#158 推論
あまり納得してはいないのだが……これで、よかったのだろうか?
アルゴー船暴走の件での処分が、決定された。
といっても、アントネンコ大将はお咎めなし、相変わらず、第4艦隊の総司令官として残る。処分されたのは、あのアルゴー船の表面を掘削しようとした技術士官だけだった。
もっとも、アントネンコ大将が処分されなかったのには、理由がある。
アントネンコ大将は、あの船の分解調査に反対していた。もしそれをやるなら、太陽系外の別の星系で行うべきだといった趣旨の発言をしたという議事録が残されている。
つまり、その技術士官がアントネンコ大将の命令を無視し、勝手にバラそうとした。そういうことのようだ。
アントネンコ大将があの暴走の直後に、「不覚だった」と送ってきた言葉の意味は、つまりそういうことだったのだ。自身の部下の勝手な暴走を止められなかった。その思いがこの一言に込められている。
で、通常なら軍法会議ののちに極刑、というのが妥当な処分なのだが、今回はこの士官の異動だけで済んでしまった。この士官は結局、ケンタウルス座V886星系での資源開拓という、事実上の左遷処分を受けただけだった。
というのも、この事件は結局、おおっぴらにはされなかった。
公式にあの砲撃は、第8艦隊による地球001防衛訓練、ということにされた。砲撃を受けたあれは、あらかじめ用意したターゲットであり、それを正確に迎撃することに成功したと、一般には公表されている。
もちろん、反論も上がる。どうしてこの地球001のすぐそばで、事前通告なしの派手な砲撃訓練などする必要があったのか、と。その辺りを地球001宇宙軍総司令部は、最終防衛ラインを突破された場合を想定した訓練であるため、どうしても地球001近傍で行わざるを得なかったという、かなり苦しい言い訳で乗り切る。
とにもかくにも、そんな形でこの事件は幕を閉じる。
あ、いや、もう一つあった。
この一件を受けて、僕は少将に昇進することになる。
「いやあ、めでたいなぁ!」
おそらく、あまり意味を分かっていないレティシアが、僕の実家のある高層アパートの一階にある喫茶店でモーニングの小倉トーストを食べながら、歓喜の声をあげている。
「めでたいってなぁ……こういってはなんだが、その手柄のおかげで、僕らは死にかけたんだぞ?」
「いいじゃねえか、今はこうやって生きてるんだからよ」
ついでに言えば、レティシアが掘り出したあの船に、お前は殺されかけたんだぞ。何か思うところはないのか?
「しかし、ここのシロノワールは美味いな。もう一つ、おかわりだ!」
「いやあ、やはり小倉あんの味は絶妙です!これさえあれば、我がドイツのかつての名宰相であるビスマルク閣下は、さらに東へと進出できたかも知れぬものを……」
「レティシア様、これは本当に一流の魔女に必要な食べ物なのでありますか!?」
リーナはいいが、どうしてここにヴァルモーテン少尉とエリアーヌ准尉までここにいる?他に行くところはないのか、こいつらは。
「へぇ〜、それじゃあ馬鹿兄貴は死にぞこなったわけなのね。惜しかったわねぇ」
「おい、物騒なことを言うな。僕だけじゃないんだぞ、その時はレティシアもリーナも、それ以外の0001号艦に乗っていた全員、いや、第8艦隊の多くの艦艇が道連れだったかもしれないんだ。撃ち漏らしていれば、この地球001だって……」
「分かってるわよ、そんなこと。冗談に決まってるじゃない」
「おい、ちょっと冗談が過ぎるんじゃないのか?」
「にしても、フタバ。お前、さっきからアップルジュースしか飲んでいないんじゃないのか?」
「今、一番酷いのよ。なんかね、飲み物はりんごやレモン、グレープフルーツ系の酸っぱいものばっかで、食べ物は塩辛いもの以外は喉を通らないのよ。だから、イライラしちゃう」
「うーん、困ったものだな……」
「あははは、でも最近、フタバは最近ちょっと食べ歩きし過ぎて、ぽっちゃりとしてたから、ちょうどいいんじゃないかって話してたんですよ」
「ちょっとバル君、そんなことまでこの馬鹿兄貴に言う必要、あるの?」
まだあまり妊婦らしく見えないフタバが、おそらくはその満たされない食欲に苛立ちつつ、僕に当たってくる。よほど辛いんだろうな。
