#16 突破
「全艦に伝達! 砲撃戦用意!」
ともかく、この包囲網を抜け出さなければならない。上下左右前後を4方向から囲まれている。我が艦隊始まって以来の、最大のピンチだ。
一つ一つは、少数の艦隊だ。いずれも200隻づつ、トータルで800隻。
いや、後方にまだ穴がある。だが、ダニエラの次の一言で、それもふさがれていることが判明する。
「ここにも、何か感じます!」
ダニエラがまた何かを見つける。0040号艦が後方に向けて、指向性レーダーを照射する。予想通り、それも敵艦隊だった。
「レーダーに感! 艦影多数! 数200!」
「光学観測、艦色視認、赤褐色! 連盟艦隊です!」
これで5方向、合計で1000隻。我が艦隊は今、3倍の敵に囲まれていることが確定した。
だが、どうしてこれほど近くにこれほど多数の艦艇が接近していることに気づけなかったのか?ダニエラが見つけなかったら、どうなっていたか。
いや、見つけたからといって、あまり事態の解決につながっていない。まだ距離にして4、50万キロ離れているとはいえ、囲まれてしまったのは事実だ。
もし、このどれか一つに戦闘を仕掛けようとすれば、そこで膠着状態となる。短時間で壊滅状態に追い込めればいいが、いくら最新鋭艦隊とはいえ、突破には最短でも30分はかかる。その間に他の敵は我々への包囲網を完成させ、一斉に砲撃をかけてくるだろう。
かといって、全速で突破しようにも、囲まれすぎている。いずれかの艦隊に頭を取られ、艦隊戦に持ち込まれて膠着状態を招き、包囲網を完成されて……
ここを確実に突破しようとするなら、包囲網を完成させる前に最低でも5つのうち1つを潰走状態に追い込むことだ。敵艦隊が包囲網を作り上げる、あと10数分というわずかな時間の間に。
それを可能にするのは、あれしかない。
「艦長、特殊戦用意だ!」
「了解、特殊戦用意!」
ここは究極の決戦兵器を使うしかない。幸い、敵はまだ射程圏外だ。一方で敵の艦隊の内、3つが今、我々の射程である45万キロ以内にいる。
だがこの兵器には一つ、大きな懸念がある。これまでの戦果からは、包囲網を解くほどの戦果は期待できないということだ。相手は一つが200隻、これだけの艦隊を戦闘不能に追い込むには、少なくとも100隻以上は沈めたい。しかし前回、300隻の艦隊に向けて撃った時は、53隻だった。
ということは、確率的にそれ以下の数しか沈められそうにない。10隻も沈めれば数の上では大戦果だが、この包囲網を突破出来なければ、我々の勝利はない。中途半端に残った敵が攻勢に転じ、互いに膠着状態に陥れば、我々は側面、後方からも囲まれ、全滅の恐れすらある。
『機関室より艦橋! 機関への特殊戦用伝達回路、接続! 特殊戦用意、完了!』
『砲撃管制より艦橋! エネルギー充填開始!』
慣性制御が切られる。身体がふわっと浮き上がる。慌てて僕はベルトを閉める。
たとえ結果が30隻撃沈でも、それで敵の動揺を誘えれば、そこから一点突破を図ることができるかもしれない。多少リスクは残るが、包囲殲滅の憂き目に遭うよりは遥かにマシだ。
だが待てよ? 敵のこの包囲網は、元よりこの特殊砲撃を想定した作戦ではないのか? 考えてみれば、いかにも我々がここに出現することを想定していたような待ち伏せぶりだ。
ということはだ、多少の犠牲を払っても、我々と差し違えるつもりなのではないか?
となれば、たとえ敵の艦隊の一つに多大なダメージを与えたとしても、戦列を維持してくる可能性が高い。ということは、突破などとても……
「残り1分!」
すでにあと1分を切った。特殊砲撃は、もう一回くらい撃つ余裕はあるだろうか。しかし、たった2回の砲撃を行ったところで、あの敵の包囲網を崩せるだろうか?
