#157 迎撃
「現在、我が艦隊は、地球001より230万キロの地点にあります。が、未だ索敵圏内に該当物体なしとのこと」
「あれから3時間か……ここに向かっているとすれば、そろそろ現れても、おかしくはないな」
「はっ、第3艦隊と共に、警戒を厳にしつつ索敵を続けます!」
オオス商店街からわずか3時間で、もう宇宙空間にいる。軍司令部より第8艦隊全艦に緊急発進の命令が下り、我々は作戦任務についている。
今を遡ること、5時間前。事態は、木星で起きた。
分解を試みていたあの浮遊船、「アルゴー船」と呼称するあの岩の船が突然、暴走を開始する。
直ちに第4艦隊が迎撃態勢に移り、一斉砲撃を加えるが、あまりの加速に攻撃が追いつかず、逃してしまう。
「……で、アントネンコ大将の言い訳は?」
「不覚だった、としか」
「不覚って……まあ、今は追求などしている場合じゃないよな。だがあれは、こっちに向かってくるんだろうか?」
「加速方向が、地球001方向であったと報告を受けてます。可能性は、大いにあります」
うーん、しかし困った。あれは結構なステルス素材で、索敵には困難を極める。これまでの調査からも、320万キロ以内に入らないと、我々のレーダーでは探知できないと言われている。そんな物体を、この広い宇宙から探せというんだ。しかし、どうやって?
いきなりの難問を突きつけられたが、それを為さねば、大変なことになる。僕はそう予感する。
自分で言うのもなんだが、僕のこの手の予感というのは、よく当たる。かつて、ダニエラがそれを僕の賜物だと評したが、今思えばそれはなんとなく分かる。
もっとも、それが特殊な能力だとは思っていない。様々な情報を暗黙のうちにつないで出した結果だと、僕はそう思っている。今までも、振り返るとどうしてあんな行動に出たのだろうか?と思うことはしばしばあったが、僕自身、自分でも自覚しないところでそれまで見聞きした情報や経験を基にある結論に達して、それであんな行動に出たのだろう、と思っている。皆を連れてゴーレム山に出向いたり、黒い霧の発生源に重機で出向いたり、いや、そもそもこの艦隊を結成するきっかけとなった「決戦兵器構想」なるものをぶち上げたのも、自分でも自覚し得ないプロセスを経て達した結論をまとめたものと言える。なぜ、そんな結論に行き着いたのかなどと聞かれても、答えられない。そういうところが、僕にはある。
コールリッジ大将でなければ、こんなわけの分からないことを言い出すやつを取り立ててはくれなかっただろうな。多分、僕はそういう意味で、運が良かった。そう思っている。
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。その僕の直感によれば、アルゴー船は今、間違いなくここに向かっているということだ。おそらくはそろそろ、ここに達するはずだ。
が、レーダーはまだ、何も捉えてはいない。ダニエラも、あれを捉えてはいない。地球001防衛の任に就いている第3艦隊からも、何の報告も来ていない。
自分で言うのもなんだが、今度の直感は、外れたのか?考えてもみれば、あのアルゴー船は、この地球の位置を捉えてはいない。この広大な宇宙では、この地球など競技場の真ん中に落ちた塵に等しいほどの、取るに足らない存在に過ぎない。そんなものを人の乗らないあの岩の塊如きが、捉えられるわけもないか。
が、そうは思ったものの、なぜか不安は消えない。なぜだろうか?あれは真っ直ぐ、ここを目がけて飛んでくるような気がする。理由はない。僕のただの直感だ。
何事もないこの静かな宇宙で、外敵の侵攻を未だ経験したことのない地球001にとって最大のピンチとなるであろうことを、僕は何の根拠もなく信じている。
「第3艦隊より入電!索敵圏内に、艦影なし!以上です!」
さっきから、10分おきに同じ内容の電文が届く。つまり、第3艦隊総司令官のガンベリーニ大将は僕に、いい加減諦めろとばかりに暗に抗議しているらしい。まあ、気持ちは分かる。僕も、ただ直感的な不安だということしか、根拠がない。そんなものにいちいち一個艦隊を付き合わせていることに、罪悪感がないわけでもない。
だから、予感は当たって欲しい。でも、やっぱり来て欲しくない。相矛盾する2つの感情が、僕の中で錯綜する。
それにしても、一体あの岩の船はどこへ……
などと考えつつ、第3艦隊の艦影しか映っていないレーダーサイトの表示を、僕はモニター越しにボーッと眺めていた、その時だ。
艦橋に、ボランレがやってくる。
おい、今は戦闘配備中だ、そう言う時は、入ってきちゃダメだと言っているのに、こいつはお構いなしにひょいっと現れる。天敵のヴァルモーテン少尉が、ボランレを注意する。
「まったく……躾がなっていないバカ犬は、今がどういう状況なのかを分かっていないんですか?」
とぼやきつつ、追い払おうとするヴァルモーテン少尉だが、どうもボランレの様子がおかしい。いつものあの愛嬌の良い表情ではない。まるでヒョウのように鋭い目つき、その小さい身体から、醸し出される殺気のようなものが、ヴァルモーテン少尉を躊躇わせる。
「な、なんですか!」
「ふぎゃぁーっ!」
なんだ?盛りでも始まったのか?いつにない表情のボランレの様子に、この艦橋内にいる20数人の乗員に、動揺が走る。
「おいボランレ、今は戦闘配備中だ。これが終わったら、皆に遊んで貰えば……」
