#159 神話
「その戦いですが、そのゼウスは、父親であるクロノスと、そのクロノス率いるティターン神族との間で長い間、続くのですよ。で、最終的にはゼウスが、その戦いに勝利する」
「なんだ、ゼウスというのは、父親と戦ったのか?」
「そうですわ。で、その戦いに際し、ゼウスは2つのものをガイアから授かるんです」
「さっきも出てきたその、ガイアってのは誰だ?」
「クロノスの母親ですわよ」
「ええと、それじゃあガイアってのはクロノスの母親で、自分の息子を倒してもらうために、その子供のゼウスを援助したというのか?」
「そうですわ。ついでに言えば、ガイアは自身の息子であり夫である、最初の支配者であったウラノスを倒すために、このクロノスに……ああ、もうその辺りのことは、適当な解説書でもお読みください。とにかく、ガイアっていうのはゼウスの祖母に当たる人なんです。その祖母が、ゼウスにサイクロプスと雷を授けるんです」
「サイクロプスって……あの、単眼の巨人のことか?」
「そうですわ。で、雷というのはおそらく、ビーム兵器のことでしょうね」
なんだか急に、話が結びついてきた。そんなところにあの魔物の名前が出てくるとは思わなかった。マリカ中尉は続ける。
「もっとも、これはおそらく、人造兵士であるサイクロプスと、高出力砲を持つ艦艇のことを言っているんでしょうね。まさにその末裔が、地球1019に残されていたあの魔物と、岩の艦隊なのでしょう」
「いや、ちょっと待て。そんな話が本当だと、どうして言える?」
「簡単ですわ、実際にビーム兵器が使われた跡が、この地球001にも残されているんですよ」
「はぁ!?ビーム兵器が使われた跡!?どこだそれは?」
「バリンジャー・クレーターというのはご存知ですか?」
「ああ、アメリカのアリゾナ州にある、あの馬鹿でかいクレーターだろう?数万年前の隕石衝突によってできたとされる、直径1.2キロのクレーターで……」
「隕石ではないのですよ、あれは。どうやら5万年ほど前に、高エネルギービーム砲の一撃によってできたものだというのが、最近の研究で分かってきたんですわ」
「はぁ!?なんだってぇ!?あれが、ビーム兵器による痕跡だって言うのか!」
「そんな昔にビーム砲なんて……と、私自身も、そして多くの研究者も思ってました。だから、どちらかというと珍説扱いだったのですが、その太古の昔に作られたであろうビーム兵器を目の当たりにした後では、むしろその方がしっくりときますわね」
話があっちこっちに飛ぶな。今度はクレーターが出てきた。
「……ということはあれは、そのゼウスとクロノスとの戦いでできたものだと、中尉は言いたいのか?」
「いえ、あれはそのさらに後に起こる、ガイアとゼウスとの戦いでできたものですわ」
「なんだって?今度はゼウスとガイアが戦うのか。その2人は、味方同士じゃなかったのか?」
「権力者なんて、そんなものですわよ。そのゼウスはクロノスとの戦いののちに、秩序回復のためと称して、人間にパンドラの箱を授けてそれを開けさせて、混沌と希望とを与えたとされてますわね。だけど、そんなゼウスにガイアは反駁する」
「……まあいい、それで、そのガイアとゼウスが争うんだな」
「その戦いは、この世界が消滅するほどの激しい戦いだったと、神話には記されてますわね。で、ガイアは最後に、とてつもない魔物を繰り出すのです」
「魔物?」
「ええ、神話ではラスボス級の魔物として書かれてますわ。その名も、テュポン」
なんだか、聞いているとクラクラしてくるな。話だけ聞くと、めちゃくちゃ仲が悪い一族じゃないか。ちょっと前まで味方だった相手がその後、敵に回る、その繰り返しだったと言っているのか?しかも、身内同士で。神話にしては、妙におどろおどろしい話だ。
「で、そのテュポンをゼウスに仕向ける。が、最終的にその化け物テュポンはシチリア島のエトナ山の下敷きとなり、封印された」
「……まさか、そのテュポンというのは……」
「そうです、おそらく、あのアルゴー船と呼んでいた、あれですわね」
「いや待て、確かにあれは、ゴーレム山の中腹から現れたものだが……」
「まあ、神話は長い間、口伝のみで伝えられていたため、話の内容も地名も変わってしまったのでしょうね。ですが、今我々が目にしたものと、ギリシャ神話のゼウス最後の戦いを解釈すれば、自ずとこういう形で結びつくのです」
「その戦いの痕跡の一つが、あのバリンジャー・クレーターだというのか?」
「年数的に考えても、妥当だと思いますわ」
「ちょっと待て、それじゃあ我々よりもずっと以前に、あの持続砲撃用兵器が開発されていたというのか!?」
「いうのか?って、提督は目の前でそれをご覧になったではありませんか。で、提督は、自身の開発した持続砲撃でそれを破った。まさに、現代のゼウスですわ」
神話と現実をごっちゃにされると、わけが分からないな。しかも、僕は勝手にゼウスにされてしまったぞ。
