出て地球1010へと向かいます」
「了解した。それが一番、最短だろうな」
「ですが一度、中性子星方面へと向かいます」
「なぜ、そっち方面に?」
「はっ、第1艦隊総司令官、コールリッジ大将から召喚要請がありまして」
「はぁ……コールリッジ大将か……」
いつの間に、コールリッジ大将からの要請なんてあったんだ?そういえば、このところ全く顔を合わせていないな。最後に会話したのは、連盟軍捕虜を解放した後の直接通信の時だった。
しかし、何の用だろう?別にコールリッジ大将に会う理由がない。どちらかといえば、さっさと地球1010へと向かいたいところだ。もう3か月も、地球1010の住まいを放置したままだ。せっかく地球042司令部から借りているというのに、ほとんど住んでいないとなれば、いずれ返還要求されてしまう。
「了解した。中性子星域へと進路を向ける。まずは、白色矮星域へと向かう」
「はっ!」
決定した進路を、全艦へ伝達するヴァルモーテン少尉。この分業化のおかげで、ここ司令部も物事がスムーズに回るようになった。ジラティワット少佐は、第8艦隊全艦に集結場所を指示し終え、ヴァルモーテン少尉はその先の進路を伝達している。
そしてこの艦は、巡航運転に入った。
「いや、最近は本当に安定してますね」
「そうなのか……暴走の兆候とか、そういうものは?」
「伝達管を交換して以来、兆候すらありませんね。極めて、普通の機関です」
僕は今、機関室に来ている。熱い機関室の中、極めて順調に回る機関の横で、機関長に最近の機関の調子について尋ねているが、すこぶる良好だという。
「それじゃあもう、レティシアの出番はなさそうだな」
「ええ、こっちの出番は、そうでしょうね」
「こっち?こっちじゃない出番なんて、あるのか?」
「ええ、レティシアさんは今、機関室の脇にある休憩所にいますよ」
そんなところで何をやってるんだ?僕は機関長が教えてくれたその休憩所に向かう。
休憩所の前に立つと、その扉越しに、中の会話が聞こえてきた。
「……そうか、そんなに惚れ込んじまったのか……」
「そうなんです!惚れてしまったんです!ですから、ぜひ!」
なんだ、いつもの恋愛相談か……と思ったが、文脈からするとこの士官、レティシアに迫っているように聞こえる。おい、まさか……僕は思わず扉を開けて、中に入る。
「あ……提督……?」
相談相手の士官が、僕の姿を見るなり立ち上がり、敬礼する。
「おい……ここで何をやっている?」
僕はレティシアに尋ねる。
「見りゃあ分かるだろう、恋愛相談だ」
「いや、だから、誰相手の恋愛相談なんだ?」
「ああ、ボランレだよ」
「は?ボランレ?」
「そうだよ。だからこいつ、『飼い主』である俺に、お付き合いの許可を貰いたいっていってきたんだよ」
なんだって?ボランレと付き合う許可?何を言ってるんだ、どうしてレティシアがボランレの飼い主ってことに……
うーん、否定はできないな。それを言ったら、僕やリーナだって飼い主のようなものだ。結局、ナゴヤにいる間はずっと同じホテルの部屋で暮らしていたからな。
もっとも、あいつは離れたベッドで丸くなって寝ていたから、本当にペットのようだった。なお、実家のコタツを見つけるや否や、すぐさま中に入って丸くなる。ますます猫だな、あれは。
「だがよ、そういうもんは、俺じゃなくて本人に尋ねるもんだぜ。俺がどうこう言えることじゃないからな」
「そ、そうですか。分かりました」
そう言うとその士官は、レティシアと僕に敬礼し、休憩所を出る。
「なんだ、ボランレに恋する士官がいるのか?」
僕はレティシアに呟く。
「ああ、いるぜ。しかもこれで3人目だ」
「えっ!?3人目!?そんなにいるのか?」
「そうだよ。ここんとこ急に増えたんだよ」
「……ちょっと聞くが、あのボランレに、どうやったら恋愛感情を抱けるんだ?」
「なんでもよ、あのふさふさの耳と馴れ馴れしい性格がいいんだとよ。そういうものなのかねぇ?」
うん、確かにボランレは馴れ馴れしいな。耳に触れた相手には、お構いなしに顔を押し付けてくる。あれを恋愛行動だと、本能的に受け止めてしまう男が現れてもおかしくはない。
それに、あの猫耳に惹かれる要素もありそうだ。オオスでも人気あったからな、あの耳は。
