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#149 派遣

「うみゃー!うみゃーよぅ!」

「そうか、やっぱり気に入ったか!」


 僕は今、ヘルクシンキの司令部近くに来ている。当然、レティシアにリーナ、そしてあのバカ猫……じゃない、ボランレもいる。

 そのボランレに、皆が手羽先を食わせているところだ。

 しかし、おそらくだが偶然にも、ナゴヤ弁らしき言葉が飛び出した。時折、猫っぽい発音をすることがあるこの娘が、「美味い」という発音をした結果、偶然にもナゴヤ弁と同じ発音になっただけだろうが、先のアポローンの件もある。まさかこいつ、我がナゴヤとも何らかの関わりを持つというのではあるまいな?


「まったく……手羽先ぐらいで大袈裟なやつだな」


 などと冷めた呟きを漏らすリーナだが、そのバカね……ボランレに自分の手羽先を差し出す。喜んでそれに食いつくボランレ。

 なんということだ。リーナが、自分の食べるものを他人に差し出した。この光景は、天地がひっくり返らねば見ることはないと思っていた、実に脅威的な事象だ。

 魔物工場の維持に貢献していた民族の一人として、当初は魔剣で八つ裂きしかねないほどの恨みっぷりだったリーナだが、どうやらいつの間にか気に入ってしまったらしく、この間などは、僕らの部屋に連れ込んで膝枕し、耳を触りながらボランレをごろごろと言わせていた。

 なんだ、リーナも猫派だったのか。性格的には犬派かと思っていたのだが。まあ、仲が悪いよりは断然いい。だけどリーナよ、あまりボランレを部屋に連れ込まないで欲しいなぁ。ただでさえ、グエン少尉から警戒されているんだ。余計な誤解を、さらに与えないで欲しい。

 一方で犬猿の仲、いや、ツボ猫の仲と言った方がいいか?相変わらずヴァルモーテン少尉とは相性が悪い。この間などは、ヴァルモーテン少尉が風呂に入っている間に、置いてあった茶器の大きいやつの中に、ボランレが頭を突っ込んでゴロゴロしていたらしく、それで女性風呂の更衣室では大喧嘩が勃発したという。

 なお、ボランレが猫系な娘だと知ったオオシマ艦長は、態度を豹変させる。艦橋にボランレが入ってくると、いつも笑顔だ。ボランレが来て、艦橋内で機嫌が悪くなるのは、ヴァルモーテン少尉くらいのものだ。

 ボランレも、それほど暴虐な性格ではない。喋り口調のわりに、どちらかというとおっとりとしている。遺伝子の一部に猫のそれが組み込まれているせいか、タライを置いておくと中にすっぽりと収まるし、耳を撫でるとごろごろと言い始める。オオシマ艦長も、あの耳に触りたくて仕方がないようだ。

 そうそう、実際にここの司令部付きの研究機関にて、彼女の遺伝子情報を調査すると、ほぼ人間だが、一部が改変されている痕跡が見られた。それはおそらく、猫か何かの動物のものだと推測された。報告書には、そう書かれている。


「さてと……そろそろ行くか」

「おう、ここで待ってるからよ!」


 僕は、レティシア達と別れて、地球(アース)760司令部があるヘルクシンキ司令部へと向かう。あの瘴気の奥の世界からの帰還から、2日が経ち、僕は地球(アース)760の遠征艦隊総司令官、カントループ大将から呼び出されて、ここに来ている。

 しかし、今度はなんの用だ?一時的ながら、指揮官が行方不明になってしまったことは伝わっている。が、調査を依頼してきたのは、カントループ大将自身だ。

 僕以外にも、ワン大佐やメルシエ大佐も、魔物やゴーレムが出るとされる場所の調査に赴いている。エルナンデス大佐は、あの浮遊船の調査を行っている。カンピオーニ大佐、ステアーズ大佐も、それぞれの隊を率いて、別の大陸に向かって調査をしている。

 危険は承知の調査をしているんだから、これくらいのことは想定内だ。いちいち、呼び出さないで欲しいなぁ……などと考えながらも、司令部の建物に入る。


「よく来てくれたな、ヤブミ准将」

「はっ!」

「一時、行方不明になったそうじゃないか」

「はい、面目ございません」


 なんだ、やっぱり説教をするために呼んだのか。僕は少しウンザリしながらも、司令官室に入る。


「まあ、生還できたのだから、よかった。その分、得られるものはあったのであろう」

「はい、それはもちろんそうですが」

「しかも魔物の流出が止まった。その報だけでも、ここヘルクシンキの人々にとっては朗報だった。陛下からも、我々に感謝の言葉をもらうことになったのだ」


 機嫌がいいな。そりゃあ陛下ほどの人物から感謝されれば、当然だろうな。


「ところで、調査の結果はどうであったか?」

「はっ、報告書に書かせていただいた通り、瘴気の吹き出し口に吸い込まれるように落下し、その後現れた……」


 動画付きの報告書を送ってあるから、直接話しを聞くより、そっちをみてもらった方が早いんだけどな。などと思うが、要するにこの大将は、僕に報告させたという実績が欲しいんだろう。ただ報告書に目を通しただけよりは、皇女の夫である僕から直接、報告を受けたとしておく方が、陛下に対しても地球(アース)760本星の政府に対しても、何かと覚えが良い。


