#155 分析
「……どうか?」
「はっ!データ、来てます!モニターに映します!」
我々がアルゴー船と呼称するあの岩の浮遊船の中の撮影に成功したとの連絡が、このサカエ研修センターにももたらされた。そこで僕は研修センターを訪れ、その情報を確認することになった。
「……随分と、奇妙ですね」
「ああ、だが、理にかなった配置だな」
ジラティワット少佐と僕は、その内部構造の写真を見る。結局、X線も中性子線も通らなかった船体だが、重力子による観測はかろうじて可能で、おかげであの岩の中がどうなっているかを知ることができた。
中央部には、大きな砲身らしきものが見える。そして後方には4基の機関。その間には、大きな岩のような物体も確認された。
「なんでしょうね、この岩は?そもそも、岩の中で異質な部分があるなんて、妙ですね」
「いや、あれは多分、魔石と呼ばれる石だろう。そうとしか思えない」
「ええ、確かに。レティシア殿が触れたあれも、魔石でしたね」
こいつもまた、魔石を動力源としているようだ。それは間違いない。しかし、この浮遊船にせよ、魔物にせよ、どいつも魔石頼みだな。
「ですがこの船、妙ですね」
と、言い出すのは、ヴァルモーテン少尉だ。
「何が、妙なんだ?」
「はっ、これだけ大きな船でありながら、居住スペースが見当たりません」
「うむ、確かに……それっぽいスペースが無いようだな。我々が入ったあの場所以外には、人が立ち入れそうなところが見当たらない」
うん、言われてみれば、確かに妙だ。我々の戦艦並みの街とは言わずとも、少しくらいはそういうものがあってもおかしくはない。全長3200メートルなら、今は見られない巡洋艦と呼ばれるクラスのサイズだ。巡洋艦クラスの収容人員は、5000人程度。2階層程度の街なら存在していた。それくらいの艦でありながら、居住区すら見つからないとは、この艦は人を乗せることを考えていないのか?
「で、このあとはどうすると?」
「現地の技術武官の間では、分解できないか、検討中だとのことです」
「分解か……だけど、まったく継ぎ目が見えないって、エルナンデス大佐が言っていたが」
「はい、同じことを現地でも言われてるようで、ゆえに難航しているらしいです」
だったら、わざわざバラさなくてもいいんじゃないか?あれが暴走したらえらいことになると分かってて、どうして分解なんてしようと考えるんだ。
「……これ以上見ていても、何も得られるものはないな」
「はい、その通りです」
「ならば、あとは第4艦隊の技術部に任せるとしよう」
写真が送られてきたものの、特にそれ以上、何かが分かるというものではない。分かったことは、たったの2つ。それは、主砲と機関が備わっていることが判明した、ただそれだけだ。
そんなこと、最初から分かっている話だ。問題はそれが、どういう原理で動いている者なのか?何千、あるいは何万年も前に作られていながら、未だに動くのはどうしてなのか?しかもエネルギー供給もなしに、である。
それが明らかにならない限り、この岩の浮遊船は、ただの岩も同然である。おそらくはあの、魔石がカギを握っているのだろうが、たかがルビーが無限のエネルギーを発するとは到底考えられないし……謎は、かえって深まるばかりである。
そういえば、マリカ中尉に託した仕事は、どうなったのか?デネット大尉といちゃついてばかりで、一向に仕事が進んだ気配がない。今ごろはどこで、何をしているのか?
「おう、カズキ。もう終わったのか?」
「ああ……」
「で、どうだったよ?なんかすげえお宝でも、出てきたのか?」
「そんなわけないだろう。機関と砲が見つかった。ただ、それだけだ」
「なんでぇ、つまんねえな。俺が掘り出したようなもんなんだぜ?いっそ俺に渡してくれりゃあ、中からどでかいルビーでも見つけて、そいつを俺が持ち上げてやるんだよ。かっこいいだろう?」
腕まくりして、拳を掲げてやる気を見せるレティシアだが、宝石を持ち上げる怪力魔女かぁ……正直、あまり絵にならないな。レティシアでなければ持ち上げられないような宝石など、もはや宝石としての価値があるようには思えない。
「ところでよ、カズキ。これからあれ、食いに行かねえか?」
早速、夕飯の話か。にしてもちょっと、早くないか?