「さて、まとめると、あの岩の艦隊こそがゼウスの側の兵器であり、封印された後に、その場所に人々を近づけまいとした仕掛けが、あの瘴気と魔物だった。ところがそれが思惑以上に機能し、逆に人々を追い詰めてしまった。それがあの、地球1019で起こっていた一連の出来事なのですわ」
「それじゃつまり、リーナはそのゼウスの側の人間だと?」
「リーナさんだけではありませんわね。我々もおそらく、ゼウスの側の人間です。で、ゼウスは多分、ガイアとの戦いに際して、自らの子孫を各々の星々へ派遣した。その一人が、アポローンなのではないでしょうか?」
「つまり、ゼウスの一族が地球1010などに赴いたと?」
「そのアポローンは多分、ボランレのいたあの場所にも進出して、魔物製造のシステムを構築したんでしょうね。だからペリアテーノとボランレの世界とに、同じ名前が残された、と推測されますわ」
「ところで、敗れたガイアの方は、絶滅してしまったのか?」
「いえ、残ってますわ。ある星に」
「どこだ、その星とは?」
「地球760ですわよ。提督の奥様の、レティシアさんの故郷」
また唐突に、地球760という星が登場する。僕は尋ねる。
「……マリカ中尉よ。なぜ唐突に、地球760という星がここに登場するんだ?」
「理由は2つ、一つはあの門が繋がってるのが、我が地球001と地球760、そして地球1010近傍の白色矮星域の3箇所であること。そしてもう一つは、レティシアさんの力があの『テュポン』を掘り起こした。ゆえに、レティシアさんこそが、ガイアの残したテュポン復活の鍵を持つ人物。そこから考えられるのは、地球760こそが、ガイアの逃れた場所。そしてあの星でしか見られない魔女とは、ガイアの末裔なのだと私は推察いたします」
このマリカ中尉の話を聞いて、ガタッと立ち上がる者がいる。
「ちょ、ちょっとお待ち下さい、中尉殿!それでは魔女は……我が故郷の魔女は、敗者の末裔だというのですか!?」
そう叫ぶのは、エリアーヌ准尉だ。抗議したくなるのは当然だ。いきなり敗者呼ばわりだ。ただでさえ魔女の復権を願うエリアーヌ准尉からすれば、看過できない話だ。
「エリアーヌ准尉、まだこれは、私の推察に過ぎません。なにせ、証拠がほとんどないのですから……ですが私は、さほど外れたことを言ってはいないでしょうか?おそらくは太古の昔に、人々が滅びかねないほどの戦いが行われ、わずかに生き残った人々が今、この宇宙に点在する地球で生き延びている。そういうことじゃないかと私は思うのです」
ここでマリカ中尉は、紙コップに注がれた紅茶を飲む。その間、僕はこの話を反芻していた。
確かにちょっと、強引すぎる結びつけだ。だが、あながち間違いな気もしない。喋り続けて口の中が乾いたのか、紅茶を飲むマリカ中尉に、僕は尋ねる。
「で、この話、どうやって立証していくんだ?」
「そうですわね。あまりに物証がなさ過ぎるので、もう私一人では手に負えませんわ。第一、この推論では解明しきれていない謎もありますし」
「解明されていない謎?そんなもの、まだあるのか?」
「この宇宙に存在する地球は、地球ゼロを中心に半径7千光年の同心円上に存在している、この謎に対しては、ギリシャ神話は何も答えてはおりません。せいぜいその神話に出てくる、アルゴー船という船での冒険が、その点在する地球の話につながるのではないかと思われるだけです。ただ……」
「ただ、なんだ?」
「おそらくその神々の戦いの残照は、一度、発展した文明をリセットさせるほどの苛烈なものであったに違いありません。現に我々が300年ほど前にビーム兵器を発明するまで、あの強大な力は失われたままだったのですから」
「……言われてみれば、そうだな。今もこの宇宙で見つかる地球には、その太古のビーム兵器など存在しない。彼らも地球001が発明したものを、使っているだけだ」
「ですが提督、この神話からはもう一つ、危惧すべきことがあるのですよ」
「なんだそれは?」
「連合と連盟のこの長く続く不毛な戦い、そして提督が主導し作らせたあの特殊砲撃。徐々にはありますが、あのガイアとゼウスの戦いに向かっているような、そんな気がいたしませんか?」
「そうか?あまり共通点がないような気もするが」
「いえ、元々は駆逐艦も、200人の人員を必要とする船だったのが、今は機械化が進んで100人で足りるようになってきた。となれば、いずれは……」
「もしかして、無人化に至る、と言いたいのか。」
「そうですわ。実際、岩の艦隊にせよ、あの浮遊船にせよ、人が介在せず勝手に戦闘が可能なシステムですし、あれが最終形態なのでしょうね」
「人がいない兵器ならば、味方に犠牲が出なくなる。当然の帰結ではないのか?」
「いえいえ、それこそが、文明のリセットをもたらした最大の要因ではないかと言いたいんです」
「どういうことだ」