「それにしても、フタバの今のそれ、私がカズキを産む時とそっくりだよ」
「えっ!?このバカ兄貴がお母さんのお腹にいた時も、こんなんだったの!?」
「そうだよ」
「てことはまさか……男の子なのかなぁ。私、最初は女の子の方がよかったなぁ」
「そんなのまだ分かんないわよ。でももうすぐ、性別が判明するんでしょう?」
「うん、まあ、そうだけどね。でも、嫌な予感がするなぁ……」
おい、そんなに男の子が嫌なのか?いや、僕の方を見ながら喋ってるところを見ると、男の子がというより、僕が母さんのお腹の中にいた時と状況が似ていることが気に入らない、といいたげだ。
「そういやあよ、エルナンデスも准将に昇進したんだよな?」
「ああ、5人の戦隊長はそろって准将に昇進だ。僕が頭を押さえていたから、なかなか昇進できなかったけど、これでようやく、戦隊長に相応しい階級になる」
「そうか、でもよかったな。ミズキのやつきっと、喜んでるぜ」
危うく解任されかけた過去を思えば、今の地位が得られたことはエルナンデス大佐、じゃない、准将にとっては非常に幸運なことだろう。だからこの先はあまり、暴走しないで欲しい。
「さてと、そろそろ行くか」
「なんだよ、もう行っちまうのか?」
「しょうがないだろう。9時からサカエの研修センターで行うと言われているんだ」
「そうか、しゃあねえな。んじゃ、気をつけてな」
手を振るレティシア、食べるのに忙しいリーナ、そしてアップルジュースを啜るように飲むフタバらが座るこの席を、僕とヴァルモーテン少尉、そしてエリアーヌ准尉とともに立ち上がる。
そしてタクシーをつかまえて、サカエの研修センターへと向かう。
「お待ちしておりましたわ、提督。あ、そうそう、ヤブミ提督、この度は少将への昇進おめでとうございます!」
と、第8艦隊司令部の面々を前に調子よく喋るのは、マリカ中尉だ。
「余計な話はいい。で、何の報告なんだ?」
「あら、ご自身が私に出した課題を、もうお忘れですか?」
「いや、忘れてはいない。つまりはこれから、その課題に関する報告をしてくれるものだと、そう考えていいんだな?」
「もちろんですわ、ヤブミ少将。他に何かあるとでも思いましたぁ?」
いちいちこいつは、回りくどいやつだ。余計なおしゃべりはいいから、さっさと進めてくれ。
「さて……私に託されていた、謎解きの途中報告をさせていただきましょう」
「なんだ、これだけ待たされて、途中報告なのか?」
「あら〜、まさか私が人類最大の謎を、これほど短期間で解き明かせるとお思いでした?そんなに期待されてたなんて、感動ですわ!」
ああ、もう、いちいち突っ込むのはやめよう。先に進まない。
「……で、そんな期待の星である私がまず考察するのは、あの岩の艦隊と、提督が破壊されたアルゴー船の2つの関係ですわ」
「なんだ、あれの動力原理とか、そのあたりが何か、分かったとでも言うのか?」
「いえ、そんなことは分かりませんわ。破壊されちゃったわけですし。はっきりと言えることは、あの2つが敵対する者同士だってことくらいですわね」
「いや……そんなことは言われなくとも分かる」
「そうですか?それじゃあ提督は、あの2つがそれぞれどの勢力に属し、どうして戦っているのかをご存知なのですか?」
「いや、分かるわけないだろう。貴官にはそれが、分かるとでも言うのか?」
「いえ、全然」
僕はこの尉官から、バカにされているだけなんじゃないだろうか?だんだんと腹が立ってくる。
「ですが、推測はできますわ」
「す、推測?どういうことだ、まさか、原生人類の姿が明らかになったとでも言うのか!?」
「いえ、全然」
「……何が言いたいのか、分からんやつだな。それじゃあその推測とは、なんのことなんだ?」
「少なくともあの岩の艦隊は人の味方であり、アルゴー船の方はむしろ、人に敵対する存在だったと、そう思っておりますわ」
「はぁ?人に敵対?どういうことだ!」
「まあまあ、そうカッカなさらずに。私もこの点については、まるで根拠なくお話ししているのですから」
根拠もなく、それだけの暴論をよくぶち上げられるものだ。どうして岩の艦隊が人の味方であり、アルゴー船がその逆だと言える?
