#160 新任務
さて、マリカ中尉の推論を聞かされたからといって、僕の仕事が変わるわけではない。連盟軍との戦いに備えて、着々と軍備を整える。
で、今行われているのは、昇進した5人の戦隊長の教育だ。
将官になると、2か月ほどかけて、みっちりと艦隊運用の座学とシミュレーション訓練を通して、指揮官のノウハウを植え付けられる。
このため、2週間だけ止まる予定が、5人の戦隊長の昇進に伴い、さらに2か月、地球001にとどまることとなった。
さて、僕はすでに2度、その教育を経験した。だから、今回は5人の育成をただ見守るだけとなる。が、別に暇というわけではない。
これを機会に、やっておくことがある。
そのために僕は、タネガシマに来ている。
「よーし、それじゃあ次行くぞ。パターン203、出力80パーセントからカットオフ、再び80パーセントを繰り返す」
かつてここは、宇宙の玄関と言われた場所だ。が、すでに宇宙の玄関はあちこちにあるため、今は技術試験設備が置かれた場所となっている。
ここで今、行われているのは、0001号艦の負荷テストだ。
がっちりと固定された船体の後方からは、機関が絞り出した青い炎と唸り音が上がる。猛烈なエネルギー流を放出しつつ、船体をガタガタと揺らす。が、それが一気に落とされる。すぐまた唸り音が上がる。これを繰り返しているところだ。
かつてはああいう運転の後に、すぐに悲鳴を上げていた機関が、今は粘り強くなった。このところ、レティシアの出番がなくなったのは、誰もが認めるところでもある。
「パターン203、終了!各部センサー値に異常なし!」
「よーし、それじゃあそのままパターン204を行う!」
トヨヤマでも、低出力運転ならば負荷テストは可能だが、これだけの大出力を伴うテストは、ここタネガシマでなければ不可能だ。トヨヤマで高出力テストなんてやろうものなら、ご近所から苦情の嵐が巻き起こる。
「お、おう、順調じゃねえか」
ところで、内心穏やかでないのは、僕と共にこのタネガシマにやってきた、レティシアだ。
「ああ、順調だな」
僕は、短く応える。時折、後部の噴出口から青白い光を吐き出す0001号艦を、寂しそうに眺めるレティシアが、こう言い出す。
「そうか……それじゃあ、俺はそろそろ、お役御免かな?」
まあ、そう言い出すだろうと思っていた。僕は、レティシアに言う。
「ところでレティシア。実は、折り入って話があるんだが」
「な……なんだよ、話って?」
「新たな任務だ」
突然、任務などと言う言葉を出したものだから、レティシアは面食らった表情でこちらを見る。
「な、なんでぇ、その任務ってのはよ?」
「大した話ではない。だが、魔女でなければできないことだ」
「お、俺は軍属にはならねえぞ!それは昔から言ってるだろう!」
「軍属である必要はない。が、0001号艦の機関暴走の抑止以上に、大事な仕事だ」
「はぁ!?そんな仕事が、魔女でなきゃできねえ仕事があるっていうのか!?」
驚くレティシア。だが、僕は別にレティシアの失業対策などするつもりはない。むしろ、僕としてはこのまま主婦として、地上に留まって欲しいと思っていたくらいだ。
が、先日のあのマリカ中尉の話を受けて、それどころではなくなった。
「レティシアも知っての通り、レティシアが浮遊させたあの船が暴走し、我が艦の砲撃によって撃沈された。が、そのことが新たな謎を生み出すこととなった」
「謎か……だけどよ、それのどこが、魔女と関係あるっていうんだ?」
「一方で、あの浮遊船を攻撃しようとした岩の艦隊を、リーナは操ることができた。その2つの事実は、何を意味しているのか?」
「んなこと言われてもよ、俺は知らねえぜ」
「分かっている。その辺りを、マリカ中尉が推察した。その話を受けて、少なくともリーナとレティシアはしばらく、その謎解きに付き合ってもらわざるを得なくなった」
「どういうことでぇ?」
「どうやら、リーナはゼウスの、そしてレティシアはガイアの末裔である可能性が高い。そしてその事実は……」
「お、おい、カズキ、おめえ何言ってるんだ?」
いかんいかん、思わず話が飛躍しすぎた。そこで僕は、すぐそばの自販機のコーナーに行き、レティシアと共にジュースを飲みながら、マリカ中尉の語った推論を話して聞かせる。
「……てことはよ、つまり、リーナはぜんざいで、俺はがんもどきの子孫じゃねえかってことか?」
ゼウスとガイアだ。どういう耳をしているんだ、こいつは?
