#148 持ち帰り
「ふぎゃぁーっ!ふぎゃぁーっ!」
食堂で奇妙な泣き声をあげているのは、ボランレだ。
それを、乗員の何人かが取り囲んでいる。
「あーあ……とうとう、お持ち帰りまでしちゃいましたか。最低ですね、提督」
そう罵るのは、グエン少尉だ。
「いや、仕方ないだろう。重機に乗ったまま、いきなり引き戻されたんだ。避けようがない」
「せめて、その洞窟に入る前に彼女を下ろせばよかったじゃないですか!それくらい、気を回せなかったんですか!?」
正論で返すグエン少尉に、僕は反論できない。確かに、中まで連れていく必要はなかった。穴の奥に何があるかという探求心が、僕に基本的な判断をする思考の隙を与えなかった。
「ふぎゃぁーっ!おっとうにおっかあに、会えなくなっちまったよぅ!ふぎゃぁーっ!」
猫耳の娘が、叫び続ける。その悲痛な声を聴くのは、なんともいたたまれない。だが、すでに彼女が元の世界に戻る術は、現時点ではなくなってしまった。
人型重機がここに戻るや、黒い瘴気の噴出はパタッと止んでしまった。それはつまり、魔物の流出を止めたということなのだが、同時にあの世界へと続く道もふさがってしまった。
そういえばもう一か所、隣の大陸にも瘴気が出る場所があったはずだと思い出し、確認をするも、そこも瘴気の流出が止まってしまったとの報告を受ける。どうやらあの工場は、あちらにもリンクしていたようだ。
魔物の謎は解明し、そしてその源流を破壊した。が、その結果、向こうから一人の娘をこっちに持ち帰ってしまった。なんということか。
「あー、もう、うるせぇな!いつまで泣いてるんだ!」
と、レティシアが叫ぶ。
「うう……そりゃあ、泣きたくなるんだよぅ……妾は、戻れないんだよぅ……」
「なら聞くが、ビービー泣いたら戻れるっていうのかよ!」
「い、いや、それは……」
「だったら、いつまでも泣いてるんじゃねぇ!そのうち、ひょいっと帰れる方法が見つかるかもしれねえだろう!」
「ほ、ほんとかや?帰れる方法が、見つかるのかよぅ?」
「保証はできねぇけどよ、めそめそ泣いてるよりは、前向きな方が未来ってのは開けるもんだぜ!」
レティシアの言葉を、唖然とした表情で聞くボランレ。と、その横で急にテーブルを叩くやつがいる。
「気に入らん!」
怒鳴っているのは、リーナだ。なぜか物凄い不機嫌な顔で、ボランレを睨みつける。この皇女の気迫に、圧倒されるボランレ。
「な、なんだよぅ?」
「なんだようではない!そなたがあの魔物を作っている洞穴に、魔石をせっせと運んでくれたおかげで、こっちは大変なことになっていたのだぞ!」
ああ、そうか。リーナはまさにその魔物と最前線で戦い、命を落としかけた。その魔物を作り出すあの無人工場に、せっせと魔石を運んでいたやつが、目の前にいる。怒り心頭なのも、もっともだ。
「そ、そんなこと、知らんよぅ。妾はただ、言い伝え守って石を運んでただけなんだよぅ。最近は、いっぱい石が取れたから、みんな大喜びで運んで……」
「冗談じゃない!その石運びとやらで、こっちは何十万人も死に、何百万人もが国を追われたのだぞ!フィルディランド皇国とて、危うく滅ぶところであったのだ!」
「おい、リーナ。その辺でやめておけ」
「カズキ殿!そう言われても、私とて何人もの兵士を魔物との戦いで失った!収めろと言われて、収まるものではない!」
「すでにもう、その工場は破壊したんだ。この先は、魔物が増えることはない。それにボランレも、今やその魔物生産工場の転移装置によって、こっちに飛ばされた、いわば被害者だ。それ以上、責めたところで、何も得られるものはない」
「う……」
「ともかく、ボランレは保護し、あちらの世界に戻せる方法を模索する。魔物に関しては、少なくともここゴーレム山のそばからはもう、湧き出すことはないだろう。そういうことで、各自、承知願いたい」