「根拠らしきものといえば、岩の艦隊の方はリーナさんの意思によってコントロールできていた。これが、人の味方だと言う唯一の根拠らしきものですわね」
「……それ自体が、よく分からんな。そもそもどうして、リーナの言うことだけを聞いていたのか?」
「まあ、一種の管理者権限を持っていたんでしょうね、リーナさんは。特殊な能力もお持ちのようですし、それがあの岩の塊を動かすための認証コードのような働きをしていた。考えられることは、これくらいですわ」
「それじゃ聞くが、アルゴー船の方はどうなんだ?あれはレティシアの力で浮遊させられた船でもある。どうしてそれが、人に敵対する存在だと言い切れる?」
「ああ、あの船はガイアのものだからです。そして魔女とは、ガイアの末裔なのですよ」
と、ここで急に、意味不明なことを言い出すマリカ中尉。
「……おい、なんだ、ガイアって?」
「あら提督、ギリシャ神話をご存知ありませんか?」
「それほど詳しくは知らないが、ゼウスが最高神という設定の話だろう?」
「そのゼウスが最高神となるための過程で、ガイアとの最終決戦があったのですよ。知りませんか?」
「いや、そんなこと……それよりもだ、どうしてここでいきなり、ギリシャ神話が出てくるんだ?」
こいつの頭の中は、どこか吹っ飛んでる。おかげで全く理解できない。
「ペリアテーノ、ボランレという猫耳の種族、そしてここ地球001、いずれの地でも共通する一つの神の名があるんですよ」
「もしかして、アポローンのことか?」
「そうですわよ、提督」
「確かにあれはギリシャ神話に登場する神の名前ではあるが……で、その名前と今度の話が、どう繋がるんだ?」
「神話というものは、なんらかの事実に基づいて作られたものであると、私はそう考えてます。でも、荒唐無稽な話が連なるギリシャ神話が、とても事実に基づいた話だとは見えない。ですが、地球1019や1010に残された神話などから、私はこのギリシャ神話の元となる歴史が存在したのだということを確信したのですわ」
荒唐無稽な神話と言ったが、マリカ中尉のこの話の方が荒唐無稽だ。
「ええと……で、そのギリシャ神話に当てはめると、何がどう解釈できるんだ?」
「ゼウスが最高神となる前に、何があったかご存知ですか?」
「……もういいよ、知らないから僕は聞いてるんだ。で、何があったんだ?」
「戦いですよ、神々の間の。それも、この世がひっくり返るほどの壮絶な戦いが行われたと、伝えられているのです」
まあ、神話ってのはそういうものだ。神々の物語とはいえ、ほぼ思考は人間と変わらないから、争いだって、そりゃ当然行われているはずだ。
それをマリカ中尉は、史実に基づいた話として、解釈しようとしている。しかも、この宇宙の謎と絡めてだ。
そんなマリカ中尉の話が、続く。