「……なるほど、それは災難だったが、貴官のその行動の結果、魔物の根本的対策につながったというわけか」

「はっ、その通りです、大将閣下」

「うむ……」


 そろそろ、用事は終わりか。結局、30分も報告してしまった。レティシア達が待ってるし、早く戻りたいのだが。


「ところで、准将」

「はっ、何でしょう?」


 まだ何か、聞き足りない事があるのか?もう散々、話しただろう。この大将閣下は思った以上に粘着質だな。


「まだ原生人類の謎は、ようやく解明が始まったばかりだ。つまり、貴官が今後も危険な行動を伴う調査があるかもしれない、ということだ。よって、我が軍の精鋭から一人、護衛の兵士をつけることにした」

「は?」


 な、なんだってぇ?護衛の兵士?まさか、ドーソン大尉のような筋肉モリモリなやつをつけるというのではあるまいな?


「ちょうど我が軍の特殊部隊経験者で、地球(アース)001艦隊に転属しても良いという陸戦隊員が一人いたところだ。その隊員を、貴官専属の護衛兵とする」


 などと言いつつ、僕の意思などお構いなしに、手元のブザーを押して呼び出してしまった。おい、カントループ大将、なんてことしてくれるんだ?

 司令官室のドアが、ノックされる。大将閣下が応える。


「誰か?」

「エリアーヌ准尉、参りました!」

「そうか、では入れ!」


 今の声、どう聞いても女性だったぞ?秘書でも来たのか?が、ドアが開き、足を揃えて敬礼する、軍服姿の女性士官。


「お初にお目にかかります!小官は、地球(アース)760、司令部所属の陸戦隊員、エリアーヌ准尉であります!」

「准将、彼女がその護衛兵士だ。ただいまから、地球(アース)001、第8艦隊司令部付きに転属させることとする。つまり、貴官の指揮下に入ることとなる」

「は?あ、いや、了解しました……」


 あれ?確か、特殊部隊経験があると言ってなかったか?しかも、陸戦隊?女性士官で陸戦隊員という、あまり聞いたことのない組み合わせに、僕は正直、戸惑う。


「はっはっは、おそらく准将は、彼女が護衛任務などにつけるのかと、懸念しているのであろう」

「は、はぁ……」

「だが、彼女には特殊な能力がある。それゆえに、彼女を護衛任務のため貴官の元に派遣することを決定した」

「特殊な……能力?」

「そうだな、ならば見せてやろう、エリアーヌ准尉のその能力を」


 特殊能力持ちなのか、エリアーヌ准尉は。しかし、どういう特殊能力を持つというのだ?

 エリアーヌ准尉は、何やら棒のようなものを取り出す。黒い棒だが、武器にしてはちょっと短く、あまり攻撃力はなさそうだ。だが准尉はその棒にまたがると、徐々に身体が浮き上がる。そして、司令官室の天井近くまで上昇して止まる。

 それを見た僕は、思わず「あっ!」と叫んでしまう。そう、それが何なのかを、僕はよく知っている。初めて目の前で見たが、しかしそれでも、僕はその存在を知っている。


「ご存知の通り、我が地球(アース)760はこの宇宙で唯一、魔女が住むとされる星だ。特に彼女のような空中に浮くことが可能な一等魔女は、とても少ない。彼女は、その貴重な一等魔女の一人であり、さらに特殊訓練の経験もある」


