#15 包囲網
宇宙に出てからも、お嬢様は忙しい。
ただしそれは本来の主計科の仕事ではなく、どちらかというと、彼女の「欲求」によるものだ。
食堂や通路、艦橋、エレベーター前などで、誰彼無しに片っ端から話しかけている。
その会話自体は、たわいもないものだ。挨拶だったり、仕事の内容だったり、あるいは宇宙の成り立ちや、食堂でよく食べる食べ物のことだったりする。
新し物好きではあるが、そういうのとはちょっと違うような気がする。何が目的なんだろうか? 彼女の行動には、まったくもって謎が多い。
そこで、僕の方から思い切って聞いてみた。会議室に彼女を呼び出し、単刀直入に尋ねる。
「ダニエラ、ちょっと聞きたいのだが……」
「はい、なんでしょう?」
「本艦乗員に片っ端から話しかけているが、何か目的でもあるのか?」
「ええ、ありますよ」
「それは一体、なんだ?」
まさかとは思うが、実は皇帝陛下の命を受けて、この艦の乗員のことを探ろうとしているのではあるまいか?勘当という名目でこの娘を送り込み、今後のために探りを入れてきたことも十分考えられる。この艦が最新鋭艦であることは、皇族ならば承知の上だ。余計に気になる。
「それはですね、賜物を持つ者がいないかと思いまして、それで話しかけているんです」
「は? れ……レガーロ?」
と、思いきや、まるで予想外の言葉が飛び出す。なんだそれは?
「ええと……もう少し、説明してもらえないだろうか。レガーロとは何だ?」
「はい、賜物とは、絶対神アポローンのからの賜り物、という意味です。人は誰しも必ず、アポローンより賜った、秀でた何かを持っているのでございますよ」
「は、はぁ……そうなのか……」
なんだか哲学的、宗教的な回答が返ってきた。神様からの賜り物?なんだそれは。
「で、それは話しかけたくらいで、分かるものなのか?」
「いえ、それくらいではとても分かりませんわ。ですが接しているうちに、分かることもあるのですよ」
「そういうものなのか」
「ええ。ただ、賜物というものは必ず顕現するものではないのです。何かをきっかけに、その力を発揮することがある。そういうものなのです」
単なる宗教的概念かと思いきや、少し違うようだ。顕現だの、発揮だのと言っている。それは見て分かるようなものなのだろうか?ダニエラの話しは続く。
「で、私が見る限り、この船で賜物を発揮している人物はたったの3人。ですから、他にもいないものかと思って探しているのですわ」
「なんだと? そんなものを持つ人物が、こんな狭い艦に3人もいるのか? 誰だ、それは」
「一人目はレティシアさん、二人目はカテリーナさん、そして三人目は、ヤブミ様でございます」
「はぁ!? 僕!?」
何を言い出すんだ、こいつは。だがその話を聞いて、その賜物というものがどういうものかが、なんとなく見えてきた。
つまり、ひときわ秀でた能力、という意味なのだろう。レティシアは怪力魔女としての能力、カテリーナは殺気を読み、それを正確に狙い撃ちする力。確かにこの2人は、突出した力を持っている。
だが、僕はなんだ? 僕にはそんな能力はない。どう見ても、何ら特殊な能力などない、ただの人間だ。
「いろいろと聞きたいことがある。まず僕が、そのレガなんとかというものを持つ3人目の人物ということに、違和感があるのだが……」
「なぜです?」
「いや、なぜって……怪力魔女と、高命中率の砲撃手、そんな2人と釣り合うほどの能力なんて、僕にはとても備わっているとは思えない」
「いえいえ、自覚がないだけでございます。あなた様は十分、賜物と呼べるものを持っておいでです」
「では聞くが、僕に一体、どんな力があると?」
「そうですね……言葉にするのは難しうございますが、一言でいえば、見通す力、とでもいうのでしょうか?」
奇妙なことを言い出した。なんだそれは?見通す力だって?
「それは、どういう意味だ?」
「この船の武器について最初に考えられたのは、あなた様だと伺っております。それに、あなた様はあの2人の賜物を見抜き、この船に連れてきてしまった。そして、私もこの船にとどめてくださった。それはすべて、ヤブミ様の力なのです」
「いや、力というほどのものではないだろう。能力というより、観察力や偶然が積み重なっただけのことで……」
「私がヤブミ様のお力を確信したのは、カテリーナさんを見つけられた時の話を聞いた時です」
「えっ!? カテリーナの!?」
「はい、あの時、あなた様はその猛烈なる雷をもって群衆を静まらせ、ネレーロ様と民衆を説得なされた。つまりそれは、あれほど離れた場所から、彼女の並外れた力を見抜いた。そこでなりふり構わず、彼女を助けた。そういうことでございましょう?」
「いや、あれは人命救助であって……」
「他の剣闘士を助けたという話は、聞いておりませんわ。あなた様が助けたのはカテリーナさん、ただ一人だと伺っております」
うっ……痛いところを突いてくるな。いや、確かに僕はカテリーナのみを助けたのは事実だ。だがそれが、僕の優れた能力ゆえだといえるのか?
「ところで、私にもあるのですよ」
「あるって、何が?」
「賜物が、です」
「何!? それは一体、どういうものなんだ!?」
突然、話はダニエラのことになる。自分でその賜物を持っていると言い出す。
「それは、『神の目』ですわ」
「神の目……そういえば昨日も、神の目と言っていたな。それは一体、どういうものなんだ?」
「そうですわね、常に使えるというわけではないのですが、鏡をのぞいた時に、見えることがあるのです」
「見える?」
「それは軍勢だったり、財宝のありかだったり、様々です」
「まさか、その力でその賜物を持つ者を見つけた、と?」
「いえ、そこまでの力はございませんわ。ただ、この駆逐艦からは一際大きな光が見えた。他の船とは違う何かがある、私が鏡越しに見たのは、それだけのことですの」
なんだか急に恐ろしくなってきた。全てを見通したような物言い、こいつ一体、どこまで見通せているんだ?