大勢集まったこの食堂で、僕はそう宣言する。ぱらぱらと、乗員の多くが持ち場へと戻っていく。そこで、ボランレが口を開く。
「あ、あのよぅ、ちょっと聞いてもいいかよぅ?」
「なんだ?」
「ナンジュウマンって、なんだよぅ?」
そこからボランレと会話すると、重要なことがひとつ、判明する。
ボランレには、12以上の数を認識する概念がない。両手の指と、2本の足。それ以上を数える手段がない。その必要も、感じていないようだ。
しかも、数の概念も怪しい。3、4人がいれば「片手ほど」、10人近くいて「両手くらい」ちょっと超えると「足を加えたくらい」という、大雑把なカウント表現しかできない。
僕はてっきり、ボランレが原生人類の末裔ではないかと思っていたが、これを聞いて、その考えは改める。12以上の数が認識できないやつが、あのワームホール帯を閉じ込める門や、岩の艦隊や浮遊船を作り出せるわけがない。
というか、もしかするとこいつも原生人類によって、作り出された側なのではないか?頭についた、あの猫のような耳。あまりに取ってつけたようなこれが、不自然でならない。それ以外の部分については、ごく普通の人間と変わらないようだが……
「ちょっと変態提督!何をそんなにマジマジと、ボランレちゃんの身体を舐めるように見てるんですか!」
グエン少尉が、ボランレを抱き寄せながら、僕に抗議する。僕は、グエン少尉に言う。
「少尉、まずはボランレを風呂にでも入れてやってくれ。それから、服の用意も。部屋の手配も頼む」
「……了解しました」
ともかく、連れてきてしまった責任は、果たさねばならない。ボランレを連れ出すグエン少尉を見送りつつ、僕はレティシアとリーナに言う。
「そういうわけで、ボランレを保護することになった。特にリーナには思うところもあるだろうが、あの通り、魔物を作り出していた意識もなければ、技もない。そこは、考慮してやってくれ」
「……うむ、分かった。仕方あるまい」
「こうなったら、しゃあねえだろう。帰る方法ってのは、じっくり考えるとしてだ。ところでカズキ」
「なんだ?」
「あの耳、触っていいか?俺なんだか、さっきから触りたくてウズウズするんだ」
何がそんなに嬉しそうなんだ?そんなにあの耳が気になっているのか。いや、気にはなるだろうな。僕も、気になる。
というか、僕がこうして話しているうちに、リーナのやつ、また何か食ってるぞ。いつのまに、注文を済ませたんだ?
リーナが異常な量のトッピングを施したピザを頬張る姿を眺めながら、僕はふと考える。
あの魔物が人造生物だという説は、立証された。が、それで謎が解決できたわけではない。
あんなものを作って、しかもボランレの一族に維持させていた。そこまでして魔物を製造する理由は、何だったのか?
完全無人工場で、そこに原生人類の姿はなかった。にも関わらず、魔物の生産だけが進められていた。
そもそも、何のために魔物なんて作る必要があるんだ?あのゴーレム山から飛び出した浮遊船は、我々でいうところの持続砲撃が可能な砲を搭載していた。そんな兵器を持っていた原生人類が、なぜ魔物など作り出す必要があるのか?
いや、そもそもゴーレムにしてもそうだ。我々の高エネルギー砲と同等の兵器を使用可能な連中が、なぜ、ビーム兵器も持たないゴーレムなど使うのか?理解に苦しむ。
そういえば、あの浮遊船と岩の艦隊は、互いに撃ち合っていた。それが示す事実は、たったひとつ。あの両者が、敵対する陣営同士の兵器だった、ということだ。
だがしかし、どうして同じ星の周辺で見つかったものがなぜ、敵対しているのか?それに、岩の艦隊はリーナが操ることができて、浮遊船はレティシアが動かしたようなものだ。この事実には、どういう意味があるのか……?
