#150 変化
「テイヨ!今日も来たぞ!」
「これはこれは、リーナ様。お待ちしておりました」
ここは、ヘルクシンキの城壁内の中央付近にある、騎士団の駐屯する支城の中。そこに第8軍の指揮官を務めるテイヨ殿がいた。
「では、早速行くか」
「はい、参りましょう」
かつての戦友でもあり、副官でもあったテイヨ殿が、リーナを案内する。支城を出て、今の「第8軍」が集結する場所へと向かう。
それは、城壁のすぐ外にある、宇宙港の街の中。そこにはかつて、大きな山があったが、そこを地球760から派遣された大規模な土木部隊が削り取り、そこに街を作り上げてしまった。
そして、その中に築かれた軍事教練所の中に、第8軍の兵士達がいる。
「准将閣下に、敬礼!」
ザッと音を立てて、僕に敬礼する兵士一同。僕も返礼で応える。彼らは今、まさに駆逐艦の操艦、砲撃、機関、そして航空機や人型重機に関する訓練や知識を学んでいるところだ。
「時代は変わった。今や、我々の戦うべき相手は魔物ではなく、さらに強大な船を持つ連中となりつつある。我が第8軍は、フィルディランド皇国における新たな戦いでの先兵となり、皇国の威厳を星の世界にまで広げるものとなろう。諸君らの奮戦努力に期待する!」
と、高らかに宣言するのは、リーナ皇女様だ。この演説に感銘した兵士一同は、惜しみない拍手を送る。
「いや、リーナ様のおかげで、兵士らも日々の厳しい訓練の日々が報われたものと思います」
「いや、私などは何も……テイヨが第8軍を守り、そして育ててくれたおかげだ。感謝する」
リーナにしてみれば、自身が育て上げた第8軍が、時代の変化に適応して、こうして育つ姿を見るのは感慨深いものがあるのだろう。
「今日は、ヤブミ提督にまでお越しいただき、ありがとうございます」
「いや、僕はただ、リーナ……皇女殿に付き添っただけのことだ」
「いえいえ、地球001の中でも、もっとも精強な第8艦隊を指揮する司令官が、直々に謁見されるなど、我が第8軍の兵士らも大いに喜んでおります」
精強、か。あまり精強というイメージはないけどな。一皮めくれば、ヤバい奴らばかりだ、この艦隊は。あれを精強とは普通、いわないだろう。
しかし、幾多の戦いを経て、その度にどうにか勝利をおさめてきた。しかし、今思えば、多くは紙一重の勝利。一つタイミングや運が違えば、全滅しかねない戦いもあったように思う。
その点、ここにいれば大規模な戦いに巻き込まれる恐れはない。と言いつつも、そんな宙域で何度か砲火を放つ、放たれる羽目になっているのは、やはり運が悪いのだろうか?
運がいいのか悪いのか……死なないだけ、運が良かったのだと納得するも、どうも腑に落ちない。戦闘遭遇率が少し高過ぎる気もする。そもそも、戦闘に突入しない方が、死なずに済む確率は圧倒的に高い。
などと思考を巡らせるも、思えばリーナ率いる第8軍の方が、かつては戦闘に遭遇する確率も、死傷率もはるかに高かった。魔物との絶望的な戦いの日々、そんな中、よくまあ300人もの兵士らの士気を高め続ける事ができたものだ。
かつて、皇太子が恐れた皇女。リーナという人物は、実はとんでもないカリスマの持ち主なのかもしれない。
「ほひ、はふひほほ!」
……そのカリスマ皇女が、多分、僕の名を呼んでいるようだ。が、頼むから、食べながら喋るのはやめてくれ。さっき、僕の中で尊敬した皇女リーナの姿を、返して欲しい。
「なんだ、口の中のものを飲み込んでから話せと言ってるだろう」
「……そうだったな、すまんすまん。いや、あの唐揚げも食ってみたいのだが、良いか?」
さっきまでのあの凛々しい戦乙女と呼ばれた、誉れ高き皇女様の姿は、どこへいってしまったのか。こいつ、食うと途端に、知性を失うな。
「なあ、カズキ。俺はきつねうどんにするぜ」
「それはいいが……珍しいな、レティシアが、きつねうどんなんてベタなメニューを頼むとは」
「いや、これがな、面白えんだよ」
きつねうどんが、面白い?何を言っているのか理解できんが、何をするつもりだ?
今、僕らはヘルクシンキ宇宙港の街にある、仮設の市場にあるフードコートに来ている。テイヨ殿もいるというのに、なんていうか、浅ましい食事風景だ。
「おら、来たぜ、きつねうどん!」
「ふぎゃぁ!?」
……あれ?おかしいな、レティシアが持ってきたきつねうどんに、ボランレが反応しているぞ?
「ほれほれ、おめえの好きな油揚げだぜ!」
「ふぎゃふぎゃ!」
何をしているんだ、レティシアよ。箸で油揚げをぶら下げて、それをボランレの前で振っている。目を輝かせ、その油揚げを見つめるボランレ。
「ほれっ!」
「ふぎゃん!」
……あれ、油揚げに食いついたぞ。美味そうに、その油揚げをもぐもぐと食べるボランレ。僕はレティシアに尋ねる。
「なあ、どうして油揚げなんだ?」
「さあな、だが、どうやらこいつ、きつねうどんの油揚げが気に入ったみてえでよ」
「……それなら、ボランレがきつねうどんを頼めばいいじゃないのか?」
「いやあ、だってこいつ、まだうどんを食うことができねえからな」
別に、うどんが嫌いだというわけではない。単に、箸やスプーン、フォークを使って食べるということができないから、うどんが食えないのだという。しかし、油揚げが大好きだなんて……本当にこいつ、猫系なのか?
