#154 会食
「……なるほどねぇ、異なる世界から来た猫耳娘ちゃんに、護衛の魔女さんねぇ……」
「はっ!小官はヤブミ准将閣下を守るべく、護衛任務に着いております!」
仏壇の前で、レティシアにリーナに僕、そしてエリアーヌ准尉が母さんの前に座る。僕の脇には、フタバとバルサム殿もいる。で、ボランレはというと、母さんの膝の上で耳を撫でられながら、ゴロゴロと喉を鳴らしているところだ。
「あーあ、馬鹿兄貴、またたくさん連れて来ちゃったわね」
「いや、しょうがないだろう。それよりも、エリアーヌ准尉よ」
「はっ!」
「ちょっと聞きたいのだが……どうして、僕のいる場所が分かったんだ?」
「閣下のスマホの位置情報から割り出しました。護衛任務のための、やむを得ない措置とお考えください」
「う……上官の位置情報を勝手に……と、その前にだ、まさかとは思うが、貴官、空を飛んできたのではあるまいな!?」
「はっ!高度100メートル以下を速力100で飛行し、トヨヤマよりここまで参りました」
「ちょっと待て……それって、違法じゃないのか!?」
「レーダーに引っかかるようなヘマは致しません。大丈夫です」
いや、大丈夫ではない。無断で将校の位置情報割り出しを行い、しかも無許可の飛行行為。すべて違法行為だ。おまけに、この地球001で、護衛の必要などないだろう。だいたい、このナゴヤでの生身の飛行をするなど、なんてことしてくれるんだ、こいつは。やることが、テロリストかストーカー並だな。
「それはそうと馬鹿兄貴。これから夕飯に行かないかって」
「なんだ、まさかそれだけの用事で呼び出したのか」
「それだけって、何よ!母さんの希望なのよ!」
「そうだよ。せっかく帰ってきたんだから、家族揃って食べるんだよ。その方が、お父さんだって喜ぶだろうし」
家族、家族ねぇ……レティシアやリーナはともかく、そこにボランレとエリアーヌ准尉まで加わってしまったぞ。
「しかし、この人数で食事って、どこに行こうかしら?」
「そうよねぇ、何でも食べられるリーちゃんと違って、私は今、食べるもの選ぶから」
「それじゃよ、ひつまぶしにしようぜ!」
「ええーっ!?今から、ひつまぶしかい!?」
「いいじゃねえか、おっかさんよ。フタバも、ひつまぶしなら大丈夫だよな?」
「うん、そうだね、ひつまぶしなら……でも、この人数で行くの?」
「あれだ、熱田神宮の向こうにあるあの店なら、これくらい入るだろう」
そうか、いつものサカエの店ではなく、もう一つのひつまぶしの店にするのか。
「それじゃ、予約入れるぜ。エリアーヌもひつまぶし、食えるだろう?」
「えっ?あ、はい、多分……」
「じゃあ、決まりだな。それじゃあ、全部で8人だ」
ああ、予約入れちまったぞ。ほんとに全員で、あの店に押しかける気か?
「予約取ったぜ。もうちょっとしたら、出かけるぞ」
「それにしてもこのボランレちゃん、変わってるわねぇ……耳の、この辺りが気持ちいのかい?」
「ふぎゃんふぎゃん!」
ボランレめ、ゴロゴロと喉を鳴らしながら、すっかり母さんに甘えきっているな。あの膝枕と耳のマッサージが、そんなに気持ちがいいのだろうか?
