#153 帰省
ようやく、ナゴヤにたどり着いた。あの800メートルのシンボル「テレビ塔」の脇を通過する、我が0001号艦。
「トヨヤマ港より入電!第17番ドックに入港許可、以上です!」
「両舷前進最微速!取舵10度!」
艦内が、入港に向けて慌ただしくなる頃、艦橋の窓にへばりついて、離れないやつがいる。
眼下には、無数のビルディングや車、周囲にはいくつもの空中バス。見たことのない風景や物に、圧倒されるボランレ。
何か気になるものでも見えるのだろうか、耳が時々、ぴくぴくと動く。窓の外から、目を離そうとしない。よほどこの街に何か、惹かれるものがあるようだ。
やがて、トヨヤマ港上空に達する。ナゴヤほど繁華な場所ではないものの、元々鬱蒼とした森しか知らないボランレにとって、目の前に広がる無数のドックの並ぶ光景は刺激的なようだ。
「30……20……10……着陸!船体固定ロック!」
「前後ロック、およびギア接地よし!着陸、完了いたしました!」
「よし、機関停止!」
ヒューンという機関の落ちる音がこの艦橋内にも響き渡る。僕は、司令官席から立ち上がり、艦橋出入り口に向かう。
「おう、カズキ!行こうぜ!」
例によって、レティシアが現れる。リーナもやってきた。僕は2人の元へ向かう。
「そういやあ、ボランレはどうするんだ?」
「あ……そういえば、どうするんだ?」
レティシアのこの一言で、僕は気づく。そういえば、ナゴヤに着いた後にボランレをどうするかということを、まったく考えていなかった。ふと振り返ると、ボランレはまだ、艦橋の窓にへばりついている。
「しゃあねえな、連れて行くか」
「連れて行くって……僕らがか?」
「そうだよ。他に誰がいるんだよ」
う……そう言われると、辛いな。だいたい、こっちの世界に連れてきちゃった張本人だし、ほっとくわけにもいかない。
「おーい、ボランレ!」
「ふぎゃ?何だよぅ!」
「艦を降りるぞ!こっちにこいよ!」
それを聞いたボランレは、大急ぎでこっちに来る。
「さっきから、窓の外に変なものが見えるよぅ!木でも石でもない、ギラギラ光る奇妙な四角いものが、まるで滝つぼの苔のように、地面にびっしりと生えてるんだよぅ!」
ああ、もしかしてビル群のことを言ってるのか。さっきからジーッと窓の外に興味津々の様子だったが、あれはナゴヤのビル群に見入ってたということか。
「今から、そのビルん中に行くんだよ。ほれ、行くぞ」
そういや、ボランレは「こっち」にきて以来、ずっと艦内暮らしを続けている。ほとんど外を知らない上に、ヘルクシンキの街にも驚いてるくらいだ。しかもここナゴヤは、ヘルクシンキとは比べ物にならないほど高い建物が多い。原始的な生活から、いきなり宇宙でも繁華な場所へとやってきた。カルチャーショックは、相当なものだろう。
そのショックは、このトヨヤマの地ですら受ける。
「な、何だよぅ!大きなピッカピカの箱が、何でこんなところに置いてあるんだよぅ!」
「箱?ああ、あれはターミナルビルだ。さ、入るぞ」
「は、入れるのかよぅ!」
ターミナルビルくらい、ヘルクシンキの宇宙港でもあっただろう。何を今さら……もっとも、こっちの方が大きいが。
「そういえば、この間来た時よりもここは涼しいな」
「まあな、もう秋だしな。これから一気に寒くなるんだよ。雪だって降ることもあるしな」
「何だと!?あれだけ暑かったのに、ここは雪も降るというのか!?」
リーナのやつ、ナゴヤを何だと思っている?ここは、はっきりとした四季がある地だ。暑さと寒さは交互に来て当たり前だ。
いや、ヘルクシンキはどちらかというと、やや寒冷な気候だったな。ついこの間までは夏だったというが、全然暑くない。かといって、なぜか雪が降るほど寒くもならないという、不思議な場所だった。やはり2倍の半径が原因……というわけではなく、単に地軸の傾きが小さ過ぎるのが原因だと、マリカ中尉が言っていたな。
気温の変化が激しい地球001上の都市にやってきたリーナも、さぞかしショックを受けることになるだろう……と、思ったのだが。
「ほあほあほえあほいひ!」
……何を食ってるんだ、こいつは?宇宙港ロビーに着くや否や、売店に売られていた石焼きイモを食い始めたぞ。その手にはさらに、中華まんも……
忘れていた。そうだ、今は「食欲の秋」だ。食い物が美味い季節、普段から食欲だけは旺盛なリーナにとって、この季節はまさに水を得た魚のようだ。
「うみゃーよぅ!何だね、これはよぅ!?」
一方のあの猫娘も、耳をひくひくさせながら、あんまんを食っている。ああ、そういえばレティシアのやつ、こいつに「あんこ」の味を教えてやりたいと言ってたな。小倉トースト派を増やすため……というより、昨日僕が会った「アントネンコ大将」の名前から思いついただけという説の方が有力だ。