「無人の兵器ですよ?そんなものが、いつまでも人のコントロール下にあると思いますか?実際、リーナさんがいなければ、我々はあの岩の艦隊から攻撃されていたのですから。見境なしに、攻撃する兵器。まさに暴走兵器ですわね」
そこで僕は、何となくマリカ中尉が言いたいことが見えてきた。
「最初は、2つの陣営の争いだったんでしょうね。ですが、両陣営とも調子に乗って無人兵器を投入しすぎたせいで、だんだんと想定外の事態が起きた。あの岩の艦隊、アルゴー船、そして魔物も、人のコントロールを外れていった。やがて原生人類は、互いの争いから、むしろ自身の生み出したものとの戦いになった。その結果、自身の生み出したものをすべて捨て去ったか、滅んでしまったかで、文明は一度、リセットされた。ということは、連合と連盟の戦いも、行き着く先にはこのような人間無用の無人兵器同士の戦いへと移行し、やがて、人間対機械の戦いへと、同じ歴史を歩むのかもしれませんわね」
「それはつまり、このまま不毛な戦いを続けたなら、その先には兵器の暴走を招き、ゆくゆくは再び文明のリセットを引き起こす、とでも言いたいのか?」
「さあ、どうでしょうか?それ以上のことは、私の管轄ではありませんし。それにこれは、根拠の乏しいただの推論ですから」
肝心なところで、結論を出さずにこちらに投げるマリカ中尉は、再び紅茶を口にする。
足りない部分を、都合よく神話に頼って結論づけていたが、事実、我々はその失われた文明の力を見ている。それが今は、ほぼ残ってはいない。一度、文明のリセットが行われているのは確実だ。
それを作り出した人々が、その後どうなったのか?我々はその人々の末裔か、それともその原生人類によって生み出された別の生命体なのか?今となっては、知る術がない。ただ一つ、はっきりとしたことがある。
連合と連盟の長きにわたる戦争状態で、特殊砲撃が生まれた。
この先、戦闘による犠牲を減らそうとするならば、兵器の無人化が進むことになる。現にそういう提案が、我が地球001の開発局からなされている。
が、今はまだそこまで我々の技術は進んではいない。が、もう数百年もすれば、原生人類が手にしていた技に、我々は到達するかもしれない。
その時、何が起きるのか?
ずるずると続く連盟との戦いの行く末に、僕は少なからず恐怖を感じ始める。マリカ中尉の話を鵜呑みにはしたくないが、まったく根拠のない話ではない。特に文明のリセットという推論には、妙に説得力がある。
何せ僕らも、まさにその危機に遭遇していた。もしあの「アルゴー船」、いや、もはやあれはギリシャ神話に出てくるラスボス「テュポン」と呼ぶべきか?あの浮遊船を取り逃していたら、どうなっていたか……
たった一隻とはいえ、持続砲撃が可能な大型の船。それを大都市部に向けて放たれていたなら、その時は「地球003の悲劇」に匹敵する被害が、この地球001で起きていた。
ゾッとするな。我ながら、よく止められたものだ。でももしボランレのあの仕草を無視していたら、特殊砲撃を準備していなかったら……そのifの先に待っている悲惨な未来に、僕は恐怖しか感じない。
「おう、おかえり。思ったより早かったな」
ホテルの自室に着く。レティシアが出迎え、ベッドの上にはリーナがボランレを膝枕して、耳のマッサージをしている。喉をゴロゴロと鳴らすボランレ。
そういえば、マリカ中尉は地球760の魔女のことを、ガイアの末裔と呼んでいた。で、それ以外の人々は、ゼウス側だと。
ということは、レティシアとリーナは、かつて敵対し合った種族同士ということになる。それが今、どういうわけか同じ屋根の下で暮らしている。
「なんだ?俺の顔をジーッと見つめてよ」
「あ、いや、その……なんだ。ちょっと重い話を聞かされたからな。少し、ボーッとしてしまった」
「なんでえ、重い話聞いたら、俺とイチャイチャしたくなっちまったのか?」
「いや、そういうわけでは……」
「なんならベッドが一つ、空いてるぜ!さ、やることやって、スッキリしちまおうぜ!」
「おい、レティシア!ちょっと待て……うわっ!」
「ふぎゃ!?」
僕はレティシアに片手で持ち上げられ、ベッドに連れ込まれる。そして上からのしかかられ、軍服を脱がされる。ボランレはといえば、ベッドから放り出される。
横で呆れた顔で、リーナが見ている。だが、お構いなしにレティシアは抱きついてくる。
クソッ、ガイアの末裔め……僕はそんなレティシアを抱き寄せる。待ってましたと言わんばかりに、レティシアもニヤリと微笑み返し、僕にしがみついた。
今まさに戦っている連盟の連中とも、交流することができた。かつての敵同士だったとマリカ中尉がいう、かつては互いに争っていた民族の末裔同士でも、この通り、夫婦にもなれる。
いちいち文明をリセットしなきゃ仲良くなれないなんてことは、ないんだよな。となれば、僕らは来るべき文明のリセットとやらを、回避しなくてはならない。
レティシアを抱き寄せながら、僕はそう考えていた。