「ふぎゃあ!」
僕の声ですら、無視される。というか、明らかに何かがおかしい。しきりに、艦橋の右後ろ側を指している。
「……なんだ、どうしたというんだ?」
「さあ……ですが、あの手の獣というのは、天変地異の前触れみたいなのを敏感に感知し、荒ぶることもあると言いますからね。地震でも起きるんじゃないんですか?」
「ふぎゃあ!ふぎゃあ!」
投げやりに応えるヴァルモーテン少尉。相変わらず、壁の方を指差して吠えるボランレ。いや、宇宙で地震が起きるわけないだろう、何を無茶苦茶なことを……と、僕はそこでふと思いつく。
「艦長!」
「はっ!」
僕はオオシマ艦長を呼ぶ。
「艦首、右に回頭110度!回頭後、指向性レーダー照射!」
「了解、艦首回頭、右110度!」
0001号艦が大きく向きを変える。正面の窓の光景が、左に流れる。
「ダニエラ!何か、感知してないか!?」
「ええと……あれ?何かが……何かが見えます!」
「指向性レーダー、照射開始!」
ダニエラが、何かを捉えたようだ。それと同時にタナベ大尉が、指向性レーダーを照射する。
今のボランレの指の向きは、ほぼ正面を向いている。その指先の延長上に放たれたレーダー波が、とんでもないものを捉える。
「れ、レーダーに感!0時方向、距離310万!高速移動物体を感知!」
「光学観測!」
「はっ!光学観測!物体を視認!これは……正面モニター!」
光学観測員が、捉えた物体の映像を正面に映す。それを見た僕は一瞬、背筋に何か、凍るものを感じる。
「これは……やはり来たか」
真っ白で、真っ平らな上面を持つ、岩の塊。まさしくあれは、数時間前にロストした浮遊船、「アルゴー船」だ。
「全艦、回頭!アルゴー船発見!直ちに迎撃体制をとる!」
「はっ!」
「第3艦隊にも打電!我、アルゴー船を発見、これを迎撃する!応援を乞う、と!」
にわかに艦橋が賑わってきた。周囲の艦艇も一斉に回頭を始める。正面モニターは陣形図に切り替わり、アルゴー船と我が艦隊、そして第3艦隊が映し出される。
第3艦隊の左翼側1000隻が、そのアルゴー船から距離280万キロのところにいる。我々と同様、移動を開始する。
それにしても、速い。光速の10パーセントを超える速度で接近中だ。その進路から、目標は明らかに地球001だと分かる。このままではものの100秒で、我々を追い越してしまう。そうなれば、もう地球001まで阻むものがない。なんとしても、足止めせねば。
「全艦、砲撃戦用意!」
「はっ!全艦、砲撃戦用意!」
相変わらず、ボランレは窓の方向にむかってふぎゃあふぎゃあと喚いているが、そんな声がかき消されるほど、艦橋内も慌ただしくなる。
「アルゴー船、距離70万キロ!まもなく、射程内!」
「射程に入り次第、全艦で一斉砲撃!」
「はっ!」
などと喋っているうちに、もうあちらは射程圏内に飛び込んできた。
「砲撃開始、撃ちーかた始め!」
オオシマ艦長の怒声とともに、我が艦の砲撃が始まった。キィーンという充填音が続いた後に、青白い光の帯が放たれる。
落雷音のような音が、艦橋内にこだまする。
「ふぎゃあ!」
砲撃音に驚いたボランレが、その場で飛び跳ね、走り回る。だが、この猫娘などに構ってる余裕などない。
「弾着!アルゴー船に着弾!アルゴー船、停船しました!」
こちらの一斉攻撃で、なんとか足止めができた。僕は下令する。
「第3艦隊の応援が来るまで、なんとしてでもあの場を動かすな!」
「了解!」
だが、あの時と同じだ。我々の砲撃は、ことごとく跳ね返される。防ぐのではない、跳ね返すのだ。あの平らな上面をこちらに向け、こちらのビームを鏡のように弾き返している。
「提督!このままでは……」
と、その時、ジラティワット少佐が僕に何かを言いかける。いや、僕はこの時点で、ジラティワット少佐が何を言おうとしているのかが分かった。
そういえばあのときも、同じようなシチュエーションだった。で、その後にあれは、とある武器を使った。それは100隻の岩の無人艦隊を、ものの数秒で消滅してしまった。
そう、このままではやつは、あれを使う。
我々と同じ特殊砲撃を、やつは使える。
僕はとっさに、艦長に命じる。
「艦長!特殊戦用意!」
僕のこの命令に、一瞬、戸惑いの表情を見せる艦長。だが、すぐにそれを飲み込み、復唱する。
「はっ!特殊戦、用意!」
艦橋内も、一斉に特殊砲撃に向けて動き始める。
「伝達回路接続、開始!重力子エンジン、停止します!慣性制御ダウン!総員、直ちに無重力状態に備え!」
「艦首調整、左0.1、下0.2!」
「回路接続!主砲充填、開始します!」
艦橋内は、無重力状態に変わる。タブレット端末やコップなどが、浮き上がる。
と同時に、充填が始まる。ここからは、3分ほどの無防備な時間が始まる。だが問題は、こいつをどのタイミングで放つか、だ。
こいつを跳ね返されると、もはや手がない。第3艦隊1万隻の火力による一斉砲撃ならば、あれを葬ることができるかもしれないが、まだその第3艦隊は到着しない。
ジリジリと、時間ばかりが経過する。その間も、他の艦艇から砲撃が続けられる。だが、あの岩の船にはまるでダメージがない。
500隻の一斉射撃を、もろともしない……僕の脳裏に、あの要塞攻撃の際の記憶が、甦る。
だが、今度の相手は、無人だ。だから、何も臆することはない。
いや、待てよ?