ところで、さっきから売店の店員が、そのボランレの耳を不可解な表情で見ている。この姿は、いわゆるコスプレだと思っていたのだろう。が、あの耳があまりに生き生きと動いている。それが、奇妙極まりない。そんな店員の視線などお構いなしに、レティシアにあんまんをねだるボランレ。
ボランレの今の姿は、パーカー付きの上着に、デニムの短パン。パーカーの服は、いざという時にあの耳を隠すため、戦艦ペトロパブロフスクに立ち寄った時に買ったやつだが、これすら何かのキャラのコスプレに見えてくる。
やっぱりあの耳、ここでは目立つな。そろそろパーカーを被せた方がいいんじゃないか?だが、当人はお構いなしにその奇妙な耳を見せびらかす。店員のみならず、周囲の客も注視している。
「これはうみゃ〜、うみゃ〜よぅ!」
極め付けは、このセリフだ。今どきナゴヤの人間でも使わないナゴヤ弁風のセリフを吐くものだから、余計に目立つ。別にワザとやってるわけではない。ああいう喋り方なのだ。が、これではまるで、ご当地キャラのようだ。
そんな生き生きとした耳を立たせながら、いつものバス停に向かったのは、昼過ぎのことだ。
バス停に着くと、すぐにバスがやってきた。外宇宙行きの船に乗るべく民間人も利用するこのトヨヤマ港には、大勢の人が訪れる。上から降りてきたバスから、ぞろぞろと人が降りてくる。
「な、何だよぅ、この塊はよぅ!」
「ああ、こいつはバスって言うんだ」
その人々の目は、あの耳に向かう。ボランレは上から降りてきたバスに興味津々で、抑えられない感情を、その耳がピクピクと表現してくれる。一方で、降車する人々は、その生々しい耳の動きに、違和感のあまり凝視してしまう。
『このバスは、トヨヤマ発、メイエキ、オカザキ経由、トヨハシ行きです。まもなく、発車します』
車内アナウンスに耳躍らせるボランレが、車内の乗客の視線を一身に集める中、バスが発車する。プシューと音を立てて閉まる扉。そして、ガクンと揺れたかと思うと、宙に浮き上がるバス。
「ふぎゃあ!?浮いた、浮いたよぅ!」
リーナでさえ、このバスにようやく慣れて騒がなくなったが、今度も不慣れなやつが1人いるおかげで、賑やかさは変わらない。
というか、故郷に帰るたびに誰かが増えているな。今度はボランレか。100メートルほど上昇したバスは、前進を開始する。
『毎度ご乗車、ありがとうございます。次の停車は、メイエキ。地下鉄、長距離バスへは、次のメイエキでお乗り換え下さい』
ものの10分ほどで、目的地に到着する。バス停に近づくにつれ、増える人の数に、ボランレは圧倒される。それは、あの耳を見るとよく分かる。さっきまで踊っていたあの耳は今、ピンと張りつめたままだ。
「あ、アリ塚のアリみたいだよぅ。これみんな、人なんかよぅ?」
「そうだぜ、ここがナゴヤだ」
「な……ナゴヤ?」
アリ塚か……そう言われれば、そう見えるな。これまでボランレが、何度かレティシアから聞かされていたその街は、手羽先や味噌カツの故郷という触れ込みだけだった。が、今、その街の一端が、この真下に広がっている。
バス停に降り立つと、ボランレは目の前を歩く無数の人々の量に圧倒される。地下やビルから、次々と吐き出される人々。そしてそれらは、別の地下やビルの口に吸い込まれていく。時折響く、クラクションの音に驚き、くるりと音の方に耳をそばだてるボランレ。
「それじゃあ、いつものところから行くか」
「そうだな。ここに来たからには、まずはあのラーメン屋だな」
すでにレティシアとリーナの心は決まっている。が、リーナはついさっき、いろいろと食ったばかりでは……などと言う僕の気持など構うことなく、ターミナルビルの中へと進む。
「ど、どこに行くんだよぅ……」
「行きゃあ分かる。まあ、黙ってついてこい」
まるでアリ塚の中にでも入りこんだかのように、ビルの中を恐る恐る進むボランレ。もう少し、説明責任を果たすべきな気がするが、でもレティシアでなくとも、ボランレにこの先にある地下街や店のことを説明するのは、至難の業だろう。地下道や商店街の概念を、この未開人に納得させる言葉が見つからない。レティシアの言う通り、見れば分かる、と、そう告げるしかない。
おそらく、不安でいっぱいなボランレを、なんの説明もなしに連れ歩く3人。やがてターミナルビルを抜けて、反対側に出る。立ち並ぶビル群とバス停の手前にぽっかりと開いた地下街の入り口に向かって歩き出すレティシアとリーナ。
「いやだよぅ〜!アリに食われちまうよぅ!」
「何言ってるんだ!アリなんかいるわけねえだろう!」
地下に潜ることに抵抗感を示すボランレだが、それを無理に引っ張り込むレティシア。はたから見るとこれは、通報事案ではないのか?
