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#162 射手

 12月に入り、寒さが増す。これほどの寒暖差を経験したことがないリーナは、今はヘルクシンキよりも寒いナゴヤを分厚いコートをまとい、商店街を行く。


「うう、寒いな……こういう時はやはり、あったかいものを食べるのがいいな」


 食欲だけは、どんな時でも健在だな。早速、その温かいものを売ってそうな店を見つけて、吸い込まれるように入り口に向かう。


「なんだよ、また食うのか?お前、さっきケバブ食ったばかりじゃねえか」


 さすがのレティシアも呆れ声だ。だがレティシアよ、リーナはいつもこうだぞ。今さら、何を呆れている。

 といいつつ、レティシアとリーナは共連れで、ある店に入る。


「ふぎゃ?なんだ、ここはよぅ?」

「おう、ここはインド料理の店だ」

「インド?なんだよぅ、それは。美味いのかよぅ?」

「どうだかな。まあ、グダグダ言わず、食え」


 レティシアに説明を求めるのが間違いだと言うことを、そろそろボランレも学習するべきだろう。見聞きするより、感じろ。それがレティシアのモットーだ。


「な、なんだ、この雑巾みたいなのはよぅ!?」

「雑巾じゃねえ、これは『ナン』という、一種のパンみてえなやつだ」

「なんだよぅ!?これが、パンなのかよぅ!?」

「で、これをこのカレーにつけて食べるんだよ」

「ふぎゃあ!?カレーって、辛いやつだよぅ!」

「大丈夫だって、おめえに合わせて、甘口にしてやったからよ」


 辛いものが苦手なボランレは、目の前に出された、金属製のお椀に注がれた茶色い液体を恨めしそうに眺める。耳はすっかり、萎んでいる。


「で、こいつの食い方は、こうだ。まず、端っこをちぎってだな……」


 レティシアが、ナンを千切ってみせる。その一端をカレーにつけ、パクりと一口、食いつく。それを見たリーナが、恐る恐る同じ動作をする。


「ん!?な、なんという辛味と旨味の調和か!?」


 どうやら、カレーと聞いて想像していた味とはちょっと違ったのだろう。やや癖のある独特の香辛料の香りと共に、普段、リーナが接しているカレーと名のつくそれとは違う雰囲気の食べ物を、衝撃を持って受け入れる。

 その様子を見ていたボランレだが、やはり恐る恐るそれを口にする。パクッと食らいついた瞬間、ボランレの耳がピンと立つ。


「う……うみゃ〜っ!」


 あまりの叫び声に、店内の客が一斉にこちらに注目する。さっきまでの戦々恐々としたあの態度は何処へやら、ナンをちぎり、そのチキンカレーに漬け込むと、それを食べてはプルプルと感動を抑えきれずにいる。

 そういえばボランレは、南国系の民族のようだ。元々、南国でよく好まれて食べられているこの料理を、ボランレ自身も気に入ってしまったようだ。

 しかし、香辛料って猫に悪いんじゃなかったのか?その辺りは、人間と同じでいいんだろうか?どうもこいつの生態は、いまいち分からない。

 で、僕は3人の戦乙女(ヴァルキリー)を眺めつつ、ナンを千切っては食べ、また千切っては食べる。それを繰り返す。ナンというやつは、意外と腹に溜まる。たかが一枚のナンでも、腹が膨れてくる。

 しかしこの3人はもろともせずそれをガツガツと食べる。見ているだけで、ちょっと食欲が落ちてくるな。どうしよう、残ったナンを、リーナにでもあげようか?そう考えていた時、僕の横にある人物が現れる。


「あれ?提督もここにいたんですか」


 それは、ナイン大尉だった。僕は応える。


「ああ、レティシアが、ここで食べると……で、ナイン大尉は、どうしてここに?」

「いや、この店、カテリーナのお気に入りの店なんですよ」


 そういえば、横にあのトレードマークでもある尖った帽子を被ったカテリーナがいた。凄腕の砲撃手も、街に出ればただのコスプレ少女だ。なぜか、僕の顔をジーッと見るカテリーナ。