相手が無人って……そういえば、この艦の砲撃手は、カテリーナだった。
カテリーナは、無人の攻撃対象を狙い撃ちすることが、できないんじゃないのか?
「提督!目標、移動を開始!」
と、その時、あの岩の船が大きく動く。そして、僕はその姿に、戦慄を覚える。
あの船が、2つに割れる。その中央部から、巨大な砲身が姿を現す。
そしてそれはすでに装填済みのようで、青白く光っている。
僕は、叫ぶ。
「撃てーっ!」
その瞬間、僕の声に反応したのか、それともカテリーナ自らが判断したのか、僕の号令とほぼ同時に、我が艦の主砲が青白い火を噴いた。
ゴゴーッと、雷が滝の如く降り注いだような音とでも言えば良いのか、猛烈なエネルギー流に伴う轟音が、艦橋内に鳴り響く。
まさに史上初の、「特殊砲」対「特殊砲」の戦いの火蓋が切られた。
そしてそれは、一瞬で方が付く。
やがて、艦橋内は真っ暗になる。
照明すら落とした、この暗くシーンと静まり返った艦橋内では時折、機器の発するピッピッという機械音だけが響く。
反撃は、ない。僕は自分の左胸に、手を当てる。
まだ、生きている。鼓動を確認し、そう実感すると、僕は艦橋内中央付近にいる光学観測員に向かって叫んだ。
「も……目標は!?」
だが、すぐには返事が返ってこない。モニターを眺め、何かを探っている様子だ。
だが、僕に応えたのは、レーダー担当のタナベ大尉だった。
「目標……消滅!」
僕はその時、自身の勝利、いや、第8艦隊の勝利を確信する。
だが同時に、僕に背中に変な汗が流れるのを感じる。
紙一重。まさに、紙一重だった。あと一瞬でも遅れていたら、僕は今、この汗の感触すら感じることにできない世界に送り込まれていたであろうことを、頭ではなく肌で感じ取る。
「……全艦に伝達。残存する破片がないかを探索せよ」
「はっ!」
ヴァルモーテン少尉が、僕のこの命令を各艦に向けて伝達する。やがて、あの岩の船、「アルゴー船」があったはずの宙域には、チリ一つ残されていないことが確認された。
「第3艦隊に打電。我が艦隊は、アルゴー船を迎撃し、これを消滅。戦闘態勢は解除する、と」
「はっ!了解しました!」
念のため、地球001に異変がないかどうかを尋ねる。異変なしとの連絡を以って、戦闘態勢は全面解除となった。
「あれ……オオシマ艦長……?」
ジラティワット少佐が、声を上げる。それを聞いて僕は、艦長席を見る。
「あ、いや、どういうわけかだな、私の膝に飛び込んできて……」
そこに見えるのは、艦長に耳を撫でられながら、その膝の上でゴロゴロと喉を鳴らすボランレの姿だった。
それから、30分後。僕は食堂に出向く。
我が艦の「三大胃袋」とも評される例の3人が、仲良く食事している。その一人、納豆ご飯を食べて頬を撫でている、あの砲撃手に声をかける。
「なあ、カテリーナよ、ちょっと聞きたいのだが」
せっかくの食事を邪魔されて、少し迷惑そうな顔で僕の方を見上げるカテリーナ。
「どうしてあの無人の船に、お前は当てることができたんだ?」
僕の言葉を聞いて、カテリーナは食べるのを止める。そして、真顔でこちらを見つめる。
そして一言、こう言った。
「……納豆、食べたかったから……」
的を得ない回答を僕に返すと、再び食事を再開するカテリーナ。ザハラーもリーナも、このやり取りなどに構うことなく、黙々と自身の食を優先する。
今回はカテリーナの賜物に救われた。それは、間違いない。
だが、無人の船でありながら、どうしてカテリーナは、探知できたのか?
納豆ご飯に目玉焼きを乗せて、嬉々として食べるこの娘の計り知れない力と、あの岩の船との勝負に、僕は新たな謎が深まるのを感じる。




