#156 祭り
オオスが、湧いている。
全身金ピカな男女のグループが、音楽に合わせ、踊っている。
秋恒例のオオス商店街の祭りが今、正に行われているところだ。
しかし、この金ピカダンスには、どういう意味があるのだろうか?数百年も前から続くと言われているこれの意味を知っている人は、ほとんどいない。ただ、恒例だからという理由で続いている。
そんな商店街の入り口前広場での行事を横目に、僕は奥へと進む。
「お待ちしておりましたよ、ヤブミ閣下!」
とある建物の中に入ると、僕は少し太った、くたびれたワイシャツ姿の人物に出迎えられる。軍帽を被り直しつつ、僕は中へと進む。
「あの……僕が来る必要って、ありますかね?」
「何をおっしゃいます。今回の主役じゃないですか。ノブナガ様の再来と言われるお方が、参加しないわけにはまいりませんよ」
「いや、だって……あの行列でしょう?」
「構いませんよ。むしろ、オオス商店街が大いに盛り上がります」
と、僕を説き伏せるのは、この商店街連盟の会長であるサカイ氏だ。
「にしても、そこに軍服姿で参列って、やっぱりおかしいでしょう?」
「と言われてもですね、ヤブミ閣下はそのイメージが強いですから、その方がいいんですよ」
「でも、レティシアやリーナらとのギャップが……」
「御心配には及びません。大船に乗ったつもりで、お任せください」
と、会長はそう断言するが、かえって不安でしょうがない。
ふと、窓の外を見る。2階層目の商店街では、ちょうどコスプレの行列が大勢の人並みの中を巡り始めたところだ。
まるで、リーナが持っているあの魔剣よりも、さらに大きな剣を振り回しているのが見えるな。だが、あれは模造品だから振り回せるのであって、あの大きさの本物の金属製の剣を片手で振り回すのは、さすがのリーナでも難しいだろう。
「ヤブミ閣下、ご用意ができましたよ」
などと考えていると、商店街連盟の職員の一人が、僕を呼ぶ。それに応じて僕は、軍帽を深く被り、職員の後を追う。
で、導かれた部屋で、僕は思わず目を見張る。まさしくそこは、日常とは異なる次元の空間が広がっていた。
赤い和傘が立て掛けられ、その脇に立つのは、赤基調の布地に菱や雲形の模様の刺繍、青い羽織をまとった、銀色の髪の人物。
「おう、カズキ!」
その姿に思わず、ドキッとする。元は地球760という遠く離れた星からやってきた魔女の娘が、これほど和服など似合うなどとは、発想すらしたことがなかった。が、目の前の現実は、僕に新たな認識を植え付ける。
「おお、カズキ殿もすでに来ておったか」
続いて姿を見せるのは、リーナだ。この皇女も、青色基調の着物をまとい、金色の帯に、金色の髪の毛をたなびかせて現れる。
が、悪いがこいつは腰に日本刀をつけた武者の姿の方が似合う気がする。いや、これはこれで綺麗なのだが、やはり日頃の印象が、僕にそう思わせる。
「まあ、なんて綺麗なんでしょう!」
続いて現れたのは、ダニエラだ。同じく着物姿。しかし、古代ローマ帝国時代風の国の皇女が着物など着て、果たして似合うものなのか……という発想が間違いであることは、レティシアの時と同じだ。
で、さらに2人現れる。カテリーナに、ザハラーだ。この2人は、なんだか可愛らしい印象が、着物によってさらに強調される。が、ザハラーよ、お前、何で着物姿で頭にターバンを巻く?
「ふぎゃあ!なんか重いよぅ!」
と愚痴りながら登場したのは、ボランレだ。こいつの着物は黄色基調で、背中に大きな帯が重々しい様子。これほどの重装備を、こいつがするのは初めてのようだ。
「あら、お綺麗ですよ。ほら、こちらをご覧ください」
「ふぎゃ?ほんとにこれが、妾なのかよぅ?」
が、職員が大きな姿見鏡の前でボランレを褒めるや、コロッと態度を変える。その姿に、まんざらでもない様子だ。
「おう、おめえらも見違えたな」
「ええ、これはなかなか新鮮ですわ」
「だが、この姿では剣が握れぬが、どうやって戦うのだ?」
「……赤い……」
「手羽先!」
「ふぎゃん!」
反応はまちまちだが、概ね、着物が気に入ったようだ。そこに、あと2人の人物が現れる。
「閣下……どうしても、この姿にならねばいけませんか?」
恥じらいの表情をあらわにしつつ、この大きな部屋に現れたのは、エリアーヌ准尉だ。レティシア同様、赤っぽい着物姿を見せる。
「何言ってるんでぇ。おめえもいっぱしの魔女なら、これくらいの格好になれておくもんだ」
「いや、ですがレティシア様、これではほうきにまたがることができませんが」
「いや、乗れるだろう。またがるんじゃねえ、こうやってベンチに座るようにだなぁ……」