と、その瞬間、僕の脳裏にあるアイデアが閃く。僕は叫ぶ。
「司令部より砲撃管制室!」
本来、司令官が艦長を飛び越えての直接指示は、取り決め違反だ。旗艦とはいえ、司令官が艦の行動に直接介入すれば、現場は混乱する恐れがある。だが、時間がない。僕は違反を承知で、命令を下す。
「急ぎ、砲撃手と操舵手を交代せよ!」
『……管制室より司令部! 了解!』
突然の司令官の命令介入で、やや戸惑う砲撃長。横の艦長も、僕のこの行動にあまりいい顔をしていない。が、あの砲撃長のヨウ大尉なら、僕のこの指示の意図を理解してくれることだろう。今ごろは上手く指示を出しているはずだ。僕はそう信じるしかない。
「3分経過、充填完了!」
『砲撃手、操舵手、交代完了! 配置に着きました』
間一髪、間に合った。艦長の号令で、ついに砲撃が開始される。
「特殊砲撃開始! 衝撃に備え!」
『特殊砲撃開始、撃てーっ!』
艦長の指示と、砲撃長の復唱ののちに、砲撃が始まる。ガガーンという雷音が、艦橋内に響き渡る。窓の外は真っ白な光で覆われて、全く見えなくなる。そんな砲撃が、10秒間続く。
グエン准尉とダニエラは、艦橋の脇にある椅子に座り、ベルトを閉めてその衝撃に備えている。初めて経験する戦闘に耳を塞ぎながら、頭を抱えるダニエラ。
10秒が経ち、光が消える。果たして、戦果はどうだったのか……戦闘報告を待つ。
「敵艦艇の消滅多数! 182隻、撃沈!」
一瞬、耳を疑った。200隻の艦隊の内、その9割がたった一撃で失われる。聞いたことのない戦果、だがそれは、僕の狙い通りでもある。
そう、よく考えてみれば、特殊砲撃時の砲撃手など誰でも良い。砲撃手の役目とは、単にタイミング通り引き金を引くだけだから、特殊砲撃の時にカテリーナを当てる必要はない。
むしろ特殊砲撃の時は、カテリーナを操舵手にすれば良いのではないか? 土壇場で思いついたこの考えが大当たりだったと、この戦果が如実に示している。
装填には3分もの時間がかかる。その間に砲撃手と操舵手を入れ替えてしまえばいい。そんな簡単なアイデア、どうしてもっと早く思い付かなかったのだろうか?
だが、まだ敵の包囲は解けていない。むしろ、敵艦隊は急速に接近しつつある。
このまま突破してもよいが、突破中に側面から攻撃を受ける恐れがある。せめて正面のもう一つを崩しておきたい。そう思った僕は、命令を出す。
「艦長! 第2射、用意!」
一瞬、オオシマ大佐は躊躇いの表情を見せるがすぐに僕の命令を受け、指示を出す。
「艦橋より砲撃管制室! 第2射、用意! 方位、0-7-1!」
『管制室より艦橋! 第2射、装填開始します!』
特殊砲撃を一度に2発撃つなど、初めてのことだ。ましてやカテリーナを操舵手に据えるなど、ぶっつけ本番もいいところ。しかし今は全滅の危機が迫る戦況、なりふり構ってなどいられない。
「あと2分!」
装填まであと少しというところで、我々はピンチを迎える。
「正面の敵艦隊、距離30万キロ! 砲撃を開始します!」
「0002から0005号艦に連絡! 防御陣形!」
ちょうど狙っている相手の射程距離に入った。4隻が0001号艦の前に立ち塞がり、敵の砲撃に備える。
「こちらも砲撃開始する! 全艦、砲撃開始!」
残りの艦艇が、その敵艦隊に向けて砲撃を開始する。同時に敵のビーム砲火も、ここまで到達する。
「あと1分!」
さっきあのまま、突破した方がよかったのか?一瞬、僕は迷うが、やはり確実に包囲網を崩しておきたい。中途半端に包囲網に穴を開けただけで突破するリスクの方が大きい。そう考えなおし、第2射の装填完了を待つ。
そして、第2射の発射の時を迎える。