「なんだ、もう夕飯か……で、あれってなんだ?」
「寒くなって来たからな、あったけえもんが美味い季節だ。となりゃあ、あれしかねえだろう」
ああ、あれか。レティシアの好物でもあるあれを、食べようというのか。
「だがレティシア、いいのか?リーナやボランレにはちょっと、食べづらい食べ物ではないのか?」
「リーナなら平気だろうぜ。実際、もう食ってるからな、あれを」
なんだ、もう経験済みなのか。って、いつの間に食べたんだ?
「おい、てことはボランレにも……体質的に、まずいんじゃないのか?」
「いや、そうでもなかったぜ。ふぎゃあふぎゃあと言いながら、食ってたぜ」
おい、レティシアよ、それはもしかすると悲鳴だったんじゃないのか?大丈夫かなぁ……
「でよ、この先の店で、リーナが待ってるんだ。行くぜ!」
「はぁ?リーナだけで待たせてるのか?」
「リーナだけじゃなくて、ボランレもいるけどな」
あの2人だけで待たせてたら、どうなるか分かるだろう。嫌な予感がする。僕は足早に、その店に向かう。
そこは、このサカエから一歩奥に入ったところにある大きなビルの中。このビルは元々、交流やイベントのためのビルなのだが、建て替えを機に飲食店が多数入った。そのビルの20階に、目的の店はある。
「おい、レティシアにカズキ殿!」
その店の前には、リーナとボランレがいる。というか、リーナのやつ、何か食ってるな。
「おい、リーナ……何食ってるんだ?」
「ああ、このビルの前にだな、味噌田楽なるものを売っている店があってな……」
なんだこいつ、油断するといつも何か食ってるな。一方のボランレは、浮かない顔だ。
「も、もしかしてよぅ、またあれを食うのか?」
「なんでぇ、おめえ、あれがダメなのか?」
「だ、ダメじゃないんだけどよぅ。熱すぎて、食べにくいんだよぅ」
「なんだそうか、熱いのはダメか……しゃあねえ、代わりのものを選んでやるよ」
それを聞いたボランレは、急に笑顔に変わる。ああ、やっぱり苦手だったんだな。猫なところは、耳だけでなく、舌もか。
で、店に入り、座敷に案内されて、注文する。しばらくして出てきたのは、ナゴヤの名物の一つ。
そう、味噌煮込みうどんだ。
「うむ……再びこれに見えたが、まるで地獄の窯のようだな。こんなものが美味いとは、ナゴヤとはどうなっているのか?」
こいつ、ナゴヤのこと馬鹿にしているのか、褒めているのか分からんな。だが、いったん食べ始めると、相手が地獄の窯だろうが構わないようだ。フーフーと息を吹きかけながら、窯よりすくい上げたそれをズルズルと食らう。
だがリーナよ、あまり汁を飛ばさないで欲しいなぁ。こっちはまだ軍服なんだから、それが付くとシミが残ってみっともないことになる。こういう服装で食べることに抵抗のある食べ物であることを、すっかり忘れていた。
で、猫舌なボランレは、この熱い味噌煮込みうどんの代わりに、味噌串カツと鶏唐揚げを注文した。どちらも手づかみでたべられるため、ボランレ的にはこちらの方がいいらしい。
「うみゃーよぅ!」
といつものボランレ節、いや、ナゴヤ弁もどきを披露するボランレだが、いやボランレ、残念だが、ここはそうじゃないんだ。ここは「ちゅるちゅるうまうま」な店なんだ……けど、こいつ今、麺類を食べていないからな。仕方がない。
と、そんな食事の最中に、我々のテーブルの前に、軍服姿の人物が現れる。僕はその姿をみて、その人物に言う。
「なんだ、エリアーヌ准尉。貴官の任務はもう、終わったはずだが?」
まさか、夕食にまで押しかけてくるとは思わなかったな。だが、エリアーヌ准尉がこう応える。
「いえ、閣下。私ではありません。ヴァルモーテン少尉が、ぜひ閣下にお会いしたいと」
「少尉が?なんだ、一体」
と、エリアーヌ准尉の陰に隠れていたヴァルモーテン少尉が、姿を現す。僕を見るなり、敬礼する少尉。僕も返礼で応える。
「ヴァルモーテン少尉、提督にご相談があってまいりました!」
「相談?」
「はっ!このままでは、夜も寝られません!ぜひ提督に、お尋ねしたいことがあるのです!」
尋常ではない雰囲気で、僕に相談を持ち掛けるヴァルモーテン少尉。なんだその、眠れないほどの相談とは?