「……でだ、その神話の行きつく先、もしかしたら文明のリセットが起きているかもしれない、というのがマリカ中尉の推察だ」
「ふうん、文明のリゾットねぇ……」
こいつはすぐに、食い物に結び付けたがる傾向が強い。そういえば以前は、コールリッジ大将のことを、コールスローサラダなどと言っていたしな。
「つまりだ、その歴史を解き明かせば、今の我々の行きつく先も分かるかもしれないということだ。その調査には、魔女がキーとなっている可能性が高い。ゆえに、レティシアにはしばらく、同行してもらうことになる」
「だけどよ、魔女ならいるじゃねえか。エリアーヌが」
「彼女も確かに魔女だが、レティシアにはあのアルゴー船を呼び覚ましたという実績がある。実績という点で、レティシアの方が上だ」
「そ、そうか……んじゃ、俺はまだ、あの船に乗ってていいんだな?」
「当たり前だ。このことは近いうちに、艦隊司令として正式に通達することとなる。それまでは、今の仕事を引き続き担ってもらう」
「えーっ!?しょ、しょうがねえなぁ、そこまで言うんなら、受けてやらねえでもねえな」
なにやら残念そうに語るレティシアだが、内心、喜んでいるのが露骨に分かる。顔がむず痒いのか、あの銀色の髪をバサバサと揺さぶりながら、にやにやしている。
「ああ、ヤブミ少将、ここにいたのですか」
と、そこに現れたのは、新型機関専門の技術士官、モハンマド大尉だ。彼の敬礼に、僕は返礼で応える。
「まだしばらく、テストを続けるのか?」
「いえ、思いのほか順調です。あと32パターンで終わるので、今日中にはテストは完了する見込みですね」
「そうか……なら、明日にはトヨヤマに戻れるのか?」
「ええ、そうですね。トヨヤマに戻り次第、いくつかの部品を交換すれば、実戦投入可能となります」
「そうか、分かった」
いたって順調なようだ。このまま問題なければ、駆逐艦0001号艦はいつでも出港可能となる。
といっても、戦隊長の教育がまだしばらくかかる。艦隊が出港できるのは、早くて来年の頭か。来週はもう、ここナゴヤも11月になる。いよいよ冬の気配が迫ってきた。
「ところで、ヤブミ少将」
「なんだ?」
「一つ、気になることがあります」
「0001号艦の機関のことか?」
「いえ、あのアルゴー船と呼ばれていた、あの岩の船のことですよ」
妙なものに関心を持つものだ、この技術士官は。僕は尋ねる。
「アルゴー船の、何が気になるというのだ?」
「それはもちろん、機関ですよ。あの船、少なくとも数万年以上前に作られて、それでいてこの艦艇をも凌ぐ速力で航行できたのですよね?機関技術者としては、関心を抱かざるを得ないですよ」
まあ、それはそうだろうな。こっちなんて、完成してまだ3年も経っていないというのに、何度も暴走し、部品交換回数も数知れず。ところがあのアルゴー船ときたら、もしかすると数万年もの間一度も部品交換をしておらず、それどころか補給も受けていないというのに、あれだけの速力で航行しやがった。技術者が興味を持つのは、当然だろう。
「で、あのアルゴー船なのですが、エネルギー源が魔石だという話は、本当ですか?」
「ああ、本当だ。あれが空間から何らかのエネルギーを得て、それで補給なしでも航行できると、カワマタ研究員が……」
と、僕はそこまで言いかけて、ふと記憶がよみがえる。そういえばあの魔石は、ただのルビーだとカワマタ研究員は言っていた。
そのルビーから力が取り出せることから、カワマタ研究員は地球1019のあるあの場所を、別の宇宙だと言っていた。だが、今度の事件によって、カワマタ研究員の予想は覆される。
あのアルゴー船、こっちの宇宙でも見事に力を発揮した。ということは、あの魔石はこの宇宙でも力を生み出すことができると、そう言っていることになる。
てことは、なんなのだ、あの魔石は?ただのルビーが、空間からエネルギーを得るなど、ありえない話だ。
「で、ヤブミ閣下。この機関テストが終わったら、その魔石を調べてみようと思っているんですよ。ですから、第8艦隊が保有している魔石の一部を、提供していただけませんか?」
「魔石を調べるというのか?しかしそんなものを調べたって、何か意味があるのか?」
「我々の常識を覆すような発見があるんじゃないかと思っているんですよ。もっとも、根拠はないですけどね。あくまでも技術者としての勘です」
魔石の調査か……もしかしたら、何か見つかるかも知れないな。いや、そんな生易しい言葉で表現できるレベルのことではない。何せ補給不要な機関が作れるかも知れないエネルギー源だ。その秘密が探れたら、それはもう……
「モハンマド大尉!」
「はっ!何でしょうか!?」
僕は思わず大尉に向かって叫ぶ。いかん、つい僕は危うい思考に陥るところだった。僕は大尉に告げる。
「大尉、魔石の調査をするのは構わないが、一つだけ、守って欲しいことがある」
「何でしょうか?」
「何かを発見したなら、第一報は僕か、コールリッジ大将に入れて欲しい。それを確約してくれるならば、我が艦隊が保有している魔石を、貴官に提供しても良い」
「はっ、そんなことであれば構いません。それで、魔石の提供をしていただけるのなら」
モハンマド大尉は、僕の申し出を承諾する。よくよく考えてみれば、あの魔石からなんらかのエネルギーが取り出せることができたなら、我が艦隊の保有する特殊砲と合わせて、とてつもない戦力となる。
だがそれは、あのアルゴー船に近いものができるということになる。
と、いうことは、だ。モハンマド大尉が何か魔石の調査で重大な発見、発明をすることは、我々は文明のリセットに向けて、大きく前進することになりかねない。
ならば、それをコントロールする必要がある、という考えに至るのは当然だ。
コールリッジ大将にも、マリカ中尉の説を紹介した方が良さそうだ。ついでに、アントネンコ大将も加えた方が確実か。何せ、目の前で暴走したあれを目の当たりにしているから、より説得力はある。
しかし……歴史は繰り返すというが、まさか破滅の道まで繰り返すことにならないだろうな。僕ら人類の遺伝子には、破壊と再生を繰り返す仕組みでも備わっているのだろうか?今のまま行けば、いずれそうなりかねない。マリカ中尉の仮説が正しいならば、そういう過程をまさに今、辿っていることになる。
うう、そうと知っていれば、特殊砲など開発しなかった。「決戦兵器理論」は、自身の種族に引導を渡すための第一歩だったなんて、ほんの数年前の自分には考えもしなかった。
「おい!カズキ殿!これはなかなか美味いぞ!」
などと言いながら、リーナが食べているのは、石焼き芋だ。お前、全然姿を見せないと思っていたら、こんなところで油売って……いや、芋食ってたのか?