「あの、隣の席、よろしいですか?」

「ああ、構わない」


 僕らの座る円形のカウンター席の隣に腰掛けるナイン大尉とカテリーナ。で、カテリーナは席に座ると、今度は向かい側にいるリーナの顔をじっと見つめる。


「な、なんだ!」


 食べるのに夢中なリーナが、カテリーナの視線を感じて、急にその手を止める。


「いや……美味しいのかな、と」

「おう、美味いぞこれは!そなたの好物なのか!?」

「……そう……美味しい」


 そういえば、リーナとカテリーナは真逆の性格のようで、不思議と波長が合うようだ。出会えばいつも、こんな感じにさりげなく会話が成立している。

 カテリーナ自身は無口だが、そんなカテリーナがリーナ相手には、意外と口を開く。なぜだろうか?共通点といえば、食欲が旺盛ということくらいだが。

 で、カテリーナのやつ、見てくれはおとなしいが、食べることに関してはリーナに負けてはいない。出てきたカレーには、チキンの肉になぜか納豆が入っている。その納豆チキンカレーに、大きくちぎったナンをどぶ漬けし、それに食らいつく。

 無言だが、満足げに頬を撫でるカテリーナ。こいつ、こんなものにまで納豆を入れてるのか?というか、そんなメニュー、この店にはあるのか?にこやかにそれを見守るナイン大尉の表情を見るに、今回限りのメニューというわけではないようだ。

 無口で豪食なカテリーナに、暴食のリーナ、そして快食のボランレに、旺食のレティシア。4人を言い表すなら、そんな単語が思いつく。そんな4人の元に、さらにもう一人現れる。

 軍服姿で、比較的、低い背丈の人物。てっきり、ヴァルモーテン少尉かと思ったが、それにしては髪がやや白っぽい。よくみれば、イタリアーノな顔立ちのその女性士官、マリカ中尉だ。


「あら、提督と愉快なメスどもではありませんか」


 いちいち喧嘩腰だな。ムッとするレティシアを抑えて、僕は応える。


「なんだ、マリカ中尉か。そういえば彼氏のデネット大尉は、一緒じゃないのか?」


 そういえば、つい先日もあの推論を披露した時にも、デネット大尉の姿はなかった。というか、デネット大尉は確か、故郷であるカリフォルニアに帰ったはずじゃなかったか?

 だが、僕のこの一言は、マリカ中尉にとってはクリティカルヒットだったようで、急に涙目に変わる。


「うう……デネット様、私を置いてカリフォルニアに行かれてしまって……」


 まさか泣き出すとは思わなかった。いつも周囲にマウント取りながら生きているようなやつだというのに、今日はまるで態度が違う。


「うわぁーん!でえっとあまがいあいとさびひいえすわぁ〜ん!」

「お、おい、落ち着けマリカ!何があったか話してみろ!」


 ヴィジュアル的には、僕が泣かせたように見られてるんだろうな。それは確かにそうだが、僕が直接の原因ではないぞ。


「で、どうしてデネットは、おめえを捨ててカリフォルニアに帰っちまったんだ?」


 随分とストレートに突くレティシアの言葉に、マリカ中尉は反論する。


「捨てられたんじゃありません!置いていかれただけですわ!」

「……それを普通、捨てられたっていうんじゃねえか」

「違います!私が今の職務を終えるまで、会わないようにしようと、言われただけですわ!」

「は?どういうことだ?」


 この狭い店で、あまり大声を出さないで欲しいなぁ。注目の的だ。目立ってしょうがない。で、散々騒がれて分かったことは、デネット大尉がマリカ中尉にある条件を迫ってきたということだ。

 すなわち、僕が依頼した調査結果を報告するまで、デネット大尉はマリカ中尉に会わない。やつはそう告げたらしい。

 だが、妙だな。それなら先日、マリカ中尉の「推論」を聞かせてもらったばかりだ。その条件はもう、満たされている。


「マリカ中尉、貴官はデネット大尉に、先日の報告会のことを話さなかったのか?」

「いえ、話しました」

「だったら、なぜ?」

「『マリカのことだ、きっと全てを話してはいないだろう』とおっしゃられて……」

「おい、いくらなんでも、それはちょっと……」

「うわああぁん!デネット様、私のことをそこまで見透かしていたなんてーっ!」


 あれ?もしかして、デネット大尉が正解だったのか?てことは、マリカ中尉のやつ、まだ何か隠していることがあるというのか?