 まさかの、魔女だった。しかも、一等魔女。よりにもよって、一等魔女だ。

 そう、レティシアが嫌っている、あの空飛ぶ魔女だ。


 そして僕は、司令部をあとにする。新たに僕の護衛となった、エリアーヌ准尉を連れて。


「おう、カズキ!待ってたぜ!」


 そんな事情など知らないレティシアは、僕の姿を見て、笑顔で手を振る。


「ああ、待たせたな……」

「おう、待たされたぜ。ところで、その後ろにいるやつは、誰だ?」


 僕は動揺する。そうか、いきなりこの魔女士官を紹介せねばならないのか。僕はこう告げる。


「ええとだな、地球(アース)760のカントループ大将直々に、我が艦隊に派遣された士官だ。所属は陸戦隊員で、階級は准尉だ」

「へぇ、女なのに、陸戦隊員。でもなんで、カズキの艦隊に所属するんだ?」


 レティシアがもっともな疑問を呈したところで、エリアーヌ准尉が自己紹介を始めてしまう。


「ただいま閣下よりご紹介に預かりました、エリアーヌ准尉、一等魔女であります!」


 あ……しまった。こいつ、いきなりNGワードを口にしたぞ、こいつ。

 その瞬間、この場の空気が駆逐艦内にある大型冷凍庫の中のようにカチンと凍りつくのを感じる。レティシアの顔が、みるみる不機嫌になる。


「へぇ、陸戦隊員でありながら、魔女なのか」

「はっ!空中を、時速200キロで飛行可能、要人救出と格闘術、および人型重機操縦の訓練を受けております!」


 そんな事情を知らないリーナは、エリアーヌ准尉に関心を寄せる。しかし、飛行速度が200キロとは、相当な能力だな。

 が、それを聞いたレティシアは突然、バンッとテーブルを叩く。


「それがどうした!こっちはな、第8艦隊旗艦で、命張って機関室を守り続けた魔女なんでぇ!たかが、空をふわふわ飛んでるだけの一等魔女など、目じゃねえんだ!」


 あーあ……レティシアの心の信管を着火させちまったらしい。顔を真っ赤にして、ぷるぷると怒りに震えながら叫ぶレティシアを見て、エリアーヌ准尉は僕に尋ねる。


「あの……こちらは一体……」

「あ、ああ、僕の妻のレティシアだ」


 僕がレティシアの名を語った瞬間、エリアーヌ准尉の目の色が変わる。そして、レティシアの方に駆け寄ると、その手を握る。


「あの!」

「な……なんでぇ!」

「もしや、レティシア様ではありませんか!」

「はぁ!?」


 いきなりレティシアを様付けで呼ぶエリアーヌ准尉。僕も今まで、いろいろな人物に出会っては来たが、「レティシア様」と呼ぶやつは初めて出会った。


地球(アース)001の第8艦隊旗艦で活躍する、伝説の怪力魔女がいると聞きました!耀(かがやかし)き戦果の影に、怪力魔女あり!その話を聞いた私は、どうしても地球(アース)001、第8艦隊への転属をしたいと申し出ていたのです!まさかこれほどまでに早く、伝説の魔女に出会えるとは!」

「で、伝説の魔女……?」

「はい!我ら魔女の誇り!あまねく宇宙に魔女の力の崇高さを広め続けている魔女、まさに伝説と呼ぶに相応しいお方!私は、貴方様に会うためにここに来たのです!」

「お、おう……俺が、伝説の魔女か……え、えへへへ……」


 あれだけ毛嫌いしていた一等魔女から、なんと「伝説」呼ばわりされるレティシア。僕はこの時、思い知らされる。レティシアの活躍は、そこまで広まっていたのだ、と。

 そしてエリアーヌ准尉は、左手でレティシアの手を握ったまま、右手を高く掲げてこう言い出す。


「レティシア様、この広い宇宙で、魔女と呼ばれる不思議な能力を持った人種が生まれるのは、地球(アース)760だけ。しかしその地球(アース)760では長らく魔女が迫害され続けてきた歴史があるのです!」

「あ、ああ、確かに、聞いたことはあるけどな……」

「ですが、この宇宙進出時代に際し、我ら魔女の力は重力子エンジンの改良を促し、さらに多くの知見と影響を与え続けてきたのです。ですが未だ、我ら魔女の地位は低い、そうは思いませんか!?」

「いや、そこまでは……」

「そんな中にあって、レティシア様のように、宇宙の深淵を超え、この別の銀河にまで名声が轟くほどの活躍をされる魔女が現れた。今こそ私達は手を組み、魔女の力を広めようではありませんか!」

「お、おう……」


 ガッツポーズしつつ、高らかに魔女の地位向上を宣言するエリアーヌ准尉と、それにつられて手を上げるレティシア。もうすっかり、この一等魔女のペースだな。


「というわけで、ヤブミ閣下、明日からはよろしくお願いいたします!では!」

「あ、ああ、よろしく……」


 僕に敬礼するエリアーヌ准尉に、返礼で応える。すると准尉は手に持ったあの短い棒にまたがり、上昇する。そして颯爽とその場を去っていった……


「うむ、なかなか格好の良い魔女であったな」

「うん、美味かったよぅ!」


 リーナは、あの魔女の姿に感銘を受けたようだ。一方のボランレは、手羽先の味を反芻している。

 そして、レティシアは……


「うへへ、で、伝説の魔女だってよ……この俺が、伝説だなんてよぉ……」


 だめだな、すっかりあの魔女の言葉に乗せられてしまったようだ。それまで毛嫌いしていた一等魔女から、まさか伝説魔女と呼ばれるようになろうとは、レティシア自身、予期せぬ出来事だった。

 いや、でも確かに、レティシアがいなければ、我がポンコツ旗艦は運用すらできなかった。徐々に出動回数が減っているとはいえ、レティシアの果たした役割はあまりにも大きい。

 それは認めるが、伝説とまでは……なぜだか、あの魔女からは危険な思想の香りがする。ヘルクシンキ宇宙港の街にある宿舎までの帰り道、僕はそう感じた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ボランレさん、気がつけばamaz○nの段ボールに丸っと収まってそう。チ○オチュールを見せたらどうなるんだろ( =^ω^) [気になる点] レティシアさん、ちょろい。゜(゜^Д^゜)゜…
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