#151 曳航命令
「曳航……で、ありますか?」
『そうだ、木星軌道上まで曳航せよ』
「あの、なぜ木星軌道上へ?」
『もし暴走しても、あそこならば爆沈処分が容易だ。全艦で砲撃し、そのまま木星表面に追い落とす。だから、木星軌道上を選んだ』
「アントネンコ大将、一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
『なんだ?』
「我々は、3か月の予定でここにきてますが、まだ1か月も経っておりません。途中で切り上げることになりますが、よろしいのですか?」
『貴官が、魔物工場とやらを吹き飛ばしてくれたおかげで、あちらとしては目的が果たされたようだ。もういいんじゃないか?』
「……そうですか。了解いたしました。では第8艦隊は、『アルゴー船』曳航の任につきます」
突然、通信を送ってきたのは、地球001近辺のプロキシマ・ケンタウリ宙域に駐留するアントネンコ大将だ。そこで地球001政府からの命令を受ける。
それは、あの浮遊船を地球001の木星軌道上まで曳航せよというものだ。
つまりそれは、あの浮遊船の調査・研究を徹底的に行うことを決意した、地球001上層部の意思でもある。
そして、あの浮遊船には「アルゴー船」という名前が与えられる。
ギリシャ神話に出てくる巨大な船で、人語を話す船首が取り付けられており、また多くの英雄を乗せたとされる船だ。そのイメージが、あの浮遊船にぴったりだと言う理由で名付けられた。
が、ちょうどそのギリシャ神話に出てくるとある神の名前に、偶然らしからぬ何かを感じていたところだと言うのに、そのタイミングでそういう名前をつけるかと内心、僕は思う。
「なんだと!?また地球001へ向かうと言うのか!?」
その話を聞いたリーナは、大声をあげる。
「あ、いや……ヘルクシンキに戻ったばかりだと言うのに、また……」
「そうか、またナゴヤへ行けるのか!いや、楽しみだなぁ。おい、レティシア!またシロノワールに味噌カツ、そうだ、それからういろうパフェを食べるぞ!」
「おう、そうだな。モーニングも忘れるんじゃねえぞ」
……なんだ、せっかくヘルクシンキに戻ってこられたと言うのに、再び離れることへの寂しさはないのか?
「ふぎゃ?ナゴヤってのは、なんだよぅ?」
「おめえが大好きな、手羽先を作った街だよ」
「なんだとぅ!?手羽先、いっぱいあるのかよぅ!?」
「手羽先だけじゃねえぜ、他にもいろいろとな……まあ、俺に任せろ!美味いものを腹一杯食わせてやらあな!」
「ふぎゃあ!楽しみだよぅ!」
いいのか、レティシア?これ以上、このバカ猫……いや、ボランレをそそのかしても?
というか、こいつ、いつの間にか元の場所に帰ろうという気持ちをなくしてはいないか?こちらの食べ物に慣れすぎて、ここ最近、まったく帰る気をなくしているように思うぞ。
ともかく、命令は受けてしまった。となれば、大急ぎで準備しなくてはならない。
ところで、あの浮遊船「アルゴー船」を調査しているのは、エルナンデス大佐の隊だったな。どこまで進んでいるのだろうか?僕は翌日、地球760司令部から、エルナンデス大佐乗艦の駆逐艦0210号艦を呼び出す。
『あ、ありのまま分かったことを言うぜ……あの時、確かに真っ二つに割れて砲撃をしたはずのこの船の船体を調べたんだが……どこにも割れ目なんて見当たらねえ。それどころか、中性子線やX線を使って調べても、機関も砲身も見つからない。何を言っているのか、分からねえと思うが、俺にも分からねぇ……』
『ちょ、ちょっと、アルセニオ!しっかりして!』
……しばらく見ないうちに、随分と病んでるな。しかしこいつ、暴走したり、落ち込んだりと忙しいことだ。ミズキの苦労は絶えない。
要するに、エルナンデス大佐の調査はまったく進展していないということか。ならば、さっさと曳航してアントネンコ大将あたりに押し付けよう。それが、正解だろうな。
ということで、その日のうちに僕は、5人の戦隊長を招集する。地球760司令部の会議室からリモート接続し、第8艦隊の一同が顔を揃える。
やや心の病んだエルナンデス大佐はともかく、あとの戦隊長は顔色がいい。何か、それなりに進展があったということか?