なにも真面目に応えなくてもいいのに、なぜかエリアーヌ准尉の些末な悩みに応えるレティシア。
「提督、ヴァルモーテン少尉、おいらん姿への転換を終え、ただいまより着任いたします!」
と、そこにもう一人、現れる。ヴァルモーテン少尉だ。やや黒っぽい着物姿で直立、敬礼する少尉に、思わず返礼で応える。
「おう、ヴァルモーテン、おめえもなかなか綺麗じゃねえか」
「はっ!お褒めいただき、ありがとうございます!かねてより、着物というものを着用したいと考えておりましたが、その機会を与えられたこと、光栄に思います!そもそも、ニホンの着物とは、元々は小袖と呼ばれる庶民向けの……」
始まった。こいつ、何か知識を披露しないと死んでしまう体質なのだろうか。それに耳を傾けてくれるのは、リーナのみだ。
「はい、皆さん、参りますよ!」
「おう!」
会長さんの掛け声に、応えるレティシア。着物姿の戦乙女一同と僕は、ぞろぞろと動き出す。
そして、大須観音にやって来た。
『これより、第508回オオス大道町人祭、おいらん道中が始まります!』
アナウンスが流れ、ここ大須観音は一斉に盛り上がる。あちこちから、わーっと歓声が上がる。
僕は今、その列の先頭にいる。「おいらん道中」というが、我々の側は皆、顔に白粉も塗らず、カツラも被っていない。レティシアはあの銀色の髪を軽く結っただけで、ほぼそのまま。リーナに至っては、その長い髪をそのまま流している。ザハラーに至っては、ターバンを被っている。カテリーナは……あれ、いつのまにか、あのとんがり帽子をかぶっているぞ?
花魁というより、和装のコスプレ集団と呼んだ方が正しいかもしれない。僕の両脇に、レティシアとリーナが立ち、僕と腕を組む。すぐ後ろには、タナベ大尉が軍服姿でダニエラと腕を組んでいる。その後ろにナイン大尉とカテリーナ、ドーソン大尉とザハラーが続く。
エリアーヌ准尉とヴァルモーテン少尉が、なぜか組んでいる。その後ろを、あの猫耳娘のボランレが続く。そして、その後ろから、公募者のおいらん姿が続く。
昔は白粉とカツラをつけるのが必須だったようだが、この宇宙時代、それを強制することはなくなった。が、中には白粉に和装かつらのあの本格派のおいらん姿で巡る人もいる。
そんなおいらん集団の先頭を歩くことになってしまった。僕の姿は、いつもの軍服。将官クラスを示す派手な飾緒付きの服だから、大体誰なのかがバレてしまう。そして、両脇の2人の妻の上には、赤い和傘が掲げられる。
時折、手を振って写真撮影を求める人がいる。その度に止まり、僕は背筋を伸ばして応じる。レティシアは相変わらず愛想良く応じ、リーナも笑顔で応える。表情が硬いのは、僕ぐらいのものだ。
商店街の脇に群がる人混みの合間を歩む中でふと僕は、レティシアを見る。目が合うとレティシアは、ニタッと笑い返す。
一方、リーナを見ると、こちらも笑みを浮かべて僕を見つめる。それは皇女という肩書き通りの、上品な笑顔ではあるのだが、放つ言葉が余計だ。
「カズキ殿、これが終わったら、あの店のみたらしが食いたいぞ」
リーナの笑顔の要因はこれかと、僕は思い知らされる。食に惑わされるとは、リーナらしい。
後ろを拝見すると、タナベ大尉は緊張しっぱなしで、それをダニエラが上手く笑顔で中和している。逆にカテリーナは珍しく緊張し、それをナイン大尉が落ち着いてエスコートする。ドーソン大尉とザハラーは……相変わらずだな、手羽先と筋肉を連呼している。
「ナゴヤ、オオスに栄光あれ!」
「我は魔女なり!魔女の未来にも、栄光あれ!」
などと言いながら、着物姿で敬礼するヴァルモーテン少尉に、その上をほうきで浮き上がりつつ、右手を斜め前に突き出す魔女のエリアーヌ准尉の姿も見える。どういうアピールをしているんだ、この2人は。
「うみゃ〜よぅ!」
で、その後ろからボランレが、甘栗を食べながら、うみゃあうみゃあと叫んで歩いている。あの動く耳が本物と知れているから、大勢の人々の視線があの耳に注がれている。もはや、隠す必要を感じない。
知らぬ間に、我が艦隊の「戦乙女」らは、オオス名物にされてしまったようだ。いや待て、ボランレは戦乙女ではないと思うが。だがボランレは、話し言葉の親和性とあの独特の容姿で、商店街に集う大勢の人々を魅了してしまった。
いつの間にか、我が艦隊の戦乙女も大所帯になりつつあるな。愛嬌のいい奴、硬い奴、妙に明るい奴に大人しい雰囲気の奴。それぞれが平時に見せる顔を振りまいている。
だが、この戦乙女の戦時の顔まで知るものはここにはほとんどいない。カテリーナはその容姿から隠れファンが多いと聞くが、戦闘モードの彼女を見て、彼らは果たしてその好感を維持できるだろうか?