 それにしても、恐ろしいほどの洞察力だな、デネット大尉は。マリカ中尉が話していないことがあるなどと、よく言い当てたものだ。いや、もしかして、さすがのデネット大尉も、マリカ中尉に嫌気がさしてきたのかもしれず、それ自体はマリカ中尉と会わないための、でまかせという可能性もあるな。


「……で、その話していないこととは、なんだ?」

「はい……それが、そのカテリーナさんに関わることなのです……」

「はぁ?カテリーナに関わる?どういうことだ」


 するとマリカ中尉は立ち上がり、そばにあったおしぼりで顔をさっと拭くと、軍帽を整えて未使用のストローを握ると、それを指し棒代わりにして、手に持っていたタブレット端末を僕に向けてプレゼンを開始する。


「それでは提督、今回はカテリーナさんが関わる、ある秘密に迫ってみましょう。ではでは、こちらをご覧下さい」


 恐ろしいほどの変わり身だな。さっきまで泣き叫んでいたやつとは思えない。いつものあの冷徹で憎悪をも抱きたくなる雰囲気の、マリカ中尉に戻っている。


「アルテミス、という神を、ご存知ですか?」

「ああ、知っている。確かアポローンとは双子の関係にある神だ」

「あーら、よくご存知で。さすがは提督、少しはギリシャ神話を勉強されたんですね」

「そういうのはいいから。で、そのアルテミスというのが、どうしたというんだ?」

「その神の名は、カテリーナさんのいたダミアという国で語り継がれていたのですよ」


 急に新たな事実が飛び出した。しかも、カテリーナのいた国に関わる話だというのだ。


「なぜ、そんなことをマリカ中尉が知っている?」

「カテリーナさんから聞いたのですよ。その、アルテミスの名を」

「なんだって!おい、カテリーナ、本当か!?」

「……本当。アルティミス、我がダミアの守護神」


 こんな身近なところに、まだあの神話に関わるネタがあったというのか。ちょっと発音が微妙だが、マリカ中尉が言う通り、アルテミスのことだろう。だが、どうやってマリカ中尉は、カテリーナからアルテミスの名を聞き出したというのか?


「なぜ、カテリーナからアルテミスの事を聞き出せたのだ?」

「いえ、たいしたことではありませんわ。最初、私はカテリーナさんに、アポローンの事を尋ねたのです。するとカテリーナさんが、自身にとっての神は、まさにアルテミスだとおっしゃったのです」


 ああ、そういうことか。ということは、あの星にはアポローンの他に、アルテミスという神もいたことになる。


「ならば、ダニエラもその神の名を知っていたと?」

「いえ、これが不思議なことに、ペリアテーノ帝国ではアルテミスの名はないそうです。アポローンと深くかかわる人物だというのに、なぜなのでしょう?」

「……いや、こっちが聞きたいんだが」

「そんなこと、私に聞かれても分かりませんわ。だから、地球(アース)1010に戻ったら、真っ先にカテリーナさんの故郷、ダミアに赴こうと思っていたんです」

「で、何か見つかる確証はあるのか?」

「全然」

「全然って……」

「だって、アポローンの双子の兄妹ということ以外は、まるで関連性がない相手ですよ?こればかりは神話からだけでは、何とも読み取れませんわね」

「だが、何か逸話はないのか?その、アポローンとアルテミスに関する逸話のようなものは」

「そうですわね……そういえば、アルテミスの恋人だったオリオンを、アポローンはアルテミスの手で殺させてますわね」

「は?アルテミスの恋人を、アルテミスが殺した?何を言ってるんだ?」

「こういうことです。アポローンはまず、オリオンにサソリを仕向けて海に追い出した。その海上を逃げるオリオンを指差し、アポローンはアルテミスにあれを射るように諭す。自信満々に、そのオリオンを射止めてしまったアルテミスは、直後にそれがオリオンであることを知る……」