「これは、うみゃ〜よぅ!」
ほぼ素材の食べ物は、ボランレの好物だ。当然、石焼き芋はそれに当たる。ハフハフしながら、耳をばたつかせて食べる姿は、ここでもやはり周囲の目を引く。
「ところで、ヴァルモーテン少尉を見なかったか?」
「ああ、あいつならさっき、土産物屋に行ったぞ。何やら、興奮気味だったが」
ヴァルモーテン少尉が興奮するということは、きっとそこにツボか茶器か、いずれにせよどうでもいい品がそこにあるということだ。
「……まあ、僕もせっかくここに来たから、何か土産でも見てみるか」
「だが、カズキよ。こんな島に、何があるっていうんだ?」
レティシアよ、随分と失礼な物言いだな。それではここタネガシマに、何もないと言っているようなものだ。そんなことはない。タネガシマは歴史あるところで……あれ?そういえば、タネガシマって何があるところなんだ?名前はよく聞くが、言われてみれば、なぜ有名なのかを僕は思い出せない。
が、土産物屋に着くと、僕はそれが何であるかを、ヴァルモーテン少尉の興奮気味に話す内容から思い出した。
「こ、これは、まさにあの歴史上の転換点である火縄銃、通称『タネガシマ』のレプリカではありませんか!ここにもたらされた、たった2丁のマッチロック式銃が複製され、当時のニホンをやがて世界最大の銃保有国として押し上げるきっかけとなった……」
ああ、そうだ。タネガシマと言えば、火縄銃だ。鉄砲伝来と言われ、ここから根来衆を経て、ニホンの全土に広まったとされる。ノブナガ公は、その当時の最新鋭のこの武器の集中運用術を編み出し、大勝利を収めたという記録もある。
しかしヴァルモーテン少尉の関心は今回、ツボではなくて、銃のレプリカか。こいつ、渋いものが好みなだけか?興奮気味に語るその姿を見るに、そう思わざるを得ない。
「ほえあ、うはいほ!」
その横では、熱々のさつまいもを頬張るリーナがいる。だがリーナよ、熱々の焼き芋を食べながらしゃべるんじゃない。しかしこいつは食い物を見ると、食べずにはいられないようだ。目を離すと、すぐに何かを食っているな。
が、芋を食べながらも、ヴァルモーテン少尉の持つ火縄銃のレプリカに関心が移る。こいつが、食い物以外に関心を持つこと自体が珍しい。
「これは、銃ではないか!なぜこのようなものが、この星に!?」
「ああ、リーナ、これはだな、はるか昔にこの島に火縄銃が伝わって、それがきっかけでこの国でも大量の銃が作られるようになり、当時の戦闘を根本的に変えてしまうこととなったんだ」
「ほう、そうなのか。ここでもこいつが使われていたとは……ということはやはり、魔物が出たのか?」
いや、魔物はいないなぁ。そんなものよりも、ある意味もっとおっかない人間が相手だったからな。
「魔物ではありませんが、ノブナガ公はかつて、第六天の魔王とも呼ばれるほど恐れられた存在でした。そのノブナガ公が、まさにこの鉄砲を集団運用することで、このニホンでの戦闘のやり方を大きく変えるきっかけとなったのでございますよ」
「なんだと!?魔物が、銃を使ったというのか!?」
ああ、ヴァルモーテン少尉が余計な解説を入れるから、話がややこしくなったじゃないか。第一、ノブナガ公は魔物ではないぞ。
はるか昔に鉄砲が伝わり、そしてかつては宇宙の玄関ともいわれていたこの地で、我が0001号艦のテストが続く。そんな場所で、極めて静かに、レティシアが新しい任務に向けて一歩を踏み出すこととなる。