ニオウモン通を抜け、東ニオウモン通に入る。そこで商店街を出て、ふれあい広場を抜けて南オオツ通りに出る。
そこで曲がって、例の甘栗の店の前を横切る。そこの店主らしき人物が、手を振ってくる。思えばここが、ボランレのオオスデビューの場所だったな。そこで再びアーケード下に戻る。そして、バンショウジ通に入る。
ここから急に人が増える。何度も撮影を求められて、その度に止まる。だんだんと調子に乗ってきたレティシアとリーナは、僕の腕にしがみついてその要望に応じる。
というか、レティシアはともかく、リーナってそういうキャラだったか?いつもなら、もっと気丈に振る舞うはずのリーナが、今日は異常なまでに愛想がいい。
やはりこれは、あの着物の醸し出す雰囲気に、リーナ自身が飲まれたからだろうか?あるいは、この商店街の雰囲気かも知れない。いつになく可愛らしさを振り撒くリーナの珍しい一面を、僕は横目で幾度も観察する。
レティシアはいつも通り、と言いたいところだが、いつもと違い、口数が減っている。どちらかというと、身振り手振りや表情だけで、周りに応えている。これも着物と周囲の雰囲気による変化か?
オオスの空気に支配された2人に挟まれたまま、僕は歩みを進める。誰の目にも明らかなのは、僕に2人の妻がいるという事実が、もはや公にされてしまったということだ。別に今さら隠し立てするつもりもないが、あまり大っぴらにすることでもないのだが……だが、両脇の2人がそれを、あからさまにアピールする。
そんな調子で、シンテンチ通、アカモン通を通ってオオスカンノン通に帰ってくる。が、その途中、2階層目も回る。相当な距離を、あの慣れない姿で歩き通す。
「ぐはぁー!疲れたぜ!」
再び大須観音側の商店街連盟事務所に戻った時には、疲れたレティシアがベンチの上にひっくり返るように腰掛ける。
「なんだ、だらしないな。この程度、魔物との戦いのために行軍したことを思えば、大したことではなかろう」
と言いながら、みたらしを頬張っているリーナ。カテリーナも、甘栗とみたらし、そしてういろうを一本、手にして代わりばんこに口にし、ザハラーは手羽先をガツガツと食べる。
「ここは魔物の巣窟じゃねえぜ。あんだけの撮影要望に応えてりゃ、いくら俺でも疲れちまうぜ。ああ、なんか甘いもんが食いてえなぁ。あとでういろうでも買ってくるか」
「おお、ういろうか!ならばあのういろうパフェを食おう!」
レティシアは口数が戻り、リーナもいつもの強気な雰囲気と食欲が戻ってきた。まだ着物姿だが、どうやらあの異様な雰囲気はこの着物のおかげではなく、商店街に溢れんばかりに集まった人々によって作られていた、ということか。
「んで、カズキよ」
「なんだ?」
「これから、どうするよ?」
「どうするって……そりゃあ僕らも祭りを楽しみたいからな。この後、商店街に戻って、回ろうかと思っているが」
「そうか。そりゃあそうだよな。んじゃ、さっさと着替えて回ろうぜ!」
レティシアはそう言うと、いきなり着物の帯を緩め始める。僕は焦る。
「お、おい!ちょっと待て!急に脱ぐな!」
「なんだよ、ここは俺とリーナにカズキしかいねえじゃねえか。なんで焦ってるんだ?」
「いや、なんていうかだな、その……」
「そうだな、私も着替えるとするか。この服、帯とやらを外せば良いのか?」
「ああ、そうだぜ。んで、それをこうやって畳んでだな……」
僕の目の前で、着物を脱ぎ始める2人。すでに帯を外し、ゆるゆるな着物を纏っただけのレティシアとリーナが、帯を畳んでいる。そしてその着物を脱ぎ始める。
何という刺激的な光景だ。着物を脱ぐという行為が、これほどまで僕の脳髄の奥に眠る、何か本能的な部分をグツグツと活性化するとは思わなかった。顔に熱を帯びるのを感じる。このまま、2人とホテルの部屋に直行したくなる。
それからレティシア、リーナ、ボランレのいつもの3人と僕で商店街に繰り出すのだが、解放感と食欲に支配されるレティシアとリーナを横目に、僕は別の欲望に心を支配されている。早くホテルに戻りたい……などという思考が、さっきから止まらない。
そんな焦燥感に侵された心を抱えたまま、僕は悶々とういろうパフェを食べる。途中、写真撮影を求められながらも、黙々と食欲を満たさんとパフェのお代わりをするリーナを、恨めしく見ていた。
が、そんな和んだ空気を一変させる知らせが、舞い込んできた。
スマホが鳴る。僕は何気なく、それを取る。その画面の文字を見て僕は、急に現実に引き戻される。
「提督!」
と同時に、ヴァルモーテン少尉とエリアーヌ准尉が現れる。僕は立ち上がり、こう告げる。
「総員、直ちにトヨヤマへ向かう!」
それは軍令部からの第8艦隊に対する、緊急発進命令だった。