「おう、ヴァルモーテン、こっちに座れ!エリアーヌも、せっかく来たんだ、まあ座れ!」
「はっ!」
手招きするレティシアに応じて、レティシアとリーナの間に座る少尉。エリアーヌ准尉はレティシアの隣、通路側に座る。そして少尉は、僕の顔をじーっと見つめる。
……なんだか、嫌な雰囲気だな。まさか、3人目になりたいなどと言いだすんじゃないだろうな?
僕に熱烈な視線を送り続けるヴァルモーテン少尉が、ついに口を開く。
「提督!」
「な、なんだ!」
「……提督は、どうお考えですか?」
透き通るような白い肌の丸い顔、うるうるとした瞳、切れ目の長い一重まぶた、きゅっと絞めた唇。少尉よ、一体どうしたというのだ?その表情が、これから何を語ろうとしている何かを予感させるが、それはこの場でははばかられるものではないのか?
「どうって……何のことだ?」
「決まってます!あの浮遊船『アルゴー船』の建造された目的です!」
……僕の予感は、外れた。いや、それはそうだよな。僕は何を考えて……いや、そもそもヴァルモーテン少尉が、まるで恋に悩む乙女のように迫ってくるのがいけない。
「目的って……それは当然、軍船なのだから、敵を攻撃するためだろう。我々の駆逐艦のように」
「それは分かってます。ですが、何を攻撃するのですか?」
「何って……」
僕はそう言いかけて、言葉を止める。言われてみれば、あの船が攻撃した相手は、あの岩の艦隊だ。だが、その岩の艦隊も、浮遊船も、誰が何の目的のために作り、そして何をもたらしたのか?まったく分かっていない。
「……確かに、分からないな。そもそも原生人類がいない以上、それに応えられる者はおるまい。ただ……」
「提督、何か、良い知恵があるのですか?」
「いや、あまり当てにはならないだろうが、マリカ中尉にその辺りの調査を依頼している」
「マリカ中尉、でありますか?」
一瞬、あの恋する乙女風の顔が曇る。これでヴァルモーテン少尉が、マリカ中尉に対してどういう感情を抱いているのかが手に取るように分かる。考えてみればマリカ中尉はヴァルモーテン少尉のことを、「ツボモーテン少尉」だの「ソーセージ少尉」などと揶揄していたからな。良い感情を抱くはずがない。
「ああ見えて、洞察力だけはある士官だ。いずれ、何かを見つけることだろう。それまで、あの船のことをあまり考えないことだ」
「はっ……承知いたしました」
これで納得したとは思えないが、ともかく、この場を切り抜けた。そしてレティシアのやつ、早速この2人にも「あれ」を頼んでいた。
「おう、ここに来たからには、食わずには帰れねえぜ」
「これは……なんですか?」
エリアーヌ准尉が、レティシアに尋ねる。
「一流の魔女に、必要な食い物だ。熱いからな、気を付けて食え」
「一流の魔女!?ぜひ、いただきます!」
いやあ、一流の魔女ならなおのこと、これは食わないと思うぞ。だが、乗せられたエリアーヌ准尉は、そのぐつぐつと煮えたぎる味噌煮込みうどんにフォークを突っ込んだ。
「う……あ、熱い……」
「どうでぇ、この熱さがいいんだよ。かつて地球760で、伝説の魔女と言われたやつはよ、火矢の飛び交う中を猛然と飛来し、敵を奔走したっていうじゃねえか。このくらいの熱さ、耐えて当然だぜ」
「う、確かに。参考になります、レティシア様」
そんな伝説、本当にあったのかなぁ。なんか、嘘くさいぞ。が、それに納得したエリアーヌ准尉は、それをフーフーしながらなんとか口に運ぶ。
「な、なんという器、この器はもしや、コウガのニンジャが育て上げたという信楽焼のような……あっちぃっ!」
こちらは、器の方が気になるらしいが、味噌煮込みうどんが入ったままのその器に触らない方がいいぞ。めちゃくちゃ熱いからな。
味噌煮込みうどんと格闘する5人の戦乙女と、うみゃーを連発する一匹の猫舌娘がガツガツと食事をする光景を眺めながら、僕は思う。
そういえばマリカ中尉め、一体何をしているんだ?いい加減、報告に来ないものだろうか。