「この星とその周辺宙域で各々、調査任務についているとは思うが、地球001政府より、新たな命令が与えられた。それを伝える」
僕がそう切り出すと、ステアーズ大佐が叫ぶ。
『もしや、地球001への帰還ですか!?』
「あ……まあ、そうだが……」
『やはり!そろそろではないかと、思っておりました!いやあ、メイプルシロップが切れてしまい、困っておったところです!』
メイプルシロップなんて、ここでも手に入るだろうに。地球001のカナダ産のでないと、ダメだというのだろうか?
『何ですと!?地球001への帰還ですと!?』
今度は、カンピオーニ大佐が反応する。
『カンピオーニ大佐殿、何か、やり残したことでも?』
『おお、メルシエ殿、いや、やり残すも何も、魔物が消滅して、することがない。そろそろ戦場へ戻りたいと思っていた矢先、朗報ですな』
『確かに。そろそろ私も、連盟のやつらに向けて特殊砲撃をぶっ放したいと思っておったところです。危うくこの間の連盟軍捕虜に、それをやってしまうところでしたからな。はっはっはっ!』
『いや、お気持ちは分かりますぞ。はっはっはっ!』
やばい奴らの会話が続く。メルシエ大佐よ、貴官はあのビスカイーノ准将の艦隊を見守りながら、そんなことを企んでいたのか?エルナンデス大佐よりやべえぞ、これは。
『その点、ワン大佐殿は、刈るべき対象が消滅してしまった。一刻も早く、帰還したいのでは?』
『そうであろうな。何せこの間の戦いでは、自ら出撃したほどですからな、早くあちらの宇宙に戻りたいと思っているのではないか?』
そのメルシエ大佐とカンピオーニ大佐が、ワン大佐に話題を振る。
『いえ、みなさんと違って、私はそこまで好戦的な指揮官ではありませんからな。別に、ここでの任務に不満はありませんよ。ただ、ちょうど良い機会だとは思っております』
『ちょうど良い?何のことです?』
『ええ、簡素ながら、式を挙げようと思っておりまして』
『式を挙げる?何のです』
『私の、結婚式ですよ』
それを聞いた僕は、思わず手に持っていたカップを落としそうになる。ちょっと待て……ワン大佐って確か、40代前半だぞ?まだ未婚だったのか。しかし、結婚式って……それを聞いたエルナンデス大佐は、ガバッと起き上がってワン大佐を問いただす。
『おい、ワン大佐!どういうことだ!?相手は、誰なのか!?』
『ああ、良い機会ですから、紹介しておきましょう。エフェリーネ、こっちへ』
その名を聞いて、僕はピンと来た。おい、ワン大佐よ、お前まさか、「神の目」を持つ彼女を……?
『我が戦隊の「神の目」であり、我が妻となった、エフェリーネです』
『エフェリーネだよう。シューミン共々、よろしくだよう』
『おお、これはめでたい!ですがワン大佐よ、20歳以上も若い妻とは、いくらなんでも犯罪ではないか?』
『ステアーズ大佐、そんなことはありませんぞ。2人の妻を持つヤブミ提督と比べたら、この程度のこと、全然犯罪というレベルではありませんよ。はっはっはっ!』
今、一瞬、僕は盛大にディスられた気がするな……まあ、幸せならばいいか。しかし、ワン大佐にエフェリーネを預けたことは、果たして正解だったのか否か……
「と、ともかく我が艦隊は、あの浮遊船『アルゴー船』を、木星軌道上まで曳航するよう命令を受けた。さらにこの機会に、艦隊全艦の点検も行う。出発は、3日後。以上だ」
僕は無理矢理締めると、全員が敬礼する。僕も、返礼で応える。そして、通信を切った。
「へぇ、エフェちゃんが、あのワン大佐とねぇ」
ちょうどこっちに戻ってきたフタバが、自身の見つけてきた賜物の持ち主のその後を聞いて感心したご様子だ。
「いや、まさかワン大佐とそうなるとは……」
「この間の戦闘でも活躍したって聞いたよ。絶好調じゃない、ワン大佐。エフェちゃんも、そこが気に入ったんじゃない?」
適当なことを言うやつだな。僕は少し話題を変える。
「ところでフタバ、お前はどこ行ってたんだ?」
「2つ隣の大陸だよ。そこでバル君と接触人やってたんだ」
「接触人?」
「まだ未接触の国の重要人物とつながって、交渉人に引き継ぐ役目よ。何よ、元々、そういう目的で、あたいはここに来たんでしょう?」
「う……まあ、そうだったかな」
「4つの国と交渉してね、地球760の交渉人と引っ付けてきちゃった。そういえばその中にさ、つい最近まで女だらけだった国ってのがあってね……」
相変わらずの剛腕ぶりだな。交渉に関しては、向かうところ敵なしといったところか。それにしても、この短期間のうちに4つとは、たいしたやつだ。
「で、我々は地球001に戻るが、フタバとバルサム殿はどうする?」