が、そんなボランレも、地下街に一歩入ると態度が一変する。明らかに、食べ物の匂いがするこの地下街で、鼻をクンクンさせ、耳をそばだてる。
「な、なんだよぅ、ここは?美味そうな匂いがするよぅ!」
「そりゃあ、食い物屋が並ぶ地下街だ。どうだ、気になる店ばかりだろう?」
「気になる、気になるよぅ!あれ、食ってみたいよぅ!」
「まあ待て、俺が今から、いいところに連れていってやるからよ」
まあ、あそこがいいところかどうかは、意見が分かれるところだろう。だが、少なくともレティシアやリーナ、そして僕にとってはいいところには違いない。
そして、そのいつものラーメン屋の前に、たどり着く。
「なんだか、美味そうな匂いがするよぅ」
「当然だ、ここはナゴヤのソウルフードを扱う店だからな。さ、入るぜ」
「おい、レティシア!私は肉入りラーメン大盛り2杯だ!」
「はぁ!?お前さっき、肉まんと焼き芋食べただろう……」
と言いながら、中に入るレティシアと、リーナ。遅れて、僕とボランレが入る。
席に着き、しばらくすると、レティシアが4つのトレイを一度に運んでくる。相変わらず、魔女の力を遺憾無く発揮している。
「こ、これは、なんだよぅ?」
「ラーメンだ。まあ、食え」
食えといわれても、ろくに食器も使えないボランレに、いきなりラーメンを出してよかったのか?だが、ボランレは例のフォークスプーンを握り、恐る恐るそれを掬い取る。そして一口、入れた。
「ん〜!う、うみゃあ〜!」
えっ?そんなに美味いのか?いや、確かにリーナも気にいるほどのラーメンには違いないが、むしろここの料理は、安い部類に入るものだ。そんな料理に、これほど感動を覚えるとは。
「な?分かっただろう、これがナゴヤのソウルフードだってよ」
「んみゃあでよぅ!この丸い肉も、槍の柄を煮込んだみたいなこれも、そしてこのずるずるとした茅の茎の柔らかいやつみたいなこれも、とてもうみゃあでよぅ!」
うーん、ますますナゴヤ弁っぽくなってきたぞ?こいつ、実はここのご当地キャラなんじゃないのか?ますますそう、思えてきた。
「やはりこのラーメンは、こっちに限るな!ペリアテーノの平民街で食べたあれは、やはりちょっと味が薄い気がするな……本場には、敵わないと言うことか?」
なにやら料理評論家のような口ぶりで、ラーメンの味を評価しているリーナだが、そういうのはもうちょっと高級な食材で語るものだ。リーナの場合は、腹に収まってしまえば、変わりないのではないか?
で、当然、締めはクリームぜんざいだ。それを見たボランレは、こんなことを言い出す。
「な、なんだね、これはよぅ?まるで堆肥のようなものの上に、真っ白なウ○コのようなものが乗ってるよぅ……」
「何言ってるんだ、おめえすでにこの黒いやつは食ってるだろう!」
「そ、そうなのかよぅ?」
すぐ横では、そのクリームぜんざいをガツガツと食う奴がいる。それを見て、恐る恐るスプーンを突っ込むボランレ。そして、口に入れる。
「ん〜!!」
あれ?言葉を失ったぞ。耳がピーンと立ったまま、動かなくなった。おい、まさかこれ、こいつに食わせてはいけないものじゃなかったのか?