「充填完了!」
「よし、第2射開始! 衝撃に備え!」
『特殊砲撃開始! 撃てーっ!』
再び、光が窓の外を覆う。バリバリと揺れる船内。そして、10秒間の長い砲撃が続く。
立て続けの特殊砲撃で、艦長も不安の色を隠せない。これで期待以下の戦果であれば、敵の包囲網が完成し、この艦どころか300隻が追い込まれる状況になることは、このベテラン艦長は十分に熟知している。
が、戦果報告がされると、この艦長の顔色は一気に好転する。
「敵艦隊、被害多数! 190隻撃沈!」
またしても、とてつもない戦果が報告される。2つ目の分艦隊がほぼ消滅し、正面モニターに映る陣形図にはぽっかりと大きな穴が2つ空いているのが見える。その異常な陣形図に、歓喜よりも唖然とした空気が漂う艦橋内。だが、その結果に放心している余裕はない。
「こ、後方より敵艦隊接近! まもなく30万キロ、敵射程に入ります!」
いかんいかん、せっかく作った突破口を抜けられないまま後方から攻撃を受けてしまったら、何をやっていたのか分からなくなる。急ぎ僕は全艦に命じる。
「全艦、全速前進! このまま包囲網を突破する!」
「了解、全艦、全速前進!」
「本艦も離脱する。両舷前進いっぱい!」
「両舷前進いっぱーい!」
けたたましい機関音が鳴り響く。後方に迫った敵艦隊を、新鋭艦の最新機関で振り切る。こうして我々は、敵の包囲網を突破できる。あのピンチを切り抜けられるとは、まさにダニエラの「神の目」のおかげ……などと考えている、その時だった。
僕が安堵するなど、フラグ以外の何者でもないということか。このタイミングで、あれが起こってしまう。ガタンという音と共に艦橋内は揺れ、あのフォーンという耳障りな唸り音を耳にする。
『機関室より艦橋! 炉内温度、急速上昇! 右機関、出力低下!』
「なんだと!?」
『このままでは緊急停止します! 右機関室、重力子エンジンに急速冷却の要有り!』
なんてことだ、こんな時にあれが起こるのか?速力が低下し、僚艦に追い越される。
当然だが、後方の敵の艦隊は全力で追撃してくる。このまま速力が低下すれば、敵の餌食だ。
が、この艦最後の切り札が、雄叫びを上げて現れる。
『おらおらぁ! どけぇ!』
この時ほど、僕はレティシアのこの叫び声が有り難いと思ったことはなかったかもしれない。まさに、救いの声だ。
『おらぁ、機関長! 水だ水!』
いつものことではあるが、レティシアは手元に作り出した巨大な水玉で、赤く焼けた部分に水を当てて一気に冷やす。モニター内には、水蒸気があふれて見えなくなる。だが同時に、機関は息を吹き返す。あの唸り音は消え、ゴーッという快調な機関音がこの艦胸内にも響き渡る。
『こちら機関室! 何とかしたぞ! あとは任せた!』
レティシアのこの声に呼応して、艦長が号令を出す。
「よし、進路そのまま! 両舷前進いっぱい! 全力で、現宙域を離脱する!」
「進路そのまま! 両舷前進いっぱーい!」
それから30分、敵の追撃を振り切り、第8艦隊は敵の包囲網を突破する。そして0001号艦は僚艦らと合流し、その先にいる第1艦隊へと向かう。
戦果としては、合計372隻。それも、この一艦だけで叩き出した戦果だ。一方で今回も、味方の損害はゼロ。包囲されながらも手に入れたこの戦果。まさしく完全勝利である。
振り返ってみればこの勝利、当然だが、あの3人の女子らがいて手にしたものだ。誰か一人、欠けていてもこの勝利はなく、その時、僕らは包囲殲滅の憂き目に遭っていたことだろう。
そしてこの勝利をきっかけに、あの3人のことを艦内では、こう呼ぶようになっていた。
3人の戦乙女と。