が、それからしばらくして、タクシーを呼び寄せて皆で予約した店へと向かう。
「ひつまぶし、楽しみだよぅ!」
「そうかいそうかい、ボランレちゃんも、気に入ってくれるといいねぇ」
「ふぎゃんふぎゃん!」
「しかし、なんだね。なんかもう、孫ができたみたいだねぇ」
「いや、お母さん、もうちょっとで本物の孫、出てくるから!」
母さんとボランレ、それにフタバのやりとりを聞きながら、我々はその店へと向かう。
熱田神宮を抜ける。ここはノブナガ公がとある戦いの前に立ち寄り、そして歴史的勝利を収めるきっかけとなったとされる神社だ。
その戦いとは、後に「オケハザマの戦い」と呼ばれている。以来、戦国時代において、ノブナガ公の名は大いに広まることとなる。
この都市の真っ只中で、鬱蒼と茂る木々に囲まれたその神社を抜けると、目的の店に到着する。8人は大型タクシーを降り、店へと入る。
石畳の上を、瓦葺のいかにも老舗という雰囲気の建物に向かって歩く。ボランレは、脇に生えた松の木とツツジのこんもりとした植え込みが、気になるらしい。
入り口に達すると、木戸が開き、中から店員が現れる。
「いらっしゃいませ。8人のお客様ですか?」
「ああ、そうだ」
「お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」
その店員に導かれ、店の奥の座敷へと通される8人。そこは古風な和座敷。ただ、ここは畳の上に低いテーブルと椅子が並べられており、正座に慣れていないリーナやボランレ達でもくつろげる場所となっている。
「おお、ひつまぶしだな!しかしここは、他にもいろいろな料理が並ぶのだな」
リーナの言う通り、ここはひつまぶしオンリーではない。卵の中にうなぎを包んだ「うまき」、漬物とうなぎが添えられた「うざく」、タレがなく、ほぼ素焼きに近い「鰻白焼き」など、バラエティーに富んだうなぎ料理が並ぶ。
ちょっと変わっているのは、脇に添えられた皿に入った、白い骨。うなぎの骨をかりっと焼いたもので「骨せんべい」というものだ。早速、ボランレはこれをガリガリとかじっている。
しかし、やはりメインはひつまぶしだ。炭火でカリッと焼き上げられたうなぎに、3つの薬味、陶器の小瓶に入ったタレ。ただここは、お櫃ではなく、普通の茶碗に入って出てくる。普通のひつまぶしもあるのだが、頼んだ料理は小ひつまぶしの定食だったようだ。
「おい!ひつまぶし、もう一つだ!」
そんなもので足りようがないリーナは、2杯目を注文する。その横で、初めて食べるそのうなぎ料理を口にする准尉がいる。
「これは……うなぎというものなのですか。我が地球760にあるのでしょうか?」
「多分、あるんじゃねえか。食ってねえだけで。それよりもだ、一流の魔女なら、ひつまぶしくれえ食べとかねえとダメだぜ」
「はっ!肝に銘じておきます!」
と言ってエリアーヌ准尉が食べているのは、まさにうなぎの肝、「鰻肝焼き」だ。ちょっと柔らかく、食感には好みの分かれるところではあるが、准尉はそれを黙々と食べる。
「う、うみゃ〜よぅ!」
ひつまぶしを食べるボランレがこのセリフを吐くと、ますますこの辺りの公認ゆるキャラのように見えてくるな。
僕とレティシアは、どちらかと言うと出汁茶漬け派だから、最初から薬味をかけ、出汁茶漬けでいただく。リーナは……なんでも派だから、全部ぶっかけて食べていやがる。一方、フタバも普段は出汁茶漬けが好みのはずなのだが、今はうなぎ丼でしか食べられないようだ。
「うう……なんか、出汁の匂いがダメだわ……なんでだろう?」
「そういや、私もフタバが生まれる前は、お吸い物の湯気がダメだったわよ。そういうところは似たんだね」
「ははは、フタバ、仕方ないよ。しばらくはここにいるんだから、また食べられるようになってからくればいいよ」
「うう、バル君、私の分もしっかり食べてね……」
ますます妊婦らしくなってきたな。で、ボランレを見ると、箸が使えないので、スプーンをもらってそれで食べている。その食べっぷりを見るに、うなぎの味は気に入ったようだ。
「ところでバルサム殿」
「なんでしょう、皇女様?」
2杯目のひつまぶしを平らげたリーナが、珍しくバルサム殿に話しかける。
「フタバがこの通りだ。しばらくは、このオオスに留まることになろう。その間、そなたはどうするつもりなのだ?」
リーナよ、食事中にしては、珍しく頭が回るな。そのリーナの言葉に、バルサム殿は応える。
「実はですね、ペリアテーノの皇帝陛下より、ここに留まる間の仕事をいただいているのですよ」
「仕事?なんだ、それは」
初耳だ。いつの間に、そんなやりとりをしていたのか?バルサム殿は続ける。
「少なくとも3年は、フタバも私も、この地に留まることになる。その間に、できる限りの文化、技術をペリアテーノにもたらして欲しい、と」
「なるほど……だが、あの星はすでに地球043の者が様々なものをもたらしておるではないのか?わざわざ、地球001にあってもたらすものなど……」
「いえ、ここにしかないものも多いですよ」
「なんだそれは?ひつまぶしか?」
いや、確かにそうかもしれないが、リーナよ、お前ちょっと、食い物に偏りすぎだぞ。
「食べ物ではありません。情報ですよ」
「情報?」
「そう、情報です」
「……それほど、重要な情報があるような気はしないがな」
「いえ、そんなことはありませんよ。やはりここは連合側における、文化、政治、軍事の中心地です。ここでの様々な決定や発信が、宇宙全体に影響を及ぼしている。それを陛下は感じられたからこそ、誰か一人をこの星に派遣し、その動きを逐一悟りたい。そう仰せになったのです」
「なるほど……新しいうなぎ料理が作られたら、私もすぐに知りたいしな」
リーナのことは放っておくとして、しかし物静かなバルサム殿も、そして陛下も、そんなことまで思い巡らせていたのか。
あのマルツィオ陛下、以前にはその命を狙っていたはずのネレーロ第3皇子とも和解し、積極的に帝政に参加させていたようだ。どちらかと言うと保守的だったあの人物が、目まぐるしく変わる自身の星の周囲の情勢に、突然、積極的に関わり出した。どういう心境の変化があったのだろうか?