「んみゃあ〜!!」
と、一瞬心配したが、それが杞憂だと分かるのは数秒後のことだった。感動のあまり、大声をあげるボランレ。
その度に、周りの人たちがボランレの動かすあの耳を見る。コスプレのような耳が、まるで生きているかのように動く。いや、実際あれは本物だから当然なのだが、それがここの人々には異様に映る。
「な?クリームぜんざいも美味えだろ?思った通りだぜ!」
レティシアは満足げだが、にしてもこいつのこのラーメン店推しは異常だな。ナゴヤを訪れた者を必ずここに最初に連れてくる。
「いやあ、食った食った!それじゃあ、ホテルに向かおうぜ」
「なぁ、レティシアよ。やっぱり、ボランレも一緒か?」
「しょうがねえだろう。ほっとくわけにもいかねえし、こいつ1人じゃ、生活力無さすぎて、のたれ死んじまうぜ?」
うーん、その通りではあるのだが、しかしなぁ……僕はまた、あらぬ噂を広げられてしまうことになりかねないのだが。
さて、そこからターミナルビルの下を通り抜けて、元の場所に戻ってもよかったが、ここからタクシーに乗り、サカエにあるいつものホテルに向かうことにする。
目の前で停まり、ドアが開いた無人のタクシーに、ボランレの警戒心は再び上がる。それは、ピンと張ったまま動かない耳を見れば分かる。
「おう、ボランレ、緊張してるのか?」
レティシアの問いかけに、小さくうなずくボランレ。
「なんだ、この程度で慄くとは情けないな。馬のない馬車のようなものではないか」
などと余裕ぶって見せるリーナだって、初めてここにきた時の狼狽ぶりは、あまり人のことを言えたものではないだろう。
「もうすぐ着く。ほら、あの塔のある交差点を曲がればすぐだ」
「と、塔?なんだよぅ、塔って?」
「なんだって、あの高いのがそれだ」
天を貫く、高さ800メートルの塔。テレビ塔と呼ばれる恒星間通信アンテナ塔のほぼ真下に到達している。
「あのそばのホテルに泊まることに……ん?」
ふと僕は、スマホを見る。メッセージが届いていることに気づき、それを開くと、送信先がフタバだと分かる。
珍しいな、フタバから連絡してくるなんて。僕はそのメッセージを開く。
「……実家にすぐ来い、この馬鹿兄貴……」
「な、なんだ!?どうした、カズキ!」
「いや、フタバからのメッセージに、そう書かれてるんだが」
「実家って、おっかさんのところか?」
「だな。仕方がない、ホテルにチェックインして荷物を置いたら、すぐに向かおう」
そういえばフタバのやつ、バルサム殿と共に、さっさと母さんのところに向かったようだな。しかし珍しい。あのフタバが、実家にまっすぐ向かうとは。
だが、フタバの今の状態を考えれば当然か。あれでは、あちこちに飛び回るのは無理だな。
そういえばフタバのやつ、酷いつわりはないものの、食べるものを選んでしまうとぼやいてたな。近頃はフライドポテトやピザなど、塩辛い系のジャンクフードばかりを好んで食べる。カテリーナの好んで食べる納豆は、見るのも嫌だと言っていた。そこまで納豆嫌いではないんだがな。
「さ、着いたぜ」
ホテルの前で降りる。目の前には、高さ300メートルのホテル。それを唖然とした顔と耳で見上げるボランレ。
「はぁ〜……なんだよぅ、ここは?」
「これからしばらく、ここで生活するんだよ。さ、おっかさんのところにも行かなきゃならないんだ。さっさと行くぜ」
レティシアが荷物を持ち上げ、タクシーを降りる。リーナもボランレの手を引いて降りる。僕がスマホを当てて精算しタクシーを降りると、タクシーはドアを閉じ、そのまま走り去っていった。
ホテルに入り、フロントでチェックインを済ませる。その間、対応するホテルマンらは、ボランレのあの耳をチラチラと見ていた。やっぱり、あれは気になるらしい。さっきからボランレもこのロビーにある椅子や絵画、噴水や照明に興味津々で、耳がピクピクと動いているからな。
で、ようやくホテルの部屋へとたどり着く。今回は、高さ200メートルほどのところ。その眺めに、圧倒されるボランレとリーナ。
窓から外を眺めて首を左右に動かすあの2人を、後ろから眺めるのも面白いものだ。僕は軍服を脱ぎ、私服に着替えている間、地上に動く車や人の様子を眺めていた。
「さて、行くぞ」
「行くって、どこに行くんだよぅ?」
「僕の実家だ」
僕は、窓際に寄る。そしてボランレの頭上から、僕の実家のある方を指差す。
「あそこにある、少し低い建物が広がっているのが『オオス』と呼ばれる場所だ。で、その向こうにあるあの大きな建物、あそこに僕の実家がある」
「ふぎゃ?オオス?」
「そうだ。大勢の人とモノと芸が行き交う、そういう街だ」
「おい、ボランレ、それだけじゃないぞ!あそこには食い物もあるぞ!食い物も!」
リーナよ、お前にとっては食い物が全てだろうが、それだけじゃないんだけどな、オオスというところは。
で、再び、外に出る。いつものように、外を歩く。途中、あの味噌カツの店の前を通る。
「ふぎゃあ!イノブタの化け物だよぅ!」
と、突然ボランレのやつが叫ぶ。何を言っているんだ?イノブタとはなんだ?