「ふぎゃーっ!耳に水が入ったよぅ!」
と、僕の思考を妨げるやつが現れた。軍服を着せられ、グエン少尉に腕を引かれている。
「うるせえなぁ、どうしたんだ?」
「ああ、レティシアちゃん、実はこの艦の風呂場にある自動洗浄ロボットで身体を洗わせたら、耳にお湯が入っちゃったらしいの。頭上にこんな大きな耳があるから、頭からシャワーをかけたら、どうしたって入っちゃうのよね」
「どれどれ……ほんとにでかい耳だなぁ。触り心地は、まさに猫の耳そのものだよな」
「ふぎゃーっ!勝手に触るなよぅ!」
面白がって触るレティシアに、怒るボランレ。やっぱり、あれを触られるのは嫌なのか。
「おい、水が入ったんだろう?そういう時はだな、こうやって寝転がって、しばらくじっとしてりゃいいんだ」
「ね、寝転がるって……ふぎゃーっ!」
レティシアはボランレを片手で持ち上げ、並べた椅子の上に寝かせる。レティシアもそのそばに座り、ボランレの頭を膝枕する。
「しばらくこうしてじっとしてりゃ、抜けるぜ。ほれ、俺が付き合ってやるからよ」
「ふぅーん、何だか気持ちがええよぅ……」
ついでに耳に辺りをさわさわするレティシアだが、どうもそれが心地よいらしく、恍惚とした表情でレティシアの膝に顔を埋めるボランレ。
何やら、喉のあたりからゴロゴロという音が聞こえてきたぞ?やっぱり、部分的に猫なんだな、こいつ。
「……ところで、さっきから何だかいい匂いがするんだよぅ」
「ああ、そりゃそうだ。ここは食堂だからな」
「食堂?なんだね、それはよぅ?」
「飯を食うところだ」
「食うところ!?妾も、なんか食いたいよぅ!」
ガバッと起き出すボランレ。そして、辺りを見渡し、リーナの前に山と積まれたピザを見つける。
「あれが食い物か!」
そのピザの山に飛びかかるボランレ。だが、リーナがそれを受け止める。
「おいバカ猫!これは私のものだ!」
「ええ〜っ!妾にも分けてくれだよぅ!」
「あそこで注文すればいいだろう!まったく、何を考えているのか!」
リーナの餌……食べ物を狙うなど、命知らずもいいとこだ。もし腰にあの魔剣を携えていたなら、今ごろは一刀両断されていただろう。
「ったく、リーナもケチ臭えな。まあいいや、ここでの食べ物の食べ方を教えてやる。こっちに来い」
レティシアがそういうと、ボランレを食堂の出入り口に連れて行く。
「いいかよ、ここでメニューを選ぶんだ」
「メニュー?」
「まあ、いいから見てろ」
そう言いながら、レティシアは食堂の出入り口に設置された看板のメニュー画面を、手で操作する。
「ふにゃぁ!?なんで動くんだよぅ、この絵は!?」
「そういうもんだ。で、食いてえものが見つかったら、それをポンと触る。そうすりゃあ、そのうちあのカウンターから出てくるってわけよ」
「ほんとかよぅ?そんなことで、食いもんが出てくるわけないでよぅ」
「ぐちゃぐちゃ言ってねえで、ほれ、おめえもなんか選べ」
「ええと、そう言われてもよぅ、さっぱり分かんねえものばかりでよぅ……」
「リーナが今食ってるピザにしときゃいいだろう。ほれ、ここだ」
その様子を見ていたグエン少尉が、ボソッと呟く。
「レティシアちゃん、ああいう面倒見の良いところが、みんなに好かれてるのよねぇ。どうしてこんな変態な提督の奥さんをやってるのか、不思議だわぁ」
いちいち、僕に聞こえるように言わないでくれるかなぁ、グエン少尉よ。しかし、レティシアは確かに面倒見はいい。リーナも、レティシアのそういうところが気に入っているようだし。
「ふぎゃ!?ほんとに出てきた!食いもんが出てきたよぅ!」
カウンターから、ロボットアームがピザを差し出すと、それに感動するボランレ。そのピザの乗った皿を、ウキウキしながら運ぶ。
「それじゃ、食うか!いただきまーす!」
「……今日もこうして、食いものに巡り会えましたよぅ。アポローンに、感謝を……」
急に顔の前で手を組み、何やら神妙に祈りのようなものを捧げるボランレ。一見すると野蛮な文明からやってきたようだが、ああいう礼儀というか習慣というか、そういうものはあるのだな……って、ちょっと待て。今、アポローンっていわなかったか?