「で、レティシアはその相談に、どう応えてるんだ?」
「今と同じだ、本人に聞けって」
「まあ、そうなるだろうな……」
レティシアがこの手の相談をよく受けるという話は聞いているが、まさかボランレの相談を受けることになろうとは。
どちらかというと、ヴァルモーテン少尉の方をどうにかしてくれないかなぁ。あの士官、放っておくと多分、恋愛などと言うものとは無縁の生活を一生送る羽目になるぞ。似たような心配をマリカ中尉にもしたことがあるが、運よく相手に巡り合えた……いや、心奪われた、と言った方が正しいか。
そんなレティシアの「裏の仕事」を見届けつつ、我が艦隊は一路、白色矮星域を抜けて、中性子星域へと向かう。
「ワープアウト、中性子星域に突入。前方に艦影なし」
「そうか。では全艦に伝達、戦闘態勢、解除」
「了解、戦闘態勢解除を、伝達します」
第1艦隊の駐留する中性子星域に入る。遭遇戦の可能性はなくなり、戦闘態勢の解除を指示する。そして僕は艦橋を出て、食堂へと向かう。
「やれやれ……やっと食事だ」
僕は目の前にいるレティシアにぼやくように、一言呟く。
「おう、大変だったな」
「大変なんてもんじゃないよ。第1艦隊から、敵艦隊らしき艦影がこちらに向かっている、なんて連絡してくるものだから、ワープ直後の遭遇戦の可能性に備えて皆、ピリピリしてたんだよ」
「ま、いいじゃねえか。それも杞憂で終わったってことは、なんにしてもめでたいことだぜ」
いや、別にめでたいわけではないだろう。単に、敵が現れなかったというだけにすぎないんだから。それにここは、元々は敵の支配圏だった場所だ。どんな罠が仕掛けられているか、分かったものではない。
「ふぎゃん、ふぎゃん!」
と、そこに、能天気な声を上げてボランレが現れる。最近、ようやくフォークとスプーンが自在に使えるようになったため、様々な食べ物に挑戦できるようになった。
で、今日はきつねうどんだ。席に座るや否や、油揚げをフォークで突き刺し、それをベロンと持ち上げて、食らいつく。
「う、うみゃ〜っ!」
あの笑顔に、少なくとも艦内の3人の士官が胸打たれていることが判明している。なるほど、屈託のない笑顔だ。おまけに耳まで連動して、その嬉しさを情熱的に表現している。あれがオオスで大人気となった理由でもある。
で、今度はうどんにフォークを突き刺す。それを引きずり出すように口に運び込むと、ズルズルと音を立ててそれをすする。あの様子では、うどんも気に入っているらしい。
それにしても、無邪気な笑顔で食べるものだ。一方、向こうに座ってヴァイスヴルストという白っぽいソーセージを食べるヴァルモーテン少尉は、隙のない表情で食事を続けている。どちらに人気があるか、一目瞭然だ。
そんな和やかな食事が続くが、突如、一変する。
うどんを食べ終え、残りの汁を飲もうとしたボランレが、そのお椀を置いて突如、興奮し始める。
「ふぎゃあっ!」
なんだろうな、さっきまでのあの和やかな笑顔はどこへやら、耳を逆立て、殺気立った表情で鳴き叫ぶ。
「なんですか、バカ犬。食事というものは、もっと静かに、厳かに、上品に行うものであって……」
「ふぎゃあっ!」
ヴァルモーテン少尉の言葉など、まるで耳に入っていない様子だ。どうしたと言うのか?そしてボランレは、食堂の厨房のある辺りを指差し、叫び続ける。
「ふぎゃ!ふぎゃ!」
食堂にいる皆は、この急変したボランレの様子を心配そうに見つめる。確かに、異常だ。だがこの反応、以前にも見た記憶が……
「ヴァルモーテン少尉!」
「はっ!」
僕は、ヴァルモーテン少尉に向かって指示を飛ばす。
「艦橋に連絡、1時方向に転舵、ダニエラおよびタナベ大尉に、索敵要請!」
「はっ!承知致しました!」
そうだ、この反応、以前にも似たようなことがあった。我々のレーダー、そしてダニエラの「神の目」をも凌ぐ、その感性。
それが、何かを感知したに違いない。
しばらくして、その結果が艦内放送で知らされる。
『レーダーに感あり!0時方向、距離170万キロ!艦影多数、駆逐艦300!』
『光学観測、艦色視認、赤褐色!連盟艦隊です!』
やはり、第1艦隊からの連絡は、正しかったようだ。第8艦隊は、300隻の「ニンジャ」の敵艦隊を発見する。