ともかく、バルサム殿は情報収集や交渉という点では、信頼できる人物だ。フタバの里帰りに合わせてそんな提案をしてくるとは、侮れないな。
「てことでね、バル君としばらくここにいることになったのよ」
「まあ、そうだな。その方がいいだろう」
「てことだから、バル君に協力してよね、馬鹿兄貴」
いや、協力するかどうかはまた別問題だ。いくらなんでも、民間人に出せる話ばかりではない。こと軍機に関わる話は、バルサム殿といえども話すわけにはいかない。
「そういえば、エリちゃんは地球001に来るのは初めてなの?」
「はっ、初めてです、フタバ殿」
「そうなんだぁ、エリちゃん、まるでずっと以前から地球001にいるみたいに、颯爽と現れたから、てっきり何度かきてるんだと思ってたよ」
「いえ……ですが、私が予想していた地球001とは違うとは感じましたが」
「えっ?どんなところだと思ってたの?」
「はっ、ここでは、まるで潜水服のように身体にぴったりなカラフルな服を着て、頭には大きなアンテナをつけ、円盤型の乗り物に乗って移動し、チューブ式の容器からのみ、栄養補給をする人々で溢れているのだと思ってました。思いの外、地球760と変わらないため、驚いております」
ちょっと待て、エリアーヌ准尉よ。一体、いつの時代の未来想像図のような世界を思い描いていたんだ。そんなわけないだろう。
「だとすると、おめえ、ひつまぶしは初めてってことだなぁ」
「はっ。その通りです、レティシア様。」
「てことは当然、味噌カツも手羽先も……よし、おめえ、あのホテルに宿泊する気か?」
「はっ、軍より指定されておりますから」
「なら、明日の朝食は、俺が案内してやる。朝になったら、俺んところに来るんだ」
「はっ!承知致しました!」
なんだろうな、レティシアのやつ、何か企んでるな。朝食ってことは、モーニングか、それとも味噌カツか……いずれにせよ、この真面目堅物な一等魔女を、ナゴヤに染めてやろうと言うのか。
だが、ひつまぶしを黙々と食べているあたり、あまり崩れそうにない気もするな。すでに最高のナゴヤ飯カードを切ってしまったから、これで動じない相手が、他のナゴヤ飯に靡くものだろうか?
「いやあ、食った食った!やっぱり、こっちのひつまぶしもいいぜ!」
いつも行くサカエの店と、今日行った熱田神宮近くのこの店は、ひつまぶしの起源を主張する店同士でもある。だがそれだけに、味は格別だ。
「それじゃ、母さん、フタバ、バルサム殿。僕はホテルに戻るよ」
「いつまでここにいるんだい、カズキ?」
「そうだな……おそらく2週間ほどかな」
「じゃあ、また食事に行けるね。その時も、みんな連れておいで」
僕は母さんに向けて手を振り、別れる。すっかり暗くなったオオスの真横を、ホテルへと向かう道の途中、あの商店街の入り口にある店に差し掛かる。
「あっ!いた!ちょっと、猫耳さん!」
「ふぎゃ?」
いきなり、その店の店員に呼び止められるボランレ。
「いや、今日はありがとうございます!で、明日もきてくださいますよね!?」
「は?」
僕は思わず、声が出てしまった。どうやらこの店員、ボランレの客寄せ効果に魅せられ、ボランレが再び現れるのを待ち構えていたようだ。
「いや、ちょっと……彼女はこの星の人間ではないので……」
「いや、お願いしますよ!甘栗、サービスしますから!」
「ふぎゃ!?甘栗!?」
ダメだ、目が輝いている。目の前で甘栗の袋を振られて、すっかりその気になりつつある。
で、翌日、レティシアはリーナとボランレ、そしてついでにエリアーヌ准尉を連れて訪れ、皆でこの店に訪れる。
ボランレは、あの調子で「うみゃ〜」を連発し、エリアーヌ准尉は、店ののぼり旗をぶら下げて、ふわふわと店の周りを漂う。レティシアは、オオスの目印であるあの大きなちょうちん看板を持ち上げる。で、リーナはひたすら栗きんとんを食べて「美味い」を連発する。
この異様な集団は、やがて口コミで広がり、大勢の人々が集まってくる。ことレティシアは元々、ここでは知名度があるが、そこに新たな3人の女達が加わる。
2人の魔女と、皇女と猫耳娘が、たかが一人一袋の甘栗ごときで販促活動を買って出る。その日、このオオスの商店街の一角が大いに盛り上がったのは、言うまでもない。