「うん、戻るよ」
「そうか。でもいいのか?まだ飛び歩きたいんじゃないのか?」
「いやあ、ちょうどナゴヤに帰りたいと思ってたところなのよ」
「そうか、珍しいな。何か用事があるのか?」
「うん、私ね、妊娠したの」
思わず僕は、飲んでいたものを吐き出しそうになる。今日は、ビッグニュースが多過ぎるな。ワン大佐に続くおめでたい知らせが、この仮設市場のフードコートを激震させる。
「なんだってぇ!?おいフタバ、おめえいつの間にタネ付けしやがった!」
「いやらしい言い方だね、レティちゃん」
「いや、おめえらしくねえなと思ってよ……で、相手は誰なんだ?」
「バル君に決まってるでしょう!他に誰がいるのよ!」
「だってよ、早過ぎるじゃねえか。一緒になってまだ数ヶ月だろう?」
「生物的には、これが正常よ。2人も奥さんがいて、全然できないカズキの方が生き物としては異常だよ」
またディスられたぞ。いや、こっちには事情というものがあってだな……まあ、いいか。そんなことを気にしてる場合じゃないな。
「ということは、フタバも帰るってことでいいんだな」
「そうよ。そういうわけだから、帰りには絶対、戦闘を起こさないでね」
「……そういうことは、敵に言ってくれ。こっちだって、好きで戦っているわけじゃないんだから」
無茶なことを要求するフタバ。が、地球001までの航路で、敵に出会うことはほぼないだろう。また、迷い込まれれば別だが。
「おう、フタバか、なんだ、戻っていたのか?」
「リーちゃん、久しぶり!元気してた?」
「まあな。そなたも地球001に戻るのか?」
「うん、そういう話をこのバカ兄貴としてたところだよ。ところでさ、そっちにいるのが、例の猫娘ちゃん?」
「ああ、そうだ。こいつがボランレだ」
「ふぎゃ?こいつ、誰だよぅ?」
「あたいは、フタバ。カズキの妹だよ。うわぁ、本当に頭に耳が生えてんだ!面白ーい!」
「な、何だよぅ、この馴れ馴れしいのは!?ふぎゃぁ!」
早速、フタバに耳を触られるボランレ。が、まんざらでもないようで、そのうちフタバの膝元でゴロゴロし始める。
「本当に猫なんだね。ボラちゃんって。でも、どうするのよ?地球001に連れてったら、ますます戻れないよ、この娘」
「……仕方あるまい。どのみち、ここにいてもあまり状況は変わらないからな。置いていくわけにもいかないし、連れて行こうと思っている」
「しっかし罪な男だねえ、カズキも。こんな可愛い娘の人生まで狂わせちゃってさ」
今日はきっと、運が悪い日なのだろう。さっきから僕は、言われたい放題だな。
「あら、皆様お揃いで、どうされたのです?」
と、そこに現れたのは、ダニエラだ。
「ああ、ダニちゃん、久しぶりぃ〜!」
「あらら、フタバさんじゃないですか。こっちに戻ってたんですね」
「そうだよ。カズキから、地球001に戻るって連絡受けたから、ヘルクシンキにすっ飛んできたの」
「そうだったのですね。で、皆様、盛り上がってましたが、何のお話を?」
「いやな、ワン大佐がエフェリーネを嫁にしてよ、そんでフタバがタネ付けされたって話してたところだよ」
「えっ!?エフェリーネさんが、タネ付け!?」
レティシアよ、まとめすぎだ。そしてダニエラよ、要約し過ぎだ。
「おや、皆さんお揃いで」
今度はツボマニア……じゃない、ヴァルモーテン少尉が現れた。と、その後ろには、エリアーヌ准尉もいる。
「あれ、2人揃って、どうした?」
「いえ、偶然居合わせたのです。ちょうど、アルヴィーアのツボを探していたら、エリアーヌ准尉が上から降りてきまして」
「はっ!エリアーヌ准尉、ヴァルモーテン少尉殿のツボ探し作戦に従事しておりました!」
「しかし、上空から探し出すとは、なかなか良い目をしてますね、准尉殿は」
「はっ!お褒めいただき、ありがとうございます!」
何とまあ、空飛ぶ魔女に、ツボ探しをさせていたのか。しかし、相変わらずツボが好きだなぁ。
「あれぇ?モーちゃん、この間、そのツボ買ったばかりじゃなかったっけ?」
「ええ、そうですよ」
「また買うなんて、よほど気に入ったんだね」
「いえ、そうではありません。先日買ったツボが、割れてしまったので」
「ええ〜っ!割れちゃったの?」
「そうですよ、今、フタバ殿の膝の上にいるそのバカ犬めが、私のツボを割ってしまったのです。私が、目を離した隙に……」
怒りでプルプルと震えるヴァルモーテン少尉。あーあ、とうとう被害が出てしまったな。やはり、ツボを抱えて艦橋に立つのはやめた方がいいぞ。というか、ヴァルモーテン少尉よ、どうしてボランレを、頑なに「犬」呼ばわりするんだ?