「おい、ボランレ!」
「ふぎゃ?」
ピザに食らいつくボランレに、僕は叫ぶ。それをみたグエン少尉が、苦言を呈する。
「まったく、提督ときたら……ボランレちゃん、たった今、食べ始めたところでしょうに、なんだっていちいち声をかけるのか……」
「今お前、アポローンっていわなかったか!?」
「ふん、いっはほふ!」
食いながら応えるボランテ。そう、その名前に僕は、聞き覚えがある。だからこそ、ボランレに思わず尋ねてしまった。
アポローン。この名を口にしていたのは、ダニエラだ。確か、ペリアテーノでは絶対神と崇められる神の名だ。
細かいことを言うと、我が地球001にもその名はある。アポロンともアポローンともいうその神の名は、ギリシャ神話に出てくる。
ただし、最高神ではない。ギリシャ神話では、最高神はゼウスだ。その息子の名がアポローンだという設定だったはず。しかしその古い神話に出てくる神の名を、どうしてこのまったく別の世界と思われる場所に住む、この猫耳の娘が知っている?偶然にしては、あまりにも出来すぎている感がある。
いろいろと聞きたいところだが、ピザに夢中だ。よほど美味いらしく、目を輝かせながら食らいついている。
あっちでは、何を食っていたのかは知らないが、おそらくはここの食べ物と比べたら、かなり原始的で不衛生な料理であろうことは想像できる。亜熱帯なところだから、果実や動物の肉に困ることはなさそうな気もする。とはいえ、我々との文化のレベル差は桁違いだ。
しかし彼らは、原生人類が作ったと思われるあの魔物の工場を維持するために使われていた。にも関わらず、あまりにも原始的な生活に、数の概念も怪しげな粗末な文化。どういう狙いで、彼らにあの石の供給をさせていたのか。
だがそこに、この「アポローン」という名前が、関わっているような気がする。
「えっ!?アポローンの名を、ですか!?」
「そうだ」
「確か、頭に下賤なケダモノの耳を持ったという娘ですわよね。そのケダモノ娘が、アポローンの名を……」
僕はダニエラの元に行き、ボランレの話をする。が、ダニエラよ、ボランレのことを半分以上、馬鹿にしてないか?
「ところで、ペリアテーノではアポローンという神は、どのような存在なのか?」
「はい、大地と空と海を創造し、ペリアテーノに知恵と賜物をお与えになった。そういう神でございます」
「で、そんな神の名を、どうしてボランレが知っているのか?」
「さあ……でも、絶対神アポローンのことですから、あちらの大地も作られたのではありませんか?知恵と賜物は、与え忘れたようですけど」
まだ会ってもいない相手を、徹底的にディスるダニエラ。まあ、それはともかく、やはり絶対神扱いだな。そういう神は地球001にもいるが、少なくともそれはアポローンではない。
単なる偶然か、それとも何か、繋がりがあるのか?
だが、そういう話は僕の範疇外だ。とりあえず、心に留めておこう。
一連の調査を終えて、駆逐艦0001号艦は一路、ヘルクシンキに戻ることとなった。僕は、艦橋へと向かう。
艦橋内に入ると、なぜかそこで、一悶着する2人がいる。
「なんですか、このバカ犬みたいな娘は!?」
「ふぎゃーっ、なんか知らんけど今、こいつからバカにされたよぅ!」
どうやら、ヴァルモーテン少尉とボランレが揉めているようだ。なぜここで、揉めている?しかもヴァルモーテン少尉的には、あの耳は犬なのか?
「このバカ犬!このアンフォラボトルは、触らせないのです!」
「ちょっとくらい、いいじゃないかよぅ!ケチだよぅ!」
どうやら、ヴァルモーテン少尉が今、抱えているツボをボランレが触りたがり、それがトラブルの原因となっているようだ。横でオオシマ艦長が、不機嫌そうな顔をしている。
そういえば以前、オオシマ艦長は猫派だと聞いたことがあるな。ヴァルモーテン少尉から犬扱いされているから、ボランレのことを犬だと勘違いして……いや、そんなことよりも、なんとか収めないと。
なんだか、妙なやつがこの旗艦の一員に加わってしまったものだ。ただでさえ機関のトラブルに悩まされるこの艦に、人的トラブル要因が加わってしまった。
やれやれ、さっさとこのバカ犬……じゃない、バカ猫、でもない、この娘を元の世界に戻さねば。