「さてと、そろそろ仕事に戻りましょうかね。グエンさんも心配しているかもしれませんし。さあ、お仕事お仕事」
急にいつもの呑気な雰囲気に戻ったダニエラ。だが少し油断していたな。こいつ、ここまで鋭い奴だったとは……そう考えると、僕はダニエラのことを見出せてなどいない。本当にやつの言う通り、賜物などあるというのか?
確かに、自分でも自分が時々、おかしいと思うことがある。なぜあの時、こんなことを閃いたのだろうとか、そういう瞬間があるのは事実だ。
カテリーナの件を言っていたが、あの闘技場の一件だけではない。「決戦兵器構想」を論文にしようと考えた時、レティシアと最初に出会った時に、彼女のことを疎ましいと思いながらも仕事を任せた時……今振り返ると、他にもたくさんの選択肢がある中で、その時点ではあまり相応しいとは思えない選択肢をわざわざ選んでいる瞬間が、確かにある。
しかし、だ。僕は絶対神アポローンなどというものの存在を信じているわけではない。レティシアもそうだ。そんな無信仰なやつに、その絶対神からの賜物なんてものは与えられるのか?
そんなことを考えながら、僕は艦橋へと戻る。
艦橋の司令官席に座り、正面のモニターを眺めている。このところ、ワープアウトした直後に接敵というパターンが続いたが、今回それは起こらなかった。既にワープを終えて3時間。順調に白色矮星域への航行が続いている。
レーダーサイトの画面を見るが、それらしい船影などは見当たらない。ここは静かな宇宙だ。
そこに、グエン准尉とダニエラが現れる。
「グエン准尉、艦橋に来るなんて珍しいな。ダニエラの案内か?」
「何言ってるんですか。仕事ですよ、ほら」
僕がグエン准尉に尋ねると、准尉は天井を指差す。見ると、天井にあるLED照明がひとつ、消えていた。
「電球の交換です。変態准将の相手をしている暇なんてないんです」
ぷりぷりしながらダニエラを引き連れて、艦橋の真ん中に向かうグエン准尉。
ところで、僕の横に立つジラティワット大尉は、そんなグエン准尉の後ろ姿をジーッと目で追いかけている。とある男性士官から聞いた話だが、どうやらこの作戦幕僚は、あの主計科の女性士官に想いを寄せているらしい。だが、声を掛けるきっかけもなく、結局片想いのままだという。
何か事でも起こって、2人が会話できるきっかけでもできるといいんだがなぁ……そうは思うものの、僕がでしゃばるような事ではない。
そんなことを考えていると、ダニエラが突然、声をあげる。
「あら?」
ハシゴを持って、天井の照明の交換をしようとしていたグエン准尉が、ダニエラに尋ねる。
「どうしたの、ダニエラちゃん?」
「ええとですね、ここに何か、見えるんです」
「見えるって、何が?」
ダニエラが指差しているのは、レーダーサイトだ。
「ああ、これはノイズです。ここ白色矮星域は、小惑星や星間物質が多くて、特にこういうノイズがよく出るんですよ」
「いえ、これはちょっと変ですよ。何かいますよ、ここ。」
もちろん、ダニエラはレーダーサイトなど見たことはないし、第一、見方も知らない。何かのノイズが、奇妙なものに見えたのだろう。だが僕は、先ほどのダニエラとの会話を思い出す。
そういえば彼女、神の目を持つとかなんとか言っていたな。だがそれは、鏡を覗いた時のみ発揮される力だと言っていた。しかし今、彼女が見ているのは、鏡ではない。
……いや、待てよ?表面のガラスには、うっすらと彼女の顔が映っている。あれも鏡だといえなくもない。急に僕は気になり、そのレーダー担当に言う。
「タナベ中尉、念の為、指向性レーダーを用いてその場所を探索せよ」
「いや、しかし……」
「ちょっと気になることがある。念のためだ」
「はっ、了解いたしました。指向性レーダー、起動します」
指向性レーダーは、名前の通り、特定の方向しか探索できない。距離も短く、100万キロ程度。その代わりに分解能が高く、多少のレーダー吸収剤ですらもすり抜けることができる。
「指向性レーダー、照射します!」
担当者が、レーダーのスイッチを押す。レーダーサイトには、その結果が映し出される。
艦橋内が、一気に緊迫する。
「れ、レーダーに感! 艦影多数! 1時方向、距離45万キロ、数およそ200!」
まったく想定外の場所から、何かが見つかる。光学観測員が、すぐにその艦色を報告する。
「光学観測、艦色視認! 赤褐色! 連盟艦隊です!」
それが敵艦隊だと分かると、艦橋内は急に慌ただしくなる。
「敵艦隊捕捉! 方位、1-0-5! 艦数200!」
「総員、戦闘配備! 急げっ!」
だが、それでは収まらない。ダニエラはさらに何かを見つける。
「こことここと、あとここにも! 何かいますわ!」
一気に3箇所も指摘するダニエラ。その場所にも、指向性レーダーが放たれる。だが、あと2箇所もある。この艦だけでは足りないので、同じレーダーを持つ0010号艦、0020号艦にも指向性レーダー探索の要請を行う。
その結果、我が艦隊はぐるりと囲まれていることが判明する。上下と前後の4箇所から、敵の艦隊が息を潜めて接近していた。
ダニエラの「神の目」が、我々を囲む敵の位置を次々に見抜いた。だがそれは、艦隊の危機的状況を明らかにしただけに過ぎない。