「おや、皆さんお揃いで」
また誰か来たぞ?今度は誰だ……って、よく見れば、マリカ中尉か。
「ああ、マリちゃん、久しぶり!」
「あらら、フタバさんじゃないですか。どうしたんです?わざわざこっちに戻ってくるなんて。いつもはネズミ花火みたいに飛び回ってらっしゃるのに」
「もう身重の身体だからね、そんな勢いで飛び回ったら、大変なことになっちゃうよ」
「えっ!?何ですって!?まさか、孕んだのですか!?」
こいつも、いやらしい言い方をするものだな。そんなことよりもマリカ中尉よ、お前一体いつになったら、仕事の報告に来るんだ?
「あれ?変態提督に皆さん、こんなところに集まって、どうなされたんですか?」
「おう、グエンじゃねえか。今、フタバが孕んだって話をよ……」
「えっ!?フタバちゃんがハラミ!?」
焼肉か、僕の妹は。早速グエン少尉は、女子組に突入する。
「申し訳ありません、提督。グエン少尉のやつ、いつもあの調子で……」
「いや、慣れてるからいいよ。それよりも、ジラティワット少佐、曳航作戦の方、どうなっている?」
「はっ、やはり戦艦キヨスを使うしかありません。が、相手は、この戦艦の半分以上の大きさですからね。そこで、この艦の艦底部にくくりつけるようにして……」
ジラティワット少佐も、ヴァルモーテン少尉が加わって、仕事が早く回るようになってきたな。良いことだ。
「提督!地球001に戻るというのは、本当ですか!?」
また、騒がしいのがやってきたぞ?やはり、ドーソン大尉か。僕は応える。
「そうだ。3日後には出発する。それまでに、準備せよ」
「おいザハラー!帰れるってよ!今度もプロテインを大量に買い込むぞ!」
「プロテイン!プロテイン!」
相変わらずドーソン大尉とザハラーの2人の仲がいいのは結構だが、プロテインを連呼すると、やばいやつにしか見えない。
そういえば、いつのまにか女子集団の中に、カテリーナまで加わってるぞ。ただ手羽先を食ってるだけのようだが、その横のリーナと妙にシンクロしているな。
やれやれ、ここも大所帯になったものだ。今度の地球1019訪問で、とうとう空飛ぶ魔女に、猫耳娘まで加わってしまった。いや、それどころか、敵の准将とも知り合いになってしまったぞ。
そういえば、もうビスカイーノ准将の艦隊も修理を終えて、戦線復帰している頃じゃないか?つまり今度会うことがあるとすれば、そこは戦場だろう。と言っても、この艦隊は特徴があり過ぎるがゆえに、あちらはこちらが分かるが、こっちは分からない。この広い宇宙で、しかも敵味方に分かれた間柄ながらも、出会うこととなった相手。せめて彼らとだけは、やり合いたくないものだ。
さて、それから3日後。
「……僚艦および本艦は、衛星軌道上に展開。すべて発進準備、整いました」
「レーダーに感なし!進路クリア!」
「ではこれより、衛星軌道離脱し、戦艦キヨスに向かう。全艦、加速開始せよ」
「全艦、加速開始!」
「両舷前進いっぱい!」
「両舷前進いっぱーい!」
艦隊で一斉にフル加速に入る。ついに我が艦隊は、地球001へと戻るべく地球1019を進発する。
その目的は、多くの謎を持つあの岩の塊を調査、研究すること。そのために、あれを地球001に運ぶ。
全開機関音が、艦橋内に響き渡る。外に見える地球1019が、後方に流れる。
そして、艦橋内には、もう一つの音が響き渡る。
「ふぎゃぁーっ!や、やかましいよぅ!」
「やかましいのはあなたです!このバカ犬!」
全開機関音の洗礼にさらされるボランレ。耳が大きいだけに、余計にやかましいようだ。それを咎めるヴァルモーテン少尉の声もやかましい。
ところで少尉はもう、ツボを持ち歩かなくなったな。先日、ボランレに壊されたのが、よほどショックだったのだろう。
そして我が第8艦隊は、再び銀河系へと向かう。