が、ボランレが指差す先には、あの味噌カツの店の看板である、2本足で立つブタの力士の姿。ああ、あれを「イノブタ」と言っていたのか。ところで、イノブタってなんだ?名前から察するに、イノシシとブタの間くらいの動物か?
「おう、ここにいる間に、何度かくることになるぜ。とにかく今は、おっかさんのところへ行こうか」
「なんだ、食べないのか?せっかく食べられるものと思っていたのに……」
おい、リーナ。お前さっき、肉入りラーメン大盛りを3杯と、クリームぜんざい2つを食べたばかりだろう。まだ食えるのか。
「あれは、あれはなんだよぅ!」
しばらく歩くと、また何かを見つけたようだ。いや、さっきからいろいろなものに反応しているが、今度のはちょっと違う。
耳ではなく、鼻が反応しているようだ。その先にあるのは、商店街の入り口にある和菓子屋。そこに並べられた、栗きんとんや甘栗、栗アイス。
目を輝かせ、耳をばたつかせながらその店に引き寄せられるボランレ。店頭に並ぶその菓子類の中でも、甘栗に惹かれているようだ。
考えてみれば、こいつはまだあまり文明に染まってはいない。こういう素材そのものに近い食べ物を好む傾向がある。さらにこの周囲に充満するこの栗の香りが、ボランレの食欲を刺激する。
と、振り返るともう、リーナが陥ちていた。栗きんとんと栗アイスを買い込んでいる。それを見た僕は、店員に甘栗を一袋、注文する。
「うみゃ〜!うみゃ〜よぅ!」
オオスの商店街でそのセリフを放つと、ますますご当地キャラのようになるからやめて欲しいなぁ。ただでさえその耳のおかげで目立つのに、ますます人が集まってきたぞ。
「へぇ、これ、よくできた耳だねぇ。それにしても、そんなに美味しいのかい?」
「うみゃ〜よぅ!」
「そうかそうか、なら、私のもちょっとあげよう」
見知らぬおばさんから、甘栗を分けてもらうボランレ。一方、その様子を見ていた人々が、ぞろぞろとその店に並び始める。別にそのつもりはなかったのだが、どうやらこの店の宣伝になってしまったらしい。
「はぁ……やっと実家に着いた……」
結局それから、1時間くらいかかってやっとカミマエズの僕の実家のある高層アパートにたどり着く。エレベーターを昇り、玄関の前に立ち、ベルを鳴らす。
「ああ、カズキか。おかえり」
「母さん、ただいま」
「おう、おっかさん、やってきたぜ!」
「母上殿、お久しぶりだな!」
レティシアとリーナも、母さんに挨拶をする。が、母さんの目は、ボランレの方に向く。
「おや、カズキ……そこにいるのは……」
あ、しまった。また揉めるぞ、これは。僕は慌てて反論する。
「いや、3人目じゃないから!彼女、実は地球1019で、別の世界から誤って連れ出してしまって……」
「いや、カズキ……3人目どころか、4人目もいるじゃないか?」
「えっ!?4人目!?」
僕は母さんの視線を見る。それは明らかに、ボランレに向いていない。少し上を向いたその先に、誰がいるのか?
振り返った僕は、唖然とする。
そこにいたのは、ホウキにまたがり、高層アパートの通路のすぐ脇で宙に浮いている魔女。そう、エリアーヌ准尉だった。