「なんだそりゃ?どうしてアポローンは、そんなことをさせたんだ?」

「処女神であるアルテミスの貞操を守るためだと言われてますが、それはともかく、嘆き悲しんだアルテミスはゼウスに嘆願し、そしてオリオンは星座となった、と」

「星座云々はともかく、話そのものは悲劇だな」

「ええ、ですがこの話、アポローンとの関係で見れば、あまりよろしいものではありませんわね」

「それはそうだろうな。ところで、マリカ中尉よ」

「はい」

「その話を聞く限り、アルテミスという神は、弓の名手なのか?」

「名手かどうかは知りませんが、野山を駆け巡り、弓矢で大物動物を狩るほどの闊達な神であったと言われてますよ」

「そうか……」


 僕はちょっと、引っかかる。そういえばカテリーナも、弓の名手だった。それが転じて、驚異的な命中率を誇る砲撃手となった。

 まさかカテリーナが、アルテミスの末裔とか言わないよな。ただでさえゼウス、ガイア、アポローンの末裔だらけだというのに、そこにまた末裔シリーズが増えるのか?このままではうちの艦隊は、末裔コレクションになりかねないぞ。

 その話を、じっと聞きいるナイン大尉が、割って入る。


「あの……それで、カテリーナは何か、巻き込まれるんですか?」

「いや、そんなことはない。ただ、カテリーナの住んでいたところに、そういう伝承があったと言う話に過ぎない。だから、気にすることはない」

「はっ、承知しました」


 とはいえ、カテリーナ自身はどうなのだろうか?と思いきや、ふとみればカテリーナは今、あの納豆カレーをナンにつけてバクバクと食べていた。


「なんでぇ、今度はティラミスがどうとか言ってたけど、なんの話だ?」

「おお、ティラミスか、あれは私も好きだぞ!」


 一方で、レティシアとリーナの反応はこんなところだ。所詮、神話など食い物の話くらいにしか考えていないようだな。


「で、マリカ中尉。この話、なんだってこの間の時にしなかったんだ?」

「そりゃあ、今の話を聞けば分かります。ただ、アルテミスという神話の人物が、地球(アース)1010のとある地方で語り継がれていた。それだけの話ですよ?聞いたところで、何がどうなるというのです?」

「まあ、そうだな……この間の話だけでも情報量が多すぎて、脈絡のない話を受け入れる余裕なんてなかったからな」

「その通りですわ。ですが、私が持っているのは、これで全部です。ああ、デネット様、これで許してくださるといいのですが……」


 なんだかちょっと、マリカ中尉が可哀想になってきたな。仕方がない、後で僕からデネット大尉に連絡を入れておくか。

 と思った矢先だ。突然、この店にもう一人、軍人が入ってくる。


「やあ、マリカ。ようやく自身の使命を果たしたようだね。おめでとう」


 デネット大尉だ。実にタイミングよく、この場に現れた。それを見たマリカ中尉は、再び涙目に変わる。


「うわぁぁん!デネットさまぁ!」

「よしよし、よくやった。えらいえらい」


 さっきまでのあの知性と毒気のあふれる話口調のマリカ中尉はどこへやら、すっかり、ただの娘に変わり果てる。


「それでは提督、マリカは引き取っていきます。では」


 店内の注目を一身に浴びながら、僕に敬礼するデネット大尉。僕も、返礼で応える。


「なんでぇ、カテリーナがティラミスって話をしに来ただけなのか、あいつは?」


 雑なまとめで、この騒ぎを締めようとするレティシア。それを聞いたカテリーナは、突如叫ぶ。


「ティラミス、食べたい!」


 すると、リーナは同調する。


「そうだな、ティラミスを食べるぞ!」


 ……あれ、なんの話だったか?どうして、ティラミスの話になったんだ?


 何が何だか分からないうちに、ここにいる一同はオオスにあるティラミス専門店へと向かうことになった。しかし、インド料理からティラミスか……というか、あるんだ、このオオスに、ティラミスの専門店が。

 マリカ中尉の話から、僕は自身も知らないオオスの一面を見るきっかけとなってしまった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 春:眠気を誘う気候だから美味しい物食べよう! 夏:暑いからさっぱりした美味しい物食べよう! 秋:暑さも去ったから美味しい物食べよう! 冬:寒いから暖かい物を食べよう! 結論、リーナはいつも…
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