すっかり、駆逐艦0001号艦の中ではペット扱いのこの猫耳娘だが、謎が多い。数を認識できないくせに、アポローンなんていう神話の神の名を知っていたりする。
また、こいつの一人称は「妾」だ。高貴な人物が使う一人称、とまでは言わないが、槍を持って藁葺き屋根の家屋で原始的に暮らす民族が使う言葉ではない気がする。
ところどころ、アンバランスなところが見られるボランレ。もしかすると、我々よりもずっと原生人類に近いところにいる種族なのかもしれない。このアンバランスさは、その名残なのではないか?
で、油揚げのない素うどんを食べるレティシア。そんなことのために、なにもきつねうどんを頼まなくてもいいのになぁ。せめてここに、トッピング自在なうどん店が進出していれば、それこそ油揚げだけをたくさん注文することも可能だろうに。
「ああ、そうだ、リーナ」
「ほあ?なんら、はふひ!?」
食ってる最中に話しかけた、僕がいけなかった。が、構わず僕は続ける。
「そういえば、今日の夕方に、陛下から僕とリーナが呼ばれているぞ」
「な、なに!?父上がか!?」
「レティシアは呼ばれていないから、晩餐会ではなさそうだ。おそらくは何かの用事だろう」
「うむ、分かった。行こう。レティシアはどうするか!?」
「おう、それじゃ俺はその間、こいつの相手でもしてるわ」
「うみゃーっ!」
レティシアのやつ、今度はボランレに手羽先を与えている。これは手で食べられるから、ボランレの好物の一つとなりつつある。わりと好き嫌いのないボランレだが、フォークやナイフを駆使するような複雑な食べ物はまだダメだ。ようやく、フォークで突き刺して食べることを覚え始めたところだな。
で、その日の夕方。
「おう、ヤブミ殿、待っておったぞ」
「は、はぁ……あの、陛下、その格好は?」
「どうじゃ、なかなか似合うじゃろう?」
豪華な刺繍を施した、裾の長いいつもの服に、冠を被るといういつもの姿ではなく、わりと地味な背広に身を包み、ネクタイを締めた陛下がそこにいた。
「ええ、お似合いですが、それにしても何ゆえ、そのような格好を?」
「いやな、これから地球760の政府高官らと会うんじゃよ。で、そこにちょっとの間、同席して欲しいと思ってな」
「はあ、それは構いませんが……」
「へ、陛下!」
「なんじゃ、リーナ。騒々しいやつじゃな」
「私はてっきり、陛下だけに会うものと思い、このような姿で来てしまいました!今すぐ、着替えた方がよろしいでしょうか!?」
「いや、構わん。その方がそなたらしい」
リーナが来ている服は、騎士服と呼ばれるものだ。皇女というよりは、騎士団長のようないでたち。その姿で陛下共々顔を出すのは、皇女としてはあまり相応しいものではない。
と、普通の皇女様ならそうだろうが、リーナはどちらかというとドレスよりは、剣を携えた臨戦態勢の姿の方が似合っている。戦乙女と呼ばれるくらいだからな。今さら、その印象を変えることは難しい。
「ほほう、こちらがその戦乙女と名高い皇女様ですかな」
で、その直後に顔を合わせたその政府高官からも、こんな言葉が飛び出す。
「その通りですわい。見ての通りのじゃじゃ馬娘でな」
「いやいや、おかげでヤブミ准将に出会うことができたのですから、それはそれで一つの幸せの形ではありませんか」
やはりリーナの印象からは、もはやドレス姿の方がかえって違和感を与える存在となりつつある。実際、ペリアテーノにいた時に一度、ドレス姿で社交界に現れたことがあったが、確かに違和感しかなかった。
もっとも、それは戦乙女という印象から発したものではなく、単にその場での食いっぷりの良さが作り出したものであることは疑いないが。
で、30分ほど、陛下に付き合って挨拶回りをしたのち、宮殿を出る。
この小高い宮殿からは、城壁内のヘルクシンキが一望できる。日は暮れて、すっかり暗くなったヘルクシンキだが、ちらほらと、街灯りが見える。貴族や裕福層の家屋での電化が進んだ結果だろう。
そんな街を見たリーナが、呟く。
「変わったな、ヘルクシンキも」
「そうだな、以前はこれほど灯りは見られなかったからな。徐々に電化が進んで、いずれ街中が……」
「いや、灯りのことを言っているのではない」
僕の応えを否定するリーナ。
「それじゃあ、何が変わったというんだ?」
「顔だ」
「顔?誰の」
「ヘルクシンキに住む、皆の顔だ」
妙なことを言うな。陛下やテイヨ殿、第8軍の兵士達。別に誰も変わってなどいないと思うが。
「いや、顔というのはよくないな。表情といった方がいいか?」
「そうか?あまり、変わったとは感じないが」
「いや、変わった。魔物の襲来に怯えていた頃は、陛下も民も、笑顔を浮かべても、どこか影がさしておった。それが今や、その影がすっかり消えた」
そうなのか、そう感じるのか。僕には、その微妙な差は分からない。いや、僕が現れた時にはすでに魔物排除の希望が見え始めたところだったから、リーナのいう、それ以前の「影」というものに遭遇していないだけだろう。
着実に変わりつつあるヘルクシンキの街。ペリアテーノでも変化を感じていたが、あそことは違う人々の変化を、この街では見ることとなる